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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第6幕 其れ即ち終焉の灯になりにけり
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U12による場外ホームラン

『さー最終局面を迎えました9回の裏、緊張が高まってきております。「幌谷ポンコス」対「千条オンミョーズ」。走者は3塁1塁、現在のスコアは2対4で2アウト2ストライク、ノーボール。幌谷ポンコス、後がありません。これがラストチャンスなるか!

 マウンドのヤチヨ投手、非常に落ち着いております。不敵な笑みを浮かべているようにさえ見えます。余裕が見て取れます。魔球「キビダンゴ」の破壊力は絶大か!

 対するバッターボックスに立つは、幌谷ポンコスのビャクヤ、未だ雑念にまみれております。

 さてどうなるか! 逆転のチャンスを掴み取るか、幌谷ポンコス!

 解説のカンデルさん、どうでしょう?』


『んー、ビャクヤ君はねー、プレッシャーに弱いよねー。

 本来はボール球だろうと、ヘソより低い球は全て手を出すはずですよ。高めの球は手を出さないと公言してますからねー。いつもなら問答無用でフルスイングですよ。

 今日は彼の荒ぶるバットから快音は聞けないかもしれませんねー。ヤチヨ投手の見た目に反した人生経験の豊富さ、でしょうかねー。』



 U18はおろかU12しか振らないという諸兄よ。誤解なきように言っておくが、僕は低めも高めも振らない。あくまでど真ん中ストライクだけだ。ちなみに国民的アイドルと辛辣女学生という二面性をもった変化球は、たとえド真ん中に放り込まれようとも断じて振らぬ。そんな悪球に手を出そうものならば怪我では済まないではないか。


 いや確かに、幼女が生み出した「宝玉」って、玉ってねぇ。

どこから生み出したの? ってなるかもしれないけれどもさ。

いや確かに、幼女が割烹着を着てキビだかモチだかを、こねこねこねこねって。

うん、想像すると可愛いかもしれないけれどもさ。


 だが待て。千条ヤチヨは幼女の皮をかぶった陰陽師の生き字引を通り越したレジェンドだ。騙されてはいけないのだよ、諸兄。

そんじゃそこらの幼女とはわけが違うのだよ、わけが!



「問題……、ない。」


 僕の隣に座る、なぜか巫女姿のウズウズがうな垂れながら呟く。ぼそりと、静寂なこの場だから聞こえる小さな声で呟く。今更思ったけれど、ウズウズと宝鏡カグヤ、いや此花サクヤと着る服が逆じゃないかなぁ?

う~ん、ウズウズの女学生姿かぁ。見た目はそんなに年上っぽくないけど、無理があるかなぁ?

ん? ウズウズっていくつだっけ?


「ほろぅやーが…、決める。食べる。

 みんなついていく。

 だから、問題……、ない。」


「みんなが転生する、

 ……、命を落とす可能性があるんだぞ。」


「……。

 問題……、ない。」


「問題ありありだよ、ウズウズ。」


 ありウズだよ。

僕はウズウズの年齢はおろか、その素性の大半を知らない。ウズウズだって僕の素性をどこまで知っているのか。前世からの付き合いだとは言え、そんな簡単に自分の命を人に預けるものじゃあ、ない。

そもそも僕は信頼されるような男じゃない。



「我々から授けるものを車の性能に例えたがなビャクヤ。

 仮に200キロ出る車を与えられたとて、公道でアクセルを目いっぱい踏むほど非常識か?

 あるものを100%使うというのは勇気とは言わない。愚行だろう。」


「そもそも乗りこなせるかどうか、ですよ。ヤチヨ様。」


「先にも行ったがな、食したところで今すぐに変化が起こるわけではない。

 それともわたしの手作りの団子に不満があるのか?」


「可愛く「食べて?」って言われたら、騙されてて食べるかもしれませんけど。」


「食べて?」


 諸兄よ! 諸兄よぉっ!

U12がど真ん中スタライクだって豪放する諸兄よ! それは合法ぢゃあない!


 いや確かに、幼女が小首をかしげて「食べて?」って、愛くるしく言ったってねぇ?

え?え? あ、あぁ、そっかそっかぁ、お団子さん作ったんだね! ってなるかもしれないけれどもさ!

いや確かに、幼女がぶかぶかの割烹着を着て、なんか給食当番みたい? って!

うん、幼女がぶかぶかの服って、鉄板の可愛さかもしれないけれどもさ!


 だが待て。それが千条ヤチヨの能力だ! 幼女は仮の姿!

陰陽師の生み出した団子なんぞにぃ! なんぞにぃっ! 屈してたまるか!

騙されるな諸兄!!

そんじゃそこらの幼女とはわけが違うのだよ、わけが!



「意外と躊躇ないですね。」


「年相応に振舞わねば周りに感づかれるからな。

 この程度の対応は慣れておる。

 それともあれか? ハリセンの方が好きだったか、ビャクヤ。」


「いや、けっこう衝撃強いですよ、あれ。

 今もハリセンが来るか五分五分だと心構えていましたが、遠慮します。」


「ま、そこまで気負うな、ビャクヤ。

 食す、三人に霊力を付与する、それで三人の能力が上がる。

 暴走するようであればブレーキを踏めばよい。それがサクヤの役目だ。

 そしてなビャクヤ。お前が三人をコントロールする。ハンドルはすでに渡されておるであろう。」


「コントロールしきれますかね。」


「ちと心細かろうな。どれ、食している間に紹介状を書いてやろう。

 そこへ行って自身を磨け、強くなれ。力をつけることも必要だからな。」


 確かに僕がもっと頑張れば三人の負担は減る。無理をさせなくて済む。守ってもらわなくて済む。

 むしろ三人に霊力を渡さなくて済むかもしれない。……つまり転生することだって僕だけが引き受ければよいだけなのかもしれない。



「わかりました。お預かりします。

 いや……、いただきます。」


 黒い平皿に上品に並べられた三つの黍団子。

その上にきな粉と黒蜜がシックに彩る。その団子の薄黄に「3ストライク」のカウント表示を思わせたが、3ストライクで1アウト。つまり僕は終わっているではないか。それなのに何故、僕はまだバッターボックスに立っているのか。

使い込まれた木製バット、いや、添えられてていた箸を手に取る。


「心底、食べるまでの間が長い。」


 宝鏡カグヤ、いや此花サクヤが呟く。


「目で楽しみ、香りを楽しみ、空気を楽しむ。

 そして妄想でも楽しみ味わう性質なんだよ、僕は。」


「食すと決めたのなら、さっさと胃の中に糸偏に内めていただきたいですね。」


「そんな品の無い。」


 そうやり返しながら団子の一つを口に運ぶ。

実際のところ、サクヤの言葉は僕の意気地の無い背中をそっと押したようなものだった。



 一つ二つと噛むと黍なのか、仄かに雑穀特有の香りが広がる。その食感に丹念に練られた繊細さを感じる。深い「想い」のようなものを感じる。

僕は噛みしめ味わいながら母を思い出していた。


『おかずにもう一品、いも餅を作ろうと思っていたら葛餅になっていました。』


『母さんあれでしょ? 肉じゃがの勢いのあまりに、ジャガイモ全部使っちゃったって感じなんでしょ?』


 豪快に大皿へ盛りつけられた肉じゃがが食卓の中央に据えられている。点在する人参といんげんのコントラスト、結び昆布がその豪快さに可愛さをもたらしていた。

そして僕と姉の前には葛餅がきな粉と黒蜜に飾られて涼し気に佇んでいたりする。


『そういう正論を述べるような子に育てた覚えはありません!』


『ふつう正論を述べることは否定しないと思うよ、母さん。

 でもま、食後のデザートにはいいんじゃないかなぁ。』


 いまだに正論を述べてしまう癖はなくなってないかもしれないよ、母さん。



「哀愁漂わせるほどのものではないと思いますが。」


「それだけ味わって食べてるってことだよ。

 食に対する、作ってくれた人に対する感謝の意だよ、これは。」


 考え事をしているせいもあってか、気が付けば二つ目は既に食し終わっていた。その言葉を発して三つ目を口に放り込む。


「ときに、後でこっそりサインとか貰えなかったりしないですか。」


「非公式の相場は10万円を下りませんが?」


「さいですか。」


 それはさておき、「宝玉黍団子」と大それた言い名の団子だったが、食し終えたところで何一つ変化は感じない。確かに「宝刀鬼殺し」なる「柴刈乃大鉈」、改め「太鼓のバチ」を承けた時も特に変化は感じられなかったわけだが。

なんというか、直前になって「能力発動!」みたいな感じなのは仕様なのだろうか。

イチモンジの爺さんも「受け渡す行為が大事、それそのもは仮初の姿」みたいなこと言っていたかもしれない。それから見れば実物の黍団子であっただけましというものか。



「さて、これをもって行け。餞別代りになろう。」


 そう言って千条ヤチヨは、下げられた皿の代わりに静かに書状を僕の前へと置いた。

僕が「宝玉黍団子」を無事に完食したことに対する安堵の表情が、幼子の表情に見えなくもなかったが。



 9回の裏同点。試合はまだ続く。

僕は在りもしないセンターの向こうの夜空を仰ぎ見る。闇夜に吸い込まれていく場外ホームランの打球を見守りながら、これからまだまだ続くであろう延長戦に、ため息をつきたくなるのだった。

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