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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
終ノ幕 此の世も彼の世も一夜の夢のまた夢
204/205

其処を目指して歩く

「とまぁ、そういう話だよ。

 カンデルさん。」



 小さな四角いテーブルの向かい側に座るカンデルさん。キラキラとした目に笑みを浮かべ、最後まで取っておいたであろうラーメンの叉焼を美味しそうに頬張り、力強く頷いた。


「なるほど~。

 桃太郎の物語の続きが気になってましたですが、そういう話でしたか!」


「ははは、

 んま、そういう僕の妄想かな?」


 僕はすでに空になったごはん茶碗を手に、餃子をタレに付け口に放り込んだ。



「お店の方はどう? 順調?」


「じゅんちょですよ!

 でもね~、ちゅうぼにもう一人、肉さばける人欲しいですよ。」


 ラーメン屋の厨房、その奥へとカンデルさんが羨望のまなざしを向ける。

そこには黙々と肉を捌き続けるウズウズの姿があった。場末のラーメン屋であったはずのこの店も、ウズウズが入ってからは「厚切り叉焼」を皮切りに、肉料理でにわかに有名になっていた。

曰く、「肉を喰いたきゃここに来い!」

曰く、「年中、肉祭り開催地!」

そうは言っても長年オヤジさんが培ってきたラーメンの味は落ちることなく、絶妙な旨さが底を支えていることは変わらない。

強いて言えば二人とも寡黙なところか。それとてこの店の売りなのかもだが……。



 あの夏から2年と少し。

カンデルさんは叔父(叔父?)と共に、念願のカレー店をオープンした。

僕は当然のように開店から常連となり、たまにこうしてカンデルさんと食事している。


 そしてウズウズは、転々としていたバイト生活に終わりを告げ、今は1年半近くここで調理補助として働いていた。たまにウズウズ目当てで通う強者もいるようだが、残念ながらあの無感情さに打ちのめされてフェイドアウトしていくらしい。いや、いつの間にか気配が消え目視できなくなるという噂すらある……。

ちなみに、時折、笠子組から鬼絡みで手に負えない案件を処理しているようだが、それは表に出ない話。



「さて、カンデルさん。

 僕はそろそろ仕事に戻るね! あと残りの餃子はカンデルさんが食べてよ~!」


 カンデルさんの口調をまね、最後に一つだけ餃子を口に放り込み、カンデルさんが残りの餃子を見ている間に伝票に千円挟み席を立った。


「お~、ほろぅやさ~ん。これはお持ち帰りですよ!」


「うん、午後のスタミナですよ~!」


 カンデルさんの笑顔に僕は笑って返す。


「分かち合える物は価値を作る。

 分かち合える友が人生を作る。」


「ん?」


「またこんど、ですね~!」


「またね、カンデルさん!」


 彼の満面の笑みに手を挙げ応えた。



「ウズウズ、ご馳走様!」


「……、またの。また、の?

 ごらい、てんを……」


「あぁ……。

 そのなんだ、今度また猫たちに会いにいくな!」




佐藤ウズシオ(冷酷の魔猿)

 表:某ラーメン店に勤務。一応は看板娘。

 裏:笠子組お抱えの対鬼担当。業界内では「笠子組の死神」という異名を持つも、その姿を見た者はほとんどいないとか。




 カラカラカラ    カシャン


 僕はラーメン屋の暖簾をくぐり戸を閉め、迎える真冬の風に身を沈めた。

季節は巡り、廻り。

空は透き通るように青いのに、粉雪がチラホラと舞っていた。


「さて。」


 僕は独り言の掛け声の元、前へと歩き出す。


 大学はなんとか卒業直前までこぎつけた。

そして今は「花咲芸能事務所」でのアルバイトの身。内定を(ヤチヨ様から一方的かつ強制的に)もらい、春からは正社員として勤める予定(決定)だ。

いやすでにアルバイト(研修)で結構なタイムテーブル、ハードスケジュールなのだが……

なんだ! ブラックかよ!!



 そんな僕を見透かしたかのように、スマホが着信を告げる。


「もしもし?」


 着信相手はどうせ仕事上の催促だろうと高を括り、掛け先が誰か確認せずに、身をすくめながらその電話に出た。


「ミスミです。」


「うぉっとミスミちゃん!」


 僕は特に意味もあるはずもなく、スマホを右手右耳から左手左耳に切り替える。


「お元気そうで何よりです。」


「お察し、の通りです。

 ミスミちゃんは元気? 変わりない?」


「えぇ。

 いつも通り、かな? と思います。」


 暫しの間、僕らの間に無言が電波を通り抜けていく。

電話越しの息づかい、生きているという生存確認にお互い安堵する。


「……、来週の木曜にそちらへ帰ります。」


「何日ぐらい居られそう?」


「3日ぐらい、でしょうか。

 幌谷くんのご予定は?」


「たぶん仕事だけどね、ははは。

 でも都合はつくと思うよ?」


「……。

 仕事であっても、ご一緒できれば。

 と、ボクは思います。」


「うん。楽しみに待ってる。

 気を付けて。」


「ええ、お気を付けて。」


 再びお互いの無言の想い。

僕はスマホを降ろし、落ちる雪の見つめながらスマホを切り、ポケットへと手と共にしまった。




雫ミスミ(静寂なる魔鳥)

 表:W&C渉外部 グローバル統括マネージャー

 裏:世界中の鬼(オーガ、トロール、ゴブリンetc)の真偽調査及び討伐指揮。

   人、いる処に鬼あり。




「なぁ、にぃちゃん。あんた桃太郎だろう。」


「違うけど?」


 僕は後ろからの声に即答し、続けて前進からの回転。

背後からの攻撃に備え、頭部を開手でガード、からのあわよくば把持の体制!


「ガグフッ!」


 顔面へのハイキック、ないし何かしらの投げ、あるいは極め技と予測していたが……。まさかの腹部への打撃だったか……。


「相変わらず、にぃちゃんは甘いなぁ。」


 ニコナが僕へと肘鉄を決め、真下から覗き込むようにささやく。

満面の笑顔で。



「は、はははは。

 あえて受け止めた、この僕の包容力! 誤解するな!」


 そのまま抱擁へと移行したかったが、天下の往来、白昼堂々と高校生女子を抱きしめるほど、僕は常識をわきまえていない人間じゃあ、ない。

もちろん、天下の往来で肘鉄を決めてくる高校生女子もどうかと思うが。


「久しぶりだね、にぃちゃん。」


 すっと僕の懐から離れたニコナが、何事もなかったかのように先を歩きだす。


「あぁそうだな。お互い忙しい身だしな。」


 僕は社畜まっしぐらなバイト。ニコナは学業。それに……


「冬休み中は鬼退治に参加できたんだけどなぁ。

 さすがに学校行きながらだと、ね。」


 僕らはそれぞれの立場で、支援として鬼退治、鬼の討伐に加わっていた。

まぁもっとも、僕は7割がた鬼退治なのだけれども。



「学校は順調なの?」


「うん、割と楽しくやれてるかな?

 ヒヨリンは新体操部で頑張ってるし、琴子は冬休み中に1体の仏像を仕上げたよ。なんだかんだ、多忙な毎日。」


 ヤチヨ様の何の計らいか。

ニコナ達三人は花咲八千代学院高等科へと、特待生枠で昨年入学していた。


「リュウジンは元気?」


「うん。

 たまにね、二人で武道系の部活に稽古付けしてる。」


 稽古付けと言いつつ、半ば道場破り。「花咲の武神カップル」と秘かに噂されているのを耳にしたのは、昨年の秋だっただろうか……。



 粉雪を纏い、一陣の風が僕らの間に過ぎる。


 ニコナのスカートの端が横に流れる。


 その背中に少し大人びた雰囲気。伸ばし始めた髪が静かになびく。



「ねぇ。

 また今度、一緒に鬼退治に行こうね?」


 振り返ったニコナは、その物騒な発言に似合わず、静かに微笑んだ。


「あぁ、そうだな。」


 僕はその笑顔から目を逸らすように、寒さに身を縮めるようにポケットへと手を入れ、再び歩を進めた。


「次は、九州とか暖かいところがいいのだけれど。」


「そお? 北海道も美味しいものあったし楽しかったじゃん。」


 季節は否応なしに廻る。

僕らはゴールを知らず、でもそれを求めて歩く。



「んじゃ、あたしは行くね!」


「おう! んじゃあな。」


 駆け出すニコナの背中に僕は手を挙げて応える。




軒嶋ニコナ(狂喜の魔犬)

 表:花咲八千代学院高等科1年

   芸事に長けた花咲では珍しく、部活動に所属しない帰宅部。

 裏:浦島家を通じ時折(とはいえ積極的に)、鬼討伐に参加している。




 あの夏以降、鬼の出現率は低くなった。

リュウエイ氏が言うには、それが例年の平均値らしい。とはいえ鬼がいなくなったわけじゃない。

「人在るところに鬼在り。」

僕らはやっぱり、鬼退治を、鬼討伐を、鬼の魂を救い続けている。


 そんなことを考え、どこ行くともなく歩いていた僕のスマホが、短く振動した。



『糸偏に冬 月に券、手に帰ります

 迎えは不要』



 まったく。

メールは普通に打てばいいのでは?

僕はスマホを開くことなく、その着信を知らせる画面の短い文字に眉をしかめ、再びポケットへとしまった。諸兄諸姉のお察しの通り、僕はバイトの身にも関わらず、いやバイトなのに宝鏡カグヤの専属マネージャーをやっていた。

いやちょっと? 普通は喜ぶべきだと思った?

ははは、んなわけないでしょ!!

いくら神のSラインを堪能できるとはいえ、まさにハードスケジュールですからね? どっちが鬼だか分らんわ!!



「はぁ……」


 僕はポッとできた空いたスケジュールにため息をついた。


 冬の空を見上げる。


 どこまでも突き抜けるような薄い蒼の空。


 果てなく広がる空。



 僕らはそれでも、


 何処に在るかわからない、其処を目指して歩く。

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