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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第6幕 其れ即ち終焉の灯になりにけり
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酔ひもせずいつも通りに

 いろはにほへと ちりぬるを  わかよたれそ つねならむ

 うゐのおくやま けふこえて  あさきゆめみし ゑひもせす



 母の夢を見た。久々だった。

夢の中での僕は小学生ぐらいだろうか。イロハ歌が出てくるぐらいだから低学年頃の記憶がベースなのだろうと思う。僕の視点の高さ、母の柔らかなまなざし、姉の中学の制服姿がそれを裏付ける。

そして僕の育った家。狭かったけれど笑顔があふれる居間でのひと時。間違いない。

母や姉の天然ボケにツッコミを入れたり、時には僕がお道化てみたり。

幸せだった記憶。


 色は匂へど 散りぬるを


 香り高く咲き誇る花々も、やがては散ってしまうように。僕が否応なしに年を重ね成長していくように。いや、僕はあのころから見てちゃんと成長しているのだろうか。

生活は、あのころの幸せはやがて散る。


 我が世誰ぞ 常ならむ


 別に奢っていたわけじゃない。この世の栄華を誇っていたわけじゃない。ただなんとなく、この幸せに終わりが来るなんて思ってはいなかった。下を見ればきりがないことはわかっている。僕より不幸な人がいるのはわかっている。でもその方々と僕を比較することに意味はない。僕より幸せな人と比べることに意味がない無いのと同じように。

ただ、いつまでも続くと思っていた僕の幸せは、儚く脆いものだと知っただけだった。


 有為の奥山 今日越えて


 悟りってなんだ? 諦めとか達観とは違うのか?

僕はただ、母の死を通して「死」というもの、抗うことのできない生き物の摂理、行きつく末。そういうものを受け入れることが出来なかった。いや、誰がそれ受け入れることができようか?

僕は母に会いたかった。もう一度会いたかった。でもそれは叶わない夢だ。


 浅き夢見じ 酔ひもせず


 この世は儚き夢と同じ。僕が今しがた見た夢と同じ。

夢と現実の境目なんてものが曖昧であるのと同じように、それに酔いしれることに意味なんて無いように。

僕は夢と現実の境目がわからなくなる。

これは過去の記憶なのか、それとも夢の記憶なのか。


 それでも僕は、

僕は命ある限り生き続けねばならないのだろうか。それ自身が夢のように儚いとしても。


 そんなマイナス思考な目覚めを洗い流すように、起き抜けのべたついた汗と共に洗い流すべく、僕は風呂場へと直行した。昨夜、暑さのあまり温度を下げたままの、冷たいぐらいのシャワーを浴び、震えながら僕はシャワーを浴び続けた。



 時計の針を見る。6時17分。

勿論、夕方の6時ではない。朝の6時なはずだ。窓の外の明かりを見る。

日と夜が同じになる初夏と晩夏のこの時期は特に、これぐらいの時間帯は外の明かりを確認しようとも朝夕が曖昧になる気がする。


 目玉焼きを二つ焼く。

そう言えば、作り置きしてた焼鯖の南蛮漬けがあったっけ?

お味噌汁の具は油揚げと、んー、人参でいっか。

胡椒とお酢はそろそろ買っておかなきゃな、ストックないし。

などということを考えながら焼く。


 お味噌汁用の鍋の火を一旦落とし、目玉焼きを二つの皿にのせ、適当に作ったサラダと焼鯖を添える。

再び時計を確認し、早すぎた朝食たちにラップをかける。


 僕は時間つぶし程度にPCを立ち上げ、ネットニュースやら、昨夜チェックし忘れたサイトの更新を確認し眺めていた。確かに情報というものは日々更新されている。だがそれはひどく愚鈍で変わり映えのしない日常だった。昨日と、1週間前と、1ヶ月前と大した変わりはなかった。



「おはよ~。」


「おはよう、姉ちゃん。昨日は帰り遅かった?」


 姉がいつも通り、自室から居間へと姿を現すように、いやま確かに姉の部屋は自室であろうし、僕の部屋は居間同然なわけだが。それはさて置き、姉が少し眠たそうにしながら僕の部屋へと訪れる。いつも通りに。

僕は再びお味噌汁の鍋に火をかけ、ご飯をよそい、配膳の後に頃合いを見て味噌を溶き、朝食の準備を進める。いつも通りに。


「ん……、そこまで遅かったわけじゃないんだけど、はーちゃん寝てたみたいだから。」


「あぁ。

 なんかね、最近さ、早寝早起きが習慣になってきたみたい。」


 勿論バイトがある日は12時、夜中の0時か。遅くなる日もあったが、浦島家での生活サイクルに慣れ、日常的に朝食後のストレッチ、ジョギング、そして修練。

修練とは言ってもあの石、浦島家から拝借した「命名:大福」の小石の上に立って静止したり、飛び乗ったりしながらのバランス感覚の調整、そして「柴刈乃大鉈」の声に応えるべく指示通りに動くシンクロ率の向上。そんなものを生活ルーティンに取り入れただけに過ぎない。

そもそもリュウジンとこから帰ってきてまだ数日の話だ。習慣、日常というほどのものではない。

だが身体を動かしているからだろうか。寝るのが早くなった。



 僕が席に着くのを見計らって、姉が合掌する。


「いただきます。」

「いただきまーす。」


 姉につられるように言ったが、僕は箸をつけることなく、なんとなく姉を見つめた。

姉が目玉焼きを崩し、ケチャップと粗挽き胡椒を多めにかける。毎度のことだが、そいつはすでにスクランブルエッグだ。

それを器用に箸で持ち上げ口にする。そこで初めて僕の視線に気が付き、姉は不思議そうな表情で小首を傾げた。


「姉ちゃんさ、母さんに似てきたよね。」


「そりゃあね、母さんの子だし。」


 僕はお味噌汁を手にする。


「はーちゃんも似てると思うよ。」


「似てるかなぁ。」


「目元とか、表情豊かなところとか。あと、お味噌汁の味とか。」


 姉が優しく微笑む。

僕は一口お味噌汁を飲んで、「似てるのか」と思う。


「母さんの夢を見てさ。」


「うん。」


「母さん、笑ってた。」


「うん。」


 それから僕らはどちらも話すことなく、静かに朝食を続けた。いつも通りに。



「ごちそうさまでした。」


「お粗末様でした。」


 姉は食べ終わった時も合掌する。母から教わった、子供の頃からの習慣だ。

この後の姉は、出勤の準備に自室に戻ることだろう。


「あのさぁ、姉ちゃん。」


 姉が立ち上がる前に僕は話しかけた。

自分自身は立ち上がり、食器類を重ねて下げる準備を進める。


「今日さ、花火大会があるじゃん。」


「そっかぁ、夏も終わりだね。」


 夏の終わりを名残惜しむかのように、この街の花火大会は行われる。晩夏の夜空へ盛大に咲いて、そして盛大に散る。


「それでさ、大学のサークルの先輩方と、みんなと見に行こうと思うんだ。

 だから帰りは遅くなると思う。」


 特別やましいことがあるわけじゃない。あるわけじゃなかったが、僕は自然を装って姉から視線を逸らし、食器類をシンクへと運ぶ。

ここ最近は姉に心配ばかりかけている。そんな後ろめたさなのかもしれない。


「うん、わかった。

 晩御飯は済ましてくるんでしょ?」


 姉も僕も、仕事やバイトで夜は家を空けることが多かったから、晩御飯を二人で食べることは少ない。

今度、フルコースにでもチャレンジして振る舞うのも良いかもしれない。

和洋中、魚料理ならば、いい線いける気がする。柳さんにいくつかレシピを教わっとくんだったな。


「そうだね……、そうすると思う。

 姉ちゃんは?」


「私は適当に済ませるから大丈夫。

 気を付けてね?」


 そう言いながら姉が席を立つ。


「うん、ありがとう。姉ちゃん。」



 僕は食器類を洗い、姉の出勤を見送り、そして入念にストレッチを行う。

自身の関節が正確に動くことを確認し、ジョギングに出る。ここ最近のいつも通りに。


 そう、いつも通りに。


 ここ最近の僕は()()()()()()などいかない、

なんてことはとうにわかっていて然りなのに。



 ジョギングから帰って自宅マンションに着いた時、そこに居たのは僕の予想と違った人物だった。

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