8話 火炎の竜
今回はほんのり長めです。
9月13日追記:この話を含めて過去に投稿した話にも話数をサブタイトルに入れました。
11月16日追記:誤字を修正しました。
「はぁ…はぁ……何とか逃げ切れた…!」
息切れをしながらマリヤは炎から逃げ来た道を振り返る。
(まさかこんなことになるなんて…)
神殿の地下は発動した魔法の炎で床に壁、それに天井までもが黒く焦げていた。それにまだ煙が立ち込め、火が所々で残って燃えている。
(あっ!あの人を忘れて逃げたちゃったけど大丈夫かな?)
炎から逃げることに必死で忘れていたパラケルススのことを思い出す。
(急いで戻らないと!)
休む暇も無くマリヤは逃げてきた道を走って引き返す。
「ケホッ…ケホッ…」
パラケルススがいた場所に近づくにつれて煙が濃くなりマリヤはむせてしまう。
(確かこの辺りなんだけど…煙で視界が悪いし見つかるかな?)
片手で口と鼻を覆いながら彼女はパラケルススの姿を探す。そうして歩いると煙の中に大きな影が見えてきた。
(あっ…!もしかしてこれって)
近づくにつれてその影の姿がはっきりと見えてくる。彼女が『深紅色の魔法玉』を投げつけた『銀斧振い』だ。
(この怪物もう死んでいるんだよね?うぅ…それにしても気持ち悪いよ……)
『銀斧振い』はその場にうずくまる様に倒れており、炎の魔法が直撃した背中は皮膚が焼き尽くされて殆ど失われ皮膚の下の肉が黒く焼け爛れている。
(ウゲ…あんまり見ないようにしよう)
出来るだけ魔物を視界に入れないようにしながらマリヤは横を通る。
(えっと、あの人がいたのはもう少し先かな?)
そんなことを通り過ぎながら彼女は考えていると。
ズッ…ズズズ……ズズッ……
彼女の背後から巨大な体を動かす音が聞こえてきた。
(えっ……!?そんな嘘だよね……?)
マリヤはその音に思わず立ち止まる。だが、その間にもまだ音は聞こえ続ける。
ズズッ…ズッズズッ……
(ああ…これってやっぱり…)
マリヤはゆっくりと後ろを振り返る。そして振り返った視線の先には死んでいると思っていた『銀斧振い』がこちらを見下ろしていた。
怒りで血走っている巨大な魔物の目とそれを見たまま凍り付いているマリヤの目が合う。
「ヴォオオオォーーーー!!」
『銀斧振い』は怒りの雄叫びを声をあげ、炎で黒く煤けた大斧を大きく振りかぶる。自分を怒らせた小さな人間を肉塊に変えようと。
「ひっ……!」
誰にも聞こえないよな小さな悲鳴が口から出てマリヤはその場にへたり込んでしまった。
(ここでわたし死んじゃうんだ…)
自分目がけて振り下ろされる大斧を見つめながら彼女はそう思い目を瞑る。
「おいおい、勝手に君に死なれては困る」
マリヤの背後から不意に声が聞こえた。
(もしかして!?)
マリヤは咄嗟に後ろを振り返る。声がした方向の煙の中に彼女が知っている人影が立っていた。
「風よ…」
人影は片腕を前にあげながら呟く。ヒュオッと周りの煙を吹き飛ばしながら風の刃が放たれる。
風の刃は『銀斧振い』を目がけて飛び、大斧を持つ片手を斬り飛ばした。
「ヴオオオォオオォォーーー!!」
片腕を斬り飛ばされ巨大な魔物は叫び声をあげる。
「逃げられても困る。一応、念のためだ」
そんな様子を見ながらパラケルススは『銀斧振い』に更に追撃をかける。彼の手から杭の様に太い氷塊が二つ放たれ、それは魔物の両足を貫き神殿の床とを縫い合わせる。
「ヴォオオオオオォォオオォォォォオォーーーーー!!」
『銀斧振い』はさらに大きな叫び声をあげて、その場でもがく様に暴れまわる。
「パ…パラケルススさん……」
「やれやれ…囮になれと言ったのに、君は随分と派手なことをしてくれたね」
半泣きになりながら彼の名前を呼ぶマリヤにパラケルススはそう小言を言いつつ近づく。
「ま~『銀斧振い』に深手を負わせてくれたから、それは不問としよう。これで安心して魔法の詠唱が出来る」
マリヤの横で立ち止まり、へたり込んでいる彼女を見下ろしながらパラケルススは大げさな仕草で話す。
「もお~、わたしにあんなとんでもない物を渡すからですよ!」
「クックク!言うじゃないか君…クックッ…」
少し安心したマリヤはパラケルススに渡された『深紅色の魔法玉』の文句を言った。それに彼は笑いながら答える。
「さぁ~て、では終わらせるとしようか」
パラケルススは視線をマリヤから目の前の『銀斧振い』へと移す。巨大な魔物は逃げ出そうと暴れ続けている。
「この魔法は特別だ。今では使えるものはおろか知る者も殆どいない。これを見れる君は運がいいぞクックックク…」
『銀斧振い』を見つつパラケルススはマリヤに話し、そして魔法の詠唱を始める。
「『燃え盛る火炎よ 災禍もたらす紅き邪竜吐く業火の如く 抗う愚者の魂をも焼き尽くせ』」
最上級の魔法を超える、かつてのアブカフィラの創設者達により生み出された魔法が発動する。
パラケルススの前方に火炎が生まれ、それはすぐさま頭上まで昇り忌み嫌われた邪竜の姿を形作る。火炎の竜は咆哮をあげるかの様に口を開き、『銀斧振い』へと突き進む。
巨大な魔物を火炎の竜は呑み込み焼き尽くす。炎の中で焼かれる影が削り取られる様に小さくなってあっという間に消えてしまった。
「大丈夫かね?」
目の前で起きた光景に唖然としているマリヤに手を差し出しながらパラケルススは声をかける。
「あっ!すみません…夢の中みたいなすごいことだったので。よいしょっと」
手を貸してもらい立ち上がりながらマリヤは言う。
「夢ではない、全て現実だ。だからほら『銀斧振い』だったモノもある」
「う…」
立ち上がったマリヤに言いながらパラケルススは『銀斧振い』がいた方向を指差す。そこにあるものを見て彼女は声を小さくあげてしまう。
その場所には小さな灰の砂山だけ、真っ黒になった神殿の床に残されていた。
「さ~て、回収♪回収♪」
彼はそう上機嫌に言いながら灰の砂山に駆け寄り、懐から小瓶を取り出して詰め始めた。
(わたしってこんな人に助けられちゃったんだ……はぁー…)
一人喜びながら灰を回収しているパラケルススの姿を見ながら、マリヤは後悔とも何とも言えな思いになってしまう。
最後までありがとうございました!
前の話以上に魔法の表現の方法に苦労しました。持ちネタも少なく貧弱なので…
読んでいて誤字や脱字、その他気になることがありましたらご指摘をお願いします。