7月7日 七夕
始まりはいつも突然で、始まりとさえ気づけないし、思い出せない
心地いい温もりが、体にはあった。いつもどおりの朝、目を開ける。
カーテンを開けて空を見ると昨日までの天気が嘘のような、まっさらな青空。窓を開けると、からっとしていて爽やかな暑さが感じられた。同時に目覚めに感じた温もりがはっきりと、鮮明なものになる。これでジメジメしたものとおさらば出来る。今日は一日気持ちよく過ごせそうだ。
さっとシャワーを浴びて、やっと慣れ始めたブレザーに着替えるリビングへ行くとテーブルの上にポツンと書置き。
『今日は用事があるから先に出るぞ。朝飯はフライパンの中だ。』
書置きのちょっと離れたところに、なぜか香水が転がっていた。相当急いで出たのだろう。しかも用事ってのもデートだな。これ、ブランドもののお高いやつだ。ため息一つ、キッチンへ向かう。
父親とマンションの一室で暮らしていると、どうも食べるものは雑になる。夜は俺が作るけど、朝は父さんが作る。だから毎回the男子飯が出てくるのだが、味は結構イケるもので、その上稼いでいるのだからすごい。
フライパンの中の炒飯を平らげると、ちょうど出る時間になった。玄関に向かう前に和室で手を合わせる。
「母さん。行ってくるね。今日もまた頑張るよ。」
ベースケースを担いで、家を出た。
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「なぁ、メグ。こっち越してきて慣れたか?」
「慣れるもなにも、3ヶ月もすりゃ慣れるわ。」
ようやく日常となりつつある通学路。ここは地方でもなく、また都会でもない、なんというか程よく栄えている印象を受ける。都会から越してきた俺としては何不自由なく暮らせるくらいではある。まだ来て間もないが、暮らしやすくていいところだ。
「お前と再会して、また同じ学校通うとはなぁ...この世の中も狭いもんだ。」
「バーカ。俺はメグと再会する気がしてたからな!」
バカ言ってんじゃねーよと軽くあしらって、また別の話題でしゃべりだす。知り合いもいない新しい場所で暮らすには人見知りにとって、なかなかに難しいことだ。そんなところに小3の時に転校してしまった親友で幼馴染の天城佑に再開できたのは本当にラッキーだった。別れ際に立ち会うことができず絶縁状態になっていて連絡を取り合うことはできなかった。入学式当日に声をかけられて、心底ビックリした。それからは離れてた時間を埋めるように、合わせて同じクラスだったりするからか、ほとんどの時間一緒にいる気がする。
他愛もない話をしながら歩いていると、ふと周りの笹の葉が目に付く。ほとんどの建物の前に短冊と揃って飾ってある。
「へぇー気合入ってんな。初めて見るけどこんななのか。」
「ここらは毎年、七夕になると異様に盛り上がるからな!それこそクリスマスと同じかそれ以上に。」
七夕。今年のそれは綺麗な星が見られるそうだ。
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さて、ここら辺では七夕で盛り上がっているが、うちの高校もそれに乗じ『七夕祭』という文化祭とはまた違った行事をやるらしい。やることは一日限定の文化祭じみたもので、あまり変わらない。しかし盛り上がりは文化祭以上、と聞いている。
でかでかと『七夕祭』と書いてある校門を通り、せかせかと準備をすすめる人ごみを抜けて、校舎に入る。そこから階段を上がって自分のクラスへ行く。
「うっ...疼くぞ...右目がァ...!!転生したこの世界でも俺は宿命から逃れられないというのか!!深淵の帝王(ダークネスエンペラー)!!」
「べっ、別にあんたのためにお茶入れてきたんじゃないんだからね!バカ!」
「...おかえり...こっちの席...座って...」
すごいカオスになっているが、まぁ仕方ない。
「うわやっぱすごいな、ウチの出し物...」
「キャラクター喫茶とか提案したやつ誰だよ...想像してたやつと全然ちげぇぞ。」
「佑、相変わらずお前は見切り発車だな。」
『キャラクター喫茶』...○○喫茶というものが溢れかえっている今、それを集結させれば必ず上手くいく!という考えの元、こうなった。邪気眼、ツンデレ、無口っ娘...文字通り色んなキャラがそろい踏みであるが、異物を沢山混ぜていけないと一つ教訓を得た。
「ま、楽しけりゃいいだろ?」
「そりゃそうだけど...執事はさすがになぁ...」
裏方を希望したが何故か接客に回されており、しかもキャラクターが「ドS執事」というまたキワモノを引き出して来て...表にはあまり立ちたくないんだけど...
「衣装、出来てるらしいから。メグ、それ一回着てから軽音の方いってもらえるか?」
「ん、了解。」
「あーあと、ちゃんと短冊書いてけよメグ!まだ飾ってないのお前だけだからな!」
はいはいと空返事をしてから遠慮しつつ執事服に袖を通した。ふと佑の方を見る。
クラスの中心として立ち回っていた。校内でも佑は結構人気が高い。小3の時は全然そんなヤツじゃなかったのになぁ。むしろ俺と佑の立場は逆だった気が...やっぱり時間って人を変えるものなのだろうか。
すぐに短冊を書いて、制服に着替えて、そそくさと教室を出た。
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「は?風邪?」
ボーカルの先輩が今日という今日で喉をやってしまったらしい。熱もあり、本人は大丈夫とは言っているが明らかに無理なので、このままだと俺らのグループ抜きで回していくということを来たとき、まだバックを下ろす間もなく聞いた。
「うちのグループ、歌えるやついないからなぁ...もしかして、お前歌えたりする?」
「あ...いえ、自分には無理です。」
「だよなぁ...残念だけど、今日は断念しよう。」
そう。残念だ。すごく。
「メグ!!いるか?」
大声。メグと呼ぶのはやつしかいない。ふと見るとやはり佑が立っていた。なんともいえない、厳しい形相で。あいつのあんな顔は見たことがない。
「早くどっか隠れろ!やばいぞ!」
そういって俺の手を引いて走り出した。何がやばいのかはわからないが、不思議と周りがざわついている気がする。窓の外、校庭をみると確かに騒ぎになっているようだ。気がつくと七夕祭では使用していない教室にいた。
「金髪のやばいやつがお前の名前を連呼してんだ。」
息を整えつつ話し始めた。
「やばいやつ3人組が隣のクラスで女子に絡んで揉めたらしいんだ。そのあといきなり暴れ始めて...その
うちの一人がお前のこと探してるっぽい。」
「え...」
「今は剣道部のやつと生徒会長が対応してっけど、もしかしたらそのあとやばいかもって。奴ら、普通じゃねぇよ。」
「金髪のやばいやつ」と聞いて、ある出来事が強く頭を打ち付ける。そんなことはないと思うがまさか、と思ってしまう。
「知り合いだったり...は、しないよな。金髪の奴、左手の甲になんか刺青掘ってあったけど...わかるか?」
不思議と動けなくなってしまった。震えが止まらなくなった。
「おい!メグ、とりあえずお前ここにいろよ!誰も来ないと思うから、ジッとしてろよ!」
行かないで、その一言さえ言えなかった。もう佑はここを出て行った。一人になったら押しつぶされてしまいそうで、誰かそばにいて欲しかったのに。周りには誰もいない。一人。
こうしているあいだにも奴らはまた探してるんだ。心が不安と恐怖で押しつぶされるのがわかった。あの忌々しい中学時代の記憶もフラッシュバックしてきた。わずか数ヶ月前までのあった記憶だが、ずっと忘れようとしていた記憶。
「だれ...か...」
ようやく、ほんのすこし、かすれた声が出た。
途端、あたりは真っ白になっていく。
白くなればなるほど感覚も薄れていった。
意識も遠のいていく。
前に同じ感覚を味わったことがあったような...
ああ...と思った瞬間、意識を失った。
俺...時東廻は、この時、この世界から姿を消した。