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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第5幕 迎え称えんと欲すれば
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求愛パレードと視察ピエロ

 僕の近づいてきたミスミがシートに膝をつく。

銃を片手に急接近だなんて、こんなバイオレンスな求愛行動は想定外!

如何様にして対処すべきかっ!!


「フェゼントよりオストリッチ。

 P291にOⅢの二体を捕捉。至急、HA5に移行、並びにククー部隊の要請を願いたい。また、こちらには民間人2名がいるため、最優先にて保護願いたい。

 なお、OⅢは目的不明、及び能力未知数のため手を出すな。

 コード『フェリス』は……、一時休止。オーバー。」


 ミスミがヘッドセットを装着するや通信を開始する。その直後、背筋から首筋にかけて大型草食動物のあのねっとりとした唾液を滴らせた舌で舐め上げられるような、悪寒の走る鬼気に僕の髪の毛、全身の毛が粟だった。


「鬼!」


「中鬼です。

 ニコナさんも気が付かれてるかと思います。性急に動かぬよう指示願います。」



 ミスミが銃口を窓の外へと向け、視線を眼下に固定したまま指示を出す。

僕は慌ててニコナに「ミスミが対処してる、友達優先で今は動くな」とメールし、窓の外へと見やった。


「蛙水!」


 蛙水がベンチに腰掛け、眩しそうにこちらを見上げて手を振っている。傍らに立っている男は、出で立ちから見て兵跡とかいうやつか?


「それなりに対策を取っていましたが。

 このような状況になるまで捕捉できなかったのは迂闊でした、軽率でした、油断してました。ボクのミスです、100%」


 そう言いながらミスミは、僕の座っていたベンチの下やら天井の点検扉などを開け、そこから取り出した黒光りする部品をあれよあれよという間に組み立て、完成したマシンガンを再度蛙水へと照準を合わせた。

すまん、ミスミちゃん。このような状況下だが、あれなんだろうか。この観覧車の全ゴンドラに銃器が内蔵されているのだろうか。


「いや……、ミスミちゃんの責任じゃないよ。

 でもなんだ、あいつら何しでかす気なんだ?」



 そこに園内放送で、パレードだかアイドルのサプライズトークだかが広場の方で始まるということが、華々しく底抜けに明るいミュージックとともに告知された。

こちらとしては全くそんな平和感が無いわけだが、そのあまりのギャップに僕は現実感が喪失しかけた。


「フェゼントよりオストリッチ。

 OⅢの二体がP156方向へと移動。

 こちら、間も無く目標の視認をロストする。オーバー。」


 観覧車が半周を過ぎ徐々にその高度を下げる中で、視野が狭まれ目で追いかけるのが難しくなってくる。その間にミスミが数発、狙撃を試みたが、いずれも兵跡に阻まれたようだった。

隣から聞こえるミスミの息遣いから、焦りや苛立ちのようなものさえ感じる。目の前にいるのに何もできない歯がゆさは僕も同じだった。

そんな矢先、この状況に耐えきれなくなったニコナが飛び降りて走り出す。


「ミスミちゃん! 僕は()()()を追う!

 友達二人を頼む!」


「了解しました。ですが深追いは為されませぬように!

 彼女らの安全が確保でき次第ボクも向かいますから、通信をオンに!」


「わかった!」



 通常は観覧車の扉は開かないようになっているはずだが、ミスミが安全ロックらしきものを解除し、扉をあけ放った。

うん、言った手前なんだが、まだ結構な高さだ。本当に紐無しバンジーをやる羽目になるとはな!


「怖くない怖くない怖くない、高くない高くない高くない!

 折れない折れない折れない、折れてない折れてない折れてない!!」


 僕は意を決し観覧車から飛び降りる。想定通りのダメージ。からの桃源郷送りによるノーダメージ。

痛みの記憶と、なんか折れる音が耳に残ったが、僕はそれらをやり過ごしてニコナを追った。

ご褒美を伴わない痛みとは、なんと虚しいものか!



「ニコナ!」


 飛び降り走り出したものの、蛙水らを見失たニコナが立ち尽くし、周りを見渡していた。

実際のところ一度、鬼化を抑えられては中鬼のその気配は人と同じだ。ニコナにしたって勘は鋭いものの、索敵能力はミスミにはかなわない。


〔幌谷くん、お友達2名は保護しました。これより避難場所へ誘導します。

 ニコナが「パレードの場所取りをする」と言って飛び出したようなので、話を合わせましたからそのような形で。〕


 話を合わせるとは、迷子にならぬよう保護者同伴的な感じだろうか。


〔中鬼は幌谷くんの位置からですと、山の展望台が見えますか?

 そちらの方向に移動中です。

 民間人の避難は開始していますが完了には至ってません。くれぐれも慎重な行動を。〕


「わかった。

 ニコナ、こっちだ!」


 僕の隣を走るニコナの表情は堅い。だが僕には、その心情を読み取ることができなかった。


「ニコナあれだ、友達二人はミスミちゃんが保護してるから大丈夫だ。

 無理するなよ?」


「うん、ありがと。」


 僕の言葉が適切だったかどうだかはわからない。だが少なくとも無理はするな、心配するなとだけは伝えたかった。



 程なくして、僕らを待っているかのようにこちらを向いて立っている男、この遊園地という場所にあってスーツ姿にビジネスバックという出で立ちの蛙水、そしてその斜め後ろに憮然とした様子で立つハーフコートの男、兵跡を見つけた。

何処をどう見ても遊園地を楽しみに来ているようには見えない。むしろその姿は、切り取って張り付けた合成写真かのようだ。


「いやいやいやー、追いつかれましたか。いえ、追いかけてきましたか。

 いやほんと、お休みのところ、お邪魔して申し訳ございませんー。」


「こんなところに何しに来やがった!」


「いやね、うちの上司が、あー、うちの上司と言っても雇用主、平たく言えば社長なんですがねー。

 どうしても幌谷さん達を見たいと言い出しましてねー。えぇえぇ、視察ですよ視察。

 もうほんとにねー、休日出勤。

 蛙水といたしましてもですねー、こんな天気ですしね、ゴルフに行きたいぐらいですよー。

 はっはっはっ。

 あぁ、幌谷さんはゴルフはおやりになりませんか。」


「そんな御託はいいんだよ!」


 僕は周りに聞こえないように声を押し殺しつつも、語気を強めた。

蛙水の言葉に、奴から視線をそらさずに周囲を見渡す。他に怪しい仲間、社長だとか言うやつらしき人物は特定できない。

ニコナをチラッと見たが、ニコナも周囲への警戒を強めているようだった。


「いやー、視察ですからね、見るだけ見たら帰りたいんですけどねー。

 お二人ともほら、臨戦態勢でおられますからねー。何と言いますか、折角ですしね。デモンストレーション、余興、視察に花を添えるといいますかですねー。」


 そう言うや蛙水がコーヒーカップ、あの必要以上にグルグルと回転するアトラクションへと乗り込む。兵跡は憮然としたまま、渋々追従しているようだったが、さっさと一つのカップに座り込んだ。

人数こそパレードの効果か少ないものの、他の客も混ざっていた。その中に社長とかいうやつはいるのだろうか?

鬼気こそ感じないが、そもそもここに乗り込んだもの達が鬼でない確証はない。まさか全員が中鬼ということはないと思うのだが。



「そういう配慮は望んでないんだよ!」


 深追いするなというミスミの言葉が一瞬、頭をよぎったが、ここで奴らがグルグル回るのを眺めている方が嫌な予感がする。むしろ気持ち悪い。

僕は慎重に警戒しながらも、ニコナと共に一つのカップに腰を下ろした。


「とは言いましてもですね、蛙水といたしましても、あまり目立つのは今後に差し障りがありますからねー。雨早川さんじゃありませんが、これを付けさせていただきますー。」


 そう言って蛙水はカバンから取り出したピエロのマスクを装着した。

スーツ姿にピエロのマスク。狂気すら感じる出で立ちだ。


「兵跡さんの分もありますよ?」


「……、ノーセンキュー。」


 兵跡がピエロのマスクを受け取らず、拒絶の意思を示すかのようにフードを目深に被った。


「一応、兵跡さんは有名人だと思うんですがねー。

 目立たぬようにお願いしますよー? はっはっはっ。」



 蛙水が兵跡とは違うカップに座り込む。

それを合図とするかのようにけたたましいベルの音が鳴り響き、一瞬にして外の喧騒を掻き消した。


 まるで非常ベルのようなそれは、非日常、日常ではない非現実の始まりを告げる、恐怖におののく誰かの叫びのようだった。

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