仁義なき涼風を呼ぶジェラート
「ふっ、君たちが能力の全てをぶつける正統性は認めよう。そうくるなら僕も能力を発動させるまでのこと!
柴刈ちゃん、カモーン!」
僕は立ち上がり、出現させた「柴刈乃大鉈」を正眼に構え、そびえ立つバベルの塔、今にも崩れそうなジェンガタワーと相対した。
三人の視線が僕に注がれる……。
「……ふっ、今日のところは見逃しておいてやろう。」
ダメじゃん! 斬り伏せたら崩れるじゃん!
勢いで出してみたけれども、パパっと解決するビジョンが浮かばないじゃん!
「にぃちゃんのことだから、切り刻んでうやむやにでもするのかと思った。」
「幌谷くんに限ってそこまで自暴自棄にはならないかと。73%」
「……。ほろぅやーーー、こぉーーー、そぉーーー。」
「ニコナ、僕はなんだ、そんな癇癪ボーイではない。
そしてミスミちゃんからの信頼が意外と低かった……、冷静な分析ありがとう。
んでな、ウズウズ。刀でやるのは難易度が上がるから、それは無しだ。」
一瞬、ウズウズへ返答する中で「ダルマ落としみたいにスパンッといけるのでは?」と思ったりもしたが、僕の技量でそれをやるには、やはりそんなビジョンは浮かばない。
刀を鞘に納める要領で、僕は柴刈乃大鉈をしまった。
「今のは意思表示……、これからやって見せる! という意気込みを表現。
デモンストレーションのようなものだ。」
僕はジェンガタワーに向き合い、座して集中力を高める工程に入った……。
………………。
…………。
……。
と、いうわけで、この「仁義なきジェンガタワーの戦い」は僕の敗北で終わった。
1つ目のピースは辛うじて取ったのだが、集中力が続かなかった僕は2つ目のピースで崩してしまい、反射的に「桃源郷送り」を発動するも、それは2つ目のピースを取っていない、つまりただのやり直し。
結局のところみんなの判定を待たずして再チャレンジするもやはり崩してしまい、僕は敗北を認めざるを得なかった。
「にぃちゃんのその能力ってすごいけど、みんなの記憶に残ってる時点で微妙だよね。」
ニコナの率直な指摘の通り、この「桃源郷送り」、認識した事実(過去)を無かったことにする能力は運用が難しい。ことこのようなゲームではあまり意味をなさないかもしれない。
「どんなに高性能なライフル、銃器を装備していても使う者の技量、最適なタイミングとそれに合った銃器の選択、そういったものがなければ効果を100%発揮できませんから。
幌谷くんの能力はそういった類のものです。」
ミスミのフォローは手厳しかった。
これまでの中鬼からの敗北。「生きてるんだから、やり直せる、再チャレンジできる。」という縋るような、胡麻化すような希望。僕はジェンガの敗北と、これまでの中鬼どもからの敗北を重ね、「やり直しても結果は同じではないか」という喪失感に打ちのめされた。
いったいこの世は僕に何を求めてるというのか。
僕は僕であること、否応なしに前世が「桃太郎」だということだということ、考える暇もなく次から次へと鬼が現れること、そしてその理不尽さに翻弄されているということに、正直なところどうしたらいいのかわからなかった。
「んで、結局のところ……
本契約だっけ? 僕はどうすればいいんだ?」
半ば自暴自棄気味に僕はベットに倒れ込み、ミスミの言葉を待った。
「幌谷くんが考え、幌谷くんが想い、自身の意思と行動で進んでいただくほかありません。
それ以上の示唆をボクからすることが許されていません。
そしてその他の疑問点についても、申し訳ありませんがお答えすることはできません。」
僕はベットから上体を上げてミスミ、3人を見る。
ミスミは全て僕に委ねるというような、根性論だけを押し付ける上司のような、いや、「きっと先輩ならこの問題を解決していただけますよね?」という、全くもって理不尽な部下のような発言に、「おいおいおい、そんなことを言われてもねぇ、君ぃ!」と切り返しそうになった。
わかっている。あぁわかっているさ。
この世の中は過程を重んじている。仮に正解への道筋を、他人のアドバイスに従って最短距離でゴールしたとしても、そこにある優勝旗に重みは無い。
自ら切り拓くからこそ、そこに重みと実感という確かなものが備わるのだ。
とはいえ、全くもって謎解きは謎解きのままだ。
「わかった。考えてみるよ。」
その反面、僕が3人に支えられ、その他の誰かにもきっと何かしらの支援と期待を乗せられているのは確かなのだ。
それがきっとミスミが言うところの、僕が抱える「その他の疑問点」というやつなのだろう。
「ボクは引き続き鬼の監視を行います。場合によってはニコナに討伐の助力願うでしょう。
佐藤さんは今まで通り、周辺の安全確保に努めていただければ問題は無いかと。」
「問題……、ない。」
そう言ってウズウズは立ち上がり、玄関に向かってトボトボと歩き出した。
「ウズウズは、帰るのか。」
「ネコ……、エサの時間、迎え……。」
「うんそっか。今日はごちそうさんな。
ネコによろしく。」
「問題……、ない。」
ウズウズが立ちさるのを見届けながら、ミスミがピザケースなどの跡片付けを始めた。
「ボクもそろそろ監視に戻ります。
どうか無理なされませんように。
幌谷くん、ボクがあなた味見方であることは変わることはありません、100%」
「うん、頼りにしてるよ。」
ミスミの寂しさを隠しているような表情に、それでいて強さを保とうとするような表情に僕はぎこちない笑顔を返した。
始めてきた(はず)なのに、勝手を知ったるミスミはごみを分別し、所定のごみ箱へと片付け、そして調味料を元の場所へと戻していく。
そんなミスミの行動をツッコミを入れずに見届け、「玄関の鍵の件は、業者を手配済みです。」の別れの言葉に手を挙げて応え、玄関へと消えていくミスミを僕は見送った。
「どぅは~~~~~っ」
僕は何かしら、良くわからない得体のしれない心のわだかまりのようなものを声に乗せて吐き出し、再びベットに倒れる。
「ニコナは、なんだその、……この後は空いてるのか。」
「ん。
今日は別に、何もないかなぁ。」
ベットに倒れながら横目でニコナを見ると、ニコナは崩れたジェンガを何と無しにと言うように、ドミノのように立てていた。
「ねぇ、にぃちゃん。」
「おぅさ。」
「なんかさぁ、あたしは二人よりも弱いと思う。」
「そうか? 十分ニコナは強いと思うけどな。
それこそ僕から見たらなおさらなんだが。」
「ん~、にぃちゃんはね。」
ニコナが僕に合わせるように笑った。
「そこはニコナ、そんなことないよって言うところだろ。兄を立ててだ。」
「意味わかんないし。」
「なんていうかなぁ、鬼を倒す覚悟みたいなやつが弱いと思う。あたしは。
うまく言えないけど。」
「……、そっか。」
鬼を倒す覚悟。確かにミスミとウズウズは、食べるために畜産をさばくかのように、鬼を倒すことに躊躇は無いように感じる。特にミスミには、それが職種であるのかとすら感じるぐらいだ。
だが僕らはどうなのだろうか。確かにニコナは「強い奴と闘いたい」という気持ちはあるのだろうが、それが必ずしも相手を滅することにつながってはいないのではないか。
鬼は鬼である以前に「元人間」だ。そのことはずっと僕の心の片隅に引っかかっていた。
ニコナも同じなのだろうか。
だが僕は、それを言葉にすることは出来なかった。
「ニコナ。
アイスでも、そうだな、3時のおやつにアイスでも食べに行くか。」
「3時のおやつって、なんかオジサンくさいなぁ。
ん。
んじゃあ、駅前のファミレスに行ってみたい。」
「おぉ、ニコナ! その嗅覚は間違いないぞ! あそこのメイドクオリティは完璧に僕らに涼風を送ってくれる! もちろんジェラートもだ!」
「意味わかんないし。」
ニコナはニコナらしく、まぶしく美しい笑顔で答えた
「そういえばさ、にぃちゃん。」
ニコナが立ち上がりながら、思い出したように僕を呼び止める。
「アイスは奢ってくれるとして……、ジェンガの負け分は別ね!
二人は忘れてるかもだけど、んー、
今度、遊園地に連れってって。」
僕は失念していた……
ジェンガは勝者を決めるゲームではなく、敗者を決めるゲームであったことを。僕が一人だけ敗者であったことを。
これが姉と二人ジェンガしてきた本当の弊害なのか……。
ニコナが指で軽く押しスタートさせ、ジェンガドミノが倒れ始める。
カタタタタタと軽快に響く音が、僕に「何か」のカウントダウンを始めたのだった。




