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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第8幕 彼の世の繋がり絶たんと欲するも
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孤独のカラシマヨ

「静かすぎて、かえって不気味。」


 先行するニコナが呟くように言う。

確かにその通りだ。僕らは出エジプト記、モーセが紅海を割ったシーンよろしく、割れて出来た道を進んでいた。ただ割れたのは海ではなく群衆。人海戦術というが、まさに「人の海」が割れて出来た道だ。

うん、正確に言えば人というよりは鬼化した人々なわけだが……。


 それに僕らは脱出するために進んでいるわけではない。

少なくとも僕は「鬼」という存在、人を鬼に仕立て上げる不条理、この「鬼化」という不条理を止めたいがためにこの道を進んでいる。はずだ。


 鬼化した者から、夥しいほどの負の感情がその目から注がれる。だが彼らは無言だ。動くことも無い。

まさに静寂。

実際のところは、天空を彩る花火の轟音で周囲が満たされている。

だがやはり、ここに在るのは静寂だった。


 それに、僕は「見定め」られている。

そういう感覚が確かにそこにあった。


 奔り出したい。この静寂、不気味な何かを潰したい。そういった感情を抑えてるニコナの心情が伝わる。

もしここで一斉に襲ってきたら、人々を護り鬼化を解くためには。あらゆる想定を分析し対処を考察するミスミの思考が流れてくる。

ソースの焦げる臭い、肉の焼ける臭い、鉄板の上を踊る野菜と麺……。

いやちょっとまて! ウズウズの興味は通常運転か! 緊迫感は皆無か!!


「にく……」


 確かにこういう花火大会会場にあって屋台が出ていることもあるだろう。

食欲を刺激する匂いも漂うこともあるだろう。


 がしかし! 出だしの緊迫感が台無しではないか! ウズウズ!!



 とはいえ表層のウズウズの思考回路、興味とは打って変わって、その深層は黒一色だった。まるで闇夜の湖面を彷彿とさせるような静けさ。今、僕らが感じる雑味のある静寂とは、その性質からして違っていた。

湖面を打つ何かが起こす波紋を拾おうとするような静寂。

あぁ、これが平常心の極みというやつなのだろうか。


「ウズウズ、そのなんだ。

 カラシマヨとか欲しくなる感じだな……」


「焼きそば? あたしはたこ焼きが食べたい。」


「ボクはあれがいいです。リンゴ飴が食べたいです。」


 君らも大概だな! 真面目にやれだとか怒られるかと思いながら、恐る恐る平常心的な余裕を、それなりに大人な感じで乗っかりながら流す感じで発言したというのに!

ウズウズを見習って平常心を演出していたというのに!!



「ヘイボン ダナ ヘイ…ボーン」

「ヨク キガツゥ……イタ」

「モノ ダッナ」


「ヨウ…… コソ」


「トハイ エ」

「キタイ… シテ イタノ ダヨ」


「ドウナ ノカ……ナ」


「ボ ボモモ タロー クン」


 通りすがる鬼化した少女、老人、ヤンチャな感じの青年。様々な鬼化した人々が、まるで壊れかけた傀儡のように不自然な動きで口を開き、それこそ電波状況の悪い無線かラジオの音声のように言葉を発する。


「貴方が何をにを目的としているのかは知らない。

 でもやろうとしてることはわかる。」


「ソレ デ」「トメタイ……ト」「トメ ル…ト」

「ナン  ノタメ ニ」「ナゼ」

「ナニ…ヲオォォォオオオオ…オモ ウ」

「ノカ ナ」「ボモモォ タ ロ……ウ」「クッ ンッ」

「キミハァ……」「ナ ニ」「ヲカン ヲカン オカン ガ」

「エル ?」「オモ ウ……」

「コノヨ…ハ」「スデェイ」「イニイニイニ」「ニィ……」

「イキズ マッ」

「テル」

「ト オモ……」「ワナ イィイ」「……カイ?」


「崩壊させるには……

 無に帰すには程遠い。それが、」


 繰り返されるノイズの中を進む。

浴びせられる赫々とした眼差し。あらゆる負の感情。


 其処に在るのは、底に沈むは哀しみか。


「偽善だとしても。

 儚き想いだとしても。

 僅かな光が、希望が或るのならば、

 それを無視することを、僕には出来ない。」


「ギ ゼン」「ギマ…ン」「ギジ……」

「ギジギジギジギジギジギジジジジジィ」

「ギジ…  ジギ」


「ソノノ……」


「ヒカリガァアアアアァァァァァアア」


 雄たけびか、咆哮か。

濁流のような感情が僕へと注がれる。


「消えてもかい? 桃太郎君。」



 桟敷席の中央最後方。その三人掛けの木製ベンチに一人座っていた男が振り返る。背後に彩り豊かな花火が打ちあがる。

一斉に注がれる鬼化した人々の視線。此処は奴の支配下、中核。


 ニコナが僕の左前に位置し身構える。

ウズウズが僕の右後方に影のように立つ。

ミスミが射線を維持するために中心線からずれた後方にいるのがわかる。


「僕には光が消えたとは、思いませんね。

 えっと……」


「枯野だ。

 枯野タダシ。ま、名前なんてものは識別記号以下の存在だがね。」


「枯野さん。

 初めまして、ではないですかね。」


 僕は具現させた宝刀鬼殺し、「柴刈乃大鉈」の柄へ手を添える。


「先に言っておこう。

 私はね、兵跡君や雨早川さん、荒渡少年や蛙水氏のような、戦うタイプの人間ではないんだ。そう身構えられてもね。」


 枯野が向きを変えて座り直す。


「力ある者。身体に自信がある者は身体で稼ぐだろう。

 能ある者。学があり知恵豊かな者はその知で稼ぐだろう。

 そして金がある者は、資金、つまり資本で稼ぐ。

 それが資本主義というものだ。」


 ニコナが構えをそのままに身体を沈める。

ウズウズがゆらりとほのめく。

ミスミが照準を枯野の中心、鬼門に定める。


「だがね?

 力も能も金も無い者は?」


「僕にもありませんけどね?」


「ふふっ。

 君も最小単位でそうだろう。

 力も能も金も無い者が頼るのはコネクション。つまり他人だよ。」


 ニコナが先だったか、それとも操られた鬼が先だったか。

耐えきれなくなった闘争心を具現化したニコナの浴びせ蹴り。

弾かれたように飛んできた鬼の数体。

僕と枯野の間で、ニコナに蹴り伏された鬼共が堕ちる。


「力が無い者は力がある者を使えばいい。」


 横から崩れるように襲ってきた鬼数体。

ウズウズが流れる清流のように横凪ぎにし、岩に跳ねる飛沫(しぶき)のように穿つ。


「能が無い者は能がある者から知恵を借りればいい。」


 枯野の背後から飛び上がった鬼数体。

的確に鬼門をミスミに撃ち抜かれる。

失速し堕ちる鬼、鬼、鬼。


「金がないなら金がある者から借りればいい。」



「なんだか、他力本願な。

 他人任せな、依存性の高い話ですね?」


「第4の資本と言ってもいいだろうね。

 人とは力で、能で、金だよ。つまり人は財産。人財。

 武田信玄も言ってるだろう?

 コネクション、つまり人脈というのは資本なんだよ。」


 再び僕らの間に静寂が訪れる。

花火はフィナーレへと向かっているというのに。


「私はね。

 幼少のころから身体は丈夫な方ではなかった。義務教育は半分も受けていないんじゃないかな? 不可抗力で登校できなかったよ。でもね、幸いなことに知に対する貪欲さはあった。家で黙々と知識を漁った。お陰様で誰もが高校受験する頃には高校の卒業資格はあった。

 では大学に進学するか?

 だが私はそこで二つのことに気が付いた。

 私に無いものと、一生涯で得られる知識の限界だ。」


 枯野がゆっくりと立ち上がる。

周囲の鬼化した人々が再び静寂へと戻る。360度から見定められる。


「それは一つの同じ答えに結び付いた。

 私に無いものは人脈、人との繋がりだ。

 そして人と繋がることで知識は無限に得られる。あぁ、それは繋がった人々から学ぶということではないよ? 人々を介して無限に並列思考へとシフトできるということだ。

 ちなみに資本、金なんてものは、黙ってたって向こうからやってくる。

 稼げる者には黙ってても金が流れてくるんだよ。それが自然の摂理だ。」


 一際大きく夜空へと上がった大輪の花火に合わせるように、枯野は両手を大きく広く、天に掲げ仰ぎ見た。


「そんなことは誰もが、この世界がすでに気が付いていたんだよ。

 本能的に気が付いたコネクション、繋がりというものは、瞬く間にこの世を覆い、地球の裏側さえも、全ての地に繋がるに至った。

 だがそのシステムに私たちは追いついていない。

 いや、本当の意味を、価値に気が付いていない。そして繋がりをただ腐らせていく。繋がっているのに個であろうとする。私たちはすでに集合体であるのにもかかわらずだ。

 残念なことに、私たちは未だに孤独のままだ。」


 枯野がゆっくりと手を下ろす。



「未だに抜け出せない孤独ならば。」



 僕と枯野の視点が結ばれる。



「リセットボタンを押してやり直すべきだろう。」



 枯野の確信が僕へと流れ込む。

 


「私たちは失敗から学び、再び進むチャンスをいつだって持っているのだから。」

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