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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第9幕 増える鬼の子此の世の写し絵なるものぞ
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宵闇に手毬

 夜闇の小道を歩く。

人々の気配は薄れゆき、足元の砂利を踏む音だけが木霊する。

左右から照らしていた行燈の灯りが力を失っていく。緋色の灯り。

替わって道を照らすは蒼色の炎。鬼火。等間隔に往く道を示す。

やがて自身の足音すらも失われていく。


 手毬をつく音。僕を(いざな)う音。



 てーん

     てーん

         てーん



 女童の唄。徐々に明確になっていく幼き声。

他はもう、其処には無い。



「御伽噺は語りだし歯車は廻りだす

   鬼来たりて童は舞い踊り

     廻り流され我は我と覚えず


 生けるもの皆氷門に閉ざされ

   花の色褪せて手より零れ落ちる

     高みに至るも悲しみを鎮めることは無し


 遠く異形の訪来を

   迎え称えんと欲すれば

     其れ即ち終焉の灯になりにけり



 人に智慧あるや否や

   天に光明あるや否や

     地に息吹あるや否や


 彼の世は此の世の影の如し

   彼の世の繋がり絶たんと欲するも、」



 手を止め、唄を止め、手毬を持った女童が振り返る。

浴衣姿の幼き姿が蒼い光に照らされる。浮かび上がる。

小首をかしげ、微笑みながら僕を見つめる。


「哀しい唄ですね。」


「だって、鬼の唄だもの。」


 僕へと両手で精一杯、放った手毬が力を失い地を弾む。やがて転がり僕の足元へと転がってくる。僕はその手毬を取り上げ、見つめた。



「その唄の最後の句は……、あるのかな。」


「気になる?」


 ふふふ、と柔らかく静かに聞こえる笑い声に、僕は視線を上げた。


「えぇ、まだ物語は終わってませんからね……。

 ユイ先輩。」


 手毬を放る。受け取った澄河ユイが、手毬をつきながら最後の句を唄った。



「増える鬼の子此の世の写し絵なるものぞ。」




 手毬をつく彼女は、今まで見てきたどの彼女よりも美しかった。


「やっと見つけてくれたね。

 幌谷くん。」


 再び僕へと微笑みかける。

いつものように留められた前髪のヘアピン。

そしてその下に覗く、小さな二つの牝牛の角。



 母なる大鬼。



「気が付いたのは、枯野さんと……

 彼と接したからです。今まで全然、気が付きませんでしたよ。

 彼は増え鬼じゃない、鬼を増やすことはできない。大鬼じゃない。

 繋がることだけ、でした。」


「そうね、正解。

 彼は手繋ぎ鬼よ。」


「ユイ先輩は、

 ……いつから気が付いていたんですか?」


「私? ふふふ、

 私が大鬼だってこと? それとも君が桃太郎だってこと?」


 ついていた手毬が消える。ユイ先輩が身をひるがえし、僕に背を向ける。


「ねぇ。

 少し歩こっか。」


 ゆっくりとした足取りで歩み始めた彼女に、僕は従った。

蒼い鬼火に照らされる小道、黄泉の道。音の無い、音連れることのない道。



「私が大鬼だってことに気が付いたのは、もう物心ついた頃だったかなぁ。

 最初は漠然と。年を重ねるごとに明確に。

 私は私の役割に気が付いたわ。」


 揺れる黒髪。揺れる浴衣の裾。

言葉とともに流れる生暖かい風。湿気を帯びた香り。


「もちろん理解するほどに多少の動揺はしたんだけど……

 そう、たまたま学校を風邪で休んで、登校した時には学芸会の役割が決まってたみたいに。

 ふふふ。本当にね、私さ、小学校の頃にそれでシンデレラの役だったの。

 本当は鬼なのにね。」


 僕は歩くユイ先輩の横に並んだ。

昔を懐かしむように天空を見上げる彼女。その横顔の美しさから、大鬼とは未だに信じられなかった。妖艶さすらない。清純無垢な微笑む横顔。


「だからね、私が大鬼だって認めれば認めるほどに気になってたの。

 桃太郎ってどんな人だろうって。」


 立ち止まり、小首をかしげ、僕を真っすぐと見つめる。


「待ち焦がれてたの。

 私を殺しに来る人ってどんな人だろうって。」



 あまりに真っすぐなその瞳に、僕は足元へと目を逸らした。


「すみません。僕で。」


 ユイ先輩が、幼子が楽しさや喜びを隠そうとするかのように後ろ手を組み、再び大きく歩き始める。


「そう? 私は、

 あぁ、この人なんだなぁって、始めて会ったときに気が付いたんだよ?」


 あの日を思い浮かべているのだろうか。小さく笑うユイ先輩。


「ねぇ、幌谷くん。

 幌谷くんはさ、私を見てときめいてくれなかったのかな?」


「意地悪ですね、ユイ先輩。」



 あの頃の僕は何だったのだろう。


 過去世も過去も、未来も現在(いま)も認めていなかった。

僕らを捨てた父も、逝去した母も。

義務感で、いや恩情で、いいや優しさで保護してくれた親戚も。

過保護で、自己犠牲で、母の代わりを務めてくれた姉すらも。

世の中も、友人も。あぁ、僕に親友として接してくれていたはずの人でさえ。


 枯野。そうだ、枯野と同じに孤独感の中にあった。

ただ彼と違ったのは求めなかったことだけ。架空とリアルの境目に位置するネットの世界、あるいは二次元の世界にでさえ。

唯一は二次元の極限たる文字の羅列、小説の中だけが安寧だっただろうか。


 だって僕は自分すら認めていなかった。


 何のために、誰のために、どんな意味があって、何かの足しになるのか。


 生きる理由を見出していなかった。


 僕自身の役割も、役名も、

認めるとか認めないとかじゃなく、得ることがなかった。


 配役のない、僕の演じるものなどない「世界」という舞台劇。


 そう、まるで配役のない学芸会。


 大道具でも小道具でも衣装係でも照明係でも何でもいい。


 僕は何のために生きている?



「ねぇ、ユイ先輩……

 ユイさん。

 僕は未だにこの配役、役割を全うできる気がしないのですよ。」



 『桃太郎と』いう大役。

主役にして、チートにして、ようわからんけど大した活躍もしないのに大将格。

記憶と記録でいえば、ひたすらに鬼を斬り、

斬って斬って斬って、刈って刈って刈って、巨万の財を得て凱旋した殺戮者。


 そしてその実態はただの「無」


 「無」の体現者。


 其処には何もない。


 機械、システム、機能。


 それ以外には何もない。


 今の僕と何も変わりがない。


 ただ役割を果たすだけ。


 僕じゃなくたってできるじゃないか、僕である必要なんてないじゃないか、僕で在る必要なんてないじゃないか。




「君じゃないと駄目なんだよ。幌谷くん。

 君じゃないとダメ。」


 彼女が先へと駆け出し、舞いながら廻り、闇夜を背に僕へと振り返る。


「君なんだよ。私を見つめるのは。」



 ユイさんを見つめ返す。


「そのために……、今回の騒動を?」


「それは半分正解で、半分間違いかな。」


「彼は、」


「うん、そう。彼は兄なの。」


 断片的に見た枯野の記憶、過去。

漠然とした勘だったが、やはり彼の幼少期に見た赤ん坊は彼女だったのだ。


「覚えてる? 兄と君とは、海で一度会ってるんだよ。

 兄に言ったの。彼が桃太郎だよって。

 ふふ、嫉妬してたわ。」


「そうなんですか? 二重に驚きですね。」


「兄と再会したのはちょうど1年前ぐらい。でもね、うちが再婚で生き別れの兄がいるだなんて、兄に会うまで知らなかったの。

 兄は絶望してたわ。埋められない孤独に失望してた。

 死のうと思ってたみたい。

 だから死ぬ前に、自分とは別の人生を歩んだ兄妹に会いたくなったんだって。

 同じ材料から作られた人間が、自分とどう違うのか知りたくなったんだって。」


 ユイさんが両手を前に掲げた。淡く頼りなく再び現れる手毬。


「だからね、」


 その手毬を慈しむように、優しく抱きしめる。


「兄を鬼にしてあげたの。」



「……、

 今回の件は枯野さんが、お兄さんが計画したということですか?」


「うん。

 計画し、中鬼になれそうな人材を探し、実行に移したわ。」


「でもなぜ……、なぜお兄さんを鬼に?」


「なぜ? ふふふ。」




 風など吹いていないのに、蒼い鬼火が揺らめく。


「絶望も失望も、失意も怒りも哀しみも何もかも。

 鬼が生まれるための感情。

 その感情を鬼にする。鬼を生む。」


 手毬を宵闇へと放り上げる。


「それが私。それが大鬼。」


 消えていく手毬を見上げながら、ユイさんは言った。



「それが私の役割だったからに、決まってるじゃない。」

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