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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第5幕 迎え称えんと欲すれば
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お道化て誤魔化すホーリーライト

 後ろに近寄る人の気配に、僕は備え付けの端末画面をそっと閉じた。


「なにか面白いものあった?」


 柔らかな声が背中に掛けられる。

それはまるで、春の陽だまりにうたた寝してしまったところに、優しく囁く小鳥の囀りのような、慈しむように頬を撫でるそよ風のような、そんな柔らかさだった。


「いえ、あ、いや。

 ここには初めて来ましたけど、ここは郷土資料館でもあるんですね。」


「うん。私も初めて来たけど、いいところだよね。一日では回りきれないかも。」


 否定の否定という動揺を隠しきれない僕の答えに、ユイ先輩は微笑み、そして可愛げに小首をかしげる。

ふと、僕の方が制限時間ありの、限定的な訪問であることを思い出し、少し心苦しくなる。



 まさか自分の住む地域の郷土資料館、いや自分の住む郷土の歴史上、鬼にまつわるものがあったことが驚きだった。確かに鬼にまつわる話は日本各地にあるだろう。だがここまで克明な書物が残っていることが驚きだ。この博物館の中にある「郷土資料室」には、鬼にまつわる書物、古書が納められ、その原文を備え付けの端末で閲覧することが可能だった。

そしてその原文、当然に筆による古い字体であるのにもかかわらず、現代語訳に頼らずとも僕には解読ができた。これも桃太郎の記憶の影響なのだろうか。そしてその記憶と多くのことが合致した。


 僕はそのことをユイ先輩に打ち明けようとはしなかった。いやむしろ遠ざけるように心が働いた。ユイ先輩を僕の問題に巻き込みたくはなかった。



「今度また、他の部分も見て回りたいですね。」


「ほんとだね。失われつつある過去に触れるのって、なんだかホッとするんだよなぁ。」


「そういえば、前にもそんなこと言ってませんでしたっけ?」


「そうだっけ?」


「ええ、ノスタルジーです。」


 ユイ先輩の子供のように純真な笑顔に、僕はドギマギしながらお道化て誤魔化す。

同じ読書家と言っても、ユイ先輩と僕はジャンルというか、読む性質、求めるものが違う気がする。副部長なんかは顕著にわかるが、何故、何の為に本を読むのかは人それぞれなんだと思う。

ユイ先輩は明らかに失われていく過去、忘れられていく人の想いを慈しむ人だ。それは過去に縛られるとかではなく、彼女の本質的な優しなのだと思う。

その心に僕は惹かれていく。



 ところで諸兄よ。意中の人と、数回目のデートは何処を選ぶだろうか。

遊園地は語るまでもなく即却下としてだ。映画館や水族館、あるいは綺麗な夕焼けの見える丘にドライブ、からのロマンチックで小さなプライベート感たっぷりなイタリアンレストランとかだろうか。

百戦錬磨な諸兄にあっては「二郎系ラーメンデートコースが儂の鉄板じゃゴラー!」だとか、「フッ、彼女の家で手料理を堪能? ノンノン、時代は彼氏が作るフレンチフルコース(アロママッサージのサービス付き)というホスピタリティが求められているのだよ!」と仰る方もいるかもしれない。

あるいは「今日は君に新たな世界に連れてってあげるよ! これも貴重な体験さ! うふっ!」と、自らもドレスアップ&メイクアップ、おかまバーへようこそ!! だろうか?

そういった経験値が0な僕は聞く相手を間違ったかもしれない。諸兄には申し訳ないが、一騎当千な諸兄にアドバイスを求めるのは、経験値不足からの高難易度ダンジョンというものだ。


 あらためて諸姉よ。聖母聖女聖少女の如き女神たる諸姉よ! 数回目のデートはどうしたらいいか。

遊園地は語るまでもなく即却下とさせてもらってだ。映画館は「上手くいけば共有からの親近感が増すけど、案外見てる間は会話もできないし、ややもすると感想の相違となりかねないんだよねー」と聞く。そして水族館や動物園は、おそらくたぶん好き嫌いもあろうし、子供っぽいと思われるかもしれない。

やっぱり「夕焼け~イタリアンコース」が無難なのだろうか?

「君と二人になれるなら、どこでもよかったんだ。」と、ヘリで大都会の夜景と星空の挟み撃ちなナイトクルージングからの最上階スイートルームだろうか?

「俺とこうなることを望んでたんだだろ?」のセリフで、気が付けば着の身着のままで南の島のコテージのベットの上だろうか?

「ごめんね、付き合わせちゃって。」だなんて、なんて可愛いの! という弱みを見せるような感じでお婆ちゃんの病院へお見舞い、そして偶然にも自宅の近くだったからついついお持ち帰りしちゃった!

という偶然なのか必然なのか、なし崩しコースだろうか?

いずれにしても僕にはハードルが高いようだ……



 郷土資料室を後にし、ホールで行われている古書市へと足を向ける。

郷土・歴史書中心と聞いていたが、中には掛け軸のようなものまで売られている。売られているぐらいなのだから、そこまで希少価値の高いものはないのだろうが、それでもおいそれと買えるほど安いものはなかった。

販売しているのは昔ながらの本屋を経営している方々だろうか。僕らのような学生が買えるとは思っていないようだが、それでも本を手に取ると親切に一言二言、その本にまつわる話を聞かせてくれた。

そもそもこの古書市自体が、郷土・歴史書に興味を持ってもらうために開催されているのかもしれない。



 隣で古書に目を通すユイ先輩の横顔に、僕は息が止まった。

天井の窓から差し込む自然光が彼女を包み、その落とす影すら暖かさを感じる。そして古書に向けられた視線はまるで、我が子を見つめるような、慈愛に満ちたものだった。

いつまでも見ていたくなるような、絵画の一枚のような情景だった。


 これはデートではないかもしれないが、やはり彼女が一番興味のある所に行くのが良いのかもしれない。そしてその傍らで彼女の喜びや感動を共有できるのならば、それ以上望むものなどないのかもしれない。ユイ先輩の慈愛に触れたこの一瞬に、僕は心が震えた。



「ごめんね? 待たせちゃったかなぁ。

 読むと周りが見えなくなっちゃうんだよなぁ。」


 聖母のような慈愛から一転して、あどけないその笑顔に今度は僕の心が撃ち抜かれた。

もはや僕の心のHPは残りわずかだ!

回復薬や治癒魔法なぞ僕は持ち合わせていない! 癒しの光よ! いや待て癒されているのは確かなのだ! つまりあれか? アンデット系にホーリーライトでダメージってやつか? 僕は度重なる戦いでダークサイドに落ちてしまったというのかっ!! 


「いえ大丈夫ですよ。

 今日はそのために来たんですから、僕のことは気にしないでゆっくり見ていきましょ?」


 実際のところは、ゆっくり観覧できるほどの時間のゆとりが僕にあるわけではない。『フェリス』に従うならば、戻る時間も考えるとここでユイ先輩といられる残り時間は1時間を切っている。だが誰が止められようか。ここで死するとも我が生涯に一片の悔い無し!



 僕はユイ先輩がゆっくり古書を見られるように、少し離れて本を手に取った。郷土資料室とは違い、ここには鬼にまつわる本は無いようだ。時代が新しくなればなるほど鬼にまつわる伝承は薄れ、また書かれることもなくなるのだろうか。実際に現代で鬼と遭遇し、あるいは転生してきたいくつかの過去の記憶を考えると、そこに違和感を覚えた。


 何気に開いた本から、古書特有の香りが仄かに立つ。その香りがまるで麻酔薬かのように僕の思考を鈍らせる。僕の記憶と書による記録。認識と真実。それを僕は……



「いこっか?」


 ユイ先輩からの囁きで僕は現実世界へと引き戻され、促されるまま展望テラスへと向かう。

僕たちは日陰のベンチに腰を下ろし、そこから望む海辺の景色を眺めて静かに余韻を過ごした。


 時折交わす他愛もない会話、ゆっくりと姿を変えていく雲、夏の日差しと風に揺られる草木。

ユイ先輩と共にするこの時間は、一冊の本のようだった。


 僕はその1ページ1ページを、静かに開いた。

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