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03,顎……!?


 昨日は酷い目にあった。

 全く以て酷い目にあった。


 一応、あの後、ロビーにいた者達には「私はヨワクソンじゃあない」とおそらく信じてもらえたが……


「……まさか、またこの部屋で朝を迎えるとはな……」


 昨日、退室する予定だったのに。


 宿主に「あの子は真面目な子なんだ。一晩くらい良いじゃあねぇか、待ってやってくれよ。あんな子共との約束を破るってのも後味悪いだろ?」と言われてしまった。

 確かに「目からビームを出せる様になったら旅に連れて行ってやる」と先に宣言してしまったのは私。軽率だった。まさかあんな突拍子の無い狂い切った提案に「やってやらぁ」と返す者がいるなんて……本当、子供って恐い。


 目からビームなんて出せる訳ないだろうに……達成されるはずのない約束のために同じ町に留まるリスクを犯さざるを得ないとは……今後は発言にも充分気を付け……


「た、たたた大変だ!!」

「?」


 突如、部屋のドアがバァンッと乱暴に開けられた。

 諸悪の根源、小太り中年宿主だ。


「宿主? 今日は朝一で出るので朝食は要らないと……」

「朝食サービスの押し売りじゃあねぇ! 大変なんだ! 旦那…いや、世界最強の勇者さんよぉ!!」


 昨日の件から何も学んでないのかこの豚野郎。


「……宿主、私はお忍びで旅をしていると何度…」

「【魔王四天王】だ!!」

「…………………………は…………?」




 町の中央にある噴水広場。

 広場と言われるだけあり、大道芸人の大一団が存分に跳ね回っても余裕ある程度のスペースがある。


「おうおうおうおうおうッ!! やいやいやいやいやぁぁいッ!! よく見ろよく聞けよく嗅げ人間共ォ!!」


 まるで暴風の様なやかましい荒声。

 声の主は、真緑色の髪をした半裸の褐色肌青年。しかしまぁ光合成ができそうな程に見事な緑髪である。肌が褐色なのも相まって、配色的に遠目に見たら完全に樹木である。

 唯一身に着けている穿き物(ボトムス)も真緑色だ。緑が好きらしい。


 緑好きらしい青年は、噴水前のベンチの上に立ち、高らかに宣言。


「俺様は【魔王四天王】が一柱、【風の谷(ストームヴァレー)】のナウディアー様だァーーーッ!!」


 木関連かと思いきやまさかの風属性。


 宣言の後、青年、ナウディアーはその両手をガバっと大きく広げた。

 それに呼応する様に、広場に一陣の風が吹き荒れるッ!!


「うわぁぁーッ!?」

「きゃあああァァァーッ!?」


 突然の突風に、広場にいた人々は次々に驚きの声。

 特に、風に舞う小石が眼球に直撃した中年男性と、スカートが吹き飛んでしまった町娘の声には鬼気迫る物があった。


「ぎゃーはっはっはっは!! どうだァ俺様の風魔法は!! 叫び慄きひれ伏せ人間共ォ!! ……と、ありがちな脅し口上はさておき……さぁぁて、そこの下半身丸出しの女ァ!! 『いきなり現れて何しやがるこのナイスガイ!!』って顔してるなぁ!!」


 衆目にあられもない姿を晒して半泣きで座り込む町娘を指差し、ナウディアーが高らかに笑う。


「質問にお応えしてやるぜッ!! 俺様はなァ……この町にいるっつぅ【ヨワクソン・マジヨェーナ・ザコガー】とか言うクソ野郎に用があって来たんだぜおぉぉぉぉおおおおおいッ!!」





「と言う訳だ、旦那」

「……嘘だぁ……」


 建物の陰から広場の葉緑素風マンを見て、私は力無くうなだれるしかなかった。


 昨日の今日でマジなのか……と言うか、ロビーの連中め、誰も私の主張を信じてなかった挙句に超速で噂を広げてくれやがったのだな……


 魔王四天王が私に用件……ああ、確実に決まっている。

 超絶大魔王を殺してしまった(殺してない)件への報復だろう。


 ……逃げなければ(生存本能)。


「ま、ちゃちゃっと蹴散らしちまってくれ」

「……は?」


 おい、何を言っているんだ宿主?


「は?って、旦那、魔王四天王をクビり殺す旅の途中なんだろう?」


 ああ、そうだった。

 世間様の認識はそうだった。


「ほら、『早く出さないと町がどうなっても知らねぇぞぉぉぉ!!』とか言い出してるし、町に被害が出る前にパパッと頼むよ」

「ふぁっ……」


 私に死ねと?


 し、しかし……ここで私が逃げればあのナウディアーとか言う奴は本当に町を破壊するだろう。

 全盛期は国を滅ぼして回っていた輩の一体だ。町一つ壊す事に躊躇いがあるとは思えない。


 私が逃げ出せば、町が滅ぶ。

 また背負うカルマは増えてしまう。しかも今まで吐いてきた嘘とは罪の重さが違う。善良な民人の生命が散ってしまう。でも私の生命も散らしたくない。


「……そ、そうだ……」


 良い案を思い付いたぞ。

 今、私は丸腰だ。


 あのナウディアーと言う男と【交渉】しよう。


 武器を取ってくるからしばし待て。ついでに場所も変えよう、町に被害が出る。


 そう言って、町の外に連れ出して、そこで全力で土下座して町も私も見逃してもらうのだ。


 武器を取ってくるのを待たぬ、もしくは町の中で戦うと言いだしたら「ふむ、万全の条件の私と戦うのがそんなに恐いのか」とか煽れば、ああいう一人称が俺様な奴は絶対乗ってくれる。


 ……問題は、そのあと。

 土下座しても許してくれない場合だが……もうそこは希望的観測で行くしかない。だって他に賭けられる可能性が無いもの。


 行くしか。


「ッ……ナウディアー!! 私は、ヨワクソンはここにいるぞ!!」


 やや裏返り気味の声で、叫び、建物の陰から飛び出す。


 すぐに、ナウディアーと目が合った。ひぇっ。


「ほほぉう……テメェがヨワクソン……我らがデス・マサクゥル様を倒した……男?」

「そこを疑問形にするなァァァーーーッ!!」


 えぇい、デス・マサクゥルと言い、人外から見ても私はそんなに女顔か。しまいにはそろそろ男として生きるのを諦めるぞ。


「……なぁんかテメェが世界最強ってのはこう納得がいかねぇな……『もしかして、デス・マサクゥル様はテメェにやられたんじゃあなく、何かの偶然でテメェの前で死んじまっただけなんじゃあないか?』と疑っちまうくらい貧弱でか弱そうな見た目だぜ」


 すごいな。

 私の性別こそ見抜けはしなかったが、そこまで察してくれたのはお前が初めてだ。


「だがまぁ、見た目で判断できる事なんざクソの中の蛆虫のクソ程度しか無ェと言うしな……それに俺様自身、そんな勘の鋭い方じゃあねぇ。おい女…じゃなくて、男、テメェがヨワクソンだっての、信じてやるぜ」


 いや、お前の勘は中々鋭い方だ。自信を持っていい。あとは私の性別をハッキリ男だと識別できる様になれば完璧だ。


「さて、んじゃあまぁ……能書きは抜きで早速用件を言わせてもらうぜ、世界最強の勇者ヨワクソンさんよォ……」


 ナウディアーは邪悪な笑みを浮かべると、その右手を私の方へ差し出して来た。

 犬に「お手」を要求する様な手つきだ。


「テメェ、デス・マサクゥル様の後釜として俺様達【魔王四天王】の上に立ちやがれ」

「……………………は?」


 今なんと言ったこの葉緑素。


「嫌たぁ言わせねぇぞ。テメェがデス・マサクゥル様を倒しちまったおかげで、俺様達は散々な目に遭ってんだ。責任持って、俺様達を率いてこの世界を征服しやがれ」


 超絶大魔王が倒された後、魔王四天王が人間勢力に対して劣勢に陥り、とことん敗走した。


 その屈辱は全て勇者ヨワクソンのせい。

 だったらば、勇者ヨワクソンには超絶大魔王に代わって魔王四天王を救済する責任がある。


 ……と言うのが、ナウディアーの主張らしい。


「え……普通に嫌なんだが……」


 何が悲しくて人間の私が人間達に対しての侵略征服戦に加わらなければならないのか。


「あぁん!? テメェ、デス・マサクゥル様に勝てるくらい強ぇんだろ!? なら野望くらい抱けやァ!! そんで俺様達と進もうぜ魔王道!」


 勇者の次は魔王に担ぎ上げられろってか。冗談ではない。


「つぅかテメェ……今、俺様がこの町を【人質】に取ってるってのを忘れちゃあいねぇか?」

「!」


 不意に起きた異変。


 それは、ナウディアーの身体。

 褐色のその肉体が、突如歪に膨れ上がったのだ。


「なッ……」


 まるで沼があぶくを吹く様に、ボゴボゴとナウディアーの身体が沸き立ち、膨張していく。


「ヴォハ……いいかぁ……デス・マサクゥル様の加護を失ってもなぁぁ……こんな町一つ吹き飛ばすくれぇなら、余裕のよっちゃんが鼻くそ深追いし過ぎて鼻血が出るレベルなんだよぉぉぉぉぉぉおおおおおおおッ!!」


 大地を揺らす程の咆哮を上げた【それ】は、最早「青年」と形容できる姿を保ってはいなかった。


 緑色の毛並みで全身を覆った、巨大な獣。頭から上の形状は狼、体は大猿、尾は鰐のそれによく似ている。


「は、はは、ははは……」


 私が三人縦に積み上がっても届かない様な高さから、大きな目玉が見下ろしている。

 一つの眼球の中に、数える気にもならない無数の眼球が蠢いていた。不気味にも程がある。


 これが、【風の谷(ストームヴァレー)】ナウディアーの真の姿か。


 超絶大魔王の加護を失ってもこれ……一体全盛期はどんな化物だったのか、想像したくもない。


「さぁぁ……この町と町民の生命が惜しいなら、俺様と【約束】してもらおぉぉか……俺様達を率いて世界を侵略する第二の超絶大魔王になるとなァァァーーー!!」


 ッ……大勢の前で言質を取って、後に退けない状況を作ると言う寸法か……!!

 流石は魔王四天王、やり方が汚い。


 でもどうする……?


 このままだと私、【世界最強の勇者】の次は【世界を脅かす超絶大魔王】扱いに……


「やいやいやい!! 何を好き勝手言ってるんだこの悪党め!!」

「!?」


 突然、広場に投げ込まれた一声。


 私はその声に聞き覚えがあった。


「なッ……顎ッ!?」


 顎が長い少年、ナガア・ゴチンッ……って、なッ……!?


 ば、馬鹿な……わ、私は夢でも見ているのか……!?

 昨日見た彼の顎は……ただ長いだけだった……だのに……今、彼の顎は……


 三叉に裂けているッ!?


 と、トライデント長い顎だッ……!! トライデント長い顎になっている……!?


 い、一体この一晩で何があった……!?


「えぇッ、ちょ、その顎、一体何が……!?」

「ヨワクソンさん、今はそんな【小さな事】を気にしている場合ですか!?」

「いいや、君が思っている程、その顎の惨状は【小さな事】ではないぞ!?」


 今君の顎は前代未聞の大事件が進行しているんだぞ?


「とにかく、やい、魔王四天王!! ヨワクソンさんはこれから僕とお前達を倒す旅に出るんだ!! 超絶大魔王なんかになるもんか!!」


 なッ……君はなんて顎で啖呵切ってるんだ!?

 ナウディアーのあの強そうな姿が見えないのか!? マジで目に行くべき栄養が顎に行っているのか!?


「あぁん……? 何だテメェはクソガキィ。愉快な顎しやがってよぉぉぉ!!」

「この顎はヨワクソンさんに憧れる内に伸びた顎だ!! この顎を馬鹿にする事はヨワクソンさんを馬鹿にする事と同義だぞ!! 許さない!!」


 待て、その理屈を認める訳にはいかないんだが。


「物のついでだ!! 僕が【約束を果たした】証明代わりに、お前を吹っ飛ばしてやる!!」

「んぁぁ~? 聞き違いかァ? 今、テメェみてぇなミジンコ顎野郎が俺様を【吹っ飛ばす】つったのかァァ~?」

「聞き違いじゃないよ!! 耳良いね!!」

「ちょッ……顎!? 何を言っているんだ……じゃなくて、何を言っているの!? 相手は魔王四天王よ!?」


 顎以外特徴の無い少年が喧嘩を売っていい相手ではない。

 早くごめんなさいさせないと大変な悲劇が……って、ん?


 待てよ……今さっき、顎は何と言った……?


 約束を……果たした?


「黙って見ててヨワクソンさん!!」


 そう叫ぶと、何故か顎はその身を大きく反らせた。


「長い顎には、こう言う使い方もあるんだァーッ!!」


 そして、反らせた身体を一気に振り下ろした。

 勢いよく打ち下ろされる形になった顎のトライデント長い顎が、石畳を砕き散らし、地面に深々と突き刺さる。


「な、何をして……」

「頭を固定したんです!! 反動で照準が逸れると危ないので!!」

「反動……何の!?」

「決まっているでしょう!?」


 次の瞬間、私は信じられない光景を目の当たりにする事になった。


 顎の目が、光ったのだ。


「目から……ビィィィィィィィィィィィィィムッ!!」


 太陽の光を彷彿とさせる、山吹色の閃光。


 顎の両眼から一本ずつ、合計二本。

 山吹色のビームが、発射されたのである。


「んな、なぁにぃぃぃぃぃぃ!? へげ、ぶ、ぐぅああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!?!?!?!?!?」


 余りに突然の出来事に、ナウディアーは一切対応できず。

 二本の山吹色のビームに胸を貫かれてしまった。


「げぶあ……心臓が潰れた……ここまでかぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!」


 それが、ナウディアーの断末魔。


 ナウディアーの巨体が一瞬にして崩壊し、旋風だけを残して消滅してしまった。


 魔王四天王一柱、【風の谷(ストームヴァレー)】のナウディアー、死去。である。


「…………………………は、はぁぁぁ……?」

「見ましたかヨワクソンさん!!」


 石畳からズボンヌッとトライデント長い顎を引き抜きながら、顎は無邪気な笑顔全開で私に語りかけてきた。


「目からビーム、それも一撃で魔王四天王を倒せるくらいドすごいの、出せる様になりました!!」

「なりましたって……」


 何故にどうしてそうなった。


 あれか、顎が三又になったからか? そうなのか? そうなのだな? 本気で何なんだ、その顎は一体。


「と言う訳で、一緒に旅に連れてってくれますね!? 【はい】、【いいえ】!!」

「…………は、ははははは……【はい】……」

「イィヤッフゥゥゥーッ!!」





 こうして、顎と私は一緒に旅をする事になった。


 ちなみに、この後、一ヶ月程で顎が残り三名の魔王四天王もあっさり倒してしまったのは言うまでもない。


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