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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第2幕 鬼来たりて童は舞い踊り
21/205

ドラムソロで踊る黒人形

 ここで質問である。

今、僕が置かれている状況は、後方、左右の三方が乗り越えることの出来ない壁に囲まれている。そして左右の幅員は2mに満たないといったところか。

唯一の出入口である前方は、怒れる一般市民を遥かに超越した、狂気のドラマーBが鉄パイプを肩に担ぎ、ジワジワと歩み寄ってきている。

つまり、前回から状況は変わっておらず、まさに「袋の鼠」って奴だ。

そして僕の右手に、身長16cmの着せ替え人形、ゴスロリの着せ替え人形が握られていた場合、諸兄諸姉はこの危機的状況をどのように脱するだろうか?


1、「僕が時間稼ぎをする! その間に君だけでも逃げるんだ!」と言って、壁の向こうに着せ替え人形を投げる。


2、「僕等の愛があんな奴に侵されるわけがない! 今こそ僕等の愛を証明する時だ!」と言って、着せ替え人形にしゃぶりつく。


3、「あー、ドラマーさん。この着せ替え人形はドラムスティックではありません。もちろん僕が持っているスティックも、そんなに立派ではありません。そしてあなたが持っている鉄パイプもスティックではないように思われます。」と言って、道を譲ってもらう。



 聡明な諸兄諸姉ならば、簡単に答にたどり着いたことだろう。そう、どれもこれも不正解だ。狂気のドラマーBの鉄パイプ攻撃を、そうそう簡単に回避することは不可能だろうし、まして堪えることなど10秒と持たないだろう。

しかし、袋の鼠状態の僕には、その程度のことしか考えられなかった。「窮鼠、猫を噛む」と言うが、ドラマーBは猫レベルではない。鬼レベルだ。噛みつけるわけがない。


 だが、待たれよ。

もちろん僕も含めてなのだが、もしかしたら諸兄諸姉の中にも早とちりしている方がいらっしゃるのではなかろうか。

僕の前に立っているのは、「身長16cmの着せ替え人形」ではない。ゴスロリを着た佐藤ウズシオ、つまり推定身長160㎝のウズウズだ。


 ウズウズはこの状況下にありながら、いつも通り、いや、僕が知っている範囲でのいつも通り、脱力している。まるで緊張感だとか危機感というものを感じさせることのない脱力っぷりだ。



「猿。」


「そうだな。この場を去らねばな。」

(いや、あいつに言ったのか?)


「私、猿。」


「ん? うん。そうか…そうだよな。」

(選択肢は1番か…。

 死して屍、拾う者無しか…。

 いや、出来ることなら僕も去りたいんだが…。)



「大丈夫。」


 そう言うや、ウズウズは持っていた籠からポケットティッシュを素早く取り出すと、ドラマーBに手裏剣でも投げるかのように高速で放つ。


 いやいや、ポケットティッシュじゃ撃退できないよね。

ほらほらドラマーBさんも容易に腕で防いでいらっしゃるし…。


 って、なんでポケットティッシュが腕に刺さってるの? いくら強く早く投げても刺さらないよね? 物理的に無理だよね? そのポケットティッシュは鋼鉄製なの?

それとも強そうだと思ったのは僕の誤解で、ドラマーBさんの腕は豆腐製なのかな?


 そうは言っても、ドラマーBは軽く腕を払い、刺さったポケットティッシュを抜きさる。血は流れていたが、なんらダメージのうちに入っていないようだ。



 ウズウズはゆらゆらとドラマーBに近寄る。お互いの歩み寄りから間合いに入ったドラマーBが、予想通りに鉄パイプを目一杯の力でウズウズの頭上に目掛けて振り下ろす。

と同時にウズウズは右に体を躱しながら、左膝を高く上げると、太腿外側に装備していたダガーナイフを抜き、刃体で滑らせるように鉄パイプの軌道を逸らす。


 ちょっと待ってくださいよー! ウズウズちゃん!

なんで応戦なの? どこからナイフ出したの? そしていつの間に右手にもナイフを持っているの?


「あ、あーんと、猿なの?」


ウズウズはコクっと頷く。


 そうか。君もそうなのか。

桃太郎の猿だと言いたいのか…。



 ウズウズは右手と左手にダガーナイフを逆手に持ち、狭い路地裏の中を舞うように身体を回転させながら、切り込んでいく。

その姿はまるでまとわりつくように飛び回る黒揚羽のようだった。

ドラマーBは、この狭い路地裏では鉄パイプを横殴りには振れないらしく、防戦一方を強いられている。

鉄パイプとダガーナイフが火花を散らし、止まることなく金属音を響かせ続ける。

僕は…。数歩後退った。

非日常的空間なのに、違和感を感じないのはどういうわけか。


 立ち眩みのように頭がクラっとし、僕は額に手を、片目を押さえる。


 ウズウズが小さな旋風のように黒いスカートをなびかせながら、ドラマーBへの攻撃を中断し距離を取る。

僕の前に態勢を低くしながら静止する。

ドラマーBは怒りのボルテージの高まりを表現するかのように低く唸り声をあげ、歯をむき出しながら鉄パイプを上げた膝頭に叩きつけ、曲がった鉄パイプを引きちぎり、二本にする。



「…お腹空いた。」

 

 ウズウズはダガーナイフを器用に回転させ順手に持ち替えると、細かいジャブのように直線的な攻撃に切り替える。ドラマーBは先程よりも身動きが取り易くなったのか攻撃的になったが、ウズウズを捉えることはできない。空を切る鋭利な鉄パイプは左右の壁を叩き続けた。

やがてドラマーBの身体には細かい切り傷が増えていき、明らかにドラマーBの動きが失速する。致命傷を与えているわけではないが、的確に腱や筋にダメージを受けているのがわかる。


 ついに膝をついたドラマーBの傍らで、静かにウズズズが見下ろす。その表情から全くの感情が見えない。冷淡な美しさがそこにはあったが、あの目で見降ろされたら恐怖しか感じないだろう。

おもむろにウズウズがまるでカードリダーにカードを通すかのようにダガーナイフを薙ぎ、ドラマーBの両眼を切る。


 片目から見えるその風景と僕の脳裏の映像がシンクロする。血に染まった大地の上で無抵抗となった鬼を斬り続ける者。その者はただ斬り続け、やがて切る場所もなくなり、動かなくなった鬼に興味を失う。

目的意識がまるで感じられない表情。それはまるで特別な目的もなく賽子(サイコロ)を転がし、ただ出る目を確認しているような、何の感情も感じられない、人形のような無表情。

僕は嗚咽を噛み殺し、ウズウズを制止する。



「……、もういい。鬼門を潰してくれ。」


 ウズウズはその無表情のまま僕に視線を向け、しばらく考えているようだったが、やがてコクっと小さく頷いた。


 鉄パイプを落とし、両眼を押さえ、膝立ちになっているドラマーBの顔面を蹴り、その上を側転するかのようにしながら胎に深々とダガーナイフを突き立て、動かなくなったドラマーBの頭上に降り立つ。

僕の前に仰向けに倒れているドラマーBは、まるで眠っているかのようだ。微かに胸が上下するところから、彼が死んでいるわけではないことがわかる。

ウズウズは突き立てたダガーナイフを、まるで落とした鉛筆でも拾うかのように、なんの躊躇もなく抜いたが、僕が予想していたような血しぶきは上がらなかった。

抜いたナイフをポケットティッシュで拭き、両太腿のフォルダーに収納する。


 僕は早くこの非日常から脱出したかった。早く日の当たるところに行きたかった。


「行こう。ウズウズ。」


 僕は眠れる鬼、ドラマーBを避けて通り、そしてウズウズの前を通り過ぎ、路地裏を進む。

本来であればこの道が正解のルートだったのだろうか。いやあの時に右に曲がっていたとしても、状況がかえって悪くなっていたのではないだろうか。

表通りに出たところで眩しい日差しが僕の目に飛び込む。日差しを避けるように後ろを振り返り、寝ているはずのドラマーBを見る。

しかしそこにはドラマーBの姿はない。代わりに大柄な黒スーツの男が角に消えていくのが一瞬見える。

僕はそんなものなど見なかったことにした。黒スーツの男もドラマーBも見間違いだ。



「ごめんな。仕事に戻ろうか。」


「無くなった。」


 ウズウズは空になった籠を見せる。

そうか、最後は配ってないけどな。

僕は商店街通には戻らず、裏道から帰る。ウズウズが後ろからとぼとぼとついてくる。目に留まったトルティーヤ屋の移動販売車の前で僕は立ち止まった。ウズウズが後ろから抱きつくように僕の背中にぶつかる。背中に感じる二つの柔らかな感触は、やはりウズウズが「16㎝の着せ替え人形」ではないことを改めて思い出させる。

僕はトルティーヤを二つ買い、一つをウズウズに渡す。

ウズウズは渡されたトルティーヤに目が釘付けだ。無表情なのは変わらないが、その眼鏡の奥からも何かしらの感情らしきものを見つけ、僕はほっとした気分になった。



「食べて帰るか。」


 店の前に簡易的に置かれたベンチに二人で腰を下ろし、ウズウズにも座るように促す。

ウズウズは恐る恐るトルティーヤの包を開けていたが、その中身が顔を出すと、無心で食べ始めた。

僕はウズウズが食べ始めるのを見届け、青空に浮かぶ白い雲を見上げる。


「今度、ネコ達に餌をやりに行ってもいいかな。」


 ウズウズは食べながらコクンと頷いたのが、横目に見えた。

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