時間の経過は我々に幸運をもたらさない
枯野へと一直線に進む。
僅かに繋がりを解き切れていない人々がゆらりと、至る所で立ち上がる。直後、まるで車にでも跳ねられたかのように吹き飛ぶ。
突き進む僕へと、「人」という塊を枯野が投擲してくる。
それはまるで、僕から「人との繋がり」を絶たんとするかのようだ。
走る速度を落とさぬように、紙一重に躱し続ける。
あぁまったく。ここに来てやっと君との特訓が実を結んだよ、リュウジン。
重心を失わず、心を失わず、己を失わず。不動でありながらの流動。
枯野へと一直線に走る。
すり抜けながら投擲された「人」に触れていく。
枯野との繋がりから、理不尽な繋がりから、その孤独の繋がりから。
糸を裁ち切る。
進むほどに、枯野に近づくほどに、
朝靄の様に、濃淡を持った瘴気が辺りに立ち込めていく。
距離感が朧になる。平衡感覚、時間感覚、己と他者を測るものが朧になる。
『息をのむようなすばらしい思いをするのも君ひとりなら、深い闇の中で行き惑うのも君ひとりだ。君は自分の身体と心でそれに耐えなくてはならない。』
とは、村上春樹の「海辺のカフカ」だったろうか。
思い 惑い
僕らは人々と共感できる。愛する人、信頼する仲間。
一期一会に、ただその瞬間に、ただ居合わせた他人同士であったとしても。
そこに共感性を見出す。独りじゃないことに僕らはすがる。
でもやはり、
思うのも惑うのも、結局は僕ひとりの中で完結している。
だから、
多くの人々に囲まれていても、多くの人々と繋がっていても。
僕らは結局そこに、孤独を見てしまう。
あぁ。
だからこそ僕らはやっぱり、人々へと強く繋がりを求めてしまう。
ニコナの感情が、喜びが僕の中に流れてくる。
最善手、最善手。最善手。
目まぐるしく変化し続ける戦況。その中で常に最善手を、取りえる可能性の全てを選択し、実行していく。状況は決して良いとは言えない。余裕があるわけでもない。
だがそれでも尚、
ニコナは闘うこと、己の全てを発揮すること、生きることに喜びを感じていた。
直向きに、純粋に、走り抜けていく生き様。
多様な選択肢を、捨てることなく選ぶことなく、思う通りに手を伸ばす。掴む。
進み続ける。
ミスミの思考が流れてくる。
いやこれは最早、AIによって演算処理されたモニター画面のようだ。
視界に入る敵の全て、風の流れなどの環境、地形から障害物に至るまで。その全てがベクトル化され数値化され、そして予測を超えた予知として認識している。
冷静に、冷静に、冷静に。
最適解を見出し、ただ実行する。
想いを心の奥に秘めながら、感情をその心の原動力としながら。
その上で為すべきことを為す。
想いを心に秘めているからこそ、冷静に沈着に。
まだ知らぬ予知に希望を持ちながら。
ウズウズの感情が、思考が、心が。
……、流れてはこない。
居ない。居ないのにいる。実体がない。実体がないのに、間違いなくそこに在る。認識の外に在ることを僕は認識する。
例えば僕には感情も想いも在る。それを感じることが出来る。それを思考する脳髄が在るのを実感する。
が、確かにそこに在るはずのそれを、見ることは叶わない。
例えば僕は己の影が落ちているのを地に見る。見える、そこにあるのを認識する。
が、影に実体はない。
無いのに在る。在るが無い。
見えなくとも、感じなくとも、実体がなくとも。
間違いなくウズウズと繋がっていることを、僕は認識する。
心捕らわれた鬼の数体が眼前へと迫る。
噛みつかんと飛び掛かる左の鬼の懐へと背面で飛び込みながら、肘鉄を鬼門へ。
同時に右から両椀を振りかぶっていた鬼の鬼門へ足刀を穿つ。
正面から来ていた鬼へは、寸で攻撃を躱しながらの一本拳。
上方から飛び掛かってきた鬼を、ソバットで吹き飛ばす。
ニコナの視界か。
右前方32度、半身で117.4cm移動。
左へと抜けていく鬼へ、鬼門を左手のナイフで薙ぎ身を沈める。
背後に迫っていた鬼の足元へとそのまま体当たり、攻撃を躱しながら転倒を誘う。
体勢を起こしながら、右の一体、その後ろの一体の鬼門をサブマシンガンで撃つ。
背を向ける鬼の鬼門へナイフを突き立てる。
あぁ、なんとミスミの無駄のない動き。
なんだろうこれは。
鬼門に投擲されたニードルが突き刺さる。
鬼門が振るわれた刃で切り裂かれる。
拾った小石、直後に放たれ鬼門を貫く。
鬼門から抜かれたニードルのようなナイフ。
抜く流れで再び放たれ、吸い込まれるように鬼門へと。
断片的で刹那の瞬間を切り取った写真のような映像が流れていく。
闇を挟みながら。
ウズウズのそれは、瞬きによる明滅のように。
スライドショーのように刹那だけが映し出される。
彼女らは、人に戻り倒れた者達を守りながら、広範囲かつ雪崩れ込んでくる鬼を討っていた。もし仮に、守る者がいなかったのならば。鬼門を潰し、鬼化を解く必要がなかったのならば。
間違いなく、これほどの鬼の数であったとしても、三人の能力ならば一掃することなど容易いだろう。
それほどに彼女らの力は、暴力的なほどに強い。
だが「鬼門をつぶす→鬼化を解く→解かれた人々を守る」という制約。増え続ける守るべき人々と救うべき人々。
人質は己の内に、背後に、目の前に。
自ら課した、いや僕が課した制約の中で、最大限に彼女らは鬼を刈っていた。
時間の経過は我々に幸運をもたらさない。
僕らは我々は、この世は。
当たり前に時間は味方しないことを知っている。知っておくべきだ。知らねばならない。
彼女らが繋いでくれる想い。彼女らが闘い続ける原動力。
僕は……
彼女らへと応え、進まなければならない。
時間が解決するなどということはまやかし。
僕は選択し、実行し、進まなければならない。今すぐに。
眼前に迫る霞を、朧を、幾重にも重ねられる拒絶を、
リュウジンの刀で薙ぎ払う。一掃する。
「しゃらくせぇ、だね。こんなものは。」
枯野へと、僕を受け入れようと両腕を広げる枯野へと、
刀を振り上げる。一気に跳躍する。迫る。
「さぁ、
私を殺したまえ。全てを無に帰したまえ。
彼の世の繋がり絶ち、リカバリーしたまえ。桃太郎君!」
振り上げた刀を逆手に持ち直す。
着地と同時に一息に突き刺す。
「言ったでしょう、枯野さん。
僕は、あなたを殺すつもりはない。全てを無に帰すつもりもない。」
枯野の前に、大地に突き立てられた刀。
それを支えに、深く沈み込んだ上体を起こす。
枯野を見据える。この孤独な鬼を見つめる。
「いや違うな。
僕は皆の気持ちを無にはしない。」
刀から手を放し、その手をおろした。
「それに、
受け入れるのはあなたじゃない。
僕だ。」
僕は孤独な鬼、枯野を見据えた。




