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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第2幕 鬼来たりて童は舞い踊り
22/205

サガルマータ風唐揚げの大盛り

 タリラリラーン


 僕の自宅からちょうど850mにあるコンビニの自動ドアが開く。

バイト先の居酒屋からの帰り道。深夜も2時を回り、歩いている人は見当たらない。

そんなまるで魔界のように暗い夜道から、一気に天上界のように明るい店内が、僕を迎い入れた。


「イラシーャマシテー!

 おーう、ほろやさぁん。元気でしたかー!」


「お疲れー、カンデルさん。

 まぁまぁかな。」


「元気出すとねー、大丈夫だよ。

 何でもできるよ!」


 陽気なネパール人店員、カンデルさんがいつも通りに僕を元気づける。彼は僕が元気がある時もない時も僕を元気づける。

相手の状況を察して対応を変えることも大事なことだとは思うが、相手の状況如何に関わらず、常に陽気に元気づけるカンデルさんにある意味救われ、そして安心する。



「新刊並べたよー。

 仕事はやーいよー!」


 カンデルさんは満面の笑みでグッドサインを出す。僕は歩きながら頑張って笑顔でグッドサインを返したが、なんとなくぎこちない笑顔になってしまった気がする。

ここのコンビニは、いまさら諸兄諸姉に説明するまでもなく、ラノベの新刊入荷のラインナップは神レベルだ。勿論、今時のコンビニは本のお取り寄せが可能ではあるが、僕がオーダー出すまでもなく、ここの神店長の利き目は僕を裏切ることはない。


 お気に入り作家の新作に指を伸ばし、触れる直前で、ふと思い留まった。

ついこないだまでは、日常から非日常へと移行するための架け橋。それがラノベだった。でも今はどうなのだ?

僕は非日常から逃れるために「ついこないだまでの日常」へと、この架け橋を渡ろうとしているのではないか?


 頭の中に見なかったことにしてきた、ここ数日の非日常的疑問点が、次々に浮かんではフェイドアウトするように消えていく。

まるで音の無い打ち上げ花火が、僕の頭の中の暗闇で展開していくようだった。

僕は伸ばした指先を横にスライドさせ、別の作家の最新刊、うちにある既刊の最新刊を手に取り、レジと逆方向に歩き出す。



 僕は暗い夜道から伸びる橋を渡る。橋の下を流れる川は暗闇に紛れて見えない。橋はまるで暗い虚空に架かっているようだ。

やがて無音の花火が上がり、僕を赤、白、黄色と照らす。川面に反射するその花火を僕は見る。

実物の花火から目を背けても、川面の花火が僕の目に入る。それなのに、いくら目を凝らしたところで決して川底は見えない。

天空の花火は実像。川面に映る花火は虚像。では虚像の奥にあるものは、川面の奥にあるものは一体なんなのか。

この非日常が虚像で無くてなんなのか。

鬼? 実像だとでも言いたいのか。

天空の花火を見ろとでも言いたいのか。



「今日は? 唐揚げいらない?

 おいしーよ。カンデル作った。」


「ん、あぁ…。

 買うかな。」


 僕はレジの前で目を覚まし、現実世界に帰還する。カンデルさんは手際良く唐揚げを準備し、ラノベと別のコンビニ袋に入れ、レジを打つ。


「ほろやさぁん。サガルマータ登ってる?」


「下がる股?」


 僕は自分のズボンがずり落ちていないか確認した。確かにこのハーフパンツはスマホやら財布やらを入れるとずり落ち気味になった。


「登山家はいつも助け合う。

 テンジン・ノルゲイの言葉ですよ。」


 カンデルさんはお釣りを渡しながら更に続ける。


「ゆーじょ!」


 カンデルさんは満面の笑みでグッドサインを出す。

オーケー、オーケー、カンデル。「遊女」じゃなく「友情」な!

僕もグッドサインを返す。


「ありがとうカンデルさん。また来るよ。」



「アーリャシマシッター!」


 コンビニを後にする僕の背中に、陽気なネパール人店員、カンデルさんの言葉が元気に後押しする。



 僕は家には真っ直ぐ帰らず、通りの一角、デットスペース故に作りました、といった感じの、小さな公園のベンチに座った。

唐揚げを口の中に放り込み、スマホでテンジン・ノルゲイを検索する。

そうか、エベレスト初登頂の時のシェルパなのか。サガルマータはエベレストのネパール名か。


 僕は天空を見上げる。目の前にはマンションやビルが立ち並んでいたが、その上には星空が見える。唐揚げをもう一つ口に放り込む。

僕の眼前に立ちはだかるのはサガルマータではなく、鬼ヶ島だ。

登る気は無いが…。僕は登るのか。


 スマホを握った左手に、着信があったことをバイブが知らせる。僕の今の状況を察してるのか、心情を察しているのかわからないが、予測通りの着信だ。

僕は天空を見上げながら、スマホの画面を見ずに電話に出る。



「夜分遅くにすみません。

 ミスミです。」


「うん。」


「と言っても、幌谷さんの最近の生活スタイルを考えると、夜分に入らないのかもしれませんが。」


「いやいや、今日は特別。あと10分ぐらいで僕の夜分は始まるよ。

 ミスミ…ちゃんこそ、遅くまで起きてて大丈夫なの?」


 僕は「雫」にしようか「ミスミ」にしようか一瞬迷ったが、なんとなく「ミスミ」の方が苗字っぽいし、かといって呼び捨てには抵抗があったので、「ちゃん」付けで呼んだ。


「ボクが雉だから鳥目なのでは? という配慮でしょうか。それには問題はありません。

 ちなみにボクが雉だからといっても、幌谷さんが鳥の唐揚げを食べていることに関しては何も気にしていません。20%ぐらい。」


 ちょっと気にしてんじゃん。

つか、やっぱ監視してるんだ…。

鳥目の方がマシじゃないか!



「なぁ、鬼ってなんなんだ?」


「人の悪意が具現化したものです。」


 僕の唐突の質問に対し、まるで聞かれることがわかっていたかのように、雫ミスミはきっぱりと答える。

嫌な回答だ。


「そんなの! そんなの…誰だってある。」


「仰る通りです。余程のことがない限り鬼化はしません。ですが…」


「じゃあ半鬼化っていうのは?」


「はい、人が鬼になりかけているということです。」


 人が鬼になると言うのか…



「人には…戻れるんだろ?」


「半鬼化であれば可能な場合もあります。」


「含んだ言い方だ。」


「鬼門を潰すことで鬼化の原因を滅することはできます。しかし完全に鬼になってしまっては浄化するより他ありません。…せめて魂だけでも救うということです。」


 理解出来ない。理解しろという方がおかしいじゃないか。

僕は無言になる。


「…お気持ちはわかります。少なくとも80%は理解しているつもりです。

 ですが…。ですが鬼を滅せねば、多くの人々が犠牲になります。

 我々は降りかかる火の粉を払う、剣であり盾なのです。」


 いつもは饒舌ではっきりと断言する雫ミスミが、言葉に詰まりながら静かに話す。

雫ミスミの穏やかで柔らかい声のトーンが際立つ。その声が僕の心を慰める。


「わかったよ。それはわかった。

 でも僕にはそんな力はないよ。」


「桃太郎であることを自覚なさることが近道なのですが。

 先日も申し上げましたが、無理強いするわけではありません。

 それまではボクとしては不本意ですが、75%ほど気に入りませんが、ちびっ子犬畜生と巨乳エテ公があなたを助けることでしょう。もちろんボクも全力でお手伝いはさせて頂こうとは思っていますが。」


 犬、猿、雉ってそんなに仲が悪いの? 確かに昔話でも仲の良い描写が無かったかもしれないけど。

 ずいぶん辛辣だな!


「そろそろ帰るよ。」


「ええ。もう夜分に入りましたしね。

 それでは、また。」



 雫ミスミの電話が切れた後もしばらく空を見上げていた。

鬼化について雫ミスミが何か言いかけていたような気がしたが、もうこれ以上の情報を聞く気力は、僕にはなかった。


 僕は最後の唐揚げを口に放り込んだ。だがそれは、冷たく、そして味がしなかった。

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