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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第8幕 彼の世の繋がり絶たんと欲するも
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時間の経過は我々に幸運をもたらさない

 枯野へと一直線に進む。


 僅かに繋がりを解き切れていない人々がゆらりと、至る所で立ち上がる。直後、まるで車にでも跳ねられたかのように吹き飛ぶ。

突き進む僕へと、「人」という塊を枯野が投擲してくる。

それはまるで、僕から「人との繋がり」を絶たんとするかのようだ。


 走る速度を落とさぬように、紙一重に躱し続ける。

あぁまったく。ここに来てやっと君との特訓が実を結んだよ、リュウジン。

重心を失わず、心を失わず、己を失わず。不動でありながらの流動。


 枯野へと一直線に走る。


 すり抜けながら投擲された「人」に触れていく。

枯野との繋がりから、理不尽な繋がりから、その孤独の繋がりから。

糸を裁ち切る。


 進むほどに、枯野に近づくほどに、

朝靄の様に、濃淡を持った瘴気が辺りに立ち込めていく。

距離感が朧になる。平衡感覚、時間感覚、己と他者を測るものが朧になる。



『息をのむようなすばらしい思いをするのも君ひとりなら、深い闇の中で行き惑うのも君ひとりだ。君は自分の身体と心でそれに耐えなくてはならない。』


 とは、村上春樹の「海辺のカフカ」だったろうか。


 思い 惑い


 僕らは人々と共感できる。愛する人、信頼する仲間。

一期一会に、ただその瞬間に、ただ居合わせた他人同士であったとしても。

そこに共感性を見出す。独りじゃないことに僕らはすがる。

でもやはり、

思うのも惑うのも、結局は僕ひとりの中で完結している。

だから、

多くの人々に囲まれていても、多くの人々と繋がっていても。

僕らは結局そこに、孤独を見てしまう。


 あぁ。

だからこそ僕らはやっぱり、人々へと強く繋がりを求めてしまう。



 ニコナの感情が、喜びが僕の中に流れてくる。

最善手、最善手。最善手。

目まぐるしく変化し続ける戦況。その中で常に最善手を、取りえる可能性の全てを選択し、実行していく。状況は決して良いとは言えない。余裕があるわけでもない。

だがそれでも尚、

ニコナは闘うこと、己の全てを発揮すること、生きることに喜びを感じていた。

直向きに、純粋に、走り抜けていく生き様。

多様な選択肢を、捨てることなく選ぶことなく、思う通りに手を伸ばす。掴む。

進み続ける。


 ミスミの思考が流れてくる。

いやこれは最早、AIによって演算処理されたモニター画面のようだ。

視界に入る敵の全て、風の流れなどの環境、地形から障害物に至るまで。その全てがベクトル化され数値化され、そして予測を超えた予知として認識している。

冷静に、冷静に、冷静に。

最適解を見出し、ただ実行する。

想いを心の奥に秘めながら、感情をその心の原動力としながら。

その上で為すべきことを為す。

想いを心に秘めているからこそ、冷静に沈着に。

まだ知らぬ予知に希望を持ちながら。


 ウズウズの感情が、思考が、心が。

……、流れてはこない。

居ない。居ないのにいる。実体がない。実体がないのに、間違いなくそこに在る。認識の外に在ることを僕は認識する。

例えば僕には感情も想いも在る。それを感じることが出来る。それを思考する脳髄が在るのを実感する。

が、確かにそこに在るはずのそれを、見ることは叶わない。

例えば僕は己の影が落ちているのを地に見る。見える、そこにあるのを認識する。

が、影に実体はない。

無いのに在る。在るが無い。

見えなくとも、感じなくとも、実体がなくとも。

間違いなくウズウズと繋がっていることを、僕は認識する。



 心捕らわれた鬼の数体が眼前へと迫る。

噛みつかんと飛び掛かる左の鬼の懐へと背面で飛び込みながら、肘鉄を鬼門へ。

同時に右から両椀を振りかぶっていた鬼の鬼門へ足刀を穿つ。

正面から来ていた鬼へは、寸で攻撃を躱しながらの一本拳。

上方から飛び掛かってきた鬼を、ソバットで吹き飛ばす。

ニコナの視界か。


 右前方32度、半身で117.4cm移動。

左へと抜けていく鬼へ、鬼門を左手のナイフで薙ぎ身を沈める。

背後に迫っていた鬼の足元へとそのまま体当たり、攻撃を躱しながら転倒を誘う。

体勢を起こしながら、右の一体、その後ろの一体の鬼門をサブマシンガンで撃つ。

背を向ける鬼の鬼門へナイフを突き立てる。

あぁ、なんとミスミの無駄のない動き。


 なんだろうこれは。

鬼門に投擲されたニードルが突き刺さる。

鬼門が振るわれた刃で切り裂かれる。

拾った小石、直後に放たれ鬼門を貫く。

鬼門から抜かれたニードルのようなナイフ。

抜く流れで再び放たれ、吸い込まれるように鬼門へと。

断片的で刹那の瞬間を切り取った写真のような映像が流れていく。

闇を挟みながら。

ウズウズのそれは、瞬きによる明滅のように。

スライドショーのように刹那だけが映し出される。



 彼女らは、人に戻り倒れた者達を守りながら、広範囲かつ雪崩れ込んでくる鬼を討っていた。もし仮に、守る者がいなかったのならば。鬼門を潰し、鬼化を解く必要がなかったのならば。

間違いなく、これほどの鬼の数であったとしても、三人の能力ならば一掃することなど容易いだろう。

それほどに彼女らの力は、暴力的なほどに強い。

だが「鬼門をつぶす→鬼化を解く→解かれた人々を守る」という制約。増え続ける守るべき人々と救うべき人々。

人質は己の内に、背後に、目の前に。

自ら課した、いや僕が課した制約の中で、最大限に彼女らは鬼を刈っていた。


 時間の経過は我々に幸運をもたらさない。


 僕らは我々は、この世は。

当たり前に時間は味方しないことを知っている。知っておくべきだ。知らねばならない。


 彼女らが繋いでくれる想い。彼女らが闘い続ける原動力。



 僕は……

彼女らへと応え、進まなければならない。


 時間が解決するなどということはまやかし。

僕は選択し、実行し、進まなければならない。今すぐに。



 眼前に迫る霞を、朧を、幾重にも重ねられる拒絶を、

リュウジンの刀で薙ぎ払う。一掃する。


「しゃらくせぇ、だね。こんなものは。」


 枯野へと、僕を受け入れようと両腕を広げる枯野へと、

刀を振り上げる。一気に跳躍する。迫る。


「さぁ、

 私を殺したまえ。全てを無に帰したまえ。

 彼の世の繋がり絶ち、リカバリーしたまえ。桃太郎君!」


 振り上げた刀を逆手に持ち直す。


 着地と同時に一息に突き刺す。




「言ったでしょう、枯野さん。

 僕は、あなたを殺すつもりはない。全てを無に帰すつもりもない。」


 枯野の前に、大地に突き立てられた刀。

それを支えに、深く沈み込んだ上体を起こす。

枯野を見据える。この孤独な鬼を見つめる。


「いや違うな。

 僕は皆の気持ちを無にはしない。」


 刀から手を放し、その手をおろした。


「それに、

 受け入れるのはあなたじゃない。

 僕だ。」



 僕は孤独な鬼、枯野を見据えた。

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