シズクの柵
長いお話ですが最後まで読んでいただけると幸いです。
誰かが言った。
この世界は本当は白いと。
でもそんなのあり得なくて。
本当は世界は黒かった。
信じてた訳じゃないけど。
その景色はあまりにも残酷で。
自分の心を砕くのはとても簡単だった。
そこら中に響く機械音。
今はそれが心地良い。
人と向かい合うより機械と向かい合った方が得意だった。
研究室を貰って。
ずっと新しい発見の為に研究し続ける。
だから毎日パソコンと向かい合って。
話すようにキーボードを叩く。
仕事の為。
仕方無いこと。
そう割り切ると不思議と他の事がどうでもよくなる。
自分の人格さえ忘れてしまう。
そんな日々を過ごしていた。
ただ何事もなく。
だらだらと。
仕事が立て続けに入りここ暫くは、研究室に泊まり込み。
体が疲れたらベットの代わりにソファで仮眠をとっていた。
そう。
本当にそれだけだった。
それ以外変わった事は無かった。
筈だった。。。
それは突如起こった。
暗闇の中突然パソコンのウィンドウが明かりを灯す。
そんな明かりなんて別にたかが知れている筈なのに。
オレはうっすらと目を開ける。
こう言ったらおかしいかもしれないが呼ばれてる気がした。
何もない筈のウィンドウをただ見つめる。
『……ジッ…れか……ジッ…か…』
ノイズに含まれる小さな声。
パソコンから声が聞こえる?
あぁそうかこれは夢か。
こんな非現実的な事、現実にはあり得ない。
いや。まぁ。あり得ないこともないけど。
知り合いも。
友達もいないオレにはあり得ないことだった。
『……誰か?誰かこの声が届いていますか?』
今度はノイズも無くはっきりと聞こえる。
パソコンの機械音でも何でもないそれは綺麗な女の人の声。
それはただ何となくだった。
ただ声が出てしまったというのが正しかった。
「……だれ?」
まぁ聞こえるはずもないだろう。
特に大きな声も出してないし。
パソコンから距離もあるし。
何よりこのパソコンには初期から付属されている小さなマイクしかない。
『………!?だれ?聞こえているの?』
その思いとは反面、びっくりしたような声が帰ってきた。
そして確信した。
あぁやっぱり夢だったのかと。
「……変な夢……。」
『……えっ?夢…?どういう事?』
パソコンと会話する夢。
仕事をしすぎたのだろうか。
『……夢だったら…良かったのに。』
その声を聞きながら意識が遠退いていく。
ひどく寂しいような。
そんな声を。
「……ん……。」
重たい瞼をこすりなんとか起き上がる。この部屋には窓が無いせいか朝か夜かも分からない。
ぼやけた頭でそのままいつもの定位置であるパソコンの前に座った。
『おはようございますっ』
「ん?あぁおはよう……………はっ!?」
沢山の目の前にある内の1つ。
中央のパソコンの中で1人の女性が笑っている。
『言っておきますが夢じゃ無いですよ?』
「はっ?」
『イヤだってあなた昨日夢だって言っていたから』
スカイプをしている覚えがないし。
勿論此方にはカメラは付いてない。
だから無いとは思うんだけど。
「………オレの事見える?」
オレの質問が不思議なのか彼女は首を傾げた。
『?もちろん。このウィンドウを通して見えますよ?』
「!?」
オレは驚きを隠せないままに彼女は笑顔でオレに尋ねた。
『私の名前はシズク。あなたの名前は何ですか?』
―――――――――。
彼女の話を聞いた限りでは全てを信じるというものは無理に近かった。
簡単にいうと。
彼女。シズクは。
オレのいるもっと先の未来から通信しているという。
そしてその未来は壊れかけているというのだ。
発展し過ぎた技術に人の誤った使い方。
世界人口の半数以上が殺し合い。
未来の人口はシズクを含め全世界集めても数百人程度しかいないらしい。
『皆それぞれの正義があったの。それを貫き通したかっただけ。でもそのせいで人間は殆どいなくなった。』
冗談。
『今現在も希望を無くした人々が、その人達の後を追うように自殺をしていって、人口は減っていく一方。』
信じてないオレを他所にシズクは淡々と何処か悲しそうに話していく。
「……それさ。オレに話してどうするの?」
『えっ?』
「こうやって。過去の世界にいる、しかもオレなんかにそんなこと言われてもどうにもしてあげれないんだけど?」
この世界からすらも、目を背けているオレに未来の世界なんて大きすぎる。
まっ信じてないけど。
『……別に。あなたになんかしてもらおうなんてちっとも考えてないわ……ただ』
俯く彼女の瞳に長い睫毛が覆い被さった。性格上というか精神上異常なのかもしれないが、一般的に美人という枠には入るのだろう。
まぁ。オレには関係無い話だけど。
『……話し相手になって欲しくて』
「……はっ?」
『言ったでしょ?この世界の人口は極端に少ないの。』
パソコンのウィンドウの中のシズクは少し頬を染めながら目をそらした。
『少なくともこの街には私しかいないわ。でも文明が退化した訳じゃないから定期的にニュースとして各場所の情報はパソコン上でやり取りはしてる。』
「連絡が出来るならその人達と仲良くすれば……」
『この世界にはもう統率者が一人もいないの。個々が王様なのよ?そしてこの惨状。皆誰も信じる事ができないの。』
シズクの表情は雲がかかっていくように寂しそうに歪んでいった。
「……あのさ?言っておくけどオレもこの世界には友達も知り合いもいないんだよね?そんなコミュニケーション力ゼロのやつでもいいわけ?」
『え?そっちの世界も人が少ないの?』
「……そういう訳じゃないんだけど」
つい目をパソコンからそらしてしまう。何となく人は沢山いますけど友達は出来ませんでした。なんてあまりにも言いづらかった。
『?…うん。いいわ。だってやっとあなたと繋がったのだもの。またやり直すのめんどくさいし。』
それが人に頼む態度なのか。
人を妥協案みたいに扱うな。
イライラが喉まで出かかったがそれを何とか呑み込み冷静を装った。
感情を表に出すなんて恥ずかしいし。
「あっそ。オレは仕事があるからあんまりかまえないから。」
そして1つ気付く。
「……流石に中央のパソコン乗っ取られるのは仕事に支障が出るからあそこにある端のパソコンにしてくんない?……つかそんなこと出来る?」
シズクは少しウィンドウから周りを覗き込むようにしてから
『わかった。ここのパソコンのジャックは全部してるから出来ると思う。』
……さらっと怖いこと言うな。
一応ここのパソコンの中には機密情報が満載なのだが。
するとシズクが言った通りに中央のパソコンから端のパソコンへとシズクの画面が移り替わる。
『うん!出来た!あっこれからよろしくね?えーっと……』
「サク。」
『うん!サク!よろしくね!』
真っ黒な世界に奇妙な色がつくそんな気がした。
それからというものシズクは、オレの仕事とか関係無く毎日の様に話し掛けてきた。
……というか。パソコンはシズクがいようがいまいが24時間繋がりっぱなしだった。
1度回線を切るとまた繋ぐのは難しいらしい。
だからシズクが出掛けてる間はパソコンはシズクの部屋を映す。
勿論。
オレもここは一応仕事場なので家に帰ったりもする。
『サクは毎日ここと家の行ったり来たりだよねー?それって楽しい?』
下らない会話。
もうシズクという人間に慣れてしまったのでこういう会話も特に苦になら無くなってきた。
「……楽しそうに見えるんならそれで良いんじゃない?」
『楽しそうに見えないから言ってるんじゃない。』
この話の意図が見えない。
シズクは何を言いたいのか。自然と出ていたのはため息だった。
『サクは只の照れ屋なんだからもっといろんな人にサクの良さ知って欲しいんだってば!』
何を言い出したかと思えば。
「……オレの良さって何?」
決してパソコンからは目を離さず仕事のためにキーボードを叩きながら聞いてみた。
良さなんてどうせ口から出任せだ。
シズクはただオレにこの世界に馴染んで欲しいだけなのだろう。
『優しくないフリして優しいところでしょ?笑わないところでしょー?でもきっと笑ったらすごくかわいいと思う!それと……』
「もういい!!もういいから!」
思わず声が大きくなってしまう。
思っていたよりも(悪口も含まれていそうな気もするが)いくつか出てきたところと、自分の事をこんな風に言われた事が無かったのですごく恥ずかしさが沸き上がってきた。
『そうやって顔が赤くなるところ。』
シズクが笑顔になる。
オレは全身に血がすごい早さで巡っているのか体が熱い。
そんなような何でもない会話をただシズクとしていた。
何となく。
その時間は嫌いにはなれなくて。
むしろ。
もっと長く続いて欲しいとも思えた。
それでも勿論、仕事はないがしろにしなかったし、家にもちゃんと帰っていた。
だから依存というのとも少し違うのだろう。
ただ。シズクが笑う度に少し落ち着かないというか。変な気持ちになっていたのは事実だった。
黒く塗られた世界に白いペンキが垂らされた様な気分だった。
―――でもそんな白いペンキはすぐに黒く滲んでしまう。
「……どうしたの?なんか元気無いみたいだけど。」
『……顔も見てないのにどうしてそんな事わかるの?』
確かにシズクのいう通りオレは仕事の為にキーボードを打ちその画面を見続けながら話していた。
顔なんて見なくても、声で分かるんだけど。……なんて言える筈もなく
「……何となく。」
『そう。じゃあサクの勘はハズレね?私は元気だもの。』
元気な人はそんなに悲しそうに笑わない。そう思って追求する。
「なんで?」
『………だから…私は…』
「な・ん・で?」
うぅとオレの追求を避けられないと感じたのかシズクは下に俯く。
『私の世界、私を含めて…人がいなくなるの。』
ドキンと胸が跳ね上がる。
『この前1人の王様が本当の正義は世界をゼロからやり直すことだってニュースで流れてから、各地で街を消し去る兵器を投下され世界の人口は瞬く間に減っていってるわ。』
ちょっと待ってくれ。
『きっとこの街にもその兵器が投下されるのも時間の問題。世界に人という色が全滅して真っ白になるわ。』
シズクは最初と同じ様にただ淡々と話していった。
オレの気持ちなんか置いていって。
『……本当はサクと繋がる前から分かっていた事だった。ただ1人だとおかしくなりそうだから……話し相手を探したの』
茫然とするしかなかった。
そんな夢物語の様なものやっぱり最初と同じ様に信じられる筈もなかった。
「そんな…冗談…」
オレの言葉に彼女は寂しそうに笑う。
『そうか。サクはまだ信じてなかったんだっけ。……冗談か…それなら良かったんだけど……』
違う。
信じられないんじゃない。
シズクがこんな嘘つく意味が無い人だって分かっている。
だから。
だからこそ。
信じたくなかった。
「騙そうとしてるんだろ?オレと話して、やっぱりつまらなかっただけだろ?そんな嘘付かなくても、ハッキリ言えよ!別に回線切ってもなんとも思わねーよ!」
だからこそ。
こんなゲスなこと言ってしまう。
信じるのが怖かったから。
『!!……何でそんなこと言うの!?……サクはいつもそう!人の事を信じない!サクの前にはいつも誰にも入れない様に多きな柵があるのよ!だから…だから自分でさえその柵を乗り越えられなくて前に進めないんだわ!』
シズクは。
そのまま目に涙を溜めて部屋から出ていった。
喧嘩をしたかった訳じゃなかった。
シズクのいう通り安全な柵の中から出るのが怖かっただけだった。
謝りたくても。
あれ以降シズクは、画面に姿を映すことが無くなった。
彼女のいう通りなら。
シズクのいる街に兵器が墜ちるのは時間の問題。
イコール。
シズクがいなくなるのも時間の問題だった。
会えない時間がオレを焦らせる。
それが堪えられなくて。
気が付いたら。
オレからパソコンに向かって話しかけていた。
「シズク!酷いこと言ってごめん!信じるから!だから一緒に打開策考えよう!世界をゼロにするなんておかしすぎる!だから…!」
何も変化の無い。部屋。
あんなに勝手に話し掛けてきた癖に。
本当に話したい時にシズクはもういない。
だから出来るだけ毎日話し掛けた。
嫌な予感を拭えきれなくて。
『………さく……?』
そしてそれは数日たった夜の事だった。
久しぶりに聞いた声にうっすら眠りかけていた頭が覚醒した。
「シズク……!?」
その姿は酷く汚れているように見える。
『……ごめんねすぐ連絡出来なくて…』
額にはうっすらと血が滲んでいる。
『さくと喧嘩をした後すぐに兵器が投下されて…逃げていたの…でもサクと喧嘩別れなんて…イヤだったから…』
目に溜まっていたた涙が頬を伝っていった。
そして苦しそうにシズクは画面に近寄ろうとする。
よく見るとシズクの腹部には赤黒いシミが服を侵食していた。そしてそのすぐ下に大きな血だまりが出来ている。
目を疑いたかった。
仲直りはおろか彼女は死にかけていた。
『……さく?泣いて…いるの?』
自然と出ていた涙にさえ気付けなかった。
『さくが……呼んでくれた…きがしたの……』
シズクは笑う。
苦しいはずなのに彼女はオレが泣かないように笑っていた。
「……き…だ」
『……え?』
「いやだ…シズクが好きなんだ…死んだらいやだ…」
涙を流しながら、恥ずかしさなんてどうでも良かった。
『……さくは…強いよ…世界に諦めないで…人から…目をそらさないで…』
「強くなんか無い!シズクがいなくなったらオレは……!」
『よわくても……さくは…強いの…私のヒーロー……』
ブツン。
「シズク?待てよ!?なんだよ!?まだ…答え聞いてなっ……」
その言葉を最後に彼女の世界と連絡が取れなくなった。
オレはただただ画面の前で崩れるように泣くことしか出来なかった。
―――――――――――――。
サクとの通信が切れた。
私が死にかけ、この世界が白く、ゼロになる時が迫っているということだろうか。
彼は最後まで自分を弱いと言っていた。
本当は違う。
だって私は知っている。
どんな時だって。
私が話し掛けたら無視せずちゃんと返してくれる。
身を削りながらも、仕事もちゃんとこなしている。
サクに元気をもらった。
彼と話した時間は自分の死の恐怖から遠ざけてくれた。
私はサクが好きだった。
だから死にかけている今もとても幸せだ。
そんなサクに告白されたから。
意識が遠退いていく。
最期に戻ってきて良かった。
最期にサクの声を聞けて良かった。
ありがとう。
さようなら。
――――――――――――――。
日々は巡る。
シズクと話した時間なんて最初から無かったかのように。
彼女があれからどうなったのか。
知る術もなく。
パソコンと向き合う日々だけは変わらない。
ただ1つ変わった事があるとすればオレは未来を壊す兵器に頭を使うことを辞めた。
つまり前の仕事を辞め。
今は人に役立つモノを開発する技術者となったのだ。
なんの縁かオレは今迄国を守るための兵器の研究をしていた。
そこにシズクが連絡してきたのだ。
未来の彼女を殺すのが兵器なら。
未来の彼女を救う技術を作りたくて。
オレは仕事をし続けている。
オレの黒い世界に、シズクが垂らした
白いペンキは大きく広がって。
シズクの生きる未来が幸せであるように。
オレは大きな青空を見上げたのだった。
―――fin
どんな方にもサクの様な気持ちはある気がします。
前に進むのが怖いのなら、周りを見てください。
きっとあなたを見てくれている人はかならずいます。
最後まで読んでくれてありがとうございました。