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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第2幕 鬼来たりて童は舞い踊り
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笑う木の葉はコーラ好き

 Tシャツを着た若者、通行人Aは一見すると、いや、二見(にけん)しようと三見(さんけん)しようと、遠目から見る分には普通の若者だ。「なになに、身体鍛えるのが趣味? 毎日ジムに通っちゃたりしてる?」ぐらいの普通さだ。


 そんな彼に向かってニコナは一直線に疾走する。通行人Aはたいした驚く風でもなく、前面を両腕でガードの体制を取った。

ニコナの全身が通行人Aの直前で、まるでそこに落とし穴でもあったかのように、フッと低く沈む。彼からは突然目の前から消えたように見えたのではないだろうか。

ニコナはその低く身を沈めた姿勢から、通行人Aの斜め後方にある電柱へと跳躍し、そこを足場にして延髄へと半回し蹴りを直撃させた。

通行人Aはよろけて膝をつく。


 いやいや、ニコナちゃん何やってるの? 彼は鬼なの?

通行人Aを白昼堂々と襲撃とか、それは君が鬼じゃないの?


 僕は慌てて膝をついた通行人Aへと駆け寄った。しかし通行人Aはたいしてダメージを受けている風でもなく、ゆっくりと顔を上げる。そしてその目は正面に立つ僕を見据える。

いやいや、いまの攻撃は僕ではないですよ?



 彼と目が合った僕はゾクっと背筋が凍りつくような感触を受ける。

見た目はちょっと過剰な筋肉質の、ごく普通の若者であることは間違いないのだが、通行人Aの目は明らかな狂気に満ちている。いや、人間がこんな悪意に満ちた、悪意そのもののような目になるだろうか。

僕を敵と認識したのか、通行人Aは歯を剥き出しにし、両腕を前面に構えながら上体を起こす。剥き出しになった口元からは人のものとは思えない牙が見える。


「無視するなよな。あんたの相手はあたし!」


 ニコナは立ち上がる通行人Aの背後で飛び上がると、肩車のように両脚を相手の首へ回し、そのまま背面へと倒れリバースフランケンシュタイナーをきめる。

通行人Aが後頭部をアスファルトに打ちつけながら2、3mほど転がった。

ニコナは僕の前で通行人Aとの間を遮るように立ち、身構え、闘気を上げて攻撃態勢を整える。



 ニコナ、ダメだ。

こいつは普通じゃない。こいつが鬼という奴なのかは知らないが、人間じゃない。狂気、悪意、破滅。そういうものしか感じない…。


 ニコナは起き上がりかける通行人Aの横っ面に回し蹴りを放つ。しかし今度はガードし弾かれる。

立ち上がった通行人Aは乱暴に腕を振り下ろす。ニコナは身を躱し、躱し際から連撃を打ち込んでいく。その後も通行人Aの攻撃をことごとく躱し続け、連撃の狙いを急所へと移行し打ち込んでいった。その姿はまるで激流を流れる木の葉のように儚いものだったが、するすると岩場を抜け、躱し、逸らし、相手の攻撃は当たることなく、そしてニコナの攻撃は途切れることが無かった。しかし連撃を打ち込まれている通行人Aの動きも止まることはない。

二人、いやニコナは一定の距離を保ったまま攻撃していたが、一歩大きくバックステップで通行人Aの攻撃を躱すと、すかさず身長差を利用して懐に入り込み、震脚して下から突き上げるように水月から心臓へ向けて肘を打ち込む。


 通行人Aの動きが止まり、決まったか? と思った瞬間に、軒島ニコナの頭部へ向かって腕が振り下ろされる。軒島ニコナは間に合わず、両腕をクロスさせ、その攻撃を受ける。低い破壊音とともに、軒島ニコナの足下のアスファルトが、蜘蛛の巣状に亀裂が走った。



「ニコナッー!!」


 僕は思わず、軒島ニコナへと駆け寄る。

そこへ通行人Aは無造作に軒島ニコナを掴み、高く持ち上げると僕に向けて放り投げた。


「うわっぷすっ!」


 ここで華麗にニコナを抱きしめるようにキャッチできればよかったのだが、ニコナの臀部が僕の顔面に直撃し、辛うじてニコナの柔らかな太腿を抱きかかえながら僕は後方へと倒れた。


「ごめん、にぃちゃん。ちょっと油断した…。」


「ほふわたいほーふ。ほへほひ。」

(僕は大丈夫だよ。何も気にすることは無い。

 むしろ君のクッションになれて僕は幸せだよ。至福の時間じゃないか。

 そんなことよりニコナ。僕の大事なニコナ。君は大丈夫なのかい?)


「でも、ちょっと思い出したかも。

 やっちゃっていいよね?」


 ニコナはそういうと、僕の顔面から臀部を浮かし立ち上がる。

真下の背面から中学生女子を見上げるアングルなんてものは、通常生活においては起こりえないものなのだが、そこからはニコナの顔を見ることが出来ない。しかし声の感じではニコナの心が躍っているようだった。この状況のどこに楽しい要素があるというのだ。

ニコナは何事もないかのようにスタスタと歩き出し、通行人Aへと歩み寄る。

僕は上体を起こし、ローアングルからその情景を見る。


 何を察したというのだろうか。明らかに通行人Aの警戒の色が濃くなる。ニコナを恐れているとでもいうのか。

ニコナは先程の動きとは違い、一撃一撃を重たく通行人Aの心臓へ向けて放っていく。正拳突き、ヨプチャギ

(横蹴り)、テンカウ(膝蹴り)。技の総合デパートかよ。

通行人Aは我武者羅に両腕を振り回していたが、突き出す腕は軌道をずらされ、かえって隙を多くした。

ニコナは笑っている。僕の頭は混乱する。



 ついにダウンした通行人Aをニコナは見下ろす。おもむろに通行人Aの髪を掴み、頭部を持ち上げる。

その瞬間、僕の脳裏に血の池に佇む者の姿が映し出される。その者もニコナと同じように笑っている。


「だめだ、ニコナ。殺しちゃいけない。」


「そっか。そうだよね。」


 ニコナは掴んだ手を離し、通行人Aの顔面は重力に任され乱暴に地面へと打ち付けられる。ニコナは垂直に近い状態で高く後方宙返りしたかと思うと、踵を通行人Aの背中へ、心臓辺りにめがけてめり込ませた。

いやいや、話聞いていますか、ニコナさん?



 通りの角から一台の乗用車がこちらに曲がってくるのが見える。


「行こう、ニコナ。」


 通行人Aがどうなったのか気になったが、僕は慌ててニコナの腕を取り、乗用車と反対の方向へと歩く。

彼が鬼だか何だかは知らないが、この状況は正当防衛の範疇を大きく逸脱している。たとえニコナが中学生女子であったとしても、たとえ彼が狂人であったとしても。


「あいつは、その…。大丈夫なのか?」


「うん、気絶させただけだし。

 半鬼化してただけだから、目が覚めたら人間に戻れるんじゃないかなぁ。

 鬼門は潰しておいたよ?」


「僕が知っている前提で話すなよ…。」



 ニコナはそんな僕のそんなつぶやきなど耳に入っていないかのように、楽し気に繋いだ手を前後に振りながら歩く。

鬼なんてものは本当に存在するというのか。今、確かに僕の前に現れた通行人Aは、人とは呼べない狂気を纏っていた。半鬼化? 鬼門? 人間に戻れる? 鬼は元々人間なのか?


「ねぇ、にぃちゃん。コーラ飲みたい。」


「自販機があったらな。」


 昔話の桃太郎において、鬼化した人間をどう対処したのか、などという描写はない。

鬼退治。鬼退治などどうしろというのだ。鬼ヶ島を探せとでもいうのか。

 


 はたから見て僕らは仲の良い兄妹に見えるだろうか。いや、大学生男子と中学生女子が楽しそうに手をつないで散歩している姿など、多少なりとも奇異に写っているに違いない。だがしかし、僕らがこれから鬼退治に行く「桃太郎と犬」であるということは、誰一人として思ってはいないだろう。

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