表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第5幕 迎え称えんと欲すれば
114/205

天国の階段は入道雲の中へ

カンカンカンカンカンカンカンカン……


死へのカウントダウンが始まる。人々の喧騒が遠のいていく。

規則正しく響き渡る高い金属音。その連続が心臓の鼓動とリンクする。

眼前には高く澄んだ夏空が広がる。行き場を失った小さな雲は孤独に浮かぶ。

それは死に逝くは独りという象徴。ドアが開き光が導く。

天国への階段をオートマテックに僕は登っていく。ただ否応なしに。



  カタン



突如の裏切りを知らせる、命を断ち切る宣告の音。

直後にあちこちから響く叫び、叫び、叫び。

此の世の終焉を告げるメロディに、取って代わる人々の叫び声。

そして轟音とともに僕を奈落へと突き叩き落とす、圧倒的な暴力。

内臓が鷲掴みされ、掻き回され、衝撃が僕を切り刻む。


迫りくる恐怖と戦慄から目を逸らすことは叶わない。

否応なしに平衡感覚が奪われ、思考が奪われ、抗う気持ちすら奪われる。

僕らに為す術はない。

そこには、強制的な自身の死を受け入れる以外はない。



「ギャーーーーーー! 死ぬ死ぬ死ぬ!!

 グボゲラァ! グッグウウウゥゥゥギィヤァァァアアアア!!!」


・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・


・・・・



「にぃちゃん、けっこう楽しかったね!」


「ニコナ、僕のこの顔が楽しかったように見えるか……。

 もしそう見えるなら、今すぐ眼科に行った方がいい。」


「いつも以上に奇声あげてたじゃん。」


「いつも奇声あげてるみたいに言うな。

 それにあれは奇声じゃなく、絶叫だ……。」


 誤算していた。ニコナ達にジェットコースターへ半強制的に連れられ、渋々「ここならま、いいかな?」とか思い最後部に座ったものの、まず僕が落ち始める前に先の方から絶叫が聞こえ、落ち始めてからもまったくこれから進む先のレールが見えず、そして最後尾ゆえの振り落とされて置いていかれるんじゃないかという感覚。恐怖が三倍、いや三乗増しだ。

なによりジェットコースターだけじゃなく、なんで遊園地の乗り物の大半は内臓に極度の負担をかけるのか。あの浮遊感というか、胃が持ち上げられる感覚に僕は泣きそうになっていた。


 ジェットコースターの最前席を陣取っていたニコナ三人衆が「最初の滑り出しの角度は良かった。」だの「あそこはループしながらひねりが欲しかったよね。」だの、あげく「総合点は7ぐらいかな?」って、アクティブスポーツ競技の審査員かよ! ってな具合に盛り上がっていた。

若さゆえに内臓の制動能力も高いというのか……


 そしてミスミは……、冷静だ。平常だ、たぶん。

さっき咄嗟に隣に座っていたミスミの手を握ってしまったが故に、僕はちょっと目を合わせづらくなってしまっていた。

諸兄諸姉はどうなのかわからないが、僕が思うにジェットコースターのような乗り物は、男性よりも女性の方が好きな人が多い気がする。つまるところ、少なくとも僕はジェットコースターで男性的魅力を上げることは叶わないのではないか、デートだとかに入れるのはやめた方がいいんじゃないかと思う。

案外、ジェットコースターで「キャーキャー」言っている女子は、そもそも笑いながら叫んでるし、降りた後も爽やかな笑顔で「怖かったね~!」なんて言っていやがるではないか。



 遊園地に着いて早々、混む前にということで遅めの朝食のような早めのランチを食べ、そこからは目の前にあるアトラクション(主に空中を飛び交うもの)を次々にこなしていった。

あ、これなんかブランコっぽいから楽しそうじゃん? とか思っていたら、空中を回ってるというより不規則に振り回され、もはや作ってる最中のポップコーンのようになった。

あぁ船ね、船。これはただ前後に揺られるだけでしょ? とか思っていたら1回転するし、挙句の果て横回転し始めるしで、こんなん船だったら転覆してるわ!! となった。

大小さまざまなコースター系にしても立って乗るだとか、上から吊られてるだとか、必要以上にトルネードだとかで、安心して身も心も委ねるような乗り物はない。

そして今しがた乗った「ゴーゴーヘブン!」は天国へ上るというより僕を地獄へと突き落とした。


「流石です幌谷くん、完璧です。『フェリス』はプランD4からプランG3.28へとスムーズに移行し、問題なく推移中です100%」


 ミスミが前方のニコナ達を見据えたまま、さり気なく僕にミネラルウォーターを手渡す。


「それはなによりだよミスミちゃん。とはいえ心身ともにダメージが凄いんだが。」


 僕は貰ったミネラルウォーターを、胃腸を労わるようにちびちびと飲んだ。

最早、作戦コード『フェリス』の内容は概要だけで、詳細な部分は頭から抜け落ちていた。そもそもイチモンGにしろ、ジェットコースターの加速Gにしろ、Gが良い符号だとは思えないのだが。



「にぃちゃん! 次はあのタワーみたいなやつが乗りたい!」


「ニコナさん、どうやら幌谷くんは休憩が必要なようですよ?

 ちょっと休ませますから、お友達と乗られてきては? 今ならそこまで並ばずに乗られるでしょうし。」


 そう言うとミスミは自然に僕らの間に割って入り、ニコナの誘いから回避させて僕に先に行くように促す。


「?」


「プランG4は博物館への移動です。」


「……わかった。しばらくの間、頼むよ。」


 楽しそうに駆けていくニコナ達と、ベンチで休むミスミの後ろ姿になんとなく後ろめたさを感じながらも、僕はその場を後にした。



 この後の僕は3時間ほど休憩、という名目で姿を消すことになっていたか。

ユイ先輩との約束までギリギリの時間設定。事前にミスミから博物館までの最短ルートをスマホにインストールしてもらったが、ここからは僕個人の戦いといっても過言ではない。

撹拌された内臓を労わっている場合ではないッ!


 人々をかわし駐車場へと急ぐ。喪失した平衡感覚は徐々に回復してきている。

途中、ちょっとした親子の集団に阻まれ迂回を余儀なくされる。

横目でその集団を見やると、あぁ、遊園地のマスコットキャラクターの着ぐるみか。

ん? なんだろうか。明るく楽しい雰囲気を演出するはずのマスコットキャラクターにしては、随分と陰鬱な影を落としている。うな垂れ気味の頭部が、表情は笑顔なのにその焦点の定まらない、虚空を見つめるかのような視線が、一層不気味さに拍車をかけている。微かに揺れているのがまた生ける屍のようではないか。


 一人の男児が、その不気味さに耐えきれなかったのか、それとも元々ヤンチャなだけか、はたまた後ろで泣き始めた妹らしき女児を守ろうとしてか、背後からマスコットキャラクターに向かって蹴りつける。

ははは、うん、マスコットキャラクターあるあるだな。

だがマスコットキャラクターは、揺れに任せるかのようにゆらりとその男児の蹴りを躱した。正面に出てしまった男児が慌てて着ぐるみへと振り返る。男児の表情がひきつる。

一拍の間をおいてマスコットキャラクターは首を傾げ、いや反対側にガクっと首が傾いただけだ。そうしてマスコットキャラクターは男児に構わず、ゆっくりとぼとぼと歩き始めた。


 あー、うん。そうだよな。

この暑さだ。着ぐるみの中の人はさぞかし大変だろう。そんな過酷な状況でハッピー感を演出しろという方が無理だよな。うんうん、熱さでうな垂れてしまったり、とぼとぼ歩いてしまうのも仕方が無いよな。

……。見なかったことにしよう!


 そうだ! 僕は行かねばならないのだ!

作戦コード『フェリス』を完遂するためにも、ここで立ち止まっているわけにはいかないのだ!



 僕は湧き上がる不安や疑問を無視し、駐車場へと突き進んだ。


 正面の空には、その心を見透かしたかのように入道雲がはち切れんばかりに膨れ上がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ