懸垂下降だアメリカン野郎
もし諸兄が云われなき罪、正真正銘まったくの誤解で婦女子から罪を責められた場合、どのように対処するだろうか。釈明のタイプを仮に喜怒哀楽の4種でカテゴライズした場合、どのタイプを選択するだろうか。
感情表現、とりわけボディランゲージが豊富な典型的アメリカンで考えてみよう。
喜タイプ:
満面の笑みで近寄り、迎え入れながら
「おいおぃジョディ! 何をプリプリしてるんだい?」
オーバーに肩をすくめ、上半身ごと首を傾げ
「なになに、僕が昨夜飲んだっくれて、どこの馬の骨かわからない行きずり女を連れ込んだんじゃないかと疑っているのかい?」
壁に手を添え天井を仰ぎ、額に手を当て
「おぃおぃ、よしてくれよ! 僕がそんな男じゃないって知っているだろ?」
パッと満面の笑みに戻り、両手をオーバーハンド、抱擁姿勢に移りながら
「HA HA HA ! 僕の愛は宇宙の誰よりも君に向いているよ!」
怒タイプ:
何故か横を向き、おもむろに新聞を開き目を落としながら、しばし沈黙した後
「クレンティ、全くもって聞くに堪えられんな!」
新聞を乱暴にたたみ、革張りチェアーをギシリと音を立てて正対し
「君は大きな誤解をしている。」
眉間にしわを寄せ、相手に人差し指を突き付けながら
「私が他の女をこの部屋に連れ込んでいるだと?」
立ち上がり、上着の襟を伸ばしながら
「君は近い将来、私を疑ったことを後悔するだろう。そのことを忘れないでおくんだな!」
哀タイプ:
顔面を手で覆い、崩れ落ちながらもう一方の手を床につけ
「おぉ! 神よ!」
膝まついた姿勢を保ったまま、怒られている犬のような表情で
「ナンシー。君の誤解を解くためにどうしたらいいのだろうか?
誤解だとは言え、君を悲しませたことは素直に謝るよ。」
低い位置で両腕を開き、相手の脛あたりを見据えて悲痛な声で
「でもどうしたらいいんだい? 僕は何もありはしないんだ。」
再度、相手を斜め下から見上げて
「君の誤解を解くためなら何でもするよ。それが僕に課せられた愛の試練だというのならば!」
楽タイプ:
髪を掻き上げたのち明後日の方向、そして相手をガン見してスタート
「おーいおいおぃ、マジパなくない? マジパネーっしょ!
なにこれ、俺疑われてる感じ? それマジねーっしょ! マジねーから、それ!
バーバラ疑心暗鬼すぎっっしょ! 俺に限ってねーから、それ!
ブラとかここにあんの、マジ知らねーし! 意味わかんねーし!
それよかあれっしょ! 今から俺らのクラブイベ行かね?
マジ上がっから! 俺もちょっとアシったんだけど、ゼッテー上がんの確定だから!
え? まだ疑ってる系? マジねーって! それマジねーから!」
そして強引に腕を取り、現場を後にする
と、最後はジャパニーズテイストで締めくくったわけだが、諸兄はどのタイプを選択するだろうか。
いや、これは諸姉に「どのタイプなら誤解を解けるか」を聞いた方が良かったのかもしれない。誠心誠意、誤解だとわかってもらいたいあまりに、男は四苦八苦する運命なのだ。
「もしもし……。」
僕は枕元に放り投げっぱなしのままバイブ設定で着信音が鳴らなかったスマホを取り上げ、20件以上のミスミからの不在着信を知らせる画面に戦慄を覚えながら、恐る恐るリダイヤルした。
「ミスミです。」
「あのですね、これはですね、僕のブラでは当然ないわけですがね、これはで
「なぜボクは誘われていないのでしょうか。」
「はい?」
「ボクは確かに軒島さんのようなキュートさも佐藤さんのようなグラマーさも持ち合わせていないのかもしれません。ですがそれが重要なことなのでしょうか。ボクは幌谷さんのためを思い幌谷さんのことを考え幌谷さんにとっての最善を尽くしてきたつもりです。今までの鬼討伐問題、いいえこれからの鬼討伐問題に関してボクはボクなりに考え反省すべきところは反省し、建設的な反省会、最重要事項を踏まえた作戦会議に参加すべく検討に検討を重ねて今日に至っているわけです。それなのにボクが誘われていないということはあれですか、ボクのような雉、鳥ごときは今後の作戦には必要ないということでしょうか。それはあまりにも無慈悲にして部下軽視。これまでの、いいえこれからのボクらの未来に対する重大な損失と言えるのではないのでしょうか。100%」
「いやいやこれはだね、偶発的暴発的な、たまたまそうなった運命線の交差と言うやつでね。
そりゃもう当然にミスミちゃんから督促されるまでもなく、「あー、こんなに天気もいいのになんでみんな僕の家に知らず知らずのうちに集まってくるかなぁ。」ってな具合に、とりあえず洗濯機に洗濯物を突っ込んだら、これは僕の意思で、僕が望んでミスミちゃんを呼ぼうかなー!
って思ってた矢先だよ! 矢文を貰う前に! 矢はすでに微塵だけど!」
「それでは改めて、4秒後にご自宅にお伺いいたします。それでは後ほど。」
通話が一方的に切断され、間髪入れずにベランダへとロープが垂れ下がり、ミスミが懸垂下降し現れた。
矢文を放ってからすぐに僕のマンションの屋上で待機していたのだろうか。「後ほど」とかいう必要性がないぐらいの、特殊部隊並みの迅速な突入ではないか。
「失礼いたします。」
「随分とお早や……、正確なご到着で。」
「戦場では1秒の、いえコンマ秒の誤差が命取りになりますから。100%」
「ここは戦場ではないし。いやさっきまで挨拶程度の戦闘はあったかもしれないけど。」
ミスミはつなぎの上半身を腰で縛り、まるで休憩中の軍人のようなラフな出で立ちであったが、それでも戦場における一定の緊張感のようなものを維持していた。
「ミスミさん、お久しぶり。」
「お久しぶりですね、ニコナさん。学業は順調ですか?」
「まぁまぁかな。」
「それは何よりです。
佐藤さん、先日はお疲れ様でした。」
「問題……、ない。」
「浦島様からだいたいのことは聞きましたが、助かりました。
痛み入ります。」
「いた…痛み……、ない。」
女子会でも始まりそうな勢いで三人の挨拶が交わされる。
なんとなく居心地の悪さを感じるのは気のせいか。僕の部屋だというのに。天気の良い、爽やかな休日の朝だというのに。
「ところで幌谷さんの洗濯物ですが、」
その話題はスルーされていたんじゃなかったのか!
「これは! これは僕のブラでは当然ないわけだけれども、これはで
「ニコナさん、幌谷さんが抱えていらっしゃるのはお姉さまのものですから心配ありません。
幌谷さん御姉弟は仲睦まじいですから、洗濯も共同で行っているようです。ボクも兄弟が多かったので理解できる範疇です。」
「あ、あぁ、そうなんだよね。姉ちゃん仕事忙しいしさ。」
さっきからセリフが食い気味だけどナイスフォロー! ナイスアシストだよミスミちゃん!
「仲睦まじいですが、けっして幌谷さんは興奮しながら匂いを嗅いだり、頬ずりしたり、枕に巻いてみたりしていませんのでご安心を。これは信頼できる調査報告書による情報ですので、間違いはありません。」
間違いだらけだよ! いや間違いなくやってはいないけど「信頼できる調査報告書」ってなんだよ!
それ絶対にミスミの作成物だよ! 僕のプライベート空間はどこにいったんだよ!
「なんかそのフォローが、変な誤解を招きそうな勢いだよ!」
僕は抑えきれない心の叫びを声に出して吐き出した。
「はーちゃん、また一人で喋ってるの?
もーはーちゃん、いくら暑いからと言って玄関開けっ放しはダメだぞっ!
外に声が聞こえてるんだから!」
廊下からちょっと陽気で間延びした、件のキーマンたる人物の声が聞こえてきた。
もはや更なる混沌の到来しか予想できない。
「おぉ! 神よ!」
僕は顔面を手で覆い、崩れ落ちながらもう一方の手を床につけたのだった。




