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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第2幕 鬼来たりて童は舞い踊り
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親子丼を喰らう大魔神

 夏。諸兄よ、夏といえばなんだろうか?

そう、夏といえば海。海水浴ではないか。

「いやいや、夏といえば…」いや待て! 待ってくれ諸兄よ!

勿論、夏の風物詩が色々とあることは重々承知の上だ。だがしかし、夏を彩るマーメイドの水着姿を思う存分に楽しめる、且つ最も輝ける、さらには公然と眺められるのは、海ではないか!


 見よ! この燦々と照りつける夏の太陽! 僕の心と身体を解放する、突き抜けるような青い空! そしてどこまでも続く、永遠の喜びを象徴するような蒼い海!

前回のような暗い話など、無かったことにするようではないか! ハッハッハ!


 そしてビーチには色とりどりのマーメイド達! あぁ生きていて良かった! 人生謳歌とはまさにこのこと!



 諸兄よ。この環境に置かれては、異論などあるまい。そこで、ここで一つ親愛なる諸兄にお尋ね申し上げたい。水着の中でどれが最も我々を悩殺するのかと。

これは物凄く難しい質問ではなかろうか。まずもって水着には恐ろしいほどの種類があるのだ。一例を上げてみても、ホルターネック、バンドゥ、フリンジ、タンキニ、モノキニ、オフショル。ここまでくるともはや、この文字列は魅惑魔法(チャームマジック)のようだ。

そしてその中でナンバー1を決めようとも、装備する女性達によってその評価がとてつもなく変化するのだ!

戦士がアーマーを装備し、魔導士がローブを纏うが如く、それぞれのジョブに適した装備があるということなのだ!

あぁ、ちなみにスク水に関しては特別枠な上に、最も活躍出来る場はプールであるので、除外しておく。


 良く観察し、熟考し、条件を勘案した上で私見を申し上げるならば、グラマラスならホルターネック、ビューティフルならばオフショルからの敢えてのパレオ、そしてチャーミングならばタンキニも捨てがたい、といったところではないだろうか。


 あぁ、なんてことだ! ここは魂の楽園なのか!

僕はビーチパラソルの下、そんなマーメイド達の、セイレーンやローレライの歌声に誘い出されぬように自制しながら、観測者に徹していた。



「なぁ、にぃちゃん。何してんの?」


「海洋観測だ。

 ニコナ、どこで拾ってきたか知らんが蟹を僕の頭に乗せるな、って痛いわー!」


 ニコナはキャハハと軽やかに笑いつつ、砂浜を走っていった。僕の眼前からキュートなピンクボーダーのお尻が遠のいて行く。

なぜニコナがここにいるのだ。いや、なぜ僕はここにいるのだ。



 思い起こせば2日前。


「にぃちゃん。暑いね。」


「あぁ、確かに暑い。

 だがそれは、ニコナが架空の敵に対して100連コンボを極めながら歩いているせいではないかな?」


 ニコナは僕の傍らで、風を切りながら架空の敵に対し、次から次へと打撃技を打ち込んで行く。幼気(いたいけ)な暴風を周囲に纏わせながら歩くことに慣れた僕は、出来るだけ日陰のルートを選択しながら、自宅への道を進む。



 8周目の100連コンボを達成したところで、ニコナはピタッと動きを止めて、後ろを歩く僕へと振り返る。


「ねぇ、にぃちゃん。

 にぃちゃんって免許あんの?」


 免許? 「お兄ちゃん免許」ってあるのか? そうか、僕は「無免許お兄ちゃん」か…。確かに非合法な気がする…。

まずいな。このままでは「お兄ちゃん特権」を行使することが出来ないのではないか!

「おいニコナー、膝貸してくれよ!」と言って膝枕を強制したり、

「よーしニコナ、二人羽織の練習だ!」と言って二人羽織でソフトクリームを食べさせたり、

でもたまには「しょうがないなニコナ、ほら!」と言っておんぶしてあげながら、「…。大きくなったな、ニコナ。」と哀愁を漂わせながらも、「どこの成長を確認だよー!」と、ツッコミを入れられたりと、出来ないではないか!



「車の免許は去年取ったよ。車は無いけど。」


「じゃさ、海に連れてってよ。」


「なんでだよ!

 その、あれだ! 僕はこう見えても忙しいんだぞ!」


「にぃちゃん、いつも暇そうじゃん。」


「読まなきゃいけない本が…。

 10冊ぐらいあるんだ!」


「がくじつ的なせいもん的な生物読本?」


「ぐっ。

 学術的且つ専門的な生物読本も、その内の一つだ。」


「ふーん。」


 学術的且つ専門的な生物読本のことは脳内から消去しろ! ニコナ!



「あーぁ、海に行きたいなー。」


「…コーラで我慢しろよ。」


 僕は通りがかりに見つけた自販機で立ち止まり、小銭を用意する。

自販機はこの暑さのせいか、面倒くさそうにしながら緩慢に反応し、渋々とコーラを吐き出す。蝉の声を背景に「ガゴン」という音が響く。

僕がコーラを取り出すために身を屈めた背中を、夏らしからぬ冷風が通り抜けた気がした。いや、予感がしたという方が正確だろうか。


 僕はコーラをニコナに差し出しながら後ろを振り返る。


 ニコナの後方10mの、そこにいたのは……





「あ、はーちゃん、今帰り?」


 僕は失念していた。今日は姉が休みだということを。長期休みによる曜日感覚の喪失か。

本来であればドッと汗が出るシーンなのかもしれないが、逆だ。僕の汗は引っ込み、僕の体温が一気に奪われていく。これは大寒波が来る。

なぜ僕の、いや、姉の生活圏内にニコナを連れて僕は侵入してしまったのか。



「ねっ、姉ちゃんも、今帰りなのかな? 買い物帰り?」


 ニコナはコーラを受け取り、振り返って僕の横に並ぶ。


「あら、そちらの方は?」


「はじめまして。」


 ニコナはペコリとお辞儀をする。


「はーちゃん…。」


 姉は持っていたエコバッグを落す。落としたエコバッグから林檎が転がる。

「来るぞっ! 大寒波がぁっ! 総員退避ーっ!」の号令が、僕の頭の中で木霊する。

しかし、…もう遅い。


「…最近、お姉ちゃんのことを構ってくれないと思ったら、やっぱりなのね。「姉ちゃん、僕の怒れる大魔神がプンプンだよ! 姉ちゃんの包容力あるその胸で、僕を鎮めてくれ!」って、最近、胸に飛び込んで来てくれないと思ったら、やっぱりなのね!

わかっていたの…。わかっていたのよ、お姉ちゃんは!」


 いやいやいやいや、ちょっと待ってくれ!

「怒れる大魔神」って何だよ!

そんな台詞、一度だって言ったこと無いよ!

まして胸に飛び込んだことなんて…

数えるほども無いよ! 小学生以来そんなこと無いはずだよ!


「美人マダムにあんなことや、こんなことしているに飽き足らず、その娘にも手を出していたというの!

「僕はねぇ、親子丼がこの世の、究極且つ完成された、宇宙、輪廻、全ての(ことわり)を包括した料理だと思うんだよ」とか言いながら、親子丼を貪り尽くしているというの!

あぁ、どうして? どうしてなの、はーちゃん!」


 「どうして?」は僕の台詞だよ!「確かに親子丼は好きだけど、サーモンとイクラの海鮮親子丼も捨てがたいなー」って、そんな話じゃないよ!


「きっとあれなのね?

 最近、添い寝して、お姉ちゃんの心音を聞かせてあげながら頭をなでなでして、はーちゃんが眠りにつくまで側にいてあげららなかったからなのね?

つまり不良街道まっしぐらなのね?

そんなの…お姉ちゃん、悲しい!」


 姉は、そう一気にまくし立てあげまくると膝を地面につき、シオシオと泣き始めた。

一応、諸兄諸姉に弁解しておくが、添い寝など、小学生以来してもらってなんかいない!

はずだ!

そして僕は、不良街道を命をかなぐり捨て走ってなどいない! バイクで消失点(バニシングポイント)を目指して走り抜けてなどいない!



 まさか、まさか僕の弁解が次回に持ち越しとなるとは…。

この大寒波を受けたまま、僕は次回まで生きていられるのだろうか。

諸兄諸姉よ、笑い事では無い。僕にとって姉の誤解を解くことが、どれだけ死活問題につながっていることか…。

過去にその失敗から、どれだけの精神的絶対零度を経験してきたことか…。

そう、姉弟とて、愛憎は表裏一体なのだ。


「カシュル」


 そんな僕の傍らで、ニコナがコーラのプルタブを開ける音が聞こえる。

その音はまるで攻守交替、裁判官の知らせる合図のようだった。

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