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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第5幕 迎え称えんと欲すれば
124/205

コンマ2秒の「問い」

 身長は120㎝を切るぐらいだろうか。小柄、いや子供だ。

顔立ちからして推察するに小学生2~3年ぐらいか。いや推察するまでもなく身を包むそれは制服、あの超名門校、花咲八千代学院の制服。そしてその襟元に輝く記章は初等科のもの、つまり小学生。

リボンタイの色から察するに、確かこの色は現在4年生だったはず。おっとこれは見た目、容姿からの上方修正か。

入学から中等科に上がる6年間は同じ色だ。ちなみに中等科から高等科にかけては同じ色だがタイの形式が変わり、さらに言えば高等科からはタイに装飾されるラインが二本に増える。この些細な違いに気付く観察眼が僕にはある。

いやなに、僕は何も全国の私立系有名学校の制服をチェックしているわけではない。たまたま偶然、興味本位でネットから仕入れた一情報に過ぎない。PCに保存している制服名鑑もそろそろ完成か? という域かもしれないが、そんなものは些細な趣味に留まるに違いない。きっと諸兄ならばわかってくれることと思う。


 花咲八千代学院。小学生から大学までの一貫教育の名門校だが、単に金持ちの子女が通うようなところではない。それこそ名家、歴史に名を連ねるような名家で格式高い、品格と実績が伴っている家柄の子女が通うところと聞く。創立当初は女学院だったようだが、今現在は男女共学。だが同じ敷地内にありつつも基本は男女別にクラス分けされているという話だ。良い意味で古風、清純浪漫だ!

確かに目の前にいる幼女から放たれるオーラは、只ものではない品格を感じる。ぱっつんな前髪、きりっとした眉、堂々としたまなこ、自信に満ち結ばれた口元。格式高く雅な佇まい。

そして下ろし立ての制服、「え? 毎日新品を着ていらっしゃる?」というようなパリッとした制服。まるで隙が無いではないか。

あ、そう言えば創立者から今現在の理事長に至るまで、ずっと千条家だったような記憶が……

出会ってからの考察、その間コンマ2秒。



「まだ生きていやがったか、このクソババアッ!」


 ニコナがサイドから飛び込み、右ハイキックを放つ。


「……、殺す。」


 ウズウズが左サイドから滑り込み、下段からダガーナイフで薙ぎ払う。


 狙われた千条と名乗る幼女は身動き一つ取らない。それどころか威風堂々としたその佇まいは変わらず、眉一つ動かさない。

ニコナとウズウズの急襲を、二人のSPが事もなく受け止め弾く。初撃を弾かれた二人が僕の左右前方で構える。

その間、コンマ2秒。



「毎度のことながら元気なことよな、駄犬。

 して、脳無しはいつから駄犬と息を合わせるようになった?」


 千条と名乗る幼女が上品に微笑み、そう口にする。だがその目は揺るがず強い意志を宿したままだ。

その品格から想像できないほど口が悪いと思うのだが……

ていうか、ニコナにウズウズ! 幼女を愛でろ! 出会ってすぐバトるその癖やめろ!


「えー、あのー、申し訳ない。みんな顔見知りなの? この子と?」


「ニコナも佐藤さんも矛を収めてください。

 ご無沙汰しております、ヤチヨ様。

 幌谷さん、ボク以外は現世で初顔合わせかと思いますが、皆さんと深い縁のある方です。」


 ミスミが僕の後方に控えたまま、礼をしたのがその声の変化でわかる。

そのミスミの言葉に、ウズウズが「……、もどる。」と一言つぶやき、その場から立ち去った。


いやいやウズウズさん? どこ行くの? 戻る? バイト中なの?

う~ん、まぁ「能無し」とかちょっときつい言われ方だった気もするけど、それでショックを受けたわけじゃないよね? 大丈夫だよね?

……うん、そのトボトボ具合。標準か。

……、いいのかそれで君は。


「話があるのはにぃちゃんにみたいだから、今日のところは引いとこっか?」


 対してニコナは、山吹色のそのオーラを納めることなく、構えだけを解いて僕の横へと下がった。

その表情は獲物を狙い続ける肉食動物のそれであり、「狂喜の魔犬」そのものだ。

驚くべきことはその対面する二人のSP。僕がいままで見た中で、ニコナもウズウズも最高速、最大級の一撃だったように思う。だがその二人の攻撃をまったくの余裕で受け切っていた。反撃やカウンターの余力さえ感じた。何者なんだ、この二人は。鬼と同等ではないか。

そしてこの幼女……



「あのー、もしや「おばあさん」ですか?」


「ジョニー。」


 千条ヤチヨにジョニーと呼ばれた方の男、SPの一人、彫り深い北欧系の男が無表情のままスーツの内ポケットからハリセンを、そうあの蛇腹折りの白いやつを取り出し、上段に振りかぶって躊躇なく僕の頭部へと振り下ろした。


 スパーーーーーンッ!


 乾いた音が響き渡る。


「あいっったーーーーーっ!」


 乾いた僕の声が響き渡る。その間、コンマ2秒。



「つぎ下らない言葉を発したら首を刎ねるぞ? 幌谷ビャクヤ。」


 そういえば「おばあさん」と呼んだら命の保証はないって、イチモンジの爺さんから忠告されてた気がする。まぁ確かに見た目は「おばあさん」と程遠い幼女なわけだが。


「せ、千条CEO?」


「ヤチヨで良い。」


 ヤチヨちゃんと呼びたくなる衝動にかられたが、ここはミスミにならって様付けが妥当だろうか。


「えーと、改めてヤチヨ様。

 あーんと、じいさ…、イチモンジさんからおば…、ヤチヨ様を探せと言われ


「歯切れの悪い男よ。

 探せと言われたから探したのか? 何のために? 指示されたらなんでもするのか? ビャクヤ。

 その程度の問なら今すぐ答え、指示してやろう。

 鬼を狩れ。」


 やっぱりあの爺さんにしてこの婆さん(でも幼女)だ。「鬼を狩れ。」しか言わねぇ。

僕と千条ヤチヨの間に無言が流れる。いや、無言なのは僕だ。僕を確かめられている。



「正しい「問い」を発しろ、ということでしょうか。」


「ふむ、少しはジジイに教育されてるようだな。ぶっきらぼーせっかちジジイに。」


 なんかおませな孫娘の発言みたいで可愛いな、それ。


「とはいえ、全貌を知らぬ幌谷ビャクヤにそれを求めるのもまた、酷というもの。

 どーせジジイからは大した聞かされてないのだろう?

 前世の記憶といったところで、断片的であってはわけわからんだろうしな。

 今はお互い時間も取れなかろう。今夜明けておけ、使いを出す。」


「えーと……、それはつまり料亭って流れでしょうかね? ヤチヨ様?」


「レオン。」


 千条ヤチヨにレオンと呼ばれた男、もう一人のSP、ちょっと髭の濃い欧州系の男が無表情のままスーツの内ポケットから赤い何かを取り出し、上段に振りかぶって躊躇なく僕の前方へと差出した。

料亭は調子乗りすぎか? またも失言か?


「うおっと! スパーーーンッとね、来ないわけね!

 えーと、これは何でございましょう?」


 とりあえず僕の頭頂部は無事のようだ。


「料亭でも構わんが外は落ち着かん。うちの屋敷へ来い。

 してなビャクヤ。犬を放し飼いにしておっては保健所のお世話になるぞ?

 ちゃんと躾ておけ。」


 首輪かよ! 仕込みはばっちりかよ! 狙ってましたよねぇ? ヤチヨ様?

いやしかしニコナに赤い首輪とは……。ぐぬぬぅ。

いや、それはモラルというか僕のあれというか、健全な立場でというか、そんなことはッ! やらないッ! やらないぞッ!!



「ヤチヨ様。お戯れはそれぐらいにして下さい、100%」


 千条ヤチヨの挑発にニコナが飛び掛かりかけたが、後ろからミスミが制する。

制されたままニコナがレオンなるSPが差し出した首輪を高く蹴り上げ、落ちてきたところを指でキャッチすると、そのままくるくると回した。


「この首輪をババアに着けてやりたいとこだけど、喉を噛み切ってしまったら着けようがないかもね。」


「その低落でか。足りない頭で悩んでる暇があったら牙を研げ、駄犬。」


 そう言い放ち、千条ヤチヨがジョニーなるSPからスマホを受け取り、電話を始める。


「こちらの要件は終わったから今から車を回す。裏口で待っていてくれないか、サクヤ。」


 なんか仕事してる人みたいだなぁ、幼女なのに。

CEOって空気出してる感があるなぁ、幼女なのに。

「うちの屋敷へ来い。」って誘い方が男前だよなぁ、幼女なのに。

……、本当にCEOなの?


「ではまた後でな、ビャクヤ。

 雫ミスミもあまり無理はしないように。少しぐらいは気を抜け。」


「痛み入ります。」


 雫ミスミがやや形式ばって一礼する。僕もつられて一礼してしまった。



 ニコナが赤い首輪を指先でくるくると回しながら千条ヤチヨとSP二人を見送る。

先程まで一触即発といった雰囲気だったのに、なんとなく楽しそうにしているのは気のせいか。


 一気に謎が解けそうな予感は確かにしたが、また一人、面倒な人物が増えた気がする。

たとえ幼女とは言え、油断ならないではないか。




「んで、にぃちゃんはあたしに首輪させたいの?」


 違った。

油断ならないのはニコナの方だった。


「それが正しい「問い」なら答えてやろうじゃないか!」

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