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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第5幕 迎え称えんと欲すれば
103/205

プロフェッショナル達の色即是空

 『プロフェッショナル』


 僕は、彼女たちが何らかの道で「プロフェッショナル」であるということを、後にも先にも今日、この瞬間に一番感じたのではないだろうか。

もちろん今迄においても、彼女たちに驚くほどの「プロフェッショナル」ぶりは見てきた。だがここまで瞬間的且つ適格な判断能力を目の当たりにしたのは、今日この時が初めてなのではなかろうか。


 姉の声。微かに聞こえる靴が床に擦れる足音や衣音。その他あらゆる「姉がこの部屋に侵入してくる」であろうことを示す気配。

そういったものを刹那に感じ取り、ミスミが後方へと跳躍しバク転で二足の靴を捉えながらベランダ下へと消え、ニコナが姉からの死角であろう玄関上の天井へと退避し、そしてウズウズが気配を消した。


 これほどの彼女たちの「プロフェッショナル」ぶりを目の当たりにして、僕は確かに面を食らったというやつなのだろうが、僕とて負けるわけには、いや彼女たちの「プロフェッショナル」ぶりに応えなくてはならない。ここを任された僕は僕なりに、「プロフェッショナル」を発揮せねばなるまい。



「はーちゃん?」


 姉の第一声から1.3秒ほどで姉が僕の部屋へと顔を出し、靴を脱ぎながら侵入してくる。


「あ、姉ちゃん。これから出勤?」


 僕はまるで落としてしまった洗濯物を拾った風を装い、立ち上がりながら平穏に姉へと尋ねる。


「あら?」


 彼女たちがいた気配は残されていない。

だが、僕の部屋の中心に据えられたローテーブルの上には5段のピザケース、「これからパーティ?」ということを示すようなドリンクの山、そして決定的な、ポテトとナゲットが詰まっているであろうパーティセットの箱、副産物のタバスコのボトルが数本、鎮座していた。

姉の視線がそこに留まる。



 姉はこれから食べるつもりだったのだろうか。恐らくそうだったのだろうが、手に持っていたフルーツが丸ごと入ったゼリー(未開封)三種を床に落とす。残されたスプーンだけが、固くその手に握られている。フルーツゼリーの一つがコロコロと床を転がり、壁下にぶつかる。

それを合図かとするようにニコナが姉の死角をつき、開け放たれている玄関から廊下へと、音もなく消えていく。



 暫しの沈黙、僕にとっては長い沈黙が、僕と姉の間に横たわる。



「はーちゃん……」


 ここから先は暴風雪・波浪・大雪警報が発令だ。

僕は「対姉プロフェッショナル」として覚悟を決める。


「大学生になり、2度目の夏。

 確かに浮足立って羽目を外す若さゆえの過ちな時期なのかも……しれないけれど。」


 いやいや、どういう時期ですか。それに特別浮足立つ要素もないし、羽目を外してもいないと思うのだが。


「バイト、サークル、バイト、バイト、夜遊び、バイトに明け暮れて、気が付けば身も心もズタボロに……」


 バイトの割合が多いな! いやま、確かにバイトは大目にこなしている方だとは思うけれどもさ!

それによって姉ちゃんと過ごす時間が減っているのかもしれないけれどもさ!

身も心もズタボロになる要因は、実のところ鬼だったりするけれどもさ!


「でもっ! でもでもでもでもっ!

 そんなズタボロになったはーちゃんを癒すものは、若い男を豊満で妖艶なボディだけで虜にする資産家マダムではないと思うのっ!!」


 僕もそう思うよっ!!


「どうせあれなんでしょ! きっとそうなんでしょ!

 「今夜はパーティをするからピザを5枚買ってきてくれないかしら。」とか豊満で妖艶なボディだけで虜にする資産家マダムに言われて買って伺ったら、「あらあら、パーティだって言ったのにドレスコードもわからないの?」って嘲笑されたあげく「まずその服をお脱ぎなさいな。」って言われて、パンイチでゲストルームに通されたと思ったら革張りのソファーしかない部屋で「そこでしばらくお待ちなさい。」って放置プレイ。

 はーちゃんがそわそわして待っていたら、情熱的でイタリアンレッドなボンテージに身を包んだ豊満で妖艶なボディだけで虜にする資産家マダムが再登場して、「ピザを温めなおしてきたわ。あなたとピザ、どちらが熱々に滾っているのかしら? ほーら見なさいな、チーズがこんなにも伸びているわ! あなたの雄たけびとどちらが長いかしら?」って、

 あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!

 「あなたのそれはフライドポテト並み、いいえナゲット並みかしら?」って、そんな凌辱に晒されるはーちゃんっ! 挙句の果て、「ピーザピーザピザパイパイ! おいしいピザパイつくりましょー!」ってピザパイを頭に乗せた娘を身体に書かれるはーちゃん! そんなに知名度が高くないキャラなのにっ!

 そんなの、そんなのそんなのっ! お姉ちゃんは許せないっ!!」


 僕だって許さないよっ! そんなことはっ! 全国のちびっ子アンパンメェーンファンだって許さないよっ!


 内容がいろいろな意味で熱々な暴風雪が吹き荒れる。

僕は辛うじて引きはがされそうになる意識を保ち、視界をふさぐホワイトアウトの中をかき分け、姉のもとへと歩を進める。

一気に感情を吐き出した姉は、放心したかのようにその場に膝をつくと、両手で顔を覆いシオシオと泣き始めた。スプーンだけは握りしめたまま……。



「いやぁ、まいったまいったぁ。」


 僕は素っ頓狂な、出来るだけ間の抜けた声で、独り言のように言い訳を開始する。


「姉ちゃんが休みだと気が付かなっかったなんて、失敗だったなぁ。」


 その言葉に姉の沈み込んだ肩がピクッと反応する。

震えるスプーンに、明らかな姉の動揺が見てわかる。


「こんなことなら、」


 僕はここでここで言葉を止め、肺の中の空気を一旦すべて吐き出し、ゆっくりと深く息を吸い込む。


「南国フルーツスペシャル、パパイア、マンゴーにキウイとパッションフルーツ、ドラゴンフルーツにライチ、もちろん定番のパイナップルも盛り付けられた、「超弩級南国フルーツスペシャルピッツァ」も注文しておけばよかったなぁ!」


 顔を覆った指の隙間からこちらをのぞき込む姉の眼は、疑問符と好奇心でいっぱいだ!

よし、食いついた! あとは慎重かつ豪快にリールを巻き、竿を上げるだけだ!


「こないだ姉ちゃんに紹介した軒島さんご令嬢、僕が教えている家庭教師先の軒島さんなんだけどさ。別の曜日担当の家庭教師の方が偶然にも、いやほんと偶然にもあの幼馴染の雫ミスミちゃんだってことがわかって。今後の教育プランについて一度すり合わせをしたいってことで、これから来るんだよね。

 別にピザを用意するほどのことでもないんだろうけれども、5枚頼むと割引券が付いてくるから、あぁ、それじゃぁ姉ちゃんが休みの時にその割引券で「超弩級南国フルーツスペシャルピッツァ」でも注文して、二人で、姉ちゃんと二人っきりで食べるのもいいなぁ、って考えていたんだよ。

 いやむしろ「超弩級南国フルーツスペシャルピッツァ」を5枚頼めばよかったなぁ。」



「本当?」


 姉が泣き止み、涙をこすりながらたずねる。

僕は転がった三つのフルーツゼリーを拾い上げ、テーブルに並べる。


「もちろんだよ。

 あ、こうしちゃいられない、先に洗濯しないと。これ洗濯前だよね?」


 僕は何気ない風に姉のブラを掲げつつ、洗濯籠を取り上げ立ち上がる。


「うん。」


 姉は少し頬を赤らめ、微笑み返す。


「ごめんなさいね。お姉ちゃんとしたことが取り乱しちゃった。」


「いやいいんだよ、それより僕の方こそ余計な心配させちゃったな。

 ところで仕事は休み?」


「ううん、昨日遅かったから今日は午後から開けるの。もう少ししたら出るね。」


 姉がフルーツゼリーを食べ始めた。

僕は洗濯籠をもってベランダに出て一息つく。ニコナとミスミのいた形跡は全くない。



 ただ一つだけ気になることがあった。


 いくら気配がゼロとはいえだ。テーブルの前に座り続けているピザキャットの制服を着たウズウズに、なぜ姉は全くふれないないのだろうか。キッズ向けのおまけにしたって大きすぎるではないか。

僕は網戸を閉めながら、美味しそうに二つ目のゼリーを食べ始めている姉と、同じテーブルについている気配はゼロなのに、風に揺られる野花のように揺れているウズウズを眺めながら思った。



 色即是空、空即是色。



 僕が悟りを得る日も、近いのかもしれない。

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