丸太に阻まれる蹴鞠
「ぬはーーーーーっ! むりむりむりぃっ! 落ちる! 落ちたもう!!
落ちるのはもぉいーーー! もういらん! どぅはーーーっ!!」
夏の青空の下、水飛沫が上がる。陽の光に煌めくそれは、散りばめられたダイヤモンドの様にさぞや美しかろう。
「にぃちゃんは相変わらずけたたましいなぁ。」
「勘の鈍い野郎だな、腰が浮いてっからだよ。」
僕は早朝から水浴びだ。いや、意図的に水浴びしているわけではない。いや、そもそも、もうすでに早朝ではない。修正された体内時計的には夕刻であってもおかしくない。
朝の4時に起床。すぐさま屋敷内と周辺の清掃。それを終えて刀の型稽古。ニコナは刀は用いず、足運びだとか徒手の型を教わっている。そして希望者の僧兵達に身躱しなどの技を教えている。あ、女中さんも混じっている。なんだここは。武芸者の集まりか。流石、武闘派集団といったところか。
その後、3m級の木人への打ち込み。有効的な部位には黒い印、鬼門には赤い印。完全に対鬼仕様だ。ニコナが勢い余って木人を破壊、いや粉砕。「やるな……」と呟いたリュウジンが対抗して木人を微塵切り。文字通りの木っ端微塵。リュウエイ氏に穏やか且つ厳しく怒られる二人。
一通りの基礎修練のあと、座禅しクールダウン。そして皆で朝食。
僕はこの時点で既に1日分の体力、気力を使い果たした気がする。いや、美味しいです朝御飯。
そして午前中の特訓はこれだ、とリュウジンに連れて行かれたのは池の上に展開されたアスレチック。いやそんな格好いいものじゃない。無造作に組まれた丸太の残骸だ。
「えっと……、ここでどうしろと?」
丸太と言っても大小さまざまで、細いものだと直径5cm程度だろうか。それが池に何十本と突き立ち、部分的に横や斜めに組付けられている。たぶんあの大きい丸太はただ池に浮いているだけだ。
「まずこの上を走れ。」
「いや、走れる環境にないよね? 倒れそうだし。」
「結構しっかりしてるよ?」
ニコナが颯爽と丸太アスレチックの上を飛び回る。何というかあれだ、動きがケンケンパっぽい。
そうだ。空中だと思うから悪いのだ。童心にかえり、無我の境地で夢中に挑めば造作なきこと!
手本をありがとう! ニコナ!!
「よーし、ニコナ。
鬼退治の訓練で鬼ごっことはなかなか洒落が効いてるじゃあ、ないか!」
一歩目をなるべく大きそうな、垂直に立っている丸太の上に乗る。バランスを崩しかけ、咄嗟に近場の丸太へと飛ぶものの、そいつが傾き、僕はあえなく池へと落ちた。
「……、なぁリュウジン。この丸太、傾いてないか?」
池、と言っても水深が胸ぐらいの高さしかない。僕は水面から顔を出し、リュウジンに尋ねる。
「足場が傾いてんじゃねぇよ、お前の重心が傾いてんだっつうの。」
リュウジンがニコナに続き、トトトと丸太アスレチックの中央まで進む。軽快だ。
ニコナはというと、足場の確認は終わったとでもいうように、前転側転したり跳躍したりしてスピードを上げていってる。君らはなんだ、サーカスにでも入るつもりか。
「身体が温まってきた。」
そう言うとニコナはオーラを纏い始め、中央にいるリュウジンに仕掛ける。
「俺にしてみたらハンデにならんぞ?」
リュウジンがニコナの初撃を鞘で受け流し、抜刀する。
遊び感覚で死合を始めた二人を尻目に、僕は再び丸太ケンケンパにチャレンジし始めた。数回繰り返す中でコツのようなものは掴めてきたが、リュウジンの様に一か所に留まるのが難しい。何というか一輪車のようなもので、走り続けていないとその場に身体を維持することが困難だった。走り続けることすらも次々と自分が倒れていく方向、的確な足場へ正確に移るのを判断し行動しなければ即、池へと落ちる。進めて4、5歩ぐらいだ。
「丸太に意識向けすぎだから上手くいかないんじゃないかなぁ。」
池から突き出した僕の頭を足場、いやこの場合は手場とでも言えばいいのか、片手逆立ちで一拍置いたニコナがアドバイスを残していく。いやまて、じゃあどこを見て進めばいいんだ。
ニコナが真正面から蹴り入れると見せかけて、リュウジンの立っている足場を蹴り払った。
リュウジンが体勢を崩しあわや落ちるかと思われたが、そのまま次の丸太の側面を蹴って移動し、僕の背中を蹴って強制的に岸へと上げる。
「自分の重心がどこにあんのか、身体で知れ。」
身体で知れって、武術家かよ! いやま、武術家なんだろうけどもさ!
僕は走るのをやめ、手始めに岸にある握りこぶしほどの石の上に立ってみた。
「うおっと!」
どうもバランスを保とうとするあまり足元を見てしまう。自然、体勢が視線の方へと傾く。バランスを取ろうと腕を振り回して余計にぐらつく。意識。意識ねぇ。重心。重心かぁ。
そんな感じで午前中を費やし、午後からは柳さんの元で魚を捌いた。夜にリュウジンの部屋やニコナの様子を伺いに行く体力は残っておらず、僕は倒れるように眠った。
3日目には魚を捌くコツを覚え、丸太ケンケンパの中央までたどり着いた。
4日目の午前、丸太ケンケンパに取り掛かる前に昨日の感覚を確認しようと、いつもの石の上に立つ。ふむ、「石の上にも三年」というが三日で立てるようになったのだから、これを三年続けたらどんな場所でも走れるのでは?
「んじゃ、ちょっとやってみっか。ほれ。」
そんな僕の様子を見ていたリュウジンが首をコキコキと鳴らし、僕の太刀を顎で示す。
「今日は丸太に乗らんでいいの?」
「いつまでも水浴びして遊んでるわけにゃ、いかねぇだろ。」
ニコナがウォーミングアップとでもいうように、一通りの型を行い身体をほぐしている。
いやいやいやいや、なんで二人ともニヤリとしてるのかなぁ?
ねぇ、仲良し? 君ら意気投合? 夕焼けバックにタイマンやって「お前、なかなかやるな」「お前もな」「お前の100連コンボ、効いたぜ」「お前こそソニックブレード、いい切れ味じゃねぇか」って、アハハハハじゃないからね?
「んじゃ、いくよー!」
唐突に仕掛けてきたニコナが、僕の側頭部へとソバットを放つ。
「まだ準備が! 主に心の準備が!!」
辛うじて納刀したまま鞘で蹴りを受けるも横に吹き飛ぶ。
「着地と同時に重心を保って次に備えろ。」
吹き飛んだ先で、リュウジンが僕の開いている胴を打ちに来る。
体を捻り刀で対応するには間に合わず、咄嗟にリュウジンの仕込み刀を靴底で受け、そのまま又ニコナの方へと飛んだ。
飛んできた僕をニコナが巻き込むように左手でキャッチし、回転して消力。僕の懐に背中を付け入り込む。あ、シャンプー変えた?
そして動きが止まったと思った瞬間に震脚、つまり発勁!
「ちぇんじんぐっしゃんぽーーーーー!!」
「おー、派手に飛ぶもんだなそれ。」
リュウジン、感心してる場合か! 二人とも人を何だと思っているんだ。『だけれど僕は蹴鞠じゃない』と言いたい! 夕焼けバックにタイマンの世界に僕を引きずり込むな!
「よし!」
「よし、じゃないよニコナ。結局、池にダイブだよ。」
「そこで華麗に丸太に着地、とかだったら格好よかったのにね。」
「君ら基準で物事を喋るなよ……」
僕は今日も水浸しにになり、いい加減、水着で訓練した方がいいのでは? などと考えながら岸へと上がった。うん、水着美女に囲まれながらの訓練の方が、効率いいはずだ!
「んじゃ、役目も終えたし、帰ろっかなぁ。」
「そっか、帰るんか。
ん? 帰る? 役目って?」
「そろそろ帰らないとばぁちゃん心配するしね。
さっきの技、覚えといてね? 消力も発勁も重心移動が大事だから!」
おいおい、技を食らわせて伝授するって、武術家か! いやま、武術家だろうけれどもさ!
ニコナが楽しそうに引き上げていく。なんで僕に技をきめたあとは毎度、上機嫌なのか。
「んま、そういうこったな。んじゃ、本腰入れてやっか。
抜いていいぜ?」
あー、こいつもか……




