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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第6幕 其れ即ち終焉の灯になりにけり
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円運動の果てに巴紋

「この刃の反り、これは完成されています。」


 僕は柳さんの示した刺身包丁の反りを見て、和包丁の美しさを感じた。なんと美しく完璧な曲線か。


「人間はね、元々から円運動なのですよ。」


 柳さんがスッと人差し指を立て、腕をゆっくりと回し始める。


「肩関節、肘関節、手首。どこで回してもね、円でしょう。

 包丁を引くという動きはね、そもそも円運動なんですよ。だから自然に動けば自ずと円運動になるわけでね。それに応える形で完成されてるんですよ、包丁のこの反りは。

 だから難しく考える必要も、力む必要もありません。自然に引いてくれれば切れるように包丁が出来ているのですから。」



 柳さんが自身の作業場所の横に、もう一つのまな板と包丁を設え、そして大きなクーラーボックスを目の前に置いた。


「鰹は名前の通り硬い鱗があるわけですが、身は柔らかく割れやすいのでいきなりは難しいでしょう。

 今日はカタクチイワシの良いのが入りましたんで、それでいきましょうか。」


 ド素人の僕が包丁を取らせてくれているのだから、ありがたい、まさに「有り、難い」話ではあるのだが、はっきり言えば求められているクオリティーは高かった。

だが鰯でしょ? 弱い魚でしょ? それなら頭落として内臓取ればいいよね?


「一緒にやっていきましょうか。まず鱗をこのように取りまして。」


 そうか、そうだよな。鱗があるよな。


「腹びれのところから包丁を入れて頭を落としまして。硬い腹皮を落としましょう。」


 ん? 切り裂くんじゃないのか。


「はらわたを掻き出しまして、ここの肛門の部分で切り落とします。」


 なるほどなるほど。


「水洗いして、綺麗に水気をふき取りましょう。」


 なんか、こういうところが本格的な、キメの細かさだな。


「尾びれを切り落とします。」


 おや? 焼き魚じゃなく煮魚?


「頭部のここから中骨に沿って尾まで切り開きます。」


 え?


「中骨を切り取って、ここに切り目を入れて、鰯は腹骨がありますから両側ともすき取ります。」


 んん?


「では、包丁は置いてください。」


 柳さんを真似て、包丁を布巾で拭いてまな板の奥へと置いた。

うおっと、顔が近いっす! 大事なこと話す感じっすか?


「先程入れた切込みからこうして皮を剥ぎます。

 あとはこのように切っていただければ良いですね。」


「刺身で……、頂くんですね。」


「今夜は一席設けるとリュウエイ若より伺っております。

 せっかく活きの良いのが入りましたし、程よく脂ものっていますしね。」


 やべぇす。想像を超えてグレードが高い。いいのか、それを僕がやって。

そんな僕の不安を見ってとったのか、柳さんが言葉を続けた。


「筋はいいですよ。さすがゲンロウ親方のお孫さんです。

 たくさんありますから、やりながら慣れていきましょうか。」


 その後、鰹に焼きを入れている、たたきにしている柳さんに都度々々確認してもらいながら、弱くない鰯を僕はさばき続けた。少しづつではあったものの、扱っている包丁がどういうものなのかわかってくる気がした。



「丁寧に教えていただき、ありがとうございます。」


「……、見て盗め、ってのは私の世代で終わりでしょう。

 今どきインターネットで調べれば何でもわかりますしね。とはいえね、こればっかりは体で覚えるしかないと思うのです。気が遠くなるほど、包丁が体の一部になるほどやり続けて、それでやっと人様に味わっていただけるものが出せると思うのです。

 でもま、私なんかの料理より、愛する人の手料理の方が上なんですけどね。」


 柳さんが優しく、そして細く笑う。手元から目を離さぬまま。


「技術は磨けばいくらでも光るようになります。でもね、気持ちが乗っかってはじめて料理なんですよ。それだけは忘れないでください。

 さて、残りの仕込みは私の方でやります。疲れたでしょう、夕餉まで休まれては。」


「はい、ありがとうございます。

 少し休んだら道場の方へ行ってみます。」


 鰯たちを捌き終え、僕は使った包丁、まな板を洗い片付けながら考えていた。

「強くなりたい」「存在価値を見出したい」「護りたい」という思い。何もかもが鰯以上に弱い僕は、何を思い、どんな気持ちを乗せて鬼を斬ればいいのか。

鬼は人を襲う。だが鬼も元々は同じ人間だった。救わなければならないのは鬼も同じなのではなかろうか。僕の中から湧き上がるこの「理不尽な世の中」に対する、言い知れぬ強き想い。怒りでも悲しみでもなく、ただ切望する想い。



 僕は緊張し固くなった身体を部屋で少しほぐし、再び刀、いや太刀を持って道場へと向かった。

予想と違い屋敷内は静寂が広がっている。恐る恐る道場を開くも、そこに人影はなかった。うーむ、外で稽古をしているのだろうか。


 屋敷の奥の方へと続く廊下に戻り、探索がてら進んでみる。ふと通り過ぎそうになった一室、開け放たれた部屋から夏の香りが風に乗ってくる。そこに一人、ニコナが座禅を組んでいた。

傾きかけた日の光に照らされた庭と、部屋の陰り。そしてその中央のニコナが静寂とともに調和している。息を飲む美しさというやつがそこにはあった。


 だが飲まれてはいけない。飲んでも飲まれてはいけない。これは千載一遇のチャンス。僕とて成長していないわけではない。今日なんてあれだ! 何かつかんだ、一皮むけた気分だ!!



「隙ありっ!」


 ニコナの背後から肩に両手を置く。

つもりだった。確かに僕は毎度毎度、ニコナにしてやられるわけだが、そういう次元を通り越している。自分の置かれている状況に思考が付いていかない。


「隙だらけだなぁ、にぃちゃん。」


 まったくもって僕とニコナの位置、状況が気が付いたら入れ替わっていた。しかも僕は座禅だ。


「強制性交等罪で現行犯たいほー!」


 そのままの態勢から両腕を取られ、土下座のように押し倒される。さらに首に回された脚は、あーーーーー! この技はジム・ブレイクス・アーム・バー!


「痛い痛い! 柔軟体操の域を超えている! 僕の腕の可動域はそんなに広くない!

 つか強姦改め強制性交など試みてはいない! 冤罪冤罪えんざーーーーーい!!

 そもそも触れてないからね? 肩掴めなかったからね?」


「んじゃ未遂?」


「故意犯じゃねーーーーー!」


 全く身動きが取れない。なんという固め技、サブミッションか。


「でも肩掴もうと思ったんでしょ?」


「ちょっとだけね? ちょっとだけニコナの成長、じゃなく僕の成長を!

 ご静聴願います! 強制土下座だよ! 存外、座禅がまたキツイよ!」


「じゃー、起き上がろっか。」


 引き起こされると同時に僕の両腕はニコナの脚に挟まれる。そして座禅から解放された足を持ち上げられ4の字に決められて固められた。ジム・ブレイクス・アーム・バーからのクリメイション・リリー。

うん、なんか膝枕してもらってるみたいだけど、全く嬉しくないよ。もう恥ずかしい態勢だよ。むしろ僕が辱めを受けているじゃないか。



 ニコナと視線が逆さに合う。もう少しニコナの髪が長ければ、僕の頬をくすぐるだろうという距離。

いつもの楽し気な笑顔、そしてその目の奥に宿る強い意思。


「もう帰るのか?」


「ん? 3日ぐらいお世話になるよ?」


「外泊オーケーなんか。」


「うちはそういうとこ寛大かな、たまに山籠もりしてるし。」


 山籠もりする中学生女子など、僕は今迄聞いたことがない。


「それにさぁ、明日から本番じゃん? 刀主体の古武術ってあたし初めてだし。」


「それ以上、強くなられると僕の立場が薄れていくのだが。」


「えー、いいじゃん。」



「……、おばあさん、ヤチヨ様から黍団子預かった。」


「うん、ミスミちゃんから聞いてる。」


「僕は……、使わないで乗り越えられるように、僕自身が強くなりたいって思ってる。」


「あたしも……、そういうのじゃなくて、頑張ってもっと強くなりたい。」


「うん、そうだな。」



「それとだな、ニコナ。

 できれば膝枕で会話するときは、こういった恥ずかしいサブミッションを掛けながらではなくな。

 耳かきとかしてくれながらの方が、僕は嬉しいんだが。」


「!

 あたしは武器は使わないの!

 そんなにしてもらいたかったら、お猿に頼めばいいじゃん!」


 僕はサブミッションからの解放と同時に、逆さのまま巴投げされた。


「いててて、

 まずもって耳かきは武器じゃないだろ。

 それにな、ウズウズに頼んだら脳味噌まで掻き出されるってぇの。」

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