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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第1幕 御伽噺は語りだし歯車は廻りだす
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高天原と天岩戸

「なあ、にぃちゃん。今日はちょっと暑くないか。」


 それは初夏の日差しの中、シャドー組手を繰り広げている軒島ニコナこと、中学生女子が勝手に心拍数を上昇させ、発汗作用の向上に努めていることが原因だと思うのだが。

彼女は動きを止めず、僕にそう言った。


 僕はスポーツ女子が汗を煌かせるのが嫌いなわけではない。ただしそれは、体操着に今や古代化石となった赤いブルマを着用し、額に鉢巻を巻いてバトンを持ち、体育祭という数少ないスポーツ女子が脚光を浴びる一大イベントのみで許されるものであり、ゴールに一着で飛び込んだ瞬間の、満面の笑顔と共にきらりと輝く、それでなくてはならないのだ。


 そう、それは聖女による聖戦の聖水であらねばならないのだ!



「僕はそうでもないな。」


 僕は公園の木漏れ日の中でベンチに座り、読書に耽っていた。微かな風が心地よい。

僕は最近までレポート提出で忙しく、溜まっていたラノベの新刊を1か月遅れで読むのに忙しかった。自宅で読んでも良いのだが、この公園のベンチで目をつぶり、程よく抑えられた街の音をBGMに、読んでいるラノベの情景を大画面で展開させるのが好きだった。


 そんな人生の休息のひと時を、この軒島ニコナはなぜ妨害するのか。ベンチに座っている僕の目の前に唐突に現れた軒島ニコナは、偶然出会った風でもなく、何かしらの用があって来たのだろうが、「よう、にぃちゃん。」と言ったきり、シャドー組手をはじめて現在に至る。

そもそも、なぜ僕の居場所がわかるのか。犬だけに探索能力は標準装備だとでもいうのか。



「ふう。流石に3m級の白熊はやっぱり強いな。」


 そう言って軒島ニコナは僕の隣に腰を下ろした。こいつは何を想定して戦っているのだ。僕は3m級の白熊と戦う中学生女子なんぞに興味はわかない。

いや、訂正しよう。これが魔法少女で、巨大な悪魔と戦う姿なら問題ない。当然、魔法少女はドジっ子キャラ限定だ。悪魔は悪魔で、その執拗な攻撃、攻撃方法は水浸しにする、服を溶かす、縛り上げる。どれも欠かせない要素ではないか。

やはりピンチに陥り、あわやという我々の期待をお預けする絶妙なタイミングで悪魔を倒さねばならない。


「にぃちゃん、桃太郎だった自覚はでたか?」


 この軒島ニコナは病気なのだろうか。人を桃太郎呼ばわりすることを許されるのは、小学校就学前までの女児だけだ。しかし寛大な僕は、軒島ニコナの話に乗ってやることにした。こういう手合いは、話に乗っかってある程度満足させ、適当な頃合いで終わらせるしか方法はない。

むしろ軒島ニコナがいたら、僕のスーパービジョンラノベライフ、通称SVLLを満喫することが出来ないではないか。


 僕は読んでいた本を閉じ、軒島ニコナの方へと視線を向けた。仄かに湿って透けた制服の白いブラウスが、背徳感を感じさせるほどの色気を放っていたことは素直に認めよう。

だがしかし、僕の目はごまかせないぞ、軒島ニコナ。そのブラウスの下の装備を僕が看破できないとでも思ったか。こいつはスポーツブラを装着していないな。当然だが通常のブラも装着していないことをここに付け加えておこう。

スポブラの装備無しで僕を攻略できるとでも思ったか。あまい!



「そういう君は前世の記憶でもあるのかい?」


 「犬の」と語尾に付けようと思ったが、そこは大人の判断力でやめておいた。その言葉を発した途端に攻撃されてはたまらない。推測するにこの立ち位置、いや座り位置と距離感から容易にできる技となると、スリーパーホールドあたりか。

この後の展開からスリーパーホールドを決められ、「く、苦しい…」と言いながらも、顔面を豊満な胸にうずめ、柔らかな肉塊を顔の皮膚全面で堪能しながら気を失っていく僕を想像する諸兄もいらっしゃるかもしれないが、軒島ニコナは巨乳ではない。中学生女子にそれを求めるのは酷な話だ。

軒島ニコナはブラウスの下には何も装備していなかったが、だからといって、たとえブラウス越しに高天原を感じたとしても、僕を神界に導くことは無い。断じてない。



「いや、ないけど。」


 視線は公園の噴水辺りに固定し、手の平をひらひらさせて顔を仰ぎながら、軒島ニコナはぶっきらぼうに言い放った。


「ないのかよ!

 それでよく自分が桃太郎の犬だってわかったな。」


「んー、啓示?

 なんかそうだった、そして現在そう。みたいな。」



 自分で発言しておいてなんだが、「桃太郎の犬」とはなんと官能的な表現なのだ。

僕は今まで、今の今まで桃太郎という物語を全否定していたが、これは一部、解釈を改めねばなるまい。そもそも犬が犬であるから悪いのではないか。もしやこれは先人達による比喩表現だったのか?


 いや、待て。そうは言ってもここにいる軒島ニコナからは「桃太郎の犬」としての従順さを感じられない。たとえどんな無茶ぶりであろうとも、嫌だ嫌だと言いながら羞恥心よりも好奇心の方が勝ってしまう従順さは1μ(ミクロン)も感じない。

わかっている。わかっているよ、諸兄!

「それは従順さではないのでは?」と言いたいことはわかっている。「嫌だといいながら、本当は興味津津。嫌なふりなの」と「本当に嫌だけど、あなたの指示なら従います」ということの違いはわかっている。だがしかし、僕は自ら進んで盲目的に火の輪をくぐるような犬には、興味はわかない。



「つまり……。僕の犬としての自覚が自発的に芽生えたということか?」


 そう僕が言い終わるか言い終わらないうちに、彼女は僕に寸剄を放ち、僕が足を先頭にうつ伏せ状態で吹っ飛んで行くところを器用にも空中で馬乗りにキャッチし、地面に着地すると共にテキサスクローバーホールドを極めた。

なるほど、そうきたか。まさか打撃技からの絞め技で来るとは想定していなかった。ましてテキサスクローバーホールドはそんなにメジャーな技だったのか。


「にぃちゃんの所有物になるわけないじゃん!」


 そう言いながらも、どこか楽しげな声に聞こえるのは気のせいか。

僕の臀部に軒島ニコナがぐいぐいと接触している。臀部に感じるそこは聖域、天岩戸か。そして僕の脛はまさに高天原に着地したところか。そうか、ここが神界か……。


「痛い痛い痛い! 前言を修正いたします! 「僕の犬としての」を削除いたします!

背骨が、背骨が、それに脚が! ギブギブッ!」


「はぁ、喉乾いた。コーラ買ってこよ。」



 軒島ニコナから解放された僕は、しばらく地面にうつ伏したまま神界に留まった。

生身の人間のまま神の領域に入ることは、それ相応の代償を払わねばならないのだ。背中で感じる初夏の日差しが、妙に柔らかく優しかった。

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