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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第9幕 増える鬼の子此の世の写し絵なるものぞ
202/205

見届ける鏡月

 こんな理不尽が、僕の定められた運命だというのならば


 僕は抗いたい


 こんな理不尽が、予定調和と繰り返されているのならば


 僕は抗いたい


 この想いが決められた、すでに決まった確定事項だというのなら


 僕は受け入れたくない


 何度も何度も、何度も何度も描かれた恋路だというのなら


 僕は受け入れたくない


 過去が何だって言うんだ


 運命が何だって言うんだ


 僕は誰なんだ


 君は誰なんだ


 この想いは決められたものじゃない


 この想いは誰のものでもない



「ねぇ、幌谷くん。


 私は太古から続いてきた、忌み嫌われる者の代弁者。

 生む者、開く者、母なる大鬼。


 ふふ、


 今生でも、過去世でも、今までず~~~とず~~~と、

 子を生んだことなんて、無いのにね。


 でも母なの。


 失われゆく子等(こら)に、再び命を与える母なの。


 

 生れた子等が、今生の人々に害をなす理不尽なのは知ってる。


 その子等を斬り伏せ、抗い、抹消していく理不尽が在ることも知ってる。


 増やしても増やしても増やしても、

 結局は消されてしまうのも知ってる。


 でもさ、


 そうして刻むの。


 子等が生きていることを。生きていたことを。

 その声を、悲しみを、怒りを、絶望を。

 失意を、生きたいっていう想いを人々に刻むの。


 刻まれ、受け入れ、永遠に弔ってくれる。


 それが、


 終わらせる者、閉じる者、鬼斬りの一族と彼らを庇護する陰陽師。


 その結晶たる桃太郎。


 それが、



 君じゃない。」



 優しい微笑み。小首を傾げる可愛い仕草。

慈愛にも似たその微笑みなのに、どうしてそんなに哀しい目をしているのですか、


 ユイさん。



「ねぇ。


 送ってくれるよね、私を。


 送ってくれるよね、この想い。


 君なら永遠(とわ)に、


 君の中なら全てを、


 閉じることが出来るんだから。」




 手を伸ばせば届く距離。僕はそこで歩みを止める。


 君の髪をすくことのできる距離、抱きしめることのできる距離、


 鼓動を、呼吸を、感じることのできる距離。




 僕が前へと進むことが出来たのは、


 恐れることなく、


 自分を、未来を、今を信じて進んできたニコナのお陰だと思います。


 妹みたいな存在なんです。


 純真で、直向きで、でもちゃんと悩んでて。


 前に進んだからこそ見える景色もある。


 そう、教えてくれた人なんです。



 僕が膝をついたのは、


 打ちのめされ、留められたからだけではなかったように思います。


 悲しみも、苦しみも、当たり前のように受け入れ、


 意図していなかったのかもしれないけれど、


 それをすべてと、受け入れていたウズウズ。


 僕は彼女のお陰で、


 立ち止まることでしか見つけられない野の花を、


 知ることが出来たように思います。



 僕が振り返ったのは、


 やっと過去を見る勇気を持てたから。


 ミスミちゃんは僕の幼馴染なんです。


 ずっと待っていてくれたんです、僕が成長するのを。


 ずっと見守ってくれていたんです、


 僕が過去を受け入れることが出来るようになるまで。


 頭上がりませんよね。


 僕の醜いところも見られちゃってるし。



 彼女たちのお陰で僕は僕で在れる気がします。


 ちゃんと過去も未来も、現在(いま)も見られるようになった気がします。


 いや違うな、


 僕が僕でいられるのです。


 ちゃんと。



「ユイさん。


 僕はあなたが好きです、始めて会った時から。


 違いますよ?

 過去だとか初期だとか、幾世代の時だとか、

 そういうのとは関係がなく。


 きっと、

 あぁきっとそうです、間違いなく。


 僕はあの日、


 大学のサークルの、あの新入生勧誘のためにしつらえられた机。


 木漏れ日の中で独り本を読んでいるあなたを見て、

 あの僅かな風に髪が揺れた時の、何気なく髪をかきあげる所作に、

 僕はドキッとしたんです。


 あの日、初めて会ったのに、僕は恋に落ちたんです。


 これは過去だとかなんだとか、そんなのを言い訳にしたくない。


 僕は僕として、あなたに恋したんです。

一目ぼれだとか、そういう安易な言い方でもなく。

運命だとかそういう不確かなものでもなく。


 僕はあなたに会った時、始めて会った時に恋に落ちたんです。」



 胸に手を当てる。

其処から伝わる鼓動。いつもよりはいくらか早い、僕の鼓動。


 でもそれは僕の命の鼓動。



 ユイさんが僕へと微笑む。


 ゆっくりと傾けた頬に流れる黒髪。


 潤んだように優しく僕を見つめる瞳。



「確かに僕は、


 此の世に生み出されたシステム。

 無へと導く機能。

 人々を此の世を、桃源郷へと誘う、


 唯一で無二の無。


 だけれど、」



 僕の心から伸びたるは太刀。

そこに在らわりたるは、宝刀・鬼殺し。





「だけれど僕は桃太郎じゃない。」





 僕は母なる大鬼の鬼門を、


 その太刀で貫いた。




「好きです。ユイさん。」




 堕ち往くユイさんの背後に、


 そんな僕を見届けるように、


 鏡面の満月が昇る。

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