ごろごろごろごろ
ごろごろごろごろと 転がる
吹き飛ばされ 身は地を打ち続け 世界は流転する
ごろごろごろごろと 僕は無様に転がる
心が打ち砕かれ ひび割れ 削がれ
絶望だけが 身に残る
好きな人を護れず 大事な人を救えず
僕に何があるというのだろう
最初からなかった
僕らを捨てた父を 止める力など無かった
母の死を止める力など 最初からなかった
好きで 望んで 僕は桃太郎になったわけじゃない
鬼なんて 僕には 関係が無い
僕には最初から何もない
無駄 無理 無謀
考えるまでもなく 僕は最初から無じゃないか
無から生まれたのだから 無じゃないか
ごろごろごろごろ ごろごろごろごろ
僕は無様に転がる
転がった先、何かしらのモニュメントのような石に当たり、僕の回転は止まった。どこか他人事のような痛み。体のあちこちから訴える痛みに朦朧としながら世界を見つめる。
リュウジンが刀を振るっている。僕が振るうべきだった刀を振るっている。
枯野へと振るわれた刀。だがその刀が次々に起き上がった人々を斬り伏せている。
鮮血が迸る。
あぁ、リュウジン。あぁリュウジン。
すまない。
僕が無能であったばかりに……。
リュウジンの肩へ枯野の手が添えられる
リュウジンが枯野に 鬼に蝕まれていく 繋がっていく
炎に焼かれ 燃え尽き 残った煤のように
その身体を どす黒い瘴気を包み込んでいく 纏っていく
「すまない……、リュウジン。」
「ウッグゥ……
グッッ、グゥゥ……ッ」
身を崩し、必死に立っていようとする姿。
そこに鬼化への抵抗を感じさせた。だがその心、虚しく囚われていくのがわかる。
「すまなかった……」
立ち上がる僕に、リュウジンが振り返り僕を見据える。
「グッ! ガァァァァァァァァアアアアアアッ!!」
そこに立つのは一人の鬼。
鬼と成り果て、囚われ、操られた一人の少年。
「さて、
彼は友達だったのかな? 君にとっては不本意かもしれないが、我々の歩み寄りを円滑に進めるために助力してもらうことにしたよ、桃太郎くん。」
「僕を……、
桃太郎と呼ぶな。」
リュウジンの背後でにこやかに微笑む枯野に吐き捨てる。
こいつは「人々を孤独から救う」と、もっともらしい大義名分を掲げながらもその実、「人」をものとしか、「多くある集合体のごく一部」としか扱っていないのではないか。大を生かすならば小を犠牲にする。全体論としての「孤独からの解放」を謳いながら、個々人は目を向けず、必要経費、予定された損失、数字の上でしか人々を見ていないのではないか。
一気に間合いを詰め、僕へと刀を振り下ろすリュウジン。
重い。柴刈之大鉈で受けた腕にずっしりと響く。今迄の鬼、完鬼のそれよりも重い。
それは彼が培ってきたものの重みか。それとも信念であったはずの重みか。
受けた太刀、指先から腕からリュウジンの想いが僕へと流れ込む。
そっか そうだよな 面白くないよな
いきなり桃太郎だとか言って ずっと鬼をほったらかしにしておいて突然
はい 僕が桃太郎です
なんて奴が現れてもな
うん わかってるよ
全部が全部わかってるなんて言えないのかもしれないけれど
リュウジンがどれだけ頑張ってきたのか
頑張ってきたなんて そんな生ぬるいものじゃないか
文字通り 死ぬほどの努力
努めて 努めて努めて必死に努めて 力を注いできた
走り抜けてきた
あぁ
血縁 血筋 血統
そういった天賦の才能というものもあったのかもしれない
でもそれを開花させるのも 本人の努力あってのものだよな
それは
それは違うよリュウジン それは違う
兄さんが リュウエイさんが半身不随になったのは君のせいじゃないよ
でも そうだな
自分を責めてしまうよな
もっと もっと もっと
自分が強かったら 自分が冷静だったら 自分が自分が自分が
自分を責めずして この悔しさを消すことなど出来ないよな
昇華などできないよな
それが君の原動力になったのは確かだ
それが君を成長させ 向上させ ここまで達したのは確かだ
なぐさめにならないか
君は強いよ 君は強い
そしてまだまだ強くなる
「君は気づくべきだな。あぁ、気づく時なんじゃないのかな。
生物というのは、種を絶やさぬために増えることが主目的だ。そして増える一方で、その流れを絶やさぬために多様化していく。進化とも言うが、これはリスクマネジメントだ。100種に増えて99種絶滅しても1種が生存できればいい。
しかし残念ながら我々は文明という保護下におかれ、生物としての多様化から外れてしまった。」
「……。」
「と、同時に文明によって、我々は手にすることが出来たのじゃないかな。
多様化を共有する術を。
そのためには個を離れる必要がある。個でありながら集合体として繋がるべきだろう。」
「そのために、犠牲が生まれるのは必要なことですか?」
「鬼となるのは罹患と変わらない。
私が言うのもなんだが、ウイルス性疾患のようなものだよ。
当然に君たちは排除するだろう、抑え込もうと努めるだろう。種の保存のために。」
「だからといって! 僕はッ!」
「取捨選択、生殺与奪。
君に与えられた権利権限を行使するべきじゃないのかな。桃太郎君。
未だ行動を起こせないようだが、決断できないようだが、見たまえ。
君の目の前にいる少年は、君でもあったであろう個だよ。」
「くッ!」
「兵跡君、雨早川さん、荒渡少年。あぁ、蛙水氏は討ち損じたのかな。
彼等もまた、君であったかもしれない個だ。
99種の道をそれた個は1種の為に礎となる。無駄ではないよ。
討ちたまえよ。討たれる前にね。」
防戦一方。
僕はただリュウジンの刀を受け続けていた。
贖罪のつもりなんかじゃない。でも僕はリュウジンの刀を、その今迄を、その想いを受け続けたかった。
僕はリュウジンの想いを無にはしたくなかった。
心、囚われながらもその繰り出す刀筋は基本に忠実。
いや、積み重ねてきた基礎があるからこそ、最速最短の軌道。
闘う姿が自然体へと昇華し、流れの滞らない水の如き刀捌き。
左袈裟に振り下ろされる刀を受け弾く。
弾ききれずに軌道だけがそれた刀の流れに逆らう事無く、身を翻し、重心をそこに乗せながらの回転。脛への横薙ぎ。
半歩身を引き、返す刀で来るであろう胴への一撃に備え、太刀を合わせる。
ぶつかるように体重を乗せてきた斬撃。
重い。
自ら横へと跳躍し力の相殺を図るも、吹き飛ばされる。
体勢が、重心が崩れる。
その隙を許すはずがない。
たとえリュウジンが鬼でなくとも、そこを攻めぬはずがない。
弾丸のように槍のように、直線的に水平跳躍し突きを放つリュウジン。
対人であるならば心臓一突きといったところだろうか。だが狙ってきたのは肚、つまり鬼門。
ここに来て、ここまでなって、鬼になったのにもかかわらず。
リュウジンが闘う相手として身に宿っているのは「対鬼」。
リュウジン
君はどこまでも いつまでも
鬼を討つことを使命としているのだな
「流石だよ、リュウジン。
だからこそ君を僕は……」
僕の腹部を貫くリュウジンの刀。
深々と、柄まで届かんとするほどに深く。
その想い深く…… その想いは重く……
「絶対に離さない。手放さない。
失わせない。絶対に。」
胸へと飛び込むように、身体ごと飛び込んできたリュウジン。
僕は太刀を手放し抱きしめた。
その小柄な体を。その魂を捕まえた。
手首を捻り、刀を捻じり抜けば完成するだろう。その一撃、突きは。
だがさせない、逃さない。それは僕が受け止める。一つ残らず。その想いを。




