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天婦羅

 木陰からいく筋かの陽光がテーブルの上に光を落としている。テーブルの上には白地に薄い青色で、煩すぎない程度に装飾されたティーポット。そして同じ様に装飾されたティーカップが置かれている。ティーカップには二口ぐらい口をつけられたのだろうか、紅茶が半分ほどになっている。

その横には落ち着いたグレーの中折れハットが、まるでそのテーブルを飾る置物であるかのように、ごく自然に、そして静かに置かれていた。


 そのオープンテラスのカフェは、オフィス街の中小路を少し入った所に構えていたが、15時になろうかとするこの時間には、まるで世間から切り離されたかのように静かだった。



 男は手に持っていた、大事に使い込まれた黒革の手帳をティーカップの横に置く。

代わりにティーカップを持ち、紅茶を一口、二口と飲む。そしてゆっくりとした動作でティーカップを戻し、ポットから紅茶を足す。


 男の服装はテーブルに置かれたハットと同様に、グレーの布地で仕立て上げられたスーツを身に纏っており、シンプルでありながらセンスの良さを感じられる上品な着こなしと、落ち着いた雰囲気を醸していた。

年の頃は50代ぐらいであろうか。白髪混じりの頭髪は短めに整えられており、その男の温厚な人柄が感じ取られる。



 一陣の風が、男の頰を撫でる。その風はテーブルの上に置かれた手帳のページを、サカサカと小さな音を立てながらめくったが、男は当然のことのように、そして慌てることなくページを戻す。そこには几帳面そうな文字でいくつかのメモがとられていた。


幌谷、大学2年生

桃太郎(自覚を拒絶)

姉、雑貨屋店長

父、壇之浦、広域暴力団幹部

母、中学生時に死別

交友関係(消極的)

澄河ユイ、他サークルの先輩数名

知識のみで戦闘能力皆無


軒島ニコナ、私立中学2年

武道家、複数の武術を高レベルに習得


佐藤ウズシオ(本名不明)

フリーター、アサシン

戦闘能力不明


雫ミスミ

×××××


 男はペンを取り、いくつかの矢印やメモを書き足す。時折、自分の書いたメモをジッと眺め、何やら思案する。

やがて手帳を閉じ、ティーカップを取って手元で少し回すと、紅茶を半分ほど飲む。カップを戻し、顔を上げ目を瞑った。

その姿はまるで、黙祷を捧げているかのように厳かであった。



 男の横に静かに近寄る人影がある。黒いパンツスーツを身につけた、小柄な若い女性だ。髪は肩ほどの長さで、小柄ながらもその眼差しから、意志の強そうな生真面目さが見て取れる。

その女性は静かに男に声をかけた。


「お待たせいたしました。」


 男はゆっくりと目を開け、女の方へと視線を移して微笑みを浮かべる。


「久しぶりだね。元気にしていたかい。」


「はい。おかげさまであります。

 一ヶ月ほど前に帰国しました。」


「今日はいつもの服装ではないのだね。

 よく似合っているよ。」


「一応、TPOに合わせました。」


「うんうん。

 座りたまえ。何か飲んだらいい。」


「はい。でも自分は大丈夫です。」


 女は男の向かいの席につくが、姿勢は崩さない。



「ここのカフェモカは人気があるらしいよ。

 まぁ好きなものを頼んだらいい。

 それもTPOなのじゃないかな?」


 男は優しい笑顔で女に促す。

女は水を運んできた店員にアイスカフェモカを注文する。


「向こうの生活はどうだったかね。」


「食文化の違いに少し苦労しました。」


「うんうん、食事は生きることの根幹だからねぇ。」


「…、すみません。

 訓練の方は一定の効果を上げることができました。ありがとうございます。」


「君のような人材は貴重だからね。

 我々の期待などそこまで気にする必要はないよ。君なりに頑張ってくれてればいい。」


 男は一口だけ、喉を潤すように紅茶を飲んだ。やがて女の前にアイスカフェモカが運ばれてくる。店員が立ち去った頃合いを見て、男は少し前のめりになり、手を組みテーブルに乗せる。



「Por cierto」

(ところで)


 男は穏やかにスペイン語で話し始めた。


「Te diré dónde se encuentran tus herramientas」

(君の道具がある場所なんだが)


 そして今度はスワヒリ語で17桁の数字を羅列し始める。


「¿Lo has memorizado?」

(覚えたかい?)


「OK Gracias」

(はい、ありがとうございます)


「Solo soy un mensajero」

(私はただの伝令役だよ)


 男はにこやかに笑う。そして男は黒い手帳をハンドバックにしまうと、グレーの中折れハットを手に取って席を立った。優しく一礼すると、ハットをかぶり伝票を取る。



「この時間は静かで良いところだよ。ゆっくりしていきなさい。

 今度、天婦羅でも食べに行こうか。美味い店があるんだ。

 食事は生きることの根幹だからね。」


「痛み入ります。」


 そして男は女の前に一枚のカードキーを置くと、その場を立ち去った。

女はそのカードキーをポケットにしまうと、少し氷の解けかかったアイスカフェモカに口をつける。

そこから見える通りに目を向けた。オフィス街の割には人通りは少ない。

腕時計に目を落とす。きっと1〜2時間もすれば、この辺りも人通りが増えることだろう。


 緊張が少し解けたのか、女の表情にあどけなさが垣間見える。しかしアイスカフェモカを半分ほど飲み干した頃には、先程のように生真面目な表情に戻った。


 女は席を立ち店を後にする。

半分残されたアイスカフェモカのグラスの氷が崩れ、カカッと小さく鳴った

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