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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第7の艮幕 彼の世は此の世の影の如し
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影のそれに実体は無く

「私はねぇ、幼少の頃より不思議だったんですよー。」


 蛙水がその茶光し曇りのない革靴のつま先をトン、トトンと打ち付け、まるで自身の足と靴の調整を図る様にし、そして円舞曲のように僕との距離を一定に保ちながらゆっくりと回った。


「だってそうでしょう。

 人との距離感、付き合い方を自ら悪くする必要がどこにありますか。

 自分を生きやすくするためにならば、自分を殺すことなど容易いことじゃないですかー。ねぇ?

 そう思いませんか。」


「……。どうかな? 僕はそこまで器用じゃない!」


 スーツの前ボタンを改める様に触れ、そして裾を正すように伸ばす。


「本当にねぇ、私にしてみれば周りの人間は、なぜ自ら争いに飛び込むのか、

 全く理解できません。火に入る夏の虫。そう思いますよー。」


「それは……、

 生きていく以上、己があれば他者とぶつかることは避けられないからじゃないのか。そういうものなんじゃないのか!」


「だから言ってるじゃないですか。

 それをわかっていながら、なぜ避けないのですか。

 なぜ己を誇示するのですか。なぜ己を主張しようとするのですか。」


 蛙水が笑い、その懐から取り出したボールペンを投擲してくる。


「合ってるかどうかは知らない。僕だって!

 でもそれを知るために互いにぶつかり合うことも、生きていく上で必要なんじゃないのか!」


 僕は蛙水の発した攻撃を避け、防ぎ、弾き飛ばす。


「そういうお前だって、鬼の力を誇示してるだろうが!!」


「ははは、なるほどー。

 でも私の場合はですねー、それが仕事なのですよ。

 鬼として努めることがね、仕事なのですよ!」



 蛙水が「影鬼」であり、影を、僕の影をも狙ってきていることはわかった。理解した。だが影を狙いつつも本体である僕も狙ってくる。つまり僕は実像と、そして虚像である影も守らねばならない。二重の負担ではないか。

そして奴は僕の動きを防ぐために()()()()()()という方法すらある。これではいくら「桃源郷送り」で無かったことにしたとしても、攻めきれるものではない。僕は距離を保ちながら蛙水の攻撃に対して防戦を強いられていた。


「そう言いながら、仕事だと言いながら喜んでやっているようにしか見えないけどな!」


 蛙水の投擲する身体を狙うボールペンを太刀で弾き、と同時に落とした影を狙うボールペンを躱し続ける。


「そりゃあまー、仕事に喜びを感じられなくなったらただの作業ですからねぇ。

 生き甲斐としてやらなくては長続きしませんよー。

 まして人を狩るわけですからねー。」


 虫唾が走る。

人を狩ることに生きがいを感じるなんてサイコパスな発想ではないか!

どう考えても、これが戦争のような極限的状況下で在ったとしても、僕には理解できない。その理論は。


「……、理解の範疇を越えてますよ。」


「でも貴方、その理解できないものを排除しようとしているのでしょう?

 貴方が今まで、そしてこれから排除しようという鬼の数はどれほどのものでしょうかねー?

 私が排した人の数、そしてそれを引く鬼化した人の数。

 どっちが多いですかねぇ。

 鬼とて、元は同じ人なんですけどねー。」


「詭弁だ!!」


 蛙水へと一気に駆け距離を詰める。影は射られていない。僕は止まらない。

身体に被弾したものは「桃源郷送り」でリセットしない。僅かなそのタイムラグ、意識の外れすら勿体ない。左肩、左脇腹、右頬に走る痛みを追い抜き、眼前へと迫った蛙水へと太刀を逆袈裟で振り上げる。

が、手応えが弱い。



「私が影を射ることに気が付いたようですねぇ。」


 僅かな差で、影を止められたか。虚体を止めることで実体を止められたか。


「木を見て森を知る。森を見て木を知るとは言いますがねー。

 私の場合は影を見て、その人の背後、隠れたもの心の内を見るのが仕事でしたからー。桃太郎さん、いいえ幌谷さん。そういうの、わかりますかねぇ。」


「理解しにくいですね、そういう裏を読むみたいなのには慣れてないもので。」


 今一度、僕は太刀を構える。


「ですよねー。

 でもま、私の場合はそれが仕事でしたからねぇ。人の裏を読み、刺さり込んでいくのが仕事でしたからねぇ。心の隙間に入ることが、物を売るためには、ね。」


 蛙水が投げやりな感じで僕へとボールペンを放る。

造作もなく、僕はそれらを打ち落とす。


「では私も、本気を出させていただきましょうかー!

 いやほんと、若造を完膚なきまでに、全力で叩き潰すのも秘かな喜びだったんですよー!  これ、ここだけの話ですよぉ?」



 蛙水の頭部に鋭く細く捻じれた角、インパラのような角が生えてくる。

どういう理屈だ。その蛙水が目の前から消え去った。この場から去るはずがない。どういうことだ?


 視界から外れた先から投擲されたボールペンが僕の右太腿に突き刺さる。

痛みに耐えながら「なかったこと」に上書きする。残る痛みの記憶とすり減る精神。動けなくなるよりましだとは言え、それに精神が付いていけるのか、僕は。


 投擲してきたであろう場所を振り返る。不敵に笑う蛙水。

奴が消えたのは今が初めてじゃない。遊園地の時もそうだった。あの日なにがあった? そして今なにが起きた? 削られる精神に歯をくい締め、僕は思考する。あの日と今起こったことの共通点はなんだ?


 蛙水がまた先程のように僕との距離を一定に保ちながら円をかき始める。

距離を縮めるか? 否、それは得策ではない気がする。

では僕も動くか? 何処へ?


 僕が持っている情報は蛙水が「影鬼」であるということ。影を射止めるすべを持っているということ。過去世の記憶、そして現在(いま)と前回の記憶。

では今の僕にできる事は? 僕の強みは? 為すべきことは?



「戦意は喪失していないみたいですがねー。

 いや先程よりも必死ですかー? どう私を喜ばせてくれますかー?」


「……。」


 陽動か? いや純粋にこの状況を楽しんでいるのだろうか。

動じてはいけない。奴のペースに乗せられてはいけない。僕は僕を保たねばならない。僕は僕の為すべきことを、為せることをしなくてはならない。



 僕に為せることは、得意なのは……


 思考だ。



 蛙水は影鬼だ。影を標的にすることができる。

これはなんだ、奴の元々の性格が起因しているのか。さっき自ら言っていた。相手の背後を見ると。それはつまり「背後=落とした影」を見るということだろうか。つまりそこを射る、標的にするということか。ではそれを避けるためにすることはなんだ。影を見せないように努めるということか。陽の明かりを背に受けてはならない? いや理想的な構図は蛙水に陽の明かりを背負わせ僕が正対すること。これは動き続ける蛙水相手に為すのは難しい。つまり立ち位置の状況を把握しながら対処せざるを得ない。やられたならば「桃源郷送り」でキャンセルするのは必須。極力やられる前に対処が必要だ。

可能かもしれない。でも()()()()の方が問題だ。これをやられると対処が遅れる。事後対策以外に方法が無くなる。


「まさか、動きを止めて目をつぶるとは!」


 蛙水が心底、可笑しそうに笑う。


「それはなんですか? 心眼というやつですか? 諦めではなく?」


 聞こえる声は右後方。そこから撃つか、移動して撃つかはわからない。だが僕は思考しながら耳を澄ます。それは蛙水の声や発する音にではない。どこから来ようと「柴刈之大鉈」が応えてくれるはずだ。その声に僕は身を託し、思考に集中する。僕は僕の持っているものに心を寄せる。信頼する。



 過去世の記憶には、影鬼が消えるというものはない。近いもので暗闇に溶け込み気配を消すというものだろうか。でも今回のそれはそういうのとは違う。


 影。影とはなんだ。

実体が陽の明かりを受け、落とした虚体。そこに在って無きもの。見えるのに実体の無きもの。


 影、影、影。


 蛙水の発言「自分を殺すことなど容易い」

実体を持つ気がないのか? 実体が無いのに存在することなどあり得るのか? では己をどう確立する? 虚像として映る自身に実体を求める? そこに実体を見る? 己は何処に在る?




「蛙水さん。

 貴方は実体を、自身を、己を何処に定めているのですか?」

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