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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第7の酉幕 天に光明あるや否や
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水没した世界(鬼)

「お前、キモイんだよっ!!」


 荒渡タカミチは殴られていた。


「息してんじゃねぇよ! くせぇ!」


 殴られ、どつかれ、蹴とばされていた。


 荒渡タカミチは思う。民主主義とは数の暴力だ。少数派は意見をする権利すら与えられず、ただただ排除の対象なのだと。多数派が正義であって、それが常識。多数派の意見が世間では常識と呼ばれるものなのだ。

当たり前のことだ。人は多くの金と小さな金ならば「多くの金」の方を選ぶ。沢山取れる食物が正義であって、沢山取れるそれを作ることが貴いのだ。その「沢山取れるもの」を脅かす存在は、正義の名のもとに排除する。そんなことは常識なのだ。



「一回、死んどくか?」


 荒渡タカミチは首を絞められる。


「存在すんじゃねぇよ!!」


 首を絞められ、壁に頭を打ち付けられ、そして便器に突っ込まされた。


 それが資本主義なのだ。例え少数派であろうとも、いや少数派だからこそ成功を収める輩。世に言う常識の捕らわれず、多数派を操る少数派。所謂「勝ち組」。

金がある奴は金で、頭がいい奴はその頭脳で。そして力がある奴は暴力(ちから)で。多数派を牛耳り「常識」を作り上げていく。

何もない少数派は排除の対象なのだ。歪んだ「常識」の歪を埋めるための捌け口なのだ。

少数派は「支配」か「死」の二択。多数派は「迎合」の一択。それが「常識」なのだ。この世界は。



 便器に顔をツッコまされながら、溺れながら荒渡タカミチは思う。

じゃあ「排除」される対象の自分は何なのかと。何のために存在したのかと。




「こんなはずじゃなかった。」

「お前の育て方が悪いんじゃないのか。」

「あなたの家系の影響(せい)なんじゃないの?」

「いずれにしても表に出せる話じゃない。」


 両親が望むような存在に成れる気がしない。

それを演じることに疲れた。そもそも綻びだらけで演じきれない。歪が出ているじゃないか。


 父は言う。「誠実であれ」と。だけれど自分に誠実に振る舞った結果がこれだよ。

母は言う。「期待してるわよ」と。それは一体、何の期待なの? 誰に対しての期待なの?

両親の代わりに人生を歩むことなんてできやしない。

自分に向ってくるのは逆流でしかない。全ての行動、アクションが過ちにしか感じない。




 そんな毎日、日常、常識のなかで何も感じることが無くなったことに気付いた。

苦痛も感情も。存在も関係性も。自分も他人も。

この世はただの、何らかのシステムで。自分はその、歯車ですらなく、燃料ですらなく。予備のパーツですらなく。梱包の袋ですらなく、剝がされるだけのシールですらなく。ただの砂塵だ。


 信号が赤から青に変わる。全くもって何の疑いもなく、信号待ちしていた人々が歩き出す。 

押し出されるように自分も歩き出す。「信号が青だから渡る」なんて思考も感情もなく人々が渡っていく。同時に三方からも同じように排出される人々。最小限にお互いが躱しあい、触れることなく、文句を言うことなくすれ違っていく。干渉することなく、認識することなく。

多数派の波の中、荒渡タカミチはスクランブル交差点の中心で立ち止まった。



 その息苦しさを感じる人がいるのだろうか?


 その圧力に抗おうと思う人はいるのだろうか?



 やがて交差点の中心は自分を除いて誰一人いなくなった。

なんだ此処は。食い散らかされ、動物は去り、草木の枯れた荒野じゃないか。

左右を走り去る車。時折クラクションを鳴らす者がいたが、荒渡タカミチの耳には届かない。


 音がない。光もない。においもない。

だだ圧力しかない。此処は忘れ去られ、捨てられ、水没した荒野か。

深海に封じられた世界か。


 空を見上げると、そこにあったのは天を覆い尽くす分厚く黒い雲しか無かった。

此処で泳いでいるのは、盲目な深海魚だけか。圧力に適応した異形だけか。



 それに気づいた時、全ての景色が変わった。歩く人々、多数派の見え方が変わった。

走り去っていく車が流れる岩に見えた。


「なんだ。

 無機質が流れてるだけなんすねぇ。」


 荒渡タカミチは無造作に、停止していたロボットが再起動して動き出したかのように、無感情に交差点の横断を再開し始める。

後方で鳴るクラクション。そして自動車同士が追突する衝撃音。人々の悲鳴。

だがやはり、荒渡タカミチの耳には届かない音だった。



 荒渡タカミチは音のない世界で探し求めた。


 心揺さぶる「音」は無いのかと。この無音の世界、深海に音は届かないのかと。

いつぞやに聞いた魂の叫び。心揺さぶるロックは何処に行ったのだ。全てを否定し叩き潰すパンクは何処に行ったのだ。

何年も何年も、それを探し求め、荒渡タカミチは歩き続けた。




 だが、現実なんてものはそう甘くはない。

人ひとりの覚醒など受け入れる余地はない。個人の妄想などがつけ入る余地はない。


 荒渡タカミチは数歩進んだのち、右折車をかわし切り込むように走行してきたダンプトラックに跳ねられた。

跳ね飛ばされ転がる先で、たまたま通りすがった老婦の運転する軽自動車に轢かれ、そしてそれを躱そうとしたトレーラーに巻き込まれた。

最早、即死していないことの方が奇跡な重体。辛うじて脳だけは活動していた。

身も心もバラバラになりかけていた。


 しかし、それでも荒渡タカミチの耳には、身体を軋ませ砕く音さえ届かなかった。




 光が明滅を繰り返す。やがてそれは白一色となり、意識諸共ホワイトアウトしていく。


『あぁ、これが深海から浮上した者の末路か』


 荒渡タカミチはぼやけていく、底辺から見上げた光景の中でそう思った。

所詮は自分も生かされていた深海魚。地上に上がったところで身体が耐え切れずに破裂するしかないのだ。外圧から守っていた自身の内圧に身を打ち破られるのだ。




「いい眼をしてる。」


 驚きでも、悲鳴でも、嘆きでもない。

ただ感嘆を平面的に述べた言葉。


「絶望にありながら絶望を理解しながら、その中で遊び足りない者のする眼だ。」


 白ばむ世界を人影が遮った。


「もっと遊びたいんだろう? 折角、絶望にたどり着いたのだから。」


 人影の手が胸に当てられたのがわかる。黒く確かなものが繋がれていくのを感じる。


「遊びたいだけ遊んだらいいじゃないか。

 絶望を知らぬ子らと。」




「それが面白い事なら、もう少し付き合ってあげてもいいっす。この世界に。

 水没した世界に。」


 差し伸べられた手につかまり、荒渡タカミチは立ち上がると、静かに笑った。

着ていた衣類こそすり切れ、破れ、穴が開き交通事故に遭った証跡が残っていたが、身体は再生を終え全く怪我の痕跡は無かった。

周囲は騒然としている。事故が連鎖しパニック状態となっている。しかしこの二人の男の耳には、辺りの喧騒が届いていないかのようだった。



「んで、何処に行くんすか? えーと……」


「私の名前かい? 枯野だ。

 まぁ名前なんてアカウント程度の符号にしか過ぎないよ。」


 荒渡を振り返ることなく、枯野と名乗った男はゆっくりと歩を進める。


「行き先か。そうだな。

 新しい価値の創造。とでもしておこうかな。」


 新しい価値の創造。その言葉を言った枯野は小さく笑った。


「ん~、荒渡にはいまいちピンとこないすなぁ。

 でもま、それが楽しい事ならそれでいいす、」


 荒渡はズボンのポケットに両手を突っ込んだ。右手指先に触れた金属の感触。

それに気が付き取り出す。家の鍵。


「自分、底辺なんで。」


 歩きながら、鍵を持った手を横に伸ばす。

まるでそこにカウンターがあるかのように、いや誰かの手が、いや過去の自分の手が差し伸べられているように、その手へと鍵を落とした。


 小さな金属音を立てて地面に落ちたその鍵は、事故をかわして急停車した乗用車に踏まれ、ひしゃげた。

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