見届ける鏡月
こんな理不尽が、僕の定められた運命だというのならば
僕は抗いたい
こんな理不尽が、予定調和と繰り返されているのならば
僕は抗いたい
この想いが決められた、すでに決まった確定事項だというのなら
僕は受け入れたくない
何度も何度も、何度も何度も描かれた恋路だというのなら
僕は受け入れたくない
過去が何だって言うんだ
運命が何だって言うんだ
僕は誰なんだ
君は誰なんだ
この想いは決められたものじゃない
この想いは誰のものでもない
「ねぇ、幌谷くん。
私は太古から続いてきた、忌み嫌われる者の代弁者。
生む者、開く者、母なる大鬼。
ふふ、
今生でも、過去世でも、今までず~~~とず~~~と、
子を生んだことなんて、無いのにね。
でも母なの。
失われゆく子等に、再び命を与える母なの。
生れた子等が、今生の人々に害をなす理不尽なのは知ってる。
その子等を斬り伏せ、抗い、抹消していく理不尽が在ることも知ってる。
増やしても増やしても増やしても、
結局は消されてしまうのも知ってる。
でもさ、
そうして刻むの。
子等が生きていることを。生きていたことを。
その声を、悲しみを、怒りを、絶望を。
失意を、生きたいっていう想いを人々に刻むの。
刻まれ、受け入れ、永遠に弔ってくれる。
それが、
終わらせる者、閉じる者、鬼斬りの一族と彼らを庇護する陰陽師。
その結晶たる桃太郎。
それが、
君じゃない。」
優しい微笑み。小首を傾げる可愛い仕草。
慈愛にも似たその微笑みなのに、どうしてそんなに哀しい目をしているのですか、
ユイさん。
「ねぇ。
送ってくれるよね、私を。
送ってくれるよね、この想い。
君なら永遠に、
君の中なら全てを、
閉じることが出来るんだから。」
手を伸ばせば届く距離。僕はそこで歩みを止める。
君の髪をすくことのできる距離、抱きしめることのできる距離、
鼓動を、呼吸を、感じることのできる距離。
僕が前へと進むことが出来たのは、
恐れることなく、
自分を、未来を、今を信じて進んできたニコナのお陰だと思います。
妹みたいな存在なんです。
純真で、直向きで、でもちゃんと悩んでて。
前に進んだからこそ見える景色もある。
そう、教えてくれた人なんです。
僕が膝をついたのは、
打ちのめされ、留められたからだけではなかったように思います。
悲しみも、苦しみも、当たり前のように受け入れ、
意図していなかったのかもしれないけれど、
それをすべてと、受け入れていたウズウズ。
僕は彼女のお陰で、
立ち止まることでしか見つけられない野の花を、
知ることが出来たように思います。
僕が振り返ったのは、
やっと過去を見る勇気を持てたから。
ミスミちゃんは僕の幼馴染なんです。
ずっと待っていてくれたんです、僕が成長するのを。
ずっと見守ってくれていたんです、
僕が過去を受け入れることが出来るようになるまで。
頭上がりませんよね。
僕の醜いところも見られちゃってるし。
彼女たちのお陰で僕は僕で在れる気がします。
ちゃんと過去も未来も、現在も見られるようになった気がします。
いや違うな、
僕が僕でいられるのです。
ちゃんと。
「ユイさん。
僕はあなたが好きです、始めて会った時から。
違いますよ?
過去だとか初期だとか、幾世代の時だとか、
そういうのとは関係がなく。
きっと、
あぁきっとそうです、間違いなく。
僕はあの日、
大学のサークルの、あの新入生勧誘のためにしつらえられた机。
木漏れ日の中で独り本を読んでいるあなたを見て、
あの僅かな風に髪が揺れた時の、何気なく髪をかきあげる所作に、
僕はドキッとしたんです。
あの日、初めて会ったのに、僕は恋に落ちたんです。
これは過去だとかなんだとか、そんなのを言い訳にしたくない。
僕は僕として、あなたに恋したんです。
一目ぼれだとか、そういう安易な言い方でもなく。
運命だとかそういう不確かなものでもなく。
僕はあなたに会った時、始めて会った時に恋に落ちたんです。」
胸に手を当てる。
其処から伝わる鼓動。いつもよりはいくらか早い、僕の鼓動。
でもそれは僕の命の鼓動。
ユイさんが僕へと微笑む。
ゆっくりと傾けた頬に流れる黒髪。
潤んだように優しく僕を見つめる瞳。
「確かに僕は、
此の世に生み出されたシステム。
無へと導く機能。
人々を此の世を、桃源郷へと誘う、
唯一で無二の無。
だけれど、」
僕の心から伸びたるは太刀。
そこに在らわりたるは、宝刀・鬼殺し。
「だけれど僕は桃太郎じゃない。」
僕は母なる大鬼の鬼門を、
その太刀で貫いた。
「好きです。ユイさん。」
堕ち往くユイさんの背後に、
そんな僕を見届けるように、
鏡面の満月が昇る。




