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COLORS  作者: ノワール
第一章 黒の街
3/3

新しい黒

新しい朝が来た。…と、言うべきか。否か。教会の朝は早い。まだ朝日が昇る前、夜中の三時に目を覚まし、鐘を鳴らす。確実に三時、とわかるわけではないが、そこはルーノに任せている。鐘の音が街中に鳴り響けば祈りを捧げ、私達は教会の掃除をし始める。私の主な担当は【黒の神子】をピカピカに磨き上げることだ。彼女の像は私が来てからはきっと美しく輝き漆黒のその銀を神々しく見せているだろう。

小さいながらも二人だけでは広すぎるその教会の掃除を終えた後ミルクを鍋で温めてホットミルクを作り、パンを食べる。パンを食べ終えた後は急いで教会に戻り、人々が朝の祈りをするのを待っている。

パン屋のおばさんが毎朝たくさんのパンをくれるため、食べる物には困らない。人々が寄付をしてくれるため、お金には困らない。贅沢な暮らしはできないし、優雅なドレスは着れないけれど皆が着ているような服はたくさん着ることができる。この街は全体が黒く、暗く、寂しい街ではあったが、たくさんの希望に満ち溢れていた。

【リュティ】を信じる街の人々。ルーノと私の言葉に笑顔で答える子供達。この場所はとっても真っ暗。漆黒の世界で、他に色なんて見えないけれど、何もかもが鮮やかだった。世界が眩しく見えた。

「ねぇ、【リュティ】」

私は彼女に声をかける。午前三時、今日は早めに目が覚めた。

「貴方の居場所を奪ってしまったかもしれないけれど、私はここにいれて幸せよ」

私はニッと笑って見せる。彼女は全てを受け入れるその腕を私に向ける。

あぁ、【リュティ】である【黒の神子】よ。貴方の存在に感謝いたします。

神よりも、誰よりも、貴方の存在を愛している。

「この街は、素敵ね」

彼女は答えない。

だがその腕を私に見せているということは受け入れてくれているのだろう。

「リュティ」

「おはよう」

「もう起きていたのか」

「おはよう」

「はいはい、おはよう」

彼は渋々と挨拶をする。最初は慣れなかった。彼も、私も。

一人暮しで挨拶をしてこなかったルーノと親しくないルーノにどう声をかけていいかわからない私。

あれから数週間もの時が流れた。

私達はすっかりずっと遠く昔から一緒にいたかのように話し合っている。

「リュティ。彼女に声をかけるのはいいが寝間着は…」

「着替えて来いって?」

「あぁ」

「はいはい。着替えてきます」

「ムスッとするな…」

「そんな顔してないもーん」

「そういうところ、嫌いじゃないけど」

「口説いてるの?」

「さぁ?」

「あー、そういう反応好きじゃない!」

「さぁさぁ、着替えておいで」

私がムッとするとルーノはクスクスと笑う。こういう会話だけを見ているとまるで恋人同士に見えるが、以前ルーノが言った言葉に私は納得した。

年齢も違うし、親も違う。血も繋がってなければ、幼馴染でもない。でも、どこか心が通じていて、私達は似ている。まるで双子のようで、双子じゃない。私達は兄妹で姉弟なのだ。

私はルーノが鐘を鳴らしに階段を登りに行くのを見届けると小屋のほうへと戻り寝間着から普段着へ着替える。教会の娘として、派手な服は着ちゃいけないのだけれど元々シンプルイズベストで今は神父イズベストだから、真っ黒なんて気にしてない。ミニスカートを履く必要もないし、憧れていたふわふわのスカートも着ている。今日は襟の詰まった黒いシャツにふわふわと靡くスカート。服は全てルーノが買ってくれたり、来てくれる方々が私にいらない服をくれたり、それをアレンジしたり。時間は有り余っているのだから、何も気にする必要がない。好きなことに時間を割くし、もちろん仕事のお手伝いもするし、家事だってちゃんとこなしている。


ゴーン、ゴーン、ゴーン


鐘が三つなれば私はピシッと背筋を伸ばして教会のほうへと歩く。

さぁさぁ、私の掃除の時間の始まり…だ?



「…お、お兄さん?」



【黒の神子】の前に青年が一人。正確に言えば【黒の神子】の前に倒れる青年が一人。

「ル、ルーノ!!人が倒れてる!!!」

私の悲鳴が教会中に響き渡った。


✞・✟


「…で、教会についたら倒れているコイツを見つけたんだな?」

「ちょ、神父がコイツって…ぼ、暴言…」

「服装から見て乞食だな」

「食べ物を恵んで来たとか?」

「あるいは盗む前に力尽きたとか」

「いやいや、なんでそう悪い方に捉えるかな」

「世の中綺麗ごとばかりじゃないんだよ。リュティ」

「…そうだけど…」

全く、本当にこの人に神父を任せていいのだろうか。私にばかりこういう態度なのかと思えば、普通に子供たちにもこうなのだ。

これがこの世界の神父のモデルだろうか。

…そもそも、彼は【黒の神官】なのであって神父とは名乗ってないのだから、別に気にしなくても……いやいやいや、神官でしょ?

神官ってやっぱり神の使いなんだからもっと真面目にやろうよ…。

「…暖かいミルクとパン」

「え」

「とりあえず用意してくる」

「わかった」

「彼に話を聞いて、それからどうするか考えよう」

「うん…」

彼は今、空いていた部屋のベッドに横たわっている。小屋には三つの部屋がある。

それぞれベッドが付いており、普段は客人が使っているそう。ルーノと私、それから空いている部屋だ。

滅多に客人は来ないと聞くし、空いている部屋のベッドはいつも清潔に掃除していたから別に問題はないだろう。特別に盗まれるようなものを置いてないし、そもそもそんな物を置いておけるほどうちは裕福じゃない。

「リュティは何も気にせず、彼の様子を見ていてくれ」

「うん」

「じゃあ」

ルーノが部屋を出ると何も聞こえない静寂がやってくる。…いや、彼の寝息だけがこの部屋を覆い尽くす。

すーすー。でもない。すやすや。でもない。その顔は安心しきった顔でもなく、むしろ苦しみを抱いている。こう言う人を見てこなかったわけじゃない。だけど、間近で見るとどうしても悲しくなる。

くたびれた布切れを纏い、伸びきった髪をそのままにして、頬や腕は煤や埃で汚れている。

臭いもやはり、することはする。いい臭いじゃないことは確か。

「…悲しいの?」

彼の苦行に満ちたその寝顔に思わず呟く。ねぇ、ルーノ。孤児が多いって言ってたよね。

彼も孤児だったのかな。そのまま大人になってしまったのかな。

「…ぅ…」

彼は眉間に力を入れ、僅かだが目を開ける。

「あっ…」

私はベッドに身を乗り出して彼の目を見る。

…黒い髪に黒い瞳。だけどその瞳はまるで宝石のように美しく輝いている。

「リュ…ティ……さ……」

彼は私の顔を見て少しだけ瞳を輝かせる。彼の目が潤んで、灯りが反射し光って、輝いて見えるのだ。

「今、ホットミルクとパンをもってきます。他に必要なものはありますか?」

「の……み…もの…を」

「わかりました!」

私は立ち上がると事前に用意していた水差しからコップに水を入れ、彼に手渡そうとするがそこで悩む。

(起き上る体力があるだろうか)

飲み物を飲むときは半身を起こして飲むべき。私はコップを近くのテーブルに置くと彼の体を起こそうとした。

「ふぬぬっ」

「何を…?」

「起きて、お水飲みましょう。ね」

私は全身全霊の力を込めて起き上らせようとし、その意図をくみ取ったのか彼は手をついて何とか起き上がると

私から水を受け取った。

ゴクリ、ゴクリ、良い音で飲んでくれる。

「…生き返った…」

「水もろくに飲めていなかったの?」

思わず驚いてしまう。

「そりゃ……まぁ…」

「そろそろ【黒の神官】が、ホットミルクとパンを持ってきてくれるはずだから、少しだけ待っていてくださいね」

ルーノの名前は他人の前では口に出してはいけないというルールがある。私はニッコリと微笑んでルーノを呼ぼうと部屋の出口に向かう。

が、私のスカートの裾をお兄さんが引っ張る。

「リュティ…様」

「え」

「どうか、どうか俺の…」

そこへタイミングの悪い男が現れる。

「さぁ、パンとホットミルクだ」

「…【黒の神官】様…」

なんともまぁ、タイミングがいいのか悪いのか。

ルーノが扉を開けて入ってくるとテーブルにパンとホットミルクを置く。

「水だけじゃ体に悪い。シチューを作りたいが、時間がかかるからね」

「…ありがとうございます」

「とりあえず、今は食べておいたら」

ルーノの言葉に彼はパンを手に取るとガツガツと口に入れた。…よっぽど飢えていたのだろう。彼は貪るように食べる。だが、パンを一つ、二つ、三つ食べ終えたところで胃の限界が来たのか、ぬるくなったホットミルクを流し込むと息を吐いた。

「…生き返りました」

「それならよかった」

「俺、は…」

「君に【黒の神子】の御加護があらんことを」

ルーノがこれを言うとき、人々は帰るべき場所に帰る。

…だが、彼は?

「あ、の!」

お兄さんが布団を握りしめる。

「俺の、懺悔を聞いてくれませんか」

「…貴方の、懺悔を?」

私は首を傾げる。一体どうして。

「リュティ様。どうか、俺に情けを」

「え、そんな」

「懺悔を聞いていただくだけでいいんです!

それだけで、たったそれだけでいいんです!」

お兄さんに言われてふとルーノを見る。相変わらず不愛想なその顔の眉間に皺が寄っている。

…でも、懺悔を聞くだけなら、許されてもいい気がする。

「わかりました。聞きましょう」

私は汚れた彼の手を握りしめ、笑顔で答えた。また彼の瞳が輝く。その輝きが彼の頬を流れた。

「俺には…妹がいました。孤児だったんです。

修道院で暮らし、何気ない平和の中を過ごしていました。

それが、ある日修道院が壊され、俺達は行き場もなく…。

そのうち、妹とも離れ離れになり、俺は妹を探すうちにこの場所のことを聞きました。

ここにいる【黒の神子】様の話は小さい頃から聞いていました。

彼女の元で祈れば、何かが変わるのではないかと、毎日を必死に生き繋ぎ、彼女を見て手を伸ばした瞬間

…俺は、救われたのだと思いました」

私が握りしめた彼の手に力が入る。

「…やっと、死ねたと思えたんです。俺は、生きることを捨て、死ぬことを選ぼうとしたのです。

今も何処かで苦しんでいるかもしれない妹を捨て、死を選ぼうと。自分だけ救われようと」

そこで彼は息を止めた。言葉を紡ぐのをやめた。

「…それが、貴方の罪ですか?」

私が尋ねる。彼の瞳が輝きだす。

「【黒の神子】様は貴方を受け入れてくれますよ」

私が彼のことを助けることができなかったとしても【黒の神子】が私達に手を差し伸べることはなくても、彼女の腕が私達を包み、全ての罪を受け入れるだろう。私をこの世界に受け入れてくれたように。

「ぁ…っ…あり、が…どう…ございま、ぅ」

零れ落ちた輝きが布団の中へと溶け込んでいく。

「お風呂、入りませんか?」

「リュティ?」

ルーノが厳しい声で私に問いかける。

「ねぇ、いいよね」

私は彼の手を握りながらルーノを見つめる。

「………」

ルーノの眉間の皺が深くなっていく。…だが、最後にはため息をつき部屋を出て行った。

「あの」

「彼、ああ見えてツンデレなんです」

「つん?」

「お風呂案内しますね。立てますか?」

「あ、はい」

彼を後ろに連れて行ってお風呂場へとついていく。この世界のお風呂はとても便利だ。

ボタンを押したらピッと湯沸し。ってわけじゃないけれど、炎の魔法を宿した赤い真珠を釜戸に置いておくと

勝手に燃えるシステムになっている。

真珠の大きさによって力の大きさが変わってくるから、その大きさを見分けながら買うのがとても大変だけれどこの数週間でそれもだいぶ慣れてきた。

私は彼をお風呂場へ連れて行くと外へ回り真珠を置く。水を流す音が聞こえたから、ちゃんと入っているのだろう。

「で?何が目的だ?リュティ」

リビングで待っていたルーノはため息をついて、私にホットミルクを差し出す。

「…だって、汚れたままじゃ、可哀想かなって」

「また元の生活に戻る。また汚れるだけだ」

「……元の生活に、戻さなきゃ、ダメ?」

「そりゃそうだろう」

ルーノが大きくため息をつく。こういうとこ、私のイメージの神父さんっぽくないよね。神官って感じじゃない。

もうちょっと大きな心で受け止めなさいよ。

「いいか?毎回来る人間をここに住まわせてみろ。飛んでもない人間の数がここに押し寄せるぞ?その世話は誰がする?パンの数はいくついるんだ?」

「そう、だけど」

「そうだけど?」

「くぅ、正論すぎて反論できないっ」

「素直でよろしい」

「くそっ、反論したい」

「女の子はクソって言っちゃいけません」

「ルーノは私のお母さんですか!」

「愛する母か、愛しの父か、と問われれば俺は敬愛する兄を選ぶな」

「もう一人の私がいいわ」

「そりゃいい。名案だ」

私はホットミルクのコップのふちに口をつけて、ふーふーと息を吹きかける。

「親愛なるお兄様」

「どうした?親愛なる妹よ」

「彼が次の仕事を見つけるまではダメですか」

「…何を言いだすかと思えば…君はどうしても彼をここに置いておきたいんだね?」

「そうよ?」

私の返しに深いため息をつくルーノ。

「わかった。彼の名前を聞いてからにしよう」

「え?」

「彼の名前が清らかで美しい名前だと【黒の神官】として判断したならば、その提案を受け入れる」

「それ、ルーノの勘じゃない」

「【黒の神官】の目で見極めるんだ。悪くないだろ?」

「…わかった」

私が折れたのを見て大きくため息をルーノが吐くと、少しぬるくなったホットミルクにやっと口を付けた。

朝食であるパンも少しつまんでいると彼はお風呂からあがって来た。

「おかえりなさい」

「ぁ、えっと、た、だいま?」

「ルーノの服がピッタリでよかった」

私は彼に近づくとタオルを取って頭をわしゃわしゃと拭いてあげる。何故だろう。彼を見るとルーノには出てこない母性が出てくるんだ。私きっといいお母さんになるな。

「髪の毛を乾かしている間に質問をいいか?」

「は、はい」

彼は顔を引き締める。

「名前は」

「え、あ、え?」

思っていたのと違う質問が来たのだろう。一度疑問形で聞きなおすが、ルーノは答えを急かす。

「俺の、名前は……オブシディアン。妹は名前が長いからディアン、と」

その言葉に少しだけ目を見開くと、小さくため息をついた。

「リュティ」

「ん?」

「君の言った通りだ」

ルーノはまた小さくため息を吐く。

「では、ディアン。君に先ほどの部屋を貸す。期限は君が新しい仕事を見つけ、収入を得るようになるまでだ」

「え」

「そして、仕事が見つかるまでは懸命に教会の仕事を行うこと。いいな?」

「え、あ、えっと、あの」

私は彼らの言葉を見て嬉し気に笑う。

「今日から、家族だよ」

私の言葉に目を見開く二人。

「ルーノも、ディアンも、私達、一緒に暮らすんだもの」

私は笑う。そりゃもう満面の笑みで。

「とりあえず、教会にお祈りに行く?ディアン」

「リュ、リュティ様」

「行こう。ディアン。【黒の神子】様に伝えなきゃいけないことたくさんあるね」

ルーノを見てクスリと笑う。ルーノも笑っていた。ディアンはあまりにも突然すぎてついていけてないようだ。だが、きっと彼もここでの生活でたくさんのことに気づく。世界に受け入れられることによってどれだけ清らかな気持ちになるか。


【オブシディアン】


罪の重さを受け入れキラキラと輝くその黒い瞳。儚い表情の奥にある強さを持って、きっと彼の表情もこれから先、たくさん変わっていくだろう。

「Welcomeディアン。ようこそ【黒の教会】へ」


最近、趣味で石の勉強をしています。

パワーストーンってやつです。

本に書いてあることをノートにまとめてチェックするだけなのですが

これがまた頭の中に入ってきてとても楽しいです。


ちなみに、新しいキャラクターのオブシディアン。

黒い石の名前です。光の加減で表情が変わるガラスの黒い石、と聞きました。

この子を書いている時、初めは違う名前を付けていたのですが

この石を知った時に、この名前しかないと思い、つけました。

よければ石の名前と共に、ディアンのことも覚えていただければ幸いです。

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