初クエストと英雄の知られざる最期
「ワシはお主の実力を舐めていたようだ。ふむ、今のランスロット君の実け力からするとすぐに、Bくらいには上がれるだろう。そちらの嬢ちゃんは戦わなかったが、実力のほどはどれほどなのかね」
現在、ランスロットとシャル、老人に受付嬢の四人がギルドハウス内のテーブルに腰を下ろしている。
「まあ、イェーガーのランクで言うならA以上かな。私、元Sランクイェーガーだったし」
その独白にその場にいた人が固まる。
テーブルを囲んでいるシャルを除く三人が「え」と間抜けな呟きを漏らした。
ふふんっと自慢げに、自慢になりそうな適度な胸を張った。
「と言っても、私がイェーガーとして活躍してたのは、昔のことですけどね。今はランスロットの…………ヒミツの関係ですから…………」
また三人が固まり、ギルドマスターと受付嬢は、冷たい視線をランスロットに向ける。
それに対してランスロットは、誤解だ! と身振り手振りで伝えているが、二人は全く意に介さない様子だった。
「お二人さん、マスターをそんな目で見ないでください……やっぱりマスターって呼び方しっくりくるね。私は、聖剣の守り手。彼の剣エクスカリバーのね。そして、ランスロット=アルトリウスが、エクスカリバーの担い手というわけ」
ランスロットは証拠を見せてやるから、もう疑うなよ。俺たちは決してそういう関係でないことを、と言いながら立ち上がる。
「さあ、ランスロット。手をとって……」
シャルが胸元を開けて言った。それに応えランスロットは、そこへと手をかざす。
すると胸骨辺りに穴ができ、それが拡がった。穴の中は、黄金の魔力で満たされている。
「我が理想を継ぎし者よ。宝剣を振るい、幾千の戦を駆け抜けろ。その身が滅びようとも、心に焼きつけた誇り、夢、理想を忘れるな」
溢れ出す金色の魔力が線となり外に出て、ギルドハウスを飛び交う。魔力の濃度により出来た風がランスロットの髪を靡かせる。
その神々しい光景を目にしたギルドの二人は、目を奪われた。
なんて綺麗な光景なのだろうと。
「さすれば百戦錬磨の剣が汝、ランスロット=アルトリウスに力を与えん」
その穴からゆっくりと剣の柄が現れた。そしてランスロットは、それを掴み抜き放つ。
剣を抜くと、穴は徐々に小さくなりやがて消えた。壮麗なる蒼き剣身を持つ直剣が、エクスカリバーの姿。
僅かながら魔力を帯びて輝いている。
「お主は、ほんと何者なのだ」
「俺は戦争孤児だった。ただの遠き理想を叶えたい少年さ」
ギルドマスターの問いに平然の答える。ランスロットの中に確固たる目標は、揺らぐことなどあり得ない。
ギルドマスターはにこやかに笑い、久しぶりに面白い新人が来た、と胸の中で呟いた。
「ハハハッ! お主のこと気に入ったぞ! 面白い奴だ! ワシの権限で、今日からクエストを受けてもいいぞ。ランスロット=アルトリウス! お主のイェーガーランクはB。シャルロット……女子はなんて苗字だ?」
ギルドマスターは、シャルの名前が分からず言葉に詰まる。そしてシャルの方を向いた。
「ペンドラゴンです」
彼女は、微笑みながらに言う。
「そうか。では改めて。シャルロット=ペンドラゴン。お主もBだ。あと自己紹介を忘れたが、ワシは、ロロ=ロットナーク。ここのギルドマスターを務めている。そっちの受付嬢は、ラミリア=ロットナーク。クエストの受注から情報まで手広くやっとる。これからよろしく頼むぞ新米イェーガー」
ロロは早速、モンスターの個体価格情報の紙を一枚取ってきた。
そこには、甲殻類:リクグンソウカザミ:1600ギルの文字。
「これくらいならすぐ狩れるだろうて。まあ、上位種であるホルヴィスガルガンチュアスはかなり時間がかかると思うが」
その紙を取り、ランスロットとシャルは生息地であるザクセン砂漠へと向かった。
「ふむ。シャルロット=ペンドラゴン。小娘の理想をあの坊主が継いだのか。感慨深いものだ」
ロロは、口元の髭を触りながら呟く。ラミリアはすでにカウンターへと戻っている。ロロの姿を見て気になったのか声をかけた。
「マスターどうなされたのですか?」
「いやなに、久しぶりに会ってみると改めて、アーサーはいや、シャルは凄いものを背負おうとしていたのだな」
ロロの言っていることが分からないラミリアは、ただロロを見つめている。
「おっと、話しすぎた……ラミリア。飲み物を頼む」
ラミリアは、分かりましたマスターと飲み物を入れてカウンターに差し出した。
その飲み物を一口飲んでロロは、笑みを零す。
「アーサー。君はやっぱり凄いな……」
その姿は、老いを感じさせないもの。
むしろ若さを感じるほどの優しい声だった。
それを言った時、ロロの身体に異変が起きる。血反吐を吐き、倒れたのだ。
「マスター! どうしたんですか⁉︎ 」
ラミリアはロロに駆け寄る。ラミリアの出生上、ロロは一番大切な存在になる。なぜなら、ラミリアは、ランスロットと同じ戦争孤児だったからだ。
「あーあ、ついに死期が来おったか。ラミリア。お前にだけワシ……いや、私の正体を明かそう」
ラミリアはそんなことなど聞く耳を持たず、慌てた様子で机や床に撒き散らされた血を拭いている。カウンターから水や薬も持っていく。幸いハウスには、誰もいなかった。
その様子を見兼ねてロロは、一言力強く言い放つ。
「ラミリア=ロットナーク! 」
ラミリアはビクつき、冷静になってロロを見る。
「ラミリア。私は、実は何百年も生きていたんだよ。前の名前は、ベディヴィア=ロノワール。今日来たシャルロット=ペンドラゴンの仲間だった」
いつの間にかラミリアから見たロロの姿は、二十歳くらいの好青年へと変わっていた。話し方も紳士のようなモノ。長髪を端の方で結った髪型に、男とは思えないほど整った中世的な顔がそこにはあった。若返ることなんて決してない。ならなぜそう見えるのか。答えは、ベディヴィアの目にあった。
長い時が経ってもその瞳は、爛々と輝いていたから。誰もが一度、この眼差しは持っていたはずのモノ。けれど時が流れるにつれて現実の厳しさを知り、絶望し、その光は弱くなり次第に消えてゆく。
その目は、少年少女時代の目。まだ夢や理想に準じ、笑いが絶えなかった若々しい虹彩。それがラミリアに、幻覚とも言えることを起こしていた。
ラミリアは、無言でその言葉を一つ一つ噛み締めて聞く。
「元々このギルドは、彼女が戻った時のために作ったんだ。しかし、彼女は戻らなかった。でも私は彼女が必ず戻ってくると信じ、禁忌魔法の一つ。延命魔法を使った。そのおかけで今まで生きてこれた。私は何年と何十年何百年待った。人の心は脆いもので何百年か経った時、私はギルドを誰かに譲って隠居しようと考えた」
淡々と語る姿は、吟遊詩人のようにラミリアには思えた。少し微笑みながら話すロロ……ではなく今はベディヴィアはとても幸せそうだ。
「まあ、そんな時にラミリア。君が私の前に現れた。直感的に思ったよ。私はこの子を助けなければならないと。私はまずラミリアのために廃れていたギルドを改名と共に活性化を図り、あちこち走り回ったよ。今ではいい思い出だね。そう、私にとってラミリア。君は、太陽だった。そして、ついさっき待ち人のシャルロットにまで会えた。もう思い残すことはない……」
ラミリアはベディヴィアの声のトーンや雰囲気から、悟り身体を震わせる。私の大好きなマスターは死ぬんだと。それを実感した瞬間、涙が溢れそうになる。
「私の魔力はもう尽きて、命は風前の灯。聞いておくれ、ラミリア」
その先は、言わないでとラミリアは顔を上げた。
「ま、マス……お父さん! もう……その先は言わないで! ねぇ、お願いだから……っ! 」
もう、ラミリアの頬には、大粒の涙が流れている。
ベディヴィアは口を開く前に身体を動かした。両の腕をラミリアの背中に回し、その華奢な身体を抱き締めた。
その瞬間ベディヴィアの温かさが、ラミリアへ直に伝わりさらに彼女は泣き出す。
この空間は二人の空間。過去、最強のイェーガーに数えられた一人に死という最期が近付いている。二人以外誰もいない場所は、まるでゆりかごのような柔らかい空気がしていた。