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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第8幕 彼の世の繋がり絶たんと欲するも
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此の世は一夜の夢。

 枯野の深層で最後に触れた記憶の断片。

これがこの男の絶望であり、孤独感の根源なのだろう。それは良くも悪くも人を動かす原動力となる。絶望からの渇望、そして執着心。得られることのない、尽きることのない欲望。


 ネット、ネットワークとはよく言ったものだ。

枯野から猛スピードで紡ぎだされる糸がそれぞれに結びつき、網の目状に広がっていく。

その中心にジッと座す枯野。獲物が引っかかるのをジッと待つ枯野。まるで蜘蛛のように。

だがその網が膨れ上がり広がり、広大になっていっても、全世界につながっていっても。枯野が欲し求める獲物を捕らえることは、心を満たすことはなかった。


 人々は根源的に「孤独」を抱えているというのにもかかわらず。



「枯野さん、()にとっては初めてのお客様だ。もう二度と、帰ることは叶わないでしょうけれども。

 あぁそうか、表現が違うな。

 帰る還らないではなく、あなたは此処の住人として迎えられます。」


 再び舞台は桃源郷の苑へ。

桃の花咲き乱れ香りは風に流れ、小川のせせらぎ小鳥のさえずり、静かな音が辺りを満たす。確かに地は春の陽光に満たされ、桃色の霞みが柔らかく包んでいたけれども、空を見上げれば満天の星空。

時間は止まったまま。ただ繰り返される悠久の時。


 木製の小さな東屋に、物静かに座る枯野タダシ。

どこからともなく、ポツリポツリと現れる人々。桃源郷の住人達が彼を迎える。


 過去世の桃太郎たちが、幾世代にもわたって捕えた鬼たち。いや人間たち。

永遠の時を生き、桃太郎のために生きていく人たち。

何も無かった、「無」であった桃太郎が「人格」というものを、「人間性」というものを得るが為に捕え続けられた人たち。


『桃源郷送り』


 その真髄、その末路、その終着地。記憶、記録、ログの集積地。


 「死」という終わりを得ることなく、永遠に捕らわれるという一つの終わり。


 方法、目的は違えどそれは、枯野が作り上げたシステムに似ていた。

一方は孤独を埋めるため、そしてもう一方は「無」を埋めるため。




 僕は枯野と同期する。

張り巡らせた糸の全て、繋がりの全てを掌握する。

一気に流れ込む、人々の感情。昂らされ、揺さぶられ、引き出された鬼の起因たる負の感情。糸を辿り、深く鋭く僕に突き刺さる20万人近くの感情。


 改めて枯野の強さを実感する。その孤独感を埋めんとする強さを知る。

遠のきかける意識に奥歯を噛みしめた。ここで退くわけにはいかない。これが僕の選択したことなのだから、この行動を止めない。

両手を握りしめ、全てを引き寄せる。


 繋がりの全てを切断する。鬼化を解く。


 遮断されることによる喪失感、虚無感。

あの「針のむしろ」の如く感情の怒涛に晒されながら、解放されたいと願いながらの、解放されたとたんに訪れる、この孤独感。

僕が「無」であるという現実。




 膝をつく。現実の地に。


 眩む頭に届くニコナの想い、ミスミの意志、ウズウズの気持ち。


 三人から流れ込む意識から、枯野が繋いでいた人々の鬼化が解かれたことを理解する。

この鬼の包囲網が喪失したことを実感する。突きつけられていた選択肢以外の、自分の選択、決断が為されたことを知る。成功したことをやっと実感する。


「うわお!

 え? えぇ? ええぇ??」


 うん、驚くよねニコナ。そうだよ、攻撃は解いていい。


「どうやら。

 幌谷くんが、人々の鬼化を解いたということでしょうか。」


 あぁミスミちゃん。なんとかかんとか、出来ましたですよ。

正直、ギリギリの賭けでしたが。


「もう……、まつ?

 抹殺……しようかと……、思ってた。」


 うん、そうな。

間に合ってよかったウズウズ! 三人が本気になったら壊滅出来たろうね!

もうなんかさ! 核弾頭を抱き枕にしてる気分だよ!



 枯野という鬼。

そんな孤独に捕らわれた者が起こした、テロというべきこの事変を僕らは退けることが出来た。

もちろん、その前哨戦ともいうべき行為によって、引き起こされた被害はけっして少ないものではない。だが、抑え込めることに、解除することに成功したと、そういえるのではないだろうか。


「大丈夫ですか?

 出来ることならボクはすぐにでも、そちらに向かいたいのですが……」


『うん、わかってるよミスミちゃん。

 人命救助、情報統制、その他色々とやらなきゃいけないことがまだある。

 ヤチヨ様とか山柴の人たちが動くのだろうけれど、現場を知ってる人が指揮を執るのがいいと思う。頼んだよ、ミスミちゃん。僕は大丈夫。』


「かしこまりました。」


『ニコナ? 動ける?』


「うん、あたしはなんともないよ?」


『リュウジンが僕の身代わりになってくれた。命に別状はないけど動けないと思う。

 迎えに来てくれないかな?

 それと……、これは僕のわがままだけれども、近くに友達がいるんだ。

 一緒に保護してほしい。』


「わかったよ。にぃちゃんは?」


『僕は、ごめん。

 少し一人になりたい。』


 地に突き立てていたリュウジンの刀を抜き、横たわるリュウジンの元へ行く。

意識は戻っていないけど、穏やかに呼吸している。外傷は見当たらない。鬼化の治癒力のお蔭だろうか。皮肉なものだ。


 リュウジンの傍らに刀を置いた。

僕から感じ取る情報で、ニコナならここがわかるだろう。


「ニコナにはストーク隊を向かわせ、合流させます。」


『ありがとうミスミちゃん。

 ウズウズは?』


 微かに繋がりはするのだが、陽炎のようにはっきりしない。


「ウズウズ……、佐藤さんは「あっちが気になる」と言って屋台の方へと向かわれました。」


『ははは、らしいっちゃらしいね。でもま、なんか思うところあるんじゃないかなぁ。

 じゃあ少しの間、頼むね二人とも。』


「は~い。」



 リュウジンの傍らから腰を上げ辺りを見渡す。

夜空の下、無数に横たわる人々。眠る人々。まるで戦場のような有様だったが、そこには悲壮感よりも穏やかな静寂を不思議と感じた。


 此の世は一夜の夢。

辛いことも悲しいことも、苛立ちや悔しさも、楽しいことも嬉しいことも一夜の夢。

記憶も記録も、真実も事実も過去に流され、現世(うつしよ)に在るは漂う残り香。

儚き想いを、人は夢と相手への心を抱えて眠りつく。


 今夜のこのことを、眠りから覚めた人々は夢と流してくれるだろうか。


 願わくば、人が人を襲うなどという行為を覚えていないでくれ。


 鬼として心を捕らわれたことなど……



 僕は一人、歩き始める。

無かったことに、無かったことに、無かったことに。


 人々に安寧が訪れるように。事実や真実などが足枷とならぬように。




 灯りが近づいてくる。いや僕が灯りの中へと進んでいく。


 小道の両側に建てられ並ぶ屋台。

そこに人影はない。ただ行燈(あんどん)の灯りが道筋のように行く末を照らす。



「ほろぅやぁ……、むすこ、だんなさん……」


「ここにいたのか、ウズウズ。

 ははは、わりかし気配は消したつもりなんだけどな。

 まぁ、そういうことはウズウズには敵わないか。」


「肉食う……、肉の力、もらう。

 鬼やっつける力、ほしい。……だから食う。」


 ウズウズがそう言いながら、何かしらの肉が刺さった串を差し出す。

えっと、あれかな? 鳥かな?豚かな? ……人間じゃないよね?

もしかしてウズウズの過去は猩々(しょうじょう)じゃないよね? 大丈夫だよね?


「あ~~~、うんと、大丈夫だよウズウズ。

 えっと、そのために先回りしてたの?」


 コクっと頷き、ウズウズが僕を傍らへと並ぶ。

再び歩み始める僕に、影のように寄り添いとぼとぼと追従する。



「……、まだ僅かだけど、鬼が数体残ってる。

 枯野が繋いだ人じゃなく。

 それを頼めるかな? ウズウズ。」


「……。」


「僕は大丈夫だから。ありがとうな、ウズウズ。」


 立ち止まったウズウズへと振り返る。


 ウズウズが真っ直ぐに僕を見つめる。


 僕の頷きに、ゆっくりと頷き返す。



「ここから先は……、僕独りで行く。」


 僕は行燈が照らす道を、その小道を独り、歩み始めた。






「幌谷くん。

 どうか……、ご無事で。」




「にぃちゃん……

 ちゃんと、戻ってくるよね?」




 三人の頬を撫でるように


 一夜の夢の名残のように


 桃の香りを乗せた微風が流れていく

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