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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第6幕 其れ即ち終焉の灯になりにけり
135/205

秘密な道場破りの先客

「たのもーーーーー!」


 僕は遠路はるばる、隣町の漁港へと来ていた。磯の香りというか漁港特有の魚介類の生々しい香りが風に乗ってやってくる。漁港を通り過ぎ、奥まったところに構えられた寺のようなところの門の前に立つ。

趣があり荘厳な感じのする屋敷だ。昨夜訪れた千条家は京風な感じで繊細さをもった日本家屋だったが、ここは古風でありながらその対極に無骨で一つ一つのパーツがでかく、男性的な感じのする出で立ちだった。


 もう一度、声を掛けようと息を吸ったところで、門の横にある通用口が開かれる。


「たのもーって大声出しやがって、手前ぇは道場破りかっつうの。

 インターホンついてんだろうが、そこに。」


「お! りゅう、りゅうーーー

 んーーーと、リュウ坊!」


「ふざけんのも大概にしろよ? さっさと上がれよ!」



 リュウジンはいつもの制服ではなく、作務衣のようなものに身を包み、そこは変わらず白木の木刀を担いでいた。昭和な不良少年から幕末期の道場生に様変わりだ。


「制服よかそっちの方が似合ってる感じがするな。いつも私服はそんな感じなの?」


「あ? 家にいるときは大概な。修練しやすいしな。

 んで、お前は道場破りの割には普段と変わんねぇ服装で、刀の代わりにでけぇ風呂敷というな。」


「あぁ、これね。

 手見上げに持ってきたよ。お昼がまだだったら皆さんでどうぞ。味は一流品だよ。」



 諸兄諸姉がお察しの通り、千条ヤチヨからの紹介状はここ、浦島家宛てだった。よもや稽古をつけてもらうためにリュウジンのとこにお世話になろうとは思わなかったが、考えてもみれば関係者の内、僕と相性が良いのは刀術を扱う浦島家なのかもしれない。


「周到なこった。

 それで手加減するとかは無ぇけどな。」


「そういう意図で持ってきたわけではないのだけどね。

 てか、僕が来るのを既に知っていた風な感じだな。」


 リュウジンに先導され、門から屋敷の玄関まで進む。

門構えもそうだけれど屋敷というよりは寺、いや天守閣の様な高さは無いものの、城を思わせるような頑強さだ。


「千条家からメールが来てたからな。

 あのババァも本家も、面倒事だけは押しつけやがる。しゃらくせぇ。」


「そこは早馬とか電報と言わなくとも、FAXぐらいの古風さが欲しかったよ。」


 というか、何のための紹介状だ。これがつまり古風な様式美というやつか。


「今どきんなもん、うちには無ぇよ。」


「あぁそっか。でもま、リュウジンの部屋を探索するのが今から楽しみだなぁ。

 ハイテクな様子だから、秘密な雑誌とか秘密なDVDとか秘密なゲームとかは無いのかな?

 秘密のデータフォルダぐらいはあるかな?」


「バカ言ってんじゃねぇよ! 来て早々それか! こんちきしょうめ!!

 ふっざけんのもいい加減にしろよ? あぁ?」


「遠路はるばる訪問したんだし、それぐらいの余興は必要じゃないか。」


「遠路って、お前ぇんとこから電車で一本、快速ならすぐだろうが!

 バカにしやがって!」


 合いの手、いや愛の手に動揺を怒りとして表現してくれるリュウジンに、僕は喜びを感じずにはいられない。振りかぶった木刀に動じることなく、僕は歩みを止めて距離を取った。

ふむ、これはこれで稽古の一環なのではないかな?



「こらこら、リュウジン。

 大切な御客人に失礼があってはならないよ?」


 先導するリュウジンと共に辿り着いた玄関口から、張りのある朗らかな声が僕らに届く。

そこに現れたのは車いすに乗った青年だった。嫌みの無いその笑顔が、彼に差す陽光以上に眩しく光る。

対比して傍らに佇む数人の女中がまるで影のように背後に佇む。


「けっ。失礼なのはこいつの方だつうの!

 先に道場に行くっ!」


 そう言いながらリュウジンは、案内するのはここまで、と言わんばかりに僕らを置いて先へと立ち去ってしまった。ちょっと出合い頭に揶揄い過ぎただろうか。


「やれやれ、もう少し不動心を養ってもらいたいものだなぁ。

 とは言え、お手柔らに頼みますよ? 幌谷さん。」


 朗らかで涼風の様に爽やかな笑顔が僕に注ぐ。


「可愛いもので、ついつい申し訳ない。」


 それも察していますよ? と言わんばかりにクスリと青年が笑う。


「申し遅れました。

 生憎、当主が所用で不在なもので、代わって、

 いや、当主代理のリュウジンに代わって補佐を務める浦島リュウエイです。

 ご案内いたします。」


「この度はご無理を強いたでしょうか、申し訳ない。

 しばらくよろしくお願いします。」


 リュウエイなる車いすの青年に(こうべ)を垂れる。

うぅむ。容姿からしてリュウジンの兄とかだろうか。性格はリュウジンとは違い温厚で礼儀正しいようだ。


 僕は歩み寄ってきた女中の一人に風呂敷に包まれた重箱を「つまらないものですが皆様で」と言い添え手渡し、ついでにと言っちゃなんだが「紹介状」も一応、そこに沿えた。自身の鞄を背負い直して青年の横に並ぶ。

別の女中が自然なタイミングで青年の車いすを方向転換し進む。その所作、雰囲気、存在感はそこにいていない者、車いすを構成する部品の一部かのように静寂だった。



「先に部屋を案内します。自由に使ってください。」


「大きな屋敷ですね。お寺、ですか?」


「本堂は敷地内にありますが、お寺というより檀家ですかね。

 我が浦島家の表の顔は「寺の護り人」、近所の子供たち相手の「武芸道場」、地域の「番頭」、そして裏の顔は「鬼退治集団」といったところすよ。」


 屋敷内は千条家と同じく使い込まれ、磨き上げられた日本家屋だ。床、柱、そういう部分が鏡面の様に光り輝く。そこには奢らず質素に積み重ねてきた歴史的重みを感じる。仄かに漂う香の匂いが、無骨な中に品格さえ感じる。


「えーと、山柴家の遠縁にあたるんでしたっけ?」


「当家は山柴家の分家に当たります。本家からは鬼討伐の実行部隊として長年、責を任されています。」


「そういや先日、博物館でそれらしき文献を拝見しましたよ。」


「そうですか。書かれた時代はわかりませんが、その頃から当家は代々狩り続けているってことなのでしょう。」


「刀で?」


 僕は思わず疑問を口に出してしまったが、それは決して時代遅れだとか「そんなもので?」という意味ではない。むしろ逆に、あの鬼に対し刀で挑むその強さに驚嘆しての発言だ。


「ご存知のように鬼を有効に滅するためには鬼門を、それなりの神力をもって討つよりほか在りません。

そう言う意味においては、刀剣類が一番、効率的なのです。

 とはいえ、千条家のように近代兵器、銃器の開発に力を注ぐことは素晴らしいと思います。扱う者の腕や力量は求められますが、銃器によって鬼討伐の効果が飛躍的に伸びたということは言うまでもありません。」



 縁側を進み、一角にある部屋の障子が女中によって開けられる。


「当家も銃器の導入を試みたいのはやまやまなのですが、一応は一般人なのでね。」


 青年リュウエイが明るく笑う。

確かに一般人、民間人が銃器を携帯するのは無理がある。たとえ弾が豆であったとしても。


「生活用品は一通りそろえてあります。足りないものがあれば何なりと申しつけ下さい。

 そろそろ昼食をと思っていましたが、先に道場を見ますか?」


 その表情の奥には少し悪戯心のようなものが感じられる。軽い意趣返しだろうか。


「そうですね。これからお世話になる場所ですし、他の方々にも挨拶を済ましておきたいので。」


「この先の突き当りが道場になります。荷解きを終えられたら行ってみてください。

 まぁとは言え、今頃は先客にいいように遊ばれている頃じゃないかな?」



 荷解きというほどのこともなく鞄を置き、僕はすぐに道場へと向かった。先程の「先客」という言葉に疑問を感じつつも向かった先、道場の方から大きな打突音、衝撃と共に唸り声が聞こえてくる。


「全くだらしねぇ。いっちょ俺が相手してやっか!」


 直後に聞こえたリュウジンの啖呵に心の騒めきを覚えつつ、僕は道場の重い扉を開く。

開かれた扉の先に広がっていたのは、のされ、転がり、倒れている複数人の僧兵だった。


「やっほー!」


 その道場の中心から僕に向って手を上げている人物、その無邪気な笑顔に僕は思わず顔をしかめた。

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