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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第6幕 其れ即ち終焉の灯になりにけり
133/205

はだける白磁の肌よマヨネーズ

 スマホの着信音で目が覚めた。

これはなんだっけ、あぁ、メールの着信音か。

渋々眼を開ける。向かい入れる格子模様。

木目の板張り。それを几帳面に木が格子に這う。

茶色い天井だ。


 僕の家、今まで住んできた家、部屋はどれも白い天井だった。

修学旅行か何かで見かけた以来の木目の天井か。



 僕は結局、千条家に一泊お世話になった。

疲れていたせいもあるだろうが、久々のベット以外の寝具、畳へ直に設えた寝具は僕を深い眠りへと誘った。

いつもならばだいたい夢を見るのだが、昨夜は見なかった。昨夜知った現実そのものが夢のようなものだからだろうか。


 枕元に置いて置いたスマホを手探りに取り、画面を見る。

ミスミちゃんからか。


『昨夜の件、お姉さまへの釈明へと向かいましたが、ご理解なさっているようです。

 説明は10%にも満たないレベルですが一応してあります。御心配は無用です。』


 無断外泊に変な誤解を生んでいないか心配だったが、それこそなんて言い訳メールを送ろうか悩んでいるうちに寝落ちしてしまったわけだが、そも姉からメールも電話も来ていない時点でおかしなわけだが。

いずれにしろ、ミスミちゃんの一助のお陰といったところだろう。



 僕は横に身体を傾け、隣に敷かれた寝具を見る。

距離にして1mほど。人が寝た形跡はなく平べったい。


 昨夜のヤチヨ様との会談の後、外人SPに案内され通された客間らしき一室には、敷布団が二組用意されていた。もちろんこれは僕とウズウズの為に用意されたものだった。

ここが旅館的なところだったならば、仲居さんが「あとはお若いお二人でごゆっくり」と、意味深な笑顔で立ち去るところなのだろうが、そこは外人SP。無表情且つ無言で膝をつき、スッ、ススッ、ピタっと、その障子の閉め方は教養高いな! といった具合に僕らを残して立ち去った。


「あー、あはははは。

 日本情緒バリバリだなぁ。」


「……、湯あみ。」


「あぁ、うんうん。ごゆっくり。

 僕はあれだな、来る前にシャワー浴びてきたからそのまま寝るかな?

 先に寝てるかもしれんけど。」


 そういや、ヤチヨ様が客間のすぐ隣に来客用の湯どころがあるから、自由に使うが良いとかって言っていましたっけ。

僕は部屋を出たウズウズを見送り、5分ほど間を置いてから敷かれたニ組の布団を、そのピタリと合わされていた距離から1mほど離して夏掛け布団にもぐり込んだ。



 ここで諸兄諸姉よ。この後の展開に甘い期待などというものを僕に求めてはいけない。あまつさえ僕のことを根性無しだとか「上げ膳据え膳、喰わぬは日本男児にあるまじき!」などと言わないでいただきたい。ましてやここが日本情緒あふれる古き良き日本家屋というシチュエーションであっても、日本の伝統文化である「ショヤー」だとか「ヨバーイ」などという展開はない!

もし仮にウズウズではなくサクヤ様の元へと僕が馳せ参じたとしよう。そうであったならば今頃は、僕は痛い目で済まなく遺体になっていることだろう。つまり僕は生きている=何もなかったということだ!

ヤチヨ様の線は初手からないから安心してくれ!!


 つまるところ僕は床に入って1分もしないうちに眠りに落ちていた。



 寝具が使われた形跡がないところを見ると、ウズウズはそのまま帰ってしまったのだろうか。

僕はしばらく無人の布団を眺めていた。自分の知らない場所でここまで深い眠りに落ちるとは思っていなかった。僕は寝返りをうち、反対側へと体を向ける。


 ってウオーーーーーッ!!


 びっくりだよ! なんでウズウズちゃんは布団じゃなくて一人掛けの椅子、籐で作られた椅子で丸くなってるの? 猫? 猫なの? 君はネコだったっけ?

一応はタオルケット的なものを掛けてはいたが、はだけた巫女装束から見える白い肌と、元来からの生気の無さ、白磁のようなその様相に僕はドキリとした。朝から心臓によろしくないぞウズウズ!


「おーい、ウズウズさーん!

 そんなところでよく眠れるな。風邪ひくぞ。」


 跳ね起きた僕をよそにウズウズが静かに上体を起こす。


「布団では……、寝たことない、から。」


「どういう生活習慣だよ!

 んー、ま、なんつうか、跡つくぞ。その、肌にさ。」


 自然を装って目を背けた僕の耳に、微かな衣擦れの音だけが届く。

まるで僕らが起きるのを待っていたかのように障子がス、ススッっと開けられ、昨日とはまた違った外国人SPが膝をつきながら顔を出す。うん、今迄よりは幾分若い感じがするけど、相変わらず君たちは格式高い所作だな!



 そのSPに促されるまま、僕とウズウズは昨日とはまた違った部屋へと通された。

全体的に古い日本家屋の体を取りながらも、モダンな西洋エッセンスを取り入れた洋室、食事用の部屋だろうか。そこで今しがた食事を終えたであろうヤチヨ様とサクヤが、ちょうど席を立ったところといった感じだった。


「おはようビャクヤ。その様子だとよく眠れたようだな。」


「おはようございます。お陰様でよく眠れましたよ。」


「朝食の用意はしてある。好きに食べるが良い。

 我々は朝からスケジュールがいっぱいでな、先に出る。ゆっくりしていくがいい。

 帰りの車は用意しておく。」


「ありがとうございます。

 早めに失礼させていただこうと思ってます。ただせっかく用意されたようなので朝食は御馳走になっていきます。」


「ん。

 ではな、また連絡する。もっともサクヤは最優先でそちらの動きに合わせるつもりだがな。」


「あまりお世話にならないように善処いたしますよ。」


 そう言いながらヤチヨ様の後ろに佇むサクヤの顔を見たが、視線が合うことは無かった。

正直な話、僕はサクヤに頼らずに何とかならぬものかと思っていた。



 テーブルに用意されていた朝食は思ったよりも洋風寄りだ。

少しばっかり一般家庭よりはボリュームというか種類は多いものの、割と質素な感じだった。食べたいものを好きに選ぶというのはまぁ、なんかホテルのビュッフェスタイルとも取れなくもない。

ウズウズは席に着くなり、すべての物を一品ずつ皿に取り食べ始めている。朝からその食欲、健康的ですね、ウズウズさん。

僕は元々、朝食は軽く済ませる派なのだが、折角なので温野菜を中心に皿に取る。

出来ればマヨネーズ的なものが欲しいのだが、千条家ではスタンダードではないのだろうか。


「あのー、マヨネーズとかないでしょうかね?」


 僕の問いかけに動じる、いや応じることなくSPは寡黙に圧を放つ。

暫しの沈黙。僕が諦め、卓上のクレイジーソルトっぽいものに手を伸ばそうとした時だった。

直近のSPがスッと内ポケットからボトルを取り出し、温野菜の乗った皿の横に置く。


 いやいやいやちょっと違うなぁ。いや結構違うかなぁ。

ラー油って。油分は合ってるけどね? まぁ何でも辛くするタイプの人いるよね? あれかな? マイラー油だったりするのかな? 常時、携帯してる感じ? せっかくだけど朝から刺激が強すぎるなぁ。

昨日の鬼の来襲、そして夜物語の衝撃。マヨネーズのような多少の安らぎを欲するのは罪ではないだろうに。義兄弟的SPは容赦ない。


 僕は傍らに置かれたラー油ボトルをススッと遠慮がちに奥へと押しやり結局、温野菜をそのまま何もつけずに食べた。仄かな塩味とコンソメ的な出汁の香り、そして野菜本来の甘味が僕へ控えめな安らぎを与える。

ありがとう野菜たち! ありがとう大自然よ! そして野菜農家の方! 他、食にまつわる方々よ!!



 そうして僕とウズウズは身に余る朝食を終え、千条家を後にした。

巡る間しく回転する運命という名の天命。そこには何の配慮もない。それこそ癒しや安らぎなどというものは隠し味のコンソメ的な味ほどもない。ただ目の前に展開される野菜本来の味が支配するだけだ。それを味わうのも退けるのも僕次第だとでもいうのだろうか。

そんなことを寡黙なSPが運転する車の中で、流れる見覚えがあるはずの街の景色を見ながら思った。



 そして家に着いた時、見慣れたはずの僕の部屋の中央には、そんな運命に抗うかのようなバベルの塔、オイナルタワーが天井へと届かんばかりに建立されていた。


 ただそこには、天命を貫くような意思だけがな顕されていたのだった。

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