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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第6幕 其れ即ち終焉の灯になりにけり
149/205

飛んで火にいる選択の皿まで

「いやー、晴天ですねー。今夜の花火は綺麗に見えそうですねー。」


 八咫辻手前にあるバス停の待合室、そのベンチで新聞を広げていたサラリーマン風の男は僕にそう言った。


「相変わらず唐突に現れますね、()()()()

 神出鬼没、いやこの場合は鬼出鬼没なのかな。」


「これはこれは! まるで主人公、自己中、随分と自分本位な発言じゃないですかー、幌谷さん。

 私から言わせればですねー、幌谷さんの方が唐突な出現ですよー。」


 蛙水はそう言いながら新聞を折りたたむ。視線を新聞に残したまま。

それはまるで、満員電車の中で新聞を最小限に畳んで読むサラリーマンの様相だ。


「取って食うわけじゃー、いや実際、取って食いやしませんよー、鬼ではあっても、ですね。

 座りませんか、幌谷さんー。バスが来るまでまだ時間があるでしょう。」


 蛙水の誘いに応じるなんぞ、それこそ「飛んで火にいるなんとやら」となりかねなかったが、僕はやつの隣に腰を下ろした。「毒を食らわばなんとやら」だ。



「それで、何でここにいるんだ。今度は何をしでかすつもりだ。」


「私がここにいるのは偶然といえば偶然ですー。

 いや確かにねぇ、ひょっとしたら幌谷さんが来るかもー、とは思っていましたがねー。

 何をすると言われましてもですねー、あなたと同じ目的ですよー、バスに乗ります。目的地も一緒でしょうねぇ。」


 相変わらず掴みどころがない。いや、これは僕の質問が()()()()()ではなかっということか。


「お前たちの……、いや、お前の目的はなんだ。」


「私の、ですか?」


 蛙水は面をくらったかのように、それまで新聞に落としていた視線を上げ、僕をまじまじと見た。

だがすぐさま、元の張り付いた営業スマイルへと戻る。


「私はですねぇ、面白ければそれで満足ですかねぇ。

 幌谷さん、あなたは何のために生きていますか?」


「……。」


「人は他の生き物と違って「生きること」そのものを目的としてません。

 何か目的、目標、指標。まぁ何でもいいですが、何かしら生きるための理由を必要としてる。

 普段は意識することなど無いでしょうけどねー、ふとした瞬間に「それ」を探しませんか?」


「それを……、それをお前に答える必要性を僕は感じない。」


「はっはっはっ、まぁいいでしょう幌谷さん。

 質問というのはですねー、得てして同じ質問が自身に返ってくるものですよー。ですからね、自身の質問に答えられる「確信」めいたものを持っていなければ質問そのものがペラペラです。もちろんこじつけでも何でもいいわけですけどねー。私にしてみたら「目的はなんだ?」という質問は「何のために生きている?」と同じですからねぇ。

 あぁ、ちなみにですねー、質問が何かしらの提案を含んでいる場合にはですねぇ、2、3は代案を用意しておくものですよー。」



 僕は蛙水に揺さぶりをかけられているのか。心が乱れる。

「何のために生きているのか」なんて質問は、人類が、人々が、人それぞれが永遠に持ち続けている人生の命題だ。答えは人それぞれだろうし、その時々の人生で変わっていくものだ。それに囚われている場合ではない。そういうことを見つめ直すことは必要だろうが、今はその時ではない。


「面白ければいい。お前はそれだけの為に人を殺めるのか。」


「面白ければいいとは端的に言いましたけどねぇ、要は生きる喜びを見出したいだけですよー、私はね。

 それにねぇ、私共は鬼なんですから()()を咎められましてもねぇ。」


「……、いいだろう。鬼共は人を殺める、それに理由はない。

 じゃあ僕はそれを止めるだけだ。そこに理由など必要ない。」


「いいですねぇ、熱いですねー幌谷さん。

 では敬意を示して少しだけお話ししましょう。この土地が元々は島、中洲の様になっていたのはご存じでしたか?」


 蛙水は再び新聞へと視線を戻し、独り言のように話し始めた。


「埋め立てや再開発を繰返し、今の形になったそうですよ。

 海に面してはいますが港は作らなかったみたいですねぇ。漁村や海水浴場程度ならありますが。

 増築を繰り返した建物が醜悪になっていくように、この土地もなかなか歪ですねぇ。あぁ、一時期私、不動産関係の営業をやっていたものですから、少しだけ詳しいのですよー、そういうことが。

 この交差点、八咫辻もなかなか歪ですよねぇ。」


 僕は八咫辻を見つめ、この付近の地形を想像する。主要幹線道路は南西から北東に貫かれている。南西側が僕の住む地域、北東側が大学、そして花火大会の会場だ。

南西側から1本目の枝道の先には主要駅があり、そして駅を中心に繁華街が広がっている。


「北側のあの道、方角的には北西ですか。あの先に大橋があるでしょ。高速道路と併設されているやつですよー。不思議ですよねぇ、この幹線道路とはここが一番近いんですけど、直接はつながってはいないんですよー。あれが機能しなくなるとねぇ、ここいらは陸の孤島ですよ。

 まぁ元々が島ですからねぇ、「陸の孤島」という表現はおかしいかもしれませんけどねぇ。」


 蛙水、いやこいつらがその大橋に何かしようとしている。前回の橋の崩壊を思い出す。そのことに戦慄を覚え、僕の神経が背筋から頭頂部にかけて騒めいた。



「そして真ん中の道、あの先に何があるか知ってますかー。」


 僕は無言で蛙水の言葉の続きを待った。


「変電所があるんですよー。でもただの変電所ではなく蓄電池変電所なんですよねぇ。大規模停電に備えてなんでしょうかねぇ、昨今の天変地異を思えば納得は出来ますがー。あー、この関連の商材は売れますよねぇ。えぇえぇ、まったく。

 それはさて置きですよ、こんな土地一帯をカバーするためだけに、あの規模は必要ないですよねー。」


 蛙水が言い出したその話題に思い当たる節があった。

確か数年前から段階的に、僕らの街に政府機関や各種IT企業の「データーセンター」なるものの設置誘致、そして実際に創設が為されていたはずだ。つまり、膨大なネット社会のデータ管理をするための施設が、この地方都市には点在している。そういう施設は大量の電力を必要とし、そして停電に耐えられる必要がある。


 何のためかわからない。それこそ罠かもしれない。蛙水がどういう意図でそれを匂わせているのかわからないが、奴らがやろうとしていることの全貌が見え始める。

これはテロだ。サイバーテロがネットを通じて、言わばソフト面を狙ってるのだとしたら、物理的にハード面に対してサイバーテロを行おうとしている。鬼という武力を用いて。


 急速発展し続ける「ネット社会」。その崩壊は、即現実社会の崩壊、混乱へと結びつく。

そしてその「ネット社会」の急速な成長にセキュリティ、バックアップが追い付いているとは言い難い。



 僕は立ち上がり八咫辻へと数歩進む。八咫辻を見つめながらスマホを取り出す。

母親と娘だろうか、交差点を平穏で平和な親子が信号待ちしている。互いに幸せな笑顔を交わしながら。


「もしもし、幌谷です。」


「あぁ、幌谷くん? もう着いちゃった?」


 優しい声色が僕の鼓膜に伝わってきたはずだが、僕の脳味噌までは届かなかった。


「ごめんなさい、ユイ先輩。

 ちょっと急用が出来まして、退任式と新任式に間に合わなそうです。いや、行けそうにありません。」


「そっかぁ、しょうがないよね。部長には連絡したの?」


「いえ。

 でも()()()()()()()()()()()()()()()()から。

 ほんとすみません。」


 僕の声色が沈み、隠しきれない動揺が伝わったのだろうか。ユイ先輩は優しく包み込むように察し労った。


「うん、大丈夫だよ? 部長たちには私から伝えておくね。

 じゃあ花火大会で。でも無理はしないようにね? 電話は繋がるようにしておくから、何かあったら電話してね。」


「はい、ありがとうございます。」


 この現実、いやこれまでの僕の現実が「通話終了」を押すことによって閉ざされるような気がして、僕はユイ先輩が電話を切るまで無言でスマホを耳に当て続けた。



 「八咫辻」交差点にオフロードバイクがスライディングし急停車する。

バイクが横に倒れた体勢からサブマシンガンが掃射される。弾丸が僕の横を通り過ぎ、後ろにいるであろう蛙水へ注がれる。


「いやー、まったく。どうやらバスが遅れているようですねぇ。どうしますかぁ? 幌谷さーん。

 Life is a series of choices. 誰の言葉でしたっけねぇ。」


「シェイクスピア。ハムレットだ。」


 振り返るまでもない。蛙水は無傷だろう。その言葉に一言返す。


 僕はスマホの画面に一瞥してポケットへとねじ込む。


 16時32分


 僕は選択を迫られている。

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