過去の少女と英雄
英雄、それは背中で語り、腕で人を守る者たちのことを指す
少女は、暗闇の中で暮らしていた。身寄りもない天涯孤独の身の彼女は、あることを悟っていた。
それは、もうすぐ自分が死ぬこと。きっとモンスターに食べられて死んでしまうんだと少女は、小さいながらに弱肉強食を理解する。
せめて自分の両親の顔を一度、見たかったと彼女は、山道に倒れ込んだ。
目覚めたのは、いつ頃だろうか。
少女は微かな痛みを感じたため半ば強制的に意識が覚醒した。
自分がどんな状況にあるのかと、周りを見ると野生の狼が五匹汚く、よだれを垂らしながらこちらを睨んでいた。
少女は、怖くて動くことができなかった。これが神様の決めた運命ならば、受け入れようと。
その時が訪れる。もう待ちきれないと五匹の狼が同時に襲いかかった。
〜〜神様、もしいるなら次生まれてくる世界はもっとマシなところにしてください〜〜
少女は心の中で呟きながら、まぶたをゆっくりと閉じる。
「まだ、生きていたかったな……」
無意識的に言葉を紡いだ。
「嬢ちゃん。大丈夫かい?」
突然聞こえてきたのは、初老のようなしわがれた声だった。少女が振り返ると、後ろには古びたローブを来た老人が立っていた。
こんな夜遅くに誰も通らないはずなのに、老人は偶然通りかかったのだ。しかし、それがどうしたということでもある。狼からしたら、獲物が二人に増えただけの話だ。
老人に何ができる。この状況を打開する術を持っているわけがない。
「あ、あなたは? 」
「わしは偶然通りかかった老人とでも言っておくかね」
少女は、混乱する思考をどうにか正常に戻す。そして、言葉を急いで紡ぐ。
「おじいさんっ! 早くここから逃げて! このままじゃ、関係ないあなたまで……っ!」
逃げるように急かす少女の言葉を、老人は終始微笑みながら聞いていた。
老人にしては、やや体格がいい。もう少し若ければ老人ではなく、ガタイのいい中年男性と言えただろう。
背筋もぴんと一本筋に伸びている。
老人は少女の前に出ると、ローブをたなびかせて仁王立ちした。
「逃げる? ハッ! 馬鹿を言うな。ワシは戦えないが、元はSランクのイェーガーだ。どうだ? ワシの背中は大きいだろう! それが英雄であるがゆえの誰をも安心させる背中だ。これよりワシの後ろに、狼たちが来ることはない。 それに狼ごときワシでも退けられるわ! 」
事実、老人の背中を見ている少女は、先ほどまで感じていた恐怖は感じていなかった。
だが、戦えないと宣言した老人に何ができるのだろうか。そう思った少女は思い知る。
何ができるとかという問題ではなかった。老人の存在そのものが、狼にとって恐怖の対象だったのだ。
「おい、犬ども……格が違う相手を前にどうする? ワシは戦えないが、プレッシャーだけで……お前たちを倒せるぞ? 」
ドスの効いた声で、狼たちに語りかけるように言った。元Sランクイェーガーは伊達ではない。
まして、Sランカーの中でも特に化け物級の強さを持つ者たちである……『円卓の狩人』の一人とあればなおさらだ。
狼はどんなプレッシャーを感じているのだろうか。それは知る由もないのだが、言えることは、絶対的強者の前では、並のツワモノなど弱者であり、それらが取るべき行動は
逃げる
だけである。
狼はそれを感じ取り、尻尾を巻いて逃げていった。
「嬢ちゃん。狼は逃げていったぞ」
「う、うん。ありがとうございました」
老人は少女の方へ向き直す。
老人もその場に座り、ポケットから出した干物を齧った。
「嬢ちゃん、行くあてはあるのかい?」
首を横に振る少女を見て、老人はニンマリと笑いながら少女に手を差し出した。
「ならワシの娘になれ、このままじゃ嬢ちゃんは死んでしまうだろうからな。こんな可愛い女の子が死んでしまうのは、世界にとっても多大なる損失だろうて。これからはワシの娘として、ワシの背中を見続けろ」
少女にとって初めてのことだった。親というモノを知らなかった少女は、今親とはこういう人のことを言うんだろうと知ったのだ。
「嬢ちゃん名前は? 」
「ない」
「なら、ワシがつけてやろう。ラミリアそれが嬢ちゃんの名前だ」
親を知り、名前を持った少女は、遅れた人生を取り戻すために一生懸命、生きていった。