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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第2幕 鬼来たりて童は舞い踊り
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ブラックアウトする曲線美

「なぁ、にぃちゃん。にぃちゃんちってエアコン無いの?」


 誤解のないように先に言っておくが、エアコンが無いわけではない。そしてエアコンをつけないのは、決して電気代が勿体無いから、という理由ではない。

簡単に言えば、どうも不自然なあの冷房の環境が苦手なだけだ。余程の暑さじゃない限り、僕はエアコンを極力つけることはない。


 そんなことよりも、軒島ニコナの不自然な訪問の仕方について、僕は抗議したい!

どうして玄関からではなく、さも田舎のおばあちゃんちにご近所さんが縁側から気軽に訪問するが如く、ベランダから訪問するのだ、ニコナ!

僕は君とは「幌谷さん。漬物がいい塩梅に仕上がったから、おすそ分けにどうぞ!」といった、漬物や梅干しや作り過ぎたレンコンのきんぴらなどをおすそ分けするような、仲良しさんな関係ではない!

まして、ここは4階だ。

物理的に気軽さの限界を超えてるだろ!



「エアコンは…まぁちょっと調子が悪いだけだ。」


「ふーん。

 お邪魔しまーす。」


 ニコナはベランダに靴を揃えて部屋に上がってくる。うん、意外と礼儀正しいね。



 いやいやいやいや、騙されないぞ、ニコナ! 「あら、若いのにお行儀が良いわね」と、ご近所のおばちゃんのように関心はしないぞ!



「久しぶりだな、ニコナ。」


「うん、テスト期間中だったから。」


 そう言ってニコナは、リビングを一通り眺めると、ソファの前に胡座をかいて座った。

うん、女子の座り方にいちいち注文をつけるつもりはないが、勧める前にソファに座らないのは正解なのかもしれない。しかし、胡座はその、くつろぎ過ぎなんじゃないかなぁ。彼氏の家じゃないんだし。

ここで諸兄に、敢えてご注意して頂きたいことを申し上げる。スカート女子が胡座と聞いて「もしや対面に座るとそこに見えるのは白い天国。まさに僕はホワイトアウト!」とはならない。そう、ご存知の通り、今日も軒島ニコナは制服、そしてスカートの下に正しく黒のスパッツを着用している。まさにブラックアウトしている。



「ソファに座ってもいいんだよ?

 床は痛くない?」


「ん、大丈夫。冷やっとして気持ちいいし。」


 おいおい、女の子は若いうちから身体を冷やしちゃいけないんだぞ。特に下腹部は冷やすとダメぢゃあないか。

はっはっはっ。ソファが嫌なら僕の上に座るかい? なんだったら僕が寝転ぶから、背中に座ったらいいぢゃあないか。

とは、ならない。そんな中学生女子の尻にひかれたい願望など、僕には無い!



 僕は台所に向かい、麦茶を二人分入れる。

そうだよ、夏が暑いからエアコンをつける、ではなく良く冷えた麦茶が暑い夏にぴったりじゃないか。

とくと味わい給え、軒島ニコナ!


「あんがと。いただきまーす。」


 ニコナは僕から麦茶を受け取ると、美味しそうに、実に美味しそうに麦茶を一気に飲み干した。徐々に上がっていく顎。それに伴い白く伸びる首筋。麦茶を飲み込むたびに躍動する喉元。

そんな光景など、全く無かったかのように軒島ニコナは顔を正面に戻すと、満足げに無垢な笑顔を僕に向けた。






 おっと危ない。

急にGがかかってしまったのかな? レッドアウトするところだった。



「これも飲んでいいよ。」


 僕はニコナのグラスと、まだ口を付けていない僕のグラスを交換して台所に引き返した。色々な意味で仕切り直しだ。

仕切り直しなはずなのに、僕はニコナから受け取った空のグラスに僕用の麦茶を注いで、「あれ? これって…」とかが頭をよぎったが、そんなことは中学生男子じゃあるまいし、些細なことだ。

そんなことは些細なことなのだ。


 ところで「唐突だな、おい!」という言葉が聞こえてきそうだが、敢えて親愛なる諸兄に問いたい。

諸兄は何フェチだろうか。僕がメガネ好きであることは既にご存知だろうから、「オプション」的なものは今回は除外し、また尻好きであることも周知の通りなので、直接的なものも除外して、「へー、そういうところに魅了されるんだー」という身体の部位についてお尋ねしたい。

背中や手、足、お腹などオーソドックスなものから、眼球、歯、体毛、鎖骨や肋骨などマニアックなものに至るまで、色々な方がいらっしゃることだろう。そしてそこに至る経緯というか理由なんぞはこの際置いておいて、我々は特別ではない部位に、あたかも特別な部位かのように魅了されるのではないだろうか。問答無用に。


 賢明なる諸兄ならば、僕が首フェチなのはお気付きのことだろう。そして僕は首にとどまらず顎のラインの美しい女性が好きだ。

上手く形容出来ないが、正確に言えば僕は曲線フェチではないかと思う。顎のライン、背中から臀部にかけたライン、膝小僧、脹脛(ふくらはぎ)やそこからアキレス腱にかけたラインなど、いわゆる曲線美に魅了される。

もちろん断っておくが、何でもかんでも曲線なら良いというわけではない。「美しい曲線」つまり黄金比の曲線を持った身体の部位を見ると、指でなぞりたくなるということだ。


 救命胴衣の愛称になったことでも有名な大女優、故メイ・ウエストは言っている。

「曲線美は剣よりも強し」

まさに僕は曲線美に滅多斬りにされるのだ。



 僕は自分用に注いだ麦茶のグラスを持ってニコナの前に戻り、ローテーブルの角を挟んで座った。

改めて横から見ると、確かに美しい顎のラインぢゃあないか、軒島ニコナ。だがしかし、そんな誘惑に僕は屈せぬぞ、軒島ニコナ。君の過剰なまでの暴力が、その美しさを阻害しているのではないか。

美しいバラには棘がある? ノン、ノン! それは妖艶な美しさを持った大人の女性の言葉だよ、ニコナ。中学生女子にそんな美しさは出せまいよ!

そして過去三度、僕は完膚なきまでにやられてきたが、今までの僕とは違うのだよ。君の過剰なまでの暴力に屈せぬぞニコナ。ネットで読み漁った合気道の護身術の技を受けてみるがいい!


「ところでニコナ。最近、僕も武術に目覚めちゃってね。

 試にここを掴んでみてよ。」


「腕? ん。」


 ニコナは僕の唐突の発言にちょっと驚いた風だったが、疑いよりも興味が勝ったのだろうか、突き出した僕の腕を、何の気なしに掴む。

うーむ…。思ったよりも軒島ニコナは小さな手をしているな。そしてなんというか、肘から手首にかけてのラインが美しいぢゃあないか……。



 いや違う! そうじゃない!

そうだ、ここから小手返しだ。例え結果的にニコナを押し倒すことになろうとも、それは不慮の事故というやつだ。じゃれ合いだ。むしろ健全な武術指導ぢゃあないか!


「ちゃんと掴んでてよ。さて、それでは……。」


 おかしい。ニコナはちゃんと掴んでいる。掴んではいるが特に強力な握力を発揮しているわけではない。それはまるで「ねぇ、私を置いてどこにも行かないでね?」といった、儚げで可愛らしい力だ。そして腕にも特に力が入っているようには見えない。なのに、なのにだ。僕の手はまるで凍り付いたかのようにピクリとも動かせない。

疑問が動揺に変わろうかとするその時、ニコナはくすっと、悪戯っ子のように可愛らしく笑った。



「にぃちゃん。にぃちゃんみたいに筋肉が無い人が理合に走るってのは、まあわかるんだけどね。

 ちょっと違うんだよなぁ。ここをこうして、こうしたかったんでしょ?」


 ニコナがするりと寄ってくると、空いているもう一方の手で僕の手を取り、背面へと引き倒し…かけられたところで、支えられる。

ニコナから汗が混じったシャンプーなのか柔軟剤なのかの、甘い香りが僕の鼻孔をくすぐり、そして彼女の白く美しい首のラインが眼前に迫る。



「でもさ、あたしは仰向けに倒すより、俯せに倒す方が好きだなぁ。」


 そう言い終わるや否や、僕の身体は再び引き戻され、そして今度は俯せに倒されて腕を極められ制される。いったい、何がどうなっているんだ?



「それでね、ここで延髄に足刀とか、このまま腕を極め上げて捕縛とかなんだろうけれど。」


 そう言いながらニコナは僕の上にまたがる。

うっひょーい! なんだろう、背中に感じる感触は あれかな? 僕はお馬さんかな?

いやいや、これは虎の敷物かな? 僕は猛獣になっちゃうぞ!


「こっちの方が好き!」


 と、ニコナは僕の上に乗り、一際天真爛漫で楽しげな声を上げると、僕の顎の下に両手を伸ばした。



 そこからの、はい。

テキサス・ブロンコ・バックブリーカー!

つまりキャメルクラッチ!

僕の顎から上半身までが、なだらかな曲線を描く。そう、まさに黄金比の曲線。さぞ美しかろうよ!



「ノー! ノー!!

 ギブギブギブ! 背骨が軋む、きしむぅ! わかったわかった! わかったから!

 ニコナちゃん可愛い! 素敵! 最強!」


「あ。リモコン見っけ。エアコンつけていいよね?」


 そう言ってニコナは僕を解放し、エアコンがONになる。

冷風が僕の背中をすり抜ける。軒島ニコナは行儀正しく、静かにベランダの窓を閉める。

そして僕の脳波はOFFになった。

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