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『本日、不思議カフェにて。』  作者: 小林(オリン)
1/1

シンプル・イズ・ベスト

プロローグ

何時ものカフェのドアを何時もの様に開けた。

「!?」

人と同じくらいの大きさのチューリップが、媋子(ユウコ)さんを口説いていた。


1

週に一度、休みの日は近所にあるカフェに出掛ける。

平日よりも1時間遅く目覚め、身支度を整え、小説を一冊だけ持って行く。

坂道を5分登ると、そのカフェはある。

エメラルドグリーンの壁は、この町並みで浮いて見えたが、決して風景を壊していない。質素な町の中の宝石みたいだった。

そんなカフェに向かう途中、雷が鳴った。

立ち止まり空を見上げると、目覚めた時と同じく快晴だった。

「空耳?」首を傾げ再び歩き出す。

瞬間、雷の音と共に真っ白な光が視界を奪った。目を瞑り、立ち止まる。視界は暫く白いママで、元通りになるのに1分は掛かった。

視界が戻ると、そこは何時も通りに見えた。が、何かが変だった。

その場で、360度回り確かめる。

何かが違う。けど、その何かに気付かず、いや、気付いてはいる。しかし、それを考えると頭がおかしくなる気がして、考えずに再びカフェに向かった。

変な感覚を押さえながら、歩く。しかし、完全には振り払えないままカフェのドアの前に立った。

やはり何かが違う。

何時もの通りにドアノブに手を伸ばした。

真っ直ぐに伸ばした筈の右手は、左側のドアノブを掴んでいた。


この生活が始まって何年になるのだろう?

子供の頃に偶然起きた事故で、異世界と交信ができる様になった。

最初は、一週間に一回くらい、頻度は日々増えていき。今は、ある人の力で自由に往き来できる様になった。

そして、今日は月曜日、普段の店は休日にする。

外に休日の札を出す。コレでこの店は異世界に繋がる。

異世界に行く日は、私の気まぐれ。つまり通常の店の休みは不定期だった。

『常連さんごめんなさい。』

開店時間は、どちらも8:00。

既にコーヒーと、モーニングセットの準備は完了している。もちろん他のメニューも。

メニューの数は、某有名カフェなどには敵わないけど、味は負けないと思っている。

お客さんが来る前に、自分もコーヒーを一杯飲む。コレが何時もの習慣。

「うん。今日も美味しい。」

コーヒーを飲み終えた時、店のドアが開いた。

「いらっしゃいませ。」

そこには、まさかのよく知る顔があった。


3

少し不自然な体制でドアを開けると、店の左手に僕の好きな女性店長の『アンディ・ウォホール風の瀬戸内寂聴』が、「いらっしゃませ。」と微笑……違う‼︎

視線を声のする右側に首を回す。自分でも驚く位のスピードで。

そこには、僕の好きな女性店長のユウコさんが、少し驚いた顔でカウンターの向こうに立っていた。

「シンくん?」

ユウコさんが僕の名前を読んだ。何故か疑問形で、なんで来るの?って感じの疑問形だ。

でも、僕はユウコさんの口から自分の名前が発せられた喜びで、そんな疑問形はどうでも良かった。

「モーニングセット下さい。」

と言いながら、何時もと違う店内の何時ものテーブル席に着いた。

程なくして、ユウコさんがサンドイッチとサラダ、ブレンドコーヒーを運んで来た。

「おはよう。」と言いながら、テーブルにモーニングセットを置くのだが、顔にはまだ何故?と書いてあった。

気にはなりながらも、『何故』の答えが怖くて聞けず、コーヒーを飲み、サンドイッチを食べ始めた。「やっぱり、休みの朝はこれだなぁ〜。」と思う。

あっという間にモーニングセットを平らげ、何時もの様に空いた皿をカウンターまで持っていく。


「ありがとう。」

やっぱりユウコさんの笑顔が、何時ものそれではなかった。

「お代わり下さい。」と、空のカップを出す。

「はい。」すぐに空のカップにコーヒーが注がれた。

そのコーヒーを持って席に戻る。

「やっぱり、このコーヒーは世界一だなぁ。」と思う。二杯めのコーヒーを口にしながら、持って来た小説を開いた。本日は、星新一のショートショートだ。

2、3ページ読むが何と無く集中出来ない。やっぱり何時もと違う、何時もの音楽が聴こえてこないんだ。

「ユウコさん、曲掛けないの?」

と顔を上げると、ユウコさんは『アビーロード』のレコードを手にしていた。それを見る目は寂しそうだった。

「プレヤーが調子悪くて。」と、レコードから、視線をコッチに向けた。

ドキッとした。大好きな笑みが僕を見ていた。でも、少し寂しそうな笑顔だった。

「昔から本好きだったよね?」

ユウコさんは、田舎の近所に住んでいた、3つ年上のお姉さんだった。

僕の初恋の(ひと)、中学2年の時に都会に引っ越して行った。そして去年、僕が越して来たこの町でこの店を開いていた。

偶然だった。けど運命だと思った。お互いに直ぐに気付き、其れから休みの日は、殆んどココにいる。

でも、一年立って、今日みたいな日は始めてだった。

店の中もそうだし、ユウコさんの寂しそうな顔も。多分、僕の知らない所では寂しい顔もするんだと思うけど、特に旦那さんの命日には。

そんな事考えながら、もう一度本を読み始めるが、やっぱり集中出来ない。ユウコさんの雰囲気もそうだが、やっぱり全て逆の町並み、店の中、そしてユウコさんの首のヘッドホン。

やっぱり夢なのか?


ドアを開けたのは、幼馴染で常連のシンちゃんだった。ドアに手を掛けたまま、壁の『アンディ・ウォホール風の瀬戸内寂聴』を見て固まっている。

そりゃそうでしょう、普通なら、この私が立っている場所なのだから。

「しんちゃん?」一応確認の為聞いて見た。この世界は、危険は殆ど無いけど、何が現れるかわからない。

しんちゃんは返事の代わりに、モーニングセットを頼んで何時もの席に着いた。

モーニングセット作りながら、『何故?』ばかりが頭に浮かぶ。もし、子供の時の事が原因なら、しんちゃんがこの町に越して来た時にこれたハズ。

もしかしたら、私と再会した事で、私と同じ力に目覚めたのかも知れない。

モーニングセットを渡した後も、ずっとそんな事を考えていた。

しんちゃんが、空いた器を持って来た時も、「ありがとう。」と言いながらも、頭の中は「何故?」だった。

しんちゃんが、お代わりのコーヒーを持って席に戻った後、落ち着く為にビートルズのレコードを手に取った。しかし、コッチの世界では聞けなかった。目に見える物が(無機物)左右逆になる様に、音楽も逆回転になる。そんな事も忘れる程気が動転していた。

「レコード掛けないの?」の声に我に返り、「プレーヤーの調子が悪くて」と適当に答えていた。

考えても答えが出るわけではなく、別に困る事は何も無い。それに、ここに来た普通の人間がしんちゃんで良かった。そう思った時、ふと、本を読んでいるしんちゃんの姿が懐かしい気がして「昔から本好きだったよね?」と言っていた。

それから少しして、誰かが店に入って来た。


5

銀髪の男が入って来た。青のスーツ着ている。派手だ。胡散臭い。

銀髪の男は、カウンターに着き、何かを話した。良く聞き取れない。

ユウコさんを見ると、ヘッドホンを耳にしていた。ヘッドホンを耳にするのは当たり前だけど、客がいるのにヘッドホンをするのは可笑しい。

男の声はどんなに耳を澄ましても、日本語には聴こえなかった。かと言って英語でも、仏語、中国、韓国、スペイン、どれも違う。

なんか、途切れ途切れの歯切れの悪い感じだった。

親しそうに話す2人が気になってジッと、見ていた。「!?」やっと気付いた。男は、何話しているか分からないのに、ユウコさんは普通に日本語で話している。2人の関係性も気になるが、不思議な会話はもっと気になった。

「!?」男が、視線に気付いてこっちを見た。立ち上がりコッチに近付いて来た。「な、なんだ!!」

「うおあんああいいえうお。(ユウコさんからきいてるよ。)」

「!?」全く、意味不明だ。

「あっ!ボヴ。コレ。」

ユウコさんが、男に向かってヘッドホンを指した。」

ボヴと呼ばれた銀髪は、指をパチンと鳴らして、席に戻った。

その指を鳴らした動きが、自然で、でもなんかイラっとした。

銀髪は席の下のカバンから何かを取り出し戻って来た。その動きも迫力が有りすぎ、思わず仰け反ってしまう。

眼の前まで来ると、何故か前の席に座り、いきなり僕にヘッドホンを掛けた。

「な、何!!!」

「聴こえる?」

突然、銀髪の声が聴こえた。普通に。

「!?」視線をユウコさんにズラした。

「翻訳機。」と、自分がしているヘッドホンを指した。


「シンくんですね?ユウコさんから聞いています。」銀髪男は、右手を伸ばして来た。

ー何で僕の事?と思いながら、右手を出し握手をした

「ボヴです。翻訳機の販売をしています。10000円です。」

「いや、僕は、」

「ココに来たら必需品です。ユウコさんには、お世話になってますので、半額でイイです。」

「取り敢えず、今日は時間が無いのでお代は今度でイイです。ユウコさんに預けてくれればイイです。」

そう言いながら、立ち上がった。

「ユウコさん、宜しく。また来ます。」

銀髪男は、アッと言う間に店を出て行った。

しばらく、呆然としていた。

「ユウコさん。コレ夢かな?」

呆然としたママ聞いた。

「…。」

無言だった。

視線をユウコさんに向けた。

「何て言って良いか分からないけど、」

ユウコさんは困った顔をしながら、説明しようとしている。

「ユウコさん。ゴメン、今日は帰る。なんか、混乱してるんで、今度来た時説明して。」

「うん。」

僕は、コーヒーも飲み掛けのママ、挨拶もソコソコに店を出た。

帰り道の途中、あの雷が鳴り、再び目の前が真っ白になった。

家に着くと、冷蔵庫を開けビールを取り出した。開けながら、ベットに座り、一気に飲み干した。空き缶をテーブルに置き、ベットに倒れこむ。『!?』耳に違和感があった。

「アッ、ヘッドホン。」

その時まで、ヘッドホンを忘れていた。

「ま、イイや。寝よう。」

まだ昼前だった。アルコールに弱いのもあって、アッと言う間に意識が無くなった。


6

一週間が経った。

何時もの様に、ユウコさんの店に向かうけど、時間はもう昼を回っていた。

カフェに向かう途中、何もなく、普通に扉を開けた。

『瀬戸内寂聴』は右にいた。

「こんにちは。」声がいつもより小さかった。

「こんな時間に、珍しいね?」とユウコさん。

僕は無言のまま、何時もの席に着こうとしたが、立ち止まり、カウンターに着いた。

「この間の事、夢じゃ無かったんですね?」

そう言いながら、持って来たカバンからヘッドホンを取り出した。

「んー。何て言ったら良いか分からなかったし、私だけに起こっている事だと思ってたから。まさか、あの日、シンちゃんが来るなんて、思いもしなかった。」

ユウコさんは、そう言いながらコーヒーを出した。

「もしかして、休みが不定期なのって?」

「そう言う事。基本的には、年中無休。」

そう言って、ユウコさんもコーヒーを飲み始めた。

「いつから?」と、僕もコーヒーを一口。

「二人で海に堕ちた時からかな?」

二人で?誰の事だろう?ただ、僕の記憶は17年前の田舎での事しか思い浮かばなかった。


17年前、港で友達と遊んでいる シンちゃんを見掛けた。中学校まで自転車通学をしていた私は、少し離れた所からその光景を見ていた。

しばらくすると、友達の方がしんちゃんを両手で押した瞬間、よろけて海に落下した。

私は、自転車を投げ捨て駆け出し、そのままの勢いで海に飛び込んだ。

しかし、そんなに簡単に、海から人を助ける事は出ず、結局、漁師に助けてもらい二人の命は助かった。

けど、シンちゃんの意識は暫く戻らなかった。

次の日、私は引っ越しが決まっていて、しんちゃんの意識は戻っていなかったけど、命に別状はないという事で、後ろ髪を引かれる思いで、病院を後にした。その後2日たって目を覚ました事は聞いてホッとした。


その意識の無かった数時間、不思議な世界を見て、更に次の日、不思議な生き物にも合う様になった。


そして17年後、シンちゃんに再会して約1年後、今、シンちゃんもコッチの世界に現れた。


8

その後、3回に一回は、雷が鳴り、目の前が真っ白になった。その時は、必ず「瀬戸内寂聴」は左の壁で微笑んでいた。

客も人間では無かった。

最初は、人間と同じ位の大きさのチューリップが、ユウコさんを口説いていて、手(葉っぱ)には薔薇を持っていた。慣れっこなのか、ユウコさんはそれを上手く交わしていた。

2回目は、大きさも、形もクワガタ虫で、カブト虫に恋をしたらしく、恋愛相談をしていた。これもユウコさんが上手く返し、クワガタ虫は告白すると、意気揚々で帰って行った。

3回目は、見た目が赤ちゃんだった。葉巻を咥え店に入るやいなや、ユウコさんに「禁煙です!」と説教されていた。

何度か普通の日に、ユウコさんに色々説明されたが、一向に慣れず、不思議な異人達がコッチに声掛けて来ないか、ドキドキして過ごした。

それでも、普通の日のカフェに行った時は、本を読まず、前回来た異人の話をユウコさんとする様になっていた。だから、慣れないながらも、週一のペースは崩さず、異人達が来た日はずっと店にいた。

異人達は、1日1組で、異人達で店が一杯になる事は、無かった。

理由は作者が面倒なだけだけど(笑)


そして、4回目の日。

その日は、昼になっても異人は来ず。ユウコさんとの話も1時間くらいで終了し、久しぶりに本を読んでいた。

午後2時を過ぎた頃、流石に誰も来ないのではと思い、店を出ようかと立ち上がった時だった。

犬の顔をした異人が一人入って来た。

性別は女性らしい。理由はスカートを穿いていたからだ。犬の異人が男女関係なくスカートを穿いているかもしれないけど、何と無く顔も女性らしい感じがした。

犬の異人(名前はまだわからないので、今の所は、コレで。)は、カウンターではなく、左の壁に3つあるテーブル席、僕が1番奥だから、1番手前席に着いた。どうやら、人生相談ではなく、普通に客として来たらしい。

こうゆう時、ヘッドホンをしたら良いのか?否か?ユウコさんの話では、ヘッドホンの存在を知っている異人もいるらしいので、意味なくするのはプライベート侵害になるらしい。確かにそうだ。


犬異人はメニューを見ていた。

ユウコさんはそこに、人間の客と同じような接し方で水をテーブルに置き。

「決まったら読んで下さい。」と言った。

コレもユウコさんから聞いたのだが異人達は、人間の言葉を理解しているらしい。だからヘッドホンは人間だけが付けるのらしい。

何とも、都合のいい設定だ。(笑)

「Excuse me, please give me a cake set」

犬の異人が言った。

「Ok」

ユウコさんは躊躇なく答えた。

ーえ!?英語を話す異人なの?犬なのに?(←偏見だ。)

しかし、英語も上手く聴き取れない僕は、彼女(犬の異人)が向こうを向いている事をいい事に、ヘッドホンをする事にした。

ユウコさんは、こっそりとヘッドホンを付けている僕の姿を見て笑っている。別に笑われるのは構わない、後日のユウコさんとの会話の為だ。

犬の異人は、運ばれて来たケーキを美味しそうに食べ始めた。(顔が見えないので、自分の想像だけど。)

流石に、顔も見えないと気になってしょうがない。ので、コーヒーのお代わりをするついでに、カウンターへと移った。一応、ヘッドホンは首に掛けて。

「ユウコさん英語分かるの?」

コーヒーを一口啜り、小声で聴いた。

「一応。旦那がアメリカ人だったから。」

ユウコさんは、けろりとした顔で答えた。

そうだった。ユウコさんの地雷を踏んで、自分が爆発してしまった。

「ユウコさんゴメン。」

「ん?別に気にしないで。何時迄も落ち込んでてもいられないしね。」

『俺はアホだ。』ユウコさんの旦那さんは、二年前に死別している。つまり未亡人だ。そんなユウコさんを好きな僕だけど、それを口に出せないのは、自分の気の弱さも有るけど、それよりも、ユウコさんの左手の薬指のせいだった。

「シンちゃん。そのヘッドホン、英語訳せないよ。」

ダブルショック!!

「後で教えるよ。」

「ありがとう。」そう言って、元の席に戻った。

「シンちゃんもケーキ食べる?」

ユウコさんの問に、右手を振って要らない意思表示をした。

ーまあ良い。あの犬の異人は多分、ケーキを食べたら、直ぐ帰るだろう。そう思って、気にはなりながらも、本を読み始めた。

しばらくすると、またひとり異人が入って来た。又、犬だった。


9

今度は、男の犬の異人だ。(コレも想像。)

「ユウコさん、お久しぶりデス。」

と、言いながらカウンターに着いた。

!?日本語?

「いらっしゃいませ。窪田くんは、カフェオレかな?砂糖じゃなく、ハチミツ入り。」

く、窪田?日本名?

「それと、ハニートースト。」

「はい。」

ユウコさんの普通の接し方に驚愕だった。

犬の異人(男)が窪田なら、目の前に座る犬の異人(女)は、田中?佐藤?英語話してるから、ジュリア?

とか、考えてると、犬の異人〈窪田さん〉がこっちを見ていた。

「珍しいですね。ユウコさんと同じヒトがいる。」

その目が珍しいモノを見る感じだった。

そして、今度は犬の異人(女)に目を移した。

!?

「ユウコさん。彼女は初めてのコ?」

と言う窪田さんの目が、完全に♥️になっていた。

「あれ?窪田くん、一目惚れ?」

「ば、馬鹿な!」

窪田くんは顔を赤くした。

「良いじゃん。同族なんだから、声掛ければ。」

そんなユウコさんの言葉に、意を決したかの様に、キリっとした顔で、カフェオレを一気に飲み干し、立ち上がった。

「前、良いですか?」

そう言って、答えを待たず犬の異人(女)の前の席に着いた。

さっき顔を赤くしてた奴とは思えない。

「My name is Kubota.」と名乗る。

「My name is Miyavi.」とつられる様に答えた。

2人はあっという間に、意気投合して語り出していた。

暫くそれを見ていたが、だんだん虚しくなって来た。

「ユウコさん。今日は帰るよ。」

どう言って、カップをカウンターまで持って来て、代金を支払い、挨拶もそこそこに店を出た。

なんか、色んな意味でブルーな1日だ。と思いながら帰宅した。


10

二週間後。

店のドアを開けると、『寂聴』の下で、窪田くんと雅さんが楽しそうに会話をしていた。

あの後意気投合して仲良くなったらしく、店でよく待ち合わせをしているらしい。でも、付き合ってる訳ではないらしい。

でも、仲良くて結構な事だ。羨ましい。

しかも、いつの間にか、雅さんも日本語だった。ユウコさんの話だと彼らは物凄く覚えが早いらしい。にしてもだ。

それから、何度か来ると、毎回2人は何時もの席にいた。1時間くらいすると大体出て行くのだけど。

そんな事が、二ヵ月位経った日、店に行くと雅さんしかいなかった。何と無く寂しそうな顔をしている。

ユウコさんに聞くと、最近窪田くんが来ていないのだとか。

しばらくすると雅さんは立ち上がった。

「帰るの?」

ユウコさんが声掛けた。

「窪田くんがきたら・・・、やっぱり良いです。」

そう言って帰って行った。

店の中は暫く、『シーン』という音が鳴っている様だった。


一週間後、店に入ると、今度は窪田くんがカウンターにいた。

「窪田くん。今まで何してたんですか?」

席を一つ開け、左側に座った。

窪田くんは何時ものカフェオレではなく、ブラックを飲んでいるらしかった。一口飲んだ後、苦そうな顔をした。

「雅さんは何か言ってました?」

「ううん。」ユウコさんが首を横に振った。

「でも、もしかしたらもう来ないかも。」

「そうですか。」

またコーヒーを口にして、苦そうな顔をする。

「そうですか。じゃないっよ!良いの!?」

「シンさん。お願いがあります。」

真剣な顔でこっちを向いた。

「もし、雅さんが来たら、この笛吹いて下さい。」

ふえ?・・・笛?

「何で笛?て、いうかなんで俺?ユウコさんの方が合う確率高いよ?」

「何でだろう?」

窪田くんも首を傾げた。

「何となく。」

そう言って、小さな銀色の笛を僕の手に載せた。

「吹き方は、ピッ、ピッ、ピーー!!です。」

それ以外はダメです。

「ピッ、ピッ、ピー!ね?」

「いえ、ピッ、ピッ、ピーー!!です。」

細か過ぎる。

「分かった。ーじゃないよ!なんで俺、」

「じゃあ、頼みます。」

いきなり立ち上がった。挨拶もソコソコに、店を出て行った。

「何しに来たの?」

とユウコさんの顔を見た。ユウコさんは、「さあ?」と首を傾げる。

「ほかの吹き方ダメだよ!!!」

音もなくドアが開かれ、窪田くんが顔だけを覗かせた。



11

再び一週間が過ぎた。

僕は、仕事で最寄りの駅のホームに立っている。仕事が忙しく、今日も休日出勤だった。

時計は9時を回っている。

天気は悪く、遠くで雷が鳴っている。

今日行けば、雅さんに会えたかな?と思いながら、空を見上げた。どんよりした雲が空一面に有った。

アナウンスがなり、暫くすると電車がホームに入ってきた。ドアが開き、電車内に入ろうとした瞬間、稲光りで視界が真っ白になった。

視界が元に戻ると、電車の後ろ姿が左手に見えた。

そして、スマホが鳴った。


ユウコさんに呼び出され急いで店に入った。カフェに向かう途中で、会社に電話した。体調不良で休むと話した。元々休みなので問い詰められはしないが、明日は仕事が溜まっているだろう。

何時もの『寂聴』の下に雅さんはいた。

「ユウコさん!」と言いながら、カウンターに着く。「どうしよう?」

「どうしよう?って」

何時も冷静なユウコさんも少し慌てている様に見えた。

「笛!!」

「アッ!」

慌てて、カバンの中を探す。ハンカチ、ちり紙、手帳に、コンビニオニギリ(昼飯用)。

タケコプターにどこでもドア(んなアホな!)

「有った!」

やっと出てきた。慌ててひと吹き。

『ピーーーー!!!』

シーン。て言うか、吹いた筈なのに何も聞こえない。

もう一回吹いた。

『ピーー!』

鳴らない。

「シンちゃん、ピッ、ピッ、ピーー!!」

「アっ。吹き方で鳴らないのか。」

『ピッ、ピッ、ピーー!!』

鳴らない。

「ク・ボ・ター!!」

怒りで、笛をゆかに叩き着けた。

ふと、気付くと、雅さんが耳を塞いでいた。

「ん?」

「しんちゃん外。」

「ん?」

ユウコさんに言われて振り返った。

「!!!?」


12

「雅さん!」

窪田くんが店に入って来た。

「!?」

店の中は、犬異人と、只の犬でいっぱいだった。

「窪田くん助けて。」

ユウコさんが言った。

「シンさん。だから言ったでしょう?

「いや、慌ててたし。まさかこんな事になるとは…」

「でも、雅ちゃんの足止め出来たよ。」

とユウコさん。

そんな状況でも、窪田くんはあたふたしていた。

店の中は、大勢の犬異人と、普通の犬の大群でびっしりだった。

そんな中、カウンターでユウコさん、雅さんと密着していた。

「そんな事より、窪田くん言う事あるっでしょう。」

窪田くんは真面目な顔になり、雅さんの方を向いた。

「良いオヤジじゃ無かったけど、嫌いな訳じゃ無かったんだ。でも、何年も連絡取って無かったから。」

「何言ってんの。」

「シンちゃんは黙って。」

ユウコさんに叱られた。

「ー親父が、死んだんだ。泣かないって思ってたけど、どうしたら良いか分かんなかったけど…。」

「窪田くんシンプルが一番よ。」とユウコさんが、言った。

窪田くんは一度下を向き、犬達を掻き分けながらゆっくりと店の中に入って来た。

「ー気付いたんだ。雅さんがいるって、」

カウンターの向こう、雅さんの真ん前で止まった。

「ーだから、結婚して下さい。」

「はい。」

雅さんは涙を流していた。

店の中にいた、他の犬異人達は、オーーー!!!と拍手喝采となった。普通の犬達も、空気を読んでいた様に、いきなり吠え始めた。


エピローグ


やっとの思いで、全員店から出すと、ユウコさんと二人で店の掃除を始めた。

「アレって、もしかして犬笛って事?」

モップ掛けしながらユウコさんに聞いた。

特に返事はない。

「でも、まさかいきなり結婚てね?やっぱり、アレかな?異世界の感覚なのかな?」

これも、返答がない。何か考えているみたいだ。

「ユウコさん?どうしたの?」

モップ掛けの手を止めて、カウンターの向こうにいるユウコさんに声をかけた。

「やっぱり、愛の告白はシンプルに。よね。」

何となく遠くを見ている感じだ。昔の事を思い出しているのかも知れない。自分がプロポーズされた事を。

「シンちゃんさ。」

カウンターのテーブルに手を付き、身を乗り出してきた。

「はい。」

ユウコさんの真面目な表情に、只ならぬ物を感じ、僕もカウンターに近ずく。そして、真面目な表情にドキドキしながら、次の言葉を待った。

「シンちゃん、派遣社員だっけ?」

「へ?…ハイ。」何だ?

「ウチで働かない?給料は安いけど、3食付けるよ。どう?」

「……。ハイ。」

突然で驚いたけど、断る理由はない。ユウコさんと一緒に働けて、御飯まで。ほとんど無意識に返事をしていた。

「良かったー。やっぱり、私もタマには休みたいし。バイト雇うか悩んでたんだよね。シンちゃんなら、コッチの世界も分かるし。」

そう言いながら、また掃除を始めた。

複雑な気持ちだけど、でもユウコさんが喜んでくれるなら良いか。

再び、床のモップ掛けを始めた。

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