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だけれど僕は桃太郎じゃない  作者: pai-poi
第5幕 迎え称えんと欲すれば
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セキュリティレベルはタバスコ級

 日本の治安水準、日常生活におけるセキュリティレベルが高いのか低いのかは、正直なところ僕はわからない。諸兄諸姉はどうお考えだろうか。世界的に見れば想像を超えるほどに治安の悪い地域もあろうし、日本よりも治安のいいところは、当然あろうかと思う。


 ただ日常生活、とりわけ「自宅」レベルでいえば比較的、世界的に見ていい方なんじゃないかと僕は思う。

例えば都心部と田舎を比べると、いわゆる生活水準などの「光の強さ」に対し、犯罪発生率と言う「影の濃さ」が、たぶん比例することだろう。その分、都心部ではホームセキュリティなどが当たり前のように確立されているし、反面、田舎では玄関も窓もオール開けっ放し、という風に、これもまた比例していると思うのだ。

つまり結局は平均的に、「自宅」レベルではさほどの脅威にさらされていない気がする。


 勿論、ニュースなどでは凶悪な、信じられないような事件のニュースが連日報道されているが、確率論だけで言えば無いに等しく、僕も含め誰もが自分に降り注ぐとは思ってはいないのではなかろうか。



 僕は学生という立場で一人暮らしをするにあたり、住んでいるマンションは金銭的な面からセキュリティレベルはさほど高くはない。

オートロックでもないし、カメラ付きインターフォンでもない。「自宅」を隔てるのはダイレクトにただのスチールドア1枚だ。

しいて言えば4階でベランダが通りに面しているので、ミスミから監視されているおそれが、僕のプライバシーは守られていないおそれがあるが、少なくとも賊から侵入されるおそれはない。

もちろんニコナを除いて、ではあるが。



 幸いなことに、僕の住んでいる地域は「鬼の出現」を除いて、治安は比較的いい方なのだと思う。

ただまぁ、隣の部屋に追従してきた姉に対しては、女の一人暮らしにはちょっとセキュリティレベルが低いんじゃないかと、心配ではあるのだが。


 一人暮らしの女性は、男性の下着をベランダに干しておくと防犯効果があると聞く。そこら辺の真偽を諸姉に伺いたくもあるのだが、なんとなく効果はあるような気がする。

そういう意味では、姉が僕の下着を含む洗濯物をガンガン回収し、これでもかというほどベランダに干しているのは、まぁ防犯効果の一助となっているのかもしれない。

ちょっと下着類だけは回収されるのに抵抗があるのだが。


 一応、念のために言っておくが、自分でもちゃんと洗濯している。油断すると姉に回収されてしまう、というだけの話だ。

そして逆に僕が、僕の部屋に脱ぎ捨てていった姉のものを洗濯する場合もあるにはあるのだが、選り好んで姉の下着を洗濯し干しているわけでは、断じてない。たまたま偶然、持ちつ持たれつだ!



 僕は窓を開け、ベランダに出て空を見上げた。マンションやらビルやらの稜線に切り取られた空だとはいえ、そこには清々しいほどに青く透明な夏の空が突き抜けていた。

一日中、天気がよさそうだ。そうだ、洗濯をしよう。姉に回収される前に。


 今朝はここ最近にしては珍しくとても静かだ。スマホのメールすら鳴りやしない。朝食代わりに甘めのカフェオレを入れる。何と優雅な朝!


 脱衣室から洗濯籠を持って移動する。

椅子に掛けてあったシャツを回収。ベットの下にあった靴下、この短いストッキングみたいなやつは姉の靴下か。そして枕元のブラを回収……。

そういや昨夜遅くに、仕事帰りに僕の部屋に寄った姉がそのまま寝てしまったんだったか。


入ってきて早々、僕のベットに倒れ込む →

靴下を脱いで寝てしまう →

「化粧落とさないと」と起して退室させる →

冷凍したカットフルーツのパックを持って、Tシャツ姿で戻ってくる →

今日入荷した商品が想像以上に良かったとか、説明をし始める →

うとうとし始めて、寝ぼけながらブラを外して寝落ちする



 僕はほぼほぼ、PC画面を見ながら適度に相槌を打っていただけなので、姉の動きの詳細までわからない。だがまぁ、いつも通りこんな感じだろう。

うぅむ、優雅さに庶民的生活感が足されてしまったが、仕方があるまい。


 僕は大きく伸びをして気分を切り替え、洗濯籠を(ひっさ)げ、ベランダに向かった。

察しのいい諸兄諸姉ならばお気づきかもしれないが、僕と姉は洗濯機を共有している。そしてベランダのあの「ついたて」のようなものは取り外され、ベランダも共有している。

一応、あんな姉でもベランダから入ってくることはマナー上、無い。そして僕らが唯一共有していないのは、姉の部屋だけだ。それは僕のモラル上の配慮だ。

うぅむ、僕の優雅なプライベートは何処に存在するのか。



 ベランダへと向かう僕の足を、優雅な洗濯日和へと向かう僕の心を、玄関のチャイムが呼び止めた。

このような日曜の昼前からの訪問とは、如何ほどの者だろうか。当然のことながら僕に来客の予定はない。姉ならばチャイムなど鳴らさず、鍵を開けて我が家のように入ってしかりだ。そして出るときの戸締りはしっかりしているので、今は鍵がかかっているはず。


 新聞の勧誘、Nでエッチな協会、宗教法人。どれもこれも法人クラスだが知り合いになりたいわけではない。二回目のチャイムに促されるように、僕は居留守を使うことにした。



  キンッ



 短く小さな金属音が、部屋の静寂さへ僅かに亀裂を入れる。

スローモーションのように時が流れ、心臓が頭の中に越してきたかのように鼓動がダイレクトに鼓膜を震えさせる。

僕は瞬きすることを忘れ、生唾を無理やりに飲み込みながら、玄関のスチールドアを見つめた。


 鍵がかかっていたはずのドアが、ゆっくりと静かに開けられていく。



「ピザキャット…、です。」


 ネコのロゴマークが入ったキャップを被り、赤白緑のユニフォームに身を包んだ配達員が玄関口に佇む。

その手には5段のピザケースが抱えられていた。


「えっと、あの、頼んでないですね。部屋をお間違えなのでは?」


 ピザケースと洗濯籠。両手に抱えている物こそ違えど、僕らはお互いに同じ姿勢で相対する。



「期間限定ゴーヤチャンプルピザLサイズ、贅沢20種のシーフードカレーピザLサイズ、お子様にも大人気のマヨマヨパラダイスピザLサイズ、超本格派の四川風麻婆茄子ピザLサイズ、そして当店ご注文ナンバーワンのテキサス風肉祭りピザLサイズ、の5枚でお間違えないですか。」


「イタリアンな出で立ちの割には随分とグローバルなオーダー。

 いやいや、朝からLサイズ5枚も食べないよね。」


「タバスコは何本お使いですかー」


「ぼん? 何本? え? ボトル? いや、普通に1本でも余るよね?」


「3本……、ですね。」


「いや3本も使わんわ! つかピザ頼んでないわ!」


「Lサイズ5枚以上ご注文のお客様には、サービスでポテトとナゲットのパーティパック、コーラが5缶、タバスコが5本ついてきます。」


「随分とサービスがいいけど、あまりLサイズ5枚以上頼む人って、そうそういないよね?

 それにもうタバスコいらないよね? つか話聞けよ!」


「ナゲットのソースは、和風照り焼きソース、中華風油淋鶏たれ、洋風つぶつぶマスタードから選べますが、いかがなさいましょうか。」


「意外と普通だな! んじゃ中華風かな。」


「……、一個ずつお付けいたしますね。」


「結局、全部かーい! いやまず僕の話を聞こうか! ピザは頼んでないぞ! ウズウズ!」


 そこにはウズウズが、ピザキャットの制服に身を包んだのウズウズが、5段のピザケースを持ってうな垂れていた。


 こうして僕の、ここ最近では希少価値が極めて高い僕の「日常」が、この爽やかな休日の朝に約束されたはずの「優雅さに庶民的生活感が足された日常」が、短く小さい金属音を皮切りに崩れ去っていくのだ。

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