そして此処に生きる
「いらっしゃいませ~」
静かに柔らかくなるカウベルの音、続けて優しい声が耳をかすめていく。
「あら?」
「うん、ちょっと寄った。」
姉の営む雑貨屋に入り、僕は目線を逸らしながら装飾品コーナーで足を止める。レジ前に並ぶ、色とりどりのガーリーというのだろうか、可愛らしい商品の数々。
「ねぇ、姉ちゃん。
今晩はご飯作ろうかと思うんだけど、予定はあった?」
「そうなの?
うん、わかったわ。」
小さな花をあしらえた髪留めピンを僕は手に取った。
可愛らしさを残しながら、どこか奥ゆかしさ、さりげない彩のある髪留め。
「お姉ちゃん、水炊きが食べたいなぁ。
タラとか、お魚の。」
「さりげなくオーダーというね!」
視線をあげると、姉は手早くスマホを操作していた。
「うおっと! 先約とかあった?」
「うん、
田村さんにね、今晩食事誘われてたんだけど。
だって、はーちゃんと過ごすの久々じゃない?
だから断る。」
えぇぇぇぇぇええええ……
なんか人の恋路を邪魔してませんか、僕は。
姉の婚期を遅らせてませんか、僕は!
「いやいや、いいって。急だったし。」
髪留めピンを姉のいるレジに置きながら、僕はつぶやく。
「もう、断ったから。」
優しい微笑でそういうと、姉は視線を落とし、簡易で小さな紙袋に、でも丁寧に、とても丁寧にその髪留めを包装した。
姉は僕に問わない。それ以上のことは。
その髪留めを誰にあげるのかなど。
「そっか。うん、わかった。
んじゃま~、腕によりをかけて作るかな!」
僕はその代金を、トレーに置いた。
姉の店を出て、途中でいつもの花家に寄る。
いくつかの花を選んでもらい、小ぶりな花束を作ってもらう。
そうして僕は花束を下げ、電車に乗った。
車窓を流れていく、当たり前にある日常。
家屋の屋根、その家の中に在るであろう当たり前な日常。
踏切で待つ車、人。
何も変わらない当たり前の日常な風景。時間。世界。
彼らは知らない。その裏に鬼がいることを。
彼らは知らない。人が鬼になることを。
彼らは知らない。自分自身が鬼になるかもしれないことを。
愛する人が鬼になるかもしれないことを。
白く、真っ白く大きな建物に僕は入っていく。
総合病院。山柴傘下の病院。わけありな、その手の者を収容し、保護し、あるいは監視するために作られた病院。裏向きには。
入院棟のナースステーションに会釈する。
もはやここの常連客のように、すれ違うナースや入院患者達が僕へと温かい眼差しを向ける。僕は微笑み、都度、会釈し、白く長い廊下を進む。
最奥の部屋。
一見すると普通の病室だが、実際のところは入るためのセキュリティレベルは高い。そしてこの室内から出ることも……。
「冬だからかな。
ちょっと変わり映えしないかもしれないです。
似たような花ですね。」
僕は花瓶に生けられた花の中から、花が落ちてしまったり枯れかけたものを抜き、新たな花と差し替えていく。まるで時間の巡りをこの手で差し替えるかのように。抜いた花だったものたち。それをそっと包装紙に包む。
花瓶の傍らに、
買ってきた髪留めを紙袋から取り出し、添える。
本当は僕が直接、その髪留めで飾ってあげたかったけれど、
それはなんだかいけないことのような気がして、いつもこうして置いていた。
有難いことにここの看護師さんはその気持ちを組んでか、僕の代わりに彼女の前髪を新しい髪留めで飾ってくれる。
「どこまで物語は進みましたっけ。
あぁそっか、ここから物語は急転しそうな感じでしたっけね。」
白すぎるベッドの、サイドテーブルに置かれた本を僕は手に取る。
そして椅子に座り、前回まで読んだところに挟んだ栞を静かに傍らに置いた。深呼吸を一つして、続きを朗読する。
あの夏の終わり。
僕はユイさんを刺した。
彼女から「大鬼」であったことを、その記憶を、その想いを、その考え、その気持ちを奪った。その生きていくためのアイデンティティを、僕は奪った。
彼女が「大鬼」であること、「大鬼」であったこと、「大鬼」として生きていくことを桃源郷送りした。
桃源郷送りし、僕の中に包蔵したのだから、その過去は僕が共有できるのだけれども、それはしなかった。
何故、何のために、どうして。
そういったものを知ることは、覗き見のようで気が引けた。強引に一方的に知ることはあまりにも理不尽で、あまりにもエチケットが無いのではないかと、僕は僕自身に言い訳し、目をつぶった。
それを知るということは、もっと彼女と話し、もっと彼女と時間を過ごし、感動や絶望を共有し、理解するものではないのかと、僕は僕自身にそう、求めた。
彼女はあの日から目覚めない。
僕の声だけが、白い病室に流れていく。
此の世は理不尽だ。
それはもう予定調和のように。それはもう抗えない運命のように。
僕が「桃太郎の転生者」として生まれたこと。
彼女が「大鬼の転生者」として生まれたこと。
すべては当たり前に理不尽だ。
でも、だからといって、
「理不尽だ」と嘆くことは、僕はもうしない。
たとえ此の世が理不尽だろうと。
たとえ運命が理不尽だろうと。
今世を生きている僕らは、やっぱり僕らのものだ。
僕らの人生で、これが生き様だ。
たとえ世の中が理不尽だろうと。
此の世は当たり前に理不尽。
だけれど僕は桃太郎じゃない。
僕は幌谷白夜だ。
ヤクザの父を持ち、
ちょっと過保護な姉を持ち、
天然で優しかった母から生まれた。
一風変わった「犬・猿・雉」と名乗る仲間を持ち、
遠い遠い、祖父母を名乗る二人に見守られ、
たくさんの人たちに助けられる僕。
そう、これが僕だ。
「あぁ、ユイさん。
名残惜しいですが、今日はここまでにしておきましょうか。
いよいよこの物語も終盤、結末が気になるところではあるのですが。」
結末、僕らは一つの物語の結末を求めて、此処に生きている。
そして、結末を迎えていないから今尚、此処に生きる。
「次来るときには……」
僕は残り僅かとなった本へ再び栞を挟み、静かに閉じる。
サイドテーブルへと置き、彼女の横顔へと視線を移した。
まるで子供のような、安らかな寝顔。
眠れる大鬼。
眠れる普通の女の子。
眠れる僕の愛する人。
静かに眠る彼女はこの長い間、夢を見ているのだろうか。
どんな夢なのだろう。どんな時間なのだろう。それとも……
願わくば、この理不尽から解放されていてほしい。
「じゃあ、また来ますね。
良い夢を。
願わくば目覚めたときに、僕があなたを迎えることが出来ますように。」
静かに閉じられるドアの音
微かに聞こえる機械的なセキュリティ・ロックする音
自動制御でゆっくりと落とされる照明
この部屋には窓はない
移ろいゆく季節を告げるものはない
ただ花の香りが揺らめくだけ
空調のファンが廻る
静けさの中に命を語るものは少ない
「大変申し訳ございませんー」
花が落とした影の一つが揺らめく
「お約束していた時間を大幅に、いやこれ、ほんと大幅に遅れてしまい申し訳ございませんー。いやはや不肖、私。不肖だけに想像以上の負傷を道中にいたしましてねぇ。」
その影が実体を持って人の形を作り始める。
「お迎えにあがるお約束を、大幅に遅刻してしまいましたー。」
その姿は、喪服のような黒いスーツに身を包んだ男。
「では、参りましょうか。」
眠れる大鬼へと、男は手を差し伸べる。
「貴女様の望む結末へと。」
再び静寂が支配する
残っているのは
白すぎるベッドに刻まれた
彼女が其処にいたという
跡だけ
此の世も
彼の世も
一夜の夢のまた夢
最後まで読んで頂き、有難うございます!
長い「あとがき」は別添に添えるとして
まずは感謝しかありません
今宵も今生も、
良い夢を(≧▽≦)ノ




