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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第2幕 鬼来たりて童は舞い踊り
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コンプレックスはノスタルジー

 諸兄、並びに諸姉は「コンプレックス」というものについて、どう向き合っているだろうか。失敬、ここで言う「コンプレックス」とはファザコン、マザコン、エレコン、エディコン、ブラコン、シスコン、はたまたロリコン、ショタコン、最近では「二次元コンプレックス」なる言葉もあるようだが、その心理学的な「コンプレックス」のことではなく、いわゆる狭義の、もはや日本語として定着している感の否めない「劣等感」についての「コンプレックス」についてだ。

ここで「おいおい、〇〇コンについて語り合おうぜ!」と言う諸兄諸姉の言葉に、僕はたまらなく後ろ髪引かれる思いだが、それを語り始めれば三日三晩、不眠不休で有象無象の阿頼耶識(あらやしき)を引き出すことになりそうなので、今日はやめておこうと思う。

そして更に付け加えるならば、ここで言う所謂(いわゆる)「劣等コンプレックス」は、生活に支障をきたすほどの劣等感の話ではなく、例えばちょっと鼻が低いだとか、福耳だとか、内股だとか、唇に黒子があるだとかという、他人から見れば気になるほどのものではないのだが、どうも自分自身では好きになれない体の部位のことだ。


 先に僕自身の話をしておくならば、僕はコンプレックスが無い。いやあるのだが気にしていない。特にきっかけがあったわけではないのだが、ある日を境にそのコンプレックスを、僕の場合は撫で肩がコンプレックスだったのだが、それを受け入れた。

受け入れたというよりは、どうせ治らないのだから諦めた、という方が正確かもしれない。諦め、受け入れると同時に僕は、それを僕の個性の一つとして認めた。

そしてそれ以来、なぜだか僕は好意を抱いた人のコンプレックスを好きになることが、多くなったような気がする。



「前髪、いつもヘアピンで留めてますよね。たくさん持ってるんですか?」


「昔は色々と集めてたけどね。最近はお気に入りの2、3個を使うことが多いかな。

 私ね、前髪がアホ毛になるから。」


 澄河ユイ先輩は、恥ずかしそうに少し頬を赤らめ、そして前髪を押さえているヘアピンに触れながら話した。僕はその様子をボーっと見てしまったことに、時間にして数秒程度なのだろうが、ユイ先輩を凝視してしまったことに気が付き、慌てて視線を足先に落とす。



 朝7時。僕にとっては早朝に分類されるその時間に、ユイ先輩からの電話で僕は目覚めた。「約束していた本、読み終わったから渡しに行こうと思って。」律儀にも会いに来てくれるとは! おはよう電話だけで至福の極み! 今日という日が最高の幕開けではないか! 一気にテンションは須弥山越えだ!

無論、これが雫ミスミからの電話であったならば、電源オフにして長きに渡る冬眠に入ったことだろう。たとえ今が真夏であったとしてもだ。


 本来であるならば僕の家にお招き申し上げたいところではあったのだが、色々と物騒であったので。鬼だかという狂人の出現や、中学生女子という狂乱の出現や、生物読本という享楽の出現という物騒さがあったので、それはやむなく諦め「取りに伺います」とご提案申し上げた。

のだが、どうやら僕んちの最寄駅付近にご予定がおありになる、ということだったので、駅までお迎えにあがった次第である。


 駅前で待っていたユイ先輩は、白地に鮮やかな蒼いリボンを所々にあしらった、涼しげなワンピース姿で、日頃僕が使っている特徴の無い駅前が、浄土になったのかと見まがうぐらいの清浄さだった。

約束の本を受け取り、本来の目的は果たされたわけではあったが、ユイ先輩の用事というのは、駅前商店街を突き進んだ所にある古書店に行くことだったので、僕は興味がある風を装い、一緒についていった。



「僕は…、そういうの、その、可愛いと思いますけどね…。」


「えー、やだよー。だって大変なんだよ?

 全然言うこときかないし。」


 ユイ先輩は不満さを表現するかのように、足を突き出すようにしながら歩いた。

可愛い! 可愛い過ぎる!

こういうのが、コンプレックスを持つが故の可愛いさではないだろうか。

僕は「貴女が嫌いな部分は僕が愛しますよ。それが本当の愛ではありませんか!」と言ってみたかったが、そんな台詞は言えるはずがない。


 ヘアピンか…。そういえば姉ちゃんとこの店にもたくさんあったな…。

いや待て。僕が姉ちゃんとこで買ったりでもしたら、「どこの人妻! 誰なの! そんなの…お姉ちゃん、悲しい!」となりかねない。



 そんなことを考えているうちに、目的の古書店が近づいてくる。

もう少し、もう少しだけ古書店が遠ければ、僕の幸福な時間も長く続くのに。と、思ったところに暗雲たる黒い影が目に映る。


って、おーい!

なんでこんなところでポケットティッシュ配りをしているんだよ、佐藤ウズシオ!

そして黒いゴスロリファッションって、どんな職業アピールだよ! 何屋だよ!

いや、確かに君がティッシュを配ろうと、生魚を配ろうと、脱ぎたての靴下を配ろうと、仕事なのだからいいよ!

でも、どうしてこのタイミングでこの場所なんだよ! 悪い予感しかしないよ!

ティッシュを受け取ってくれないからって、素早くこっそりと人のカバンに投擲するなよ!!


 だめだ。どうシミュレーションしても悪いことしか起こる気がしない。これはやはり暗雲だ。雷が鳴り、叩きつけるような豪雨が降り、竜巻が舞うところしか想像出来ない。



「ユイ先輩!

 そういえばですね、この一本裏の通りがですね、なかなかノスタルジーでいい通りなんですよー。豆腐屋があったりなんかして。

ちょっとだけ遠回りになりますけど、そっちを通りませんか。」


「へぇー。そうなんだ!

 んじゃあ、帰りに…」


「いやー、この時間の、午前中の光加減がまた最高なんですよねー!」


 僕は半ば強引にユイ先輩の背中を促し、商店街の通りからそれた。

僕等は嵐を回避せねばならない。不本意ながらもユイ先輩に触れ、奇しくも遠回りとなることで僕の幸福な時間は延長となったはずなのだが、心中はすでに小雨が降り初めている。


 裏通りは確かにノスタルジーで、淡く差し込む陽光が幻想的で、ユイ先輩のハイカラなワンピース姿が想像以上に調和し、僕は息を吸うことも忘れるほどだった。


「確かにノスタルジーかも。」


 ユイ先輩は優しく微笑み、民家の軒先に飾られた小さなカエルの置物を、指先で撫でる。


 セーフだ。このまま次の角を曲がり、その先を曲がって数件めが古書店だ。

むしろこの裏通りのノスタルジーさが古書店への旅路を彩ったのではなかろうか。

僕は自分にそう言い聞かせ、落ち着きを取り戻し、のんびりとした時間を堪能するようにゆっくりと歩いた。



 ははは。嵐が来るなんて杞憂だよ。僕の心に小雨など降っていないよ!

僕はそう信じ、ユイ先輩の先を進み、古書店のある道の角を曲がる。


 って、おーい!

なんで先回りしてんだよ! 暗雲の守備範囲、広過ぎるだろ! 局地的集中豪雨でいいよ、そのティッシュ配りは!

生きてること、即ち劣等感な佐藤ウズシオなど求めていなーい!

一部を除いて全てコンプレックス、いや、その大きな入道雲二つもコンプレックスなのかもしれないけど、僕はそんな入道雲×2を抱えられるほど広い心の空は持っていなーい!


「あー! しまった!

 友人に猫の餌やりを頼まれていたんだった!

しかも二匹分!

ユイ先輩、すみません。僕、先に戻りますね! また今度、ノスタルジーしましょう!」


 僕はユイ先輩の返事を待たず、反転ダッシュする。そして泣く泣く暗雲へと自ら飛び込み、佐藤ウズシオの手を取って、路地裏へと連れ込んだ。

僕は振り返り悠然と立ち向かう。


 はずだったのだが、僕の勢いに無抵抗に引っ張られていた佐藤ウズシオは失速することなく、僕の上に倒れこんだ。


「はぉあっぷすっ。」


 僕の視界は巨大、且つ強大な二つの暗雲に飲み込まれ、さらに文字通り息をすることもままならなくなった。

自然の驚異の前では、僕等のコンプレックスなど、取るに足らない問題なのだ。

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