紅く煌めく欲動
画面上を、いや目の前の一面を夥しい文字列が流れていく。青とも緑ともつかない色の波が現在を刻み、過去へと流れていく。そう、まるでPC画面のログが流れていくようだ。
むぅ。あまりにもパソコンに浸り過ぎて、僕はPC画面の中に引きずり込まれてしまったのだろうか……
「ふーん。
そういう風に見えるんだねぇ。」
なんだ。君は僕じゃないか。
「前回はタイプライターの打突音が五月蠅かったから、今回はましかもしれないな。
うん、最初の頃の巻物に似てなくもないしさ。」
少年が興味深そうに、あるいは振ってきた雨を確認する程度の、特段の感情を纏わない何気ない所作で、そのスクロールしていく文字に触れる。ほぅ、巻物だけにスクロールとね。
もっとも、文字たちは下から上へと流れていたし、彼の手をすり抜けて天空へといって昇っていくわけだが。
「あ。
おいらは君じゃないけど君だよ。なんて言うのかな、ほらあれさ、川が同じ川でも上流と下流は違うでしょ? あー、流れている水は同じだけどさ。」
僕と君は同じで同じではない、と。
でも君は、いつぞやの僕じゃないか。過去の僕。
「んー、半分正解で半分間違いだよ。上流は上流でも、おいらは源流さ。
母様がそこからおいらを拾ったんだ。」
じゃあなんで僕の少年時代の姿なんだよ。君は僕だろ?
まったく、上流階級気取りか。僕はぎりぎりで庶民だぞ?
「蛭子だからね。おいらには姿形は無いんだよ。だからおいら、最初は父様の身体を真似たんだ。
でも今は父様がいないからさ、君が一番驚かない姿形にしてみただけ。
うん、驚いてくれて嬉しいよ。」
驚いてねぇよ! つかどっちだよ!
僕を模倣した少年がクスクスと笑っている。
つまりはあれか、源流の桃太郎か。
……、今更驚かねぇ。
んで、ここはどこですか? というね。
「ここ? ここは世界だよ!」
源流の桃太郎が、少年時代の僕の姿形で笑い転げる。
あぁ。僕はあの頃、中学生の頃に、あんなに笑い転げることなんてあったろうか。
「いい加減にトにト。
止めてもらえませんかね。」
出たな、神なる曲者め!
「ぎゃーーーはははっ! ひっ、ひーっ! 曲者、まがい者、神気取りだってさ!
おいらより上手く言うねぇ! ね? 虚の神?」
此花サクヤが神経質そうに桃太郎を見つめ日傘を回す。回した日傘から花びらが舞い散る。
「何度も言っていますが、貴方が言いたいのは「虚と実」ではなく、「因と果」でしょ。」
「え? だっておいらは「実」から出来たわけだし、お前は「種」から生まれたかもしれないけど、為さない存在なんでしょ? だったら「虚」じゃん。何も生み出さない種なんて、ねぇ。
おいらは「果」でもあるけどさ、だからと言ってお前を「因」だとは思わないね。お前から生まれたわけじゃない。」
僕から見たら似た者同士だぞ? 下手な喧嘩はよしてくれ。
しかも片方は僕の姿じゃないか。
二人のいがみ合いに嫌気がさして、僕は再び流れる文字を見る。
そこはまるで「流れる天の川」のようだった。文字列が光の粒、星々で天空を流れていく。
そんなことを考えていたら、流れる文字列の中に動かない星があることに気が付く。
星たちが互いに結ばれ、まるで何か化学物質の図のように連なる。あぁ、これは星座を映し出すプラネタリウムのようではないか。
瞬く間に結ばれた星々が眼前に迫り、周囲全体に展開される。
その星の一つ、炎のように煌めく紅い星に触れてみた。
「天空を流れているあれ、あれは「世界」だよ。世界の記録。」
桃太郎が言う。どういうことだ? 歴史とかその文献か?
触れた紅い星が展開され、また同じような世界が広がった。
「そしてこれは記憶。世界の記録の一部の記憶。」
サクヤが言う。つまり個人の歴史、記憶が人生の記録ということか。
現れた「記憶」のログ。天空に上がるほどに霞んでいる。まるで湯気が透明に消えていくように。
過去の記憶ほど朧気で儚く在るのか。消えないで残っている粒が、本当に星のようだ。
「記憶は記録の一部だけど、誰も知らない記録でもある。」
桃太郎が本でも読むように、「記憶」をめくる。
「記憶は個人を形成する。」
サクヤが本を撫でるように、「記憶」を眺める。
「そしてね、個人は繋がりを持つんだ。」
「この伸びている糸、糸偏に廻らして縁。
同じ記憶を滴らせ、結ばれる。」
つまりはなんだ、「記録」ではなく「記憶」が人々の繋がりとなるということか。
触れた紅く煌めく星と僕は、一本の糸で結ばれていた。
その糸を手繰り寄せ、僕は紅い星の中に入る。
そこは山羊女、雨早川ルミの生涯だった。
いや、彼女の「記憶」。彼女の心の内側だった。
『お母さんの生涯、彼女が何を聞いて何を見て、何を読んで、何を考えてきたのかを継承しなければならないよ。
それが残された私達が、成し得る彼女を失わないために唯一出来る務めなんだよ。
君のお母さんは本を読むのが好きだった。』
母の葬儀の時に誰かが僕に言った言葉だ。だから僕は、母が残していった本を片っ端から読み漁った。
『人類が発展してきているのは、先人達の知識を継承し続けているからだ』
僕は残された本を読み漁ったけれども、得られた結論はそれだけだった。
僕は母が何を思い、何を考え、何に希望を見出して生きていたのかわかってはいない。
そんなことを思い出しながら、僕は雨早川ルミの生涯に踏み込んだ。
希望、歓喜、情熱。感情を纏った記憶の奔流に晒される。
絶望、憤怒、激情。感情が鋭く硬く、記憶が粘着質をもって僕に纏わりつく。
人を形成するものは記憶なのか。人を繋げるものは記憶なのか。
僕は雨早川ルミの記憶、その想い、燃え上がる情熱の中で彼女の生涯を追体験した。
「息も切れ切れだねぇ。人ひとりの人生って、結構濃厚でしょ?」
汗、涙、鼻水、涎。僕はぐしゃぐしゃになりながら虚空に手を付く。
雨早川ルミの生涯から戻った僕は、胃液を吐き、荒く呼吸する。
人の「記憶」を知ると言うこと以上に、その「感情」の追憶体験に翻弄される。
否、文字通り否応なしに心が揺さぶられる。
桃太郎、他人事みたいにいってんじゃねぇよ!
クスクスと笑う桃太郎の向かい側にいるサクヤが、深いため息をつきながら僕に語る。
「その「記憶」は、縁が糸偏に吉られている、結ばれている。
因の原っぱに果が結ばれていく。」
何なんだ? これは。
「んー、
共通の言葉で言うと桃源郷かな?」
「人ひとりひとりに心、記憶、感情があり、心の奥底を桃源郷と呼ぶわけですが。
それは正確性に欠ける言葉ですね。」
桃太郎が積み上げられた本の上に胡坐をかき、頭に指を突き立てて首を傾げる。
サクヤが畳んだ日傘を杖とするように佇み、僕を見据える。
「んま、手っ取り早く言えば、記憶を消せば結果が変わる、無かったことになるというね。」
「その結果、縁もさんずいに肖、消えるわけですが。
いいえ、これも正確な言い方ではないですね。
心の奥底、桃源郷へと送られ、未来永劫に外に出ることは叶わない。」
つまり
「人の記憶を渡り歩く。」
「これが桃源郷廻り。」
「そして自分に都合よく無かったことにして心の奥底に。」
「心の奥に封印するのが桃源郷送り。」
無かったことにしたものは、現実にも無かったことになると言うのか。
「人の記憶なんて曖昧なものさ。
現実はね、記憶以上に曖昧な存在なんだよ。」
「結ばれなかった花は果実をつけることはありません。
縁も消えます。」
でも、でもでもでも!
記憶は残るんじゃないのか? 無かったことにしても記憶には残るんじゃないのか?
「あー、それぞれの桃源郷、心の奥に送ればねぇ。」
「正しくは、貴方の桃源郷に送るのが『桃源郷送り』。
つまりは貴方がそれを一人で抱えると言うことです。」
僕一人で記憶を、想いを抱えれば救われるということか……
「んー、どうかなぁ。
そもそも、他人の人生を抱えるってさ、出来るの? 君に?」
「人の心に残らないと言うことは、縁が消えると言うことは、本当の消滅、死です。」
じゃあ! じゃあ雨早川は救われないて言うのかよ!
「そんなことよりさ、君自身はどうしたいの? 救いたいの?
君の欲動は何? おいらはそれの方が興味あるよ!
ね? 今生の僕!」
ほんと、更新遅れてごめんなさい!
師走の先取りとかどうなの('Д')!
コロナの影響がここに来るとは……
次からは新章
週一に復帰します!(希望的観測)
年内には更新します!(同上)




