孤独に沈み無に沈み
「もう少し我を通す方かと思っていたが。
想像以上に自己犠牲が過ぎるな、君は。」
枯野が呆れたように呟く。
だがその目、その表情に揺らぎはない。このことでさえ想定内だというように。
「ガグフッ……」
枯野の言葉に嫌味の一つでも言い返したやりたかったが、代わりに出たのは吐血だった。肚を貫かれている。つまり胃の辺りが貫かれていた。
「リウ……ジィン」
貫いた刀を引き戻そうと、僕から離れようとするリュウジンを力いっぱい抱きしめる。逃れ僕を絶命させんとするリュウジンを、僕は包み込むように抱きしめる。
「グッグギィイイィ」
おいおい、そこは「キモイんだよ、この野郎! 離せってぇの!」じゃないのかな? リュウジン。痛いなぁ、痛い。そうだよ、痛いよ、イタイ発言しろよリュウジン。そこは百歩譲って「しゃらくせぇ!」だろ。
じゃないと、僕がイタイこと言わないとダメになるじゃないか。
僕は気道の回復、直接的な器官の回復を図った。
吐血は無かった。内臓、消化器官の損傷は無かった。
リュウジンを抑えつけるために「刺された事実」を残しながらも、逃さないために「喋ることができぬほどの損傷は受けてはいない」と、桃源郷送りする。
本来の能力ならばそんな回りくどいことをする必要はないかもしれない。だが、高スペックな能力だろうと扱う僕がまだまだ初心者なのだ。今の僕にはこれが限度だ。
「君のおかげで助かったよ、リュウジン。あとは任せて。
……、ありがとう。」
リュウジンの体を左手で引き寄せ、右手で後頭部を包み込む。
「応えろ! 柴刈乃大鉈ッ!! この糸を裁ち切れ!!」
リュウジンを抱き留めるために捨てた柴刈乃大鉈は、地に落ちると同時に消えていた。もう僕には「太刀」を具現化する必要はなかった。
身にまとった僕の影、いや陰が、意思を持ったかのように伸び刃となる。「鬼を刈り無に帰す」という目的、機能、性質は形を必要とせず、ただ意志として僕に応える。
リュウジンの魂から枯野へと繋がる糸を裁ち切る。遮断する。
枯野の能力。繋がった者を鬼化し操る能力。
恐ろしいことにこの能力は、枯野が直接に相手に触れることを要しない。枯野に繋がった鬼から、更に人々へと繋がることが出来る。そう、ネズミ算式に。
とはいえ根源的には枯野と繋がっている。
つまりこれは、枯野との繋がりを裁てば鬼化から解放できることを意味する。
ニコナ、ウズウズ、ミスミ。彼女らのおかげでその糸の存在を知ることができた。そしてリュウジンと僕が結びつき、その魂、記憶、心を理解することで、その糸を見つけることができた。
繋がった鬼を操るという枯野の能力。
だが実際のところ百人と繋がった、千人、一万人と繋がったからと言って、全てを一人の男が操ることなど可能だろうか?
今まで見た限り、繋がった鬼を詳細に操ることもできるのだろう。しかし直接操り動かすよりは「人を殺せ」などの短絡的な指示、プログラムを与え、オート機能としてやっているのではないか。いやその方が効率的なのではないか。
あぁそうだろう。だからこそ鬼化したリュウジンは、今まで培ってきた技の数々を的確に駆使することができ、そして僕の腹を貫いたのだ。心臓ではなく。対鬼の技術として。
鬼化しようと、どこまで堕ちようと、リュウジンの魂は穢れていない。
僕はゆっくりと地へリュウジンを降ろし、横たえた。
「くそが……
俺が、この俺が、
鬼に捕らわれたってか。しゃらくせぇ……
笑えねぇ。」
「リュウジン。
それは君が僕の刃となってくれたってことだよ。不甲斐ない僕の代わりにさ。
ありがとう。
必ず仕留めるよ、奴を。
これ以上、奴の好きにさせないから。」
「けっ……、いけすかねぇ……な」
意識が遠のいていくであろうリュウジンに僕は微笑みを残し、立ち上がった。
リュウジンが僕を貫いた刀に手を添える。
桃源郷送り
起こってしまった過去を振り返り、無かったことに。
心の奥底に記憶として留めながらも、”IF”を実現する能力。
妄想と現実、虚と実を裏返す能力。
僕は痛みを抱え、「貫かれた」事実を無かったことにする。
リュウジンの刀を鞘から抜くように握り直し、正眼に構える。
構えると同時に、伸びていく影のように纏わりつく漆黒。
纏わりつく宝刀鬼殺し。纏わりつく無。纏わりつく僕。
枯野へと対峙する。再び。
「僕はあなたが提示する選択を、選ばない。」
「まったく。
君の能力は規格外だな。鬼の能力など霞むね。
だが、それだけに私は羨望してやまないよ。
君が必要だ。」
枯野の頭部から、トナカイのように幾枝にも分岐した角が生える。
と、同時に視覚、嗅覚、聴覚という「相手を理解する」感覚の全てを拒絶する瘴気が立ち込めた。まるでそれは、黄昏時のような曖昧さ。
『誰ぞ、彼は』という不確かなベールに包まれる枯野。
それがあなたの本質か。
「あなたは人々が孤独だと言う。
そうかもしれない。
だが一番孤独なのはあなたなのではないですか?」
朧げなる枯野の正中を見定める。
「でもそれは、あなたが外界へと展開している防御壁を築いているからだと思います。
それは望む望まざると、自ら外界を恐れ展開した拒絶の結果だ。
護ることに過ぎ、自ら牙を剥き、あるいは殻に閉じ籠った結果だ。
一歩踏み出すことを怖れた結果だ。」
刀が、このリュウジンの刀の銘はなんだろうか。
いや、それはいい。
このリュウジンが託した刀を、自らと想い握る。刀が鳴る。
「外界を、世界を信じられず拒絶することを否定はしない。
それ相応のことがあったのだろうから。
でもその自己防衛はあなた自身を苦しめ、機能不全する鎖にもなっている。
あなたこそ世界を知らない。
人々はあなたが思うほど孤独を知らないわけじゃないし、抗えないわけじゃない!
そして繋がりを自ら構築している! その温かみ、明るみ、希望を理解している!!」
孤独に沈む鬼、無に沈む桃太郎が対峙する。
「僕は……
甘いと言われようと、緩いと言われようと、
僕の想いを貫く。
それが甘くても緩くても、僕の周りにはそれをフォローし修正し、正しき道へと促してくれる仲間がいるから。その仲間を信じられるから。僕は彼らを信じ、想いを貫く。」
言葉を発することなく浅く笑う枯野へと言葉を続ける。
「あなたと共に、強引に人々に緩やかに孤独を理解させるつもりはない。
それは、正しく人々の繋がりを確かなものへと導きはしない。
孤独は己を知る、見つめるために、己の特権として得る感情だからだ。
他人が与えるべきものじゃない! 自身で掴むものだ!」
右足を僅か摺り体を開き、重心を正中に維持しながら沈む。
「あなたを殺すつもりもない。
全てを無に帰すつもりもない。僕は彼を、彼女らを信じる。僕の仲間を信じる。
人々を信じる!
僕らは幾度となく失敗するだろう! 取り返しのつかないことも起こるだろう!
でも、それでも、僕らは必ず前へと進む!」
昂る感情、魂、己。
それらを深く深く沈め、受け入れ、凝縮し、昇華する。
「故に僕はこの場から立ち去ることはない! 逃げない!!
傍観者となることはない! 僕もその当事者なのだから!!
今を生きる独りなのだから! 目を背けない!!」
僕は孤独な鬼へと向け、一直線に突き進んだ。




