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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第5幕 迎え称えんと欲すれば
110/205

完璧と妥協の明滅する木霊

長期お休みをいただきました

また定期的(毎週金曜)にupできたらなと

後ろ向きな決意で年末を迎える今日この頃

( ;∀;)



「あー。

 カフェ・オ・レが飲みたい。

 無駄に甘ったるくて脳に糖分を急速&過剰供給するような、

 火傷しない程度に熱く、むしろちょっと油断するとヌルいかもね?

 て感じの、優しさと慈愛に包まれた『早朝の聖母』のようなカフェ・オ・レが飲みたい。」


 僕は、昨夜は夢見心地のまま夢世界に堕ちつつ、霧深くて水中と空中の境目が曖昧である事に似た不確かな目覚めを迎えて、朝の10時近くにベッドの上ででボーっとしながら思った。



 そしてそんな、薄ら呆けた僕の話を横に置いて先にお伺いするが、諸兄諸姉は完璧主義だろうか(良い意味で)。それとも妥協主義(良い意味で)だろうか。

例えば

「貴方は完璧主義ですか。それとも妥協点を見つけるタイプですか。」の質問に対し、

1、断然に自他共に認める完璧主義

2、人生振り返ると完璧主義やもしれぬ

3、んーまぁなんて言うの? 完璧主義?

4、どちらとも言えない

5、そりゃ時には妥協することも必要かと……

6、つか「妥協」って言うから感じ悪いよね

7、世の中の妥協点は私が境目です!

の内、どれを選択するだろうか。


 勿論「完璧主義な私に対して、この中から答えを選べだと?」だとか「妥協好きなあたしからしたら、答えないってのが答えかな?」なんて回答は無しだ。

得てしてこういった選択型の質問は、自分の納得のいく答えが選択肢に無い。

「無かったら近いものを選んでね!」だなんて、極めた完璧主義からも極めた妥協主義からも、ふざけた設問であることは確かだが、得てして世の中はそういうものなのだ。

とある公的なアンケートを記入していた際、「ちょっと記憶が曖昧でわからないので、未記入でいいですか?」と聞いたところ、「不明なところは「いいえ」に〇をつけてください」と言われたことがある。選択式の設問などそんなものなのだ。



 そんなわけで冒頭で述べたささやかな希望を叶えるべく、理想のカフェ・オ・レを求めてベッドから気怠く這い出て、僕はキッチンへとむかった。


 先に申し上げておくが、僕は完璧主義ではない。


カフェ・オ・レが飲みたいが砂糖がない。

まぁミルクの仄かな甘味だけのカフェ・オ・レでもよかろう。


カフェ・オ・レが飲みたいがお湯がない。

まぁ暫しの間、お湯が沸くのを待とうではないか。


カフェ・オ・レが飲みたいが牛乳がない。

それは妥協できないだろ! それではただのコーヒーではないか!

それはコーヒーを切らしていて、ホットミルクで妥協しろというのと同じじゃないか! それは別の飲み物ではないかっ!!



 というわけで、僕は牛乳を買いに行くべく、自宅から最寄りの、某コンビニへ更に気怠く向かった。

日差しは既に高く、早朝の爽やかさは微塵も残っていなかった。細く横たわる日陰を渡り歩きながら、僕は昨夜のことを思い返していた。陰と日向の明滅が「夢と現実」の切り替えのように、曖昧な僕の脳をノックする。



 昨夜のユイ先輩との会話が、まるで数年前の出来事のような気がする。この現実感のなさがひどく僕を寂しくさせた。過去の出来事が現実だったと証明するものはない。仮に他者の証言や何かしらの外部記録があったとしても、それが誰かの意図で改竄されていないという証拠はない。

であれば、僕の記憶にある過去の出来事と夢との境目は実に曖昧だと思う。むしろそこに差異を感じることができなかった。

勿論、僕は夢と現実を混同しているわけではない。だが、心の片隅にその曖昧さが居座っていた。


『後ろを振り返って、そこに「この世界」の続きが本当に広がっているかは、わからないよね』


 認識が世界を生むのか。先に世界があって認識するのか。




「イラシーャマシテー!

 おーう、ほろやさぁん。オコシヤスゥ、元気ドスエィ!」


 タリラリラーンという軽やかとも軽薄ともつかない音色の後、僕に元気の良い声がかけられる。


「んあ、あぁカンデルさん、相変わらず元気そうで何より。

 僕も、うん、まぁ元気かな。

 それよかなんだろ? 京ことば?」


「マイコ~、とてもウツヤカ~、ナンシカ~、スッキヤェ。

 でしたか?」


 陽気でエスニックな香りが仄かにするネパール人店員、カンデルさんが質問に質問を重ねてくる。

適度に爽やかで涼し気なエアコンの風と、外の日差しに負けないほどの店内の明かりが僕を包む。

人工的な環境に人情的な対応。対照的な明滅がいまだに続く。


「まいこー、舞子? 舞妓さん?

 あーんと、うん。カンデルさんは京都に行ったの?」


「日本語むつかしいですねー。

 マイコ~、話しかけても行ってシモタ~、ました。

 それよりほろやさぁん。もうこの物語はエタったかと心配でしたですよ。」


「そう言わないでよカンデルさん。いやそも「この作品エタる」とか言わない!

 まぁさ、うん、なんか最近忙しくてね。

 そして今日も店長はいないんだね。」


「新刊ですかー、新刊。

 テンチョ仕入れで東京ビックサイトに泊まりですよー。」


「ふ、夏コミか……。

 相変わらずゲスい! 明らかに仕事そっちのけだな!」



 僕は一応、新刊のラインナップを定期巡回よろしく確認し、牛乳を手に取りカンデルさんのいるレジに戻った。商売上手なカンデルさんの期待の眼差しと笑顔に負け、僕は唐揚げも注文した。

カンデルさんは手際よく唐揚げの包みに蓋をして牛乳と別の袋に紙ナプキンやら手拭きやらと入れていく。


「日本にはこんなコトワザがありますねー。

 『元気があれば、何でもできる!』

 コトワザ、言葉のファイティング格闘技ですか? カンデル、最初に覚えたニホンゴです。」


「う~ん、格言? というよりそれは諺じゃないかなぁ。

 言った人はレジェンド級の格闘家だけれども。」


「カンデル、とてもカンドーしました。

 元気あれば、なんでもできます。生きていればまた前に進めますよー。

 カレは『迷わず行けよ。行けばわかる。』とも申してました。」


 カンデルさんはお釣りとレシートを手渡した後、レジ袋を僕に向け、笑顔で言葉を続けた。


「僕の前に道は無い、僕の後に道は出来る。

 これもカレの言葉でしたか?」


「ははっ、それは高村光太郎かな。

 ありがとう、カンデルさん。元気貰ったよ!」



「ダイジョブですよ、貴方の進む道は間違っていない。」


「え?」


 開かれた自動ドアの先から溢れ出た喧騒に押し流され、背中越しのカンデルさんの声が掻き消えた。



「オハヨゥオカエリ~

 アーリャシマシッター!」


「うん、行ってきます!」


 僕はカンデルさんの京ことばに、自然に応えた。

このコンビニは僕のウチではなかったけれども、ゲス店長が運営する有名フランチャイズの一コンビニではあったけれども、カンデルさんのいるここは、どうも僕の心の故郷のような安心感があった。


 『行ってきます』


 さて、僕は何処へ向かえばいいのか。



 どこへ向かうといったって、とりあえずは自宅に帰ろうと、オートマティックに歩を進めた。

何となしにスマホを弄る。ちょっと世の中の動向を、とか思いながらネットに接続しようかと思った時、ふと気になってW&CのHPを立ち上げた。


 消音設定にしていたので音声こそ流れなかったが、きっと軽快なリズムが刻まれているだろうポップな企業アピール動画が展開し、『この世の全てをウォッシュ! そしてクリーンに!』といった、純白で底抜けな明るさの商品の数々、そして現代の清純派とは彼女のこと、そう、我らが宝鏡カグヤが眩しいほどの笑顔で舞い降りてくる。

一点の曇りもないのは笑顔だけじゃなく彼女の全てではないかと、心の奥底まで純白なのではないかと信じて疑えない。


 そんな余韻を残したHP上を、僕は殊更に気怠くスクロールしてはクリックし、表面上の情報を眺めていた。ふと、カスタマーサービスの電話番号に目が留まる。

考えてみたらポケットティッシュなどという媒体によらずとも、今どき何かしら困ったらネット検索するのは当たり前ではないか。


 そんなことを思いながらその電話番号を眺めていたが、何かしらの違和感を覚え思案する。

何だろう。昨夜かけるかかけないか眺めていたポケットティッシュに書かれていた電話番号と違わないか?

電話番号がいくつかあるのか? それともあのポケットティッシュの情報は古いのか?



 僕はありもしないことなのだが、ポケットティッシュがポケットティッシュだけにポケットに紛れ込んでやしまいかと、全身のポケットを弄り確認して、無いとわかって変な安心感を抱きつつ、そのことが気になって自宅へと向かう歩を早めた。


『迷わず行けよ。行けばわかる。』


 その言葉が、陽気で明るいカンデルさんの声で、僕の心の内を木霊した。

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