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お願いだから諦めて!  作者: 暮野
中等部 1年 1学期
5/28

「失礼します、一年一組の鴇森優です――って、あれ?」


 私に続いて入ろうとした鴇森君は、生徒会室に漂う微妙な沈黙に首を傾げた。


 生徒会室にいたのは、一番奥の席に座る鷹司一輝。その机の正面に向かい合うように並べられた六つの机のうちの一つで書き物をしていた一条先輩。そして、丁度お茶を入れるところであっただろう、カップを片手に生徒会室に隣接する給湯室に入ろうとしていた鶴岡様。この三人だった。


 私の言葉を遮った鷹司一輝はこちらを見定めるようにじろじろ見ている。一条先輩はこちらを見向きもせずに手元の書き物をひたすら進めている。鶴岡様は一瞬こちらに視線をよこしたが、何も言わずにそのまま給湯室に入っていった。苦労してるんだと同情したが、この状況になにも言わずに無視するなんて……ひどい。見捨てないでよ。


 そして私はといえば、初対面の鷹司一輝に何をどうすればいいのか分からず黙り込むだけで、ひたすら視線に耐えている。鴇森君はそんな私たちの様子をぐるりと観察して言った。


「一輝さん。彼女が実行委員会の申込用紙を貰いたいそうなので、いただいてもよろしいですか?」


 私の前に進み出て鷹司一輝に進言する鴇森君を見て、そっと息を吐く。


 正直に言って、鷹司一輝は見た目が怖い。目元がスッとしているし、視線は冷ややかなので、何もしていないけど謝りたくなるような雰囲気がある。それがヒロインの前では和らぐところが漫画では描かれていて、そこがいいと評判だった。まあ今はまだヒロインがこの学校に通っていないので、関係ないことだけどね。この怖い顔が溶けることはないんだから。


「……そいつは、あいつの妹だろう。真面目に仕事をするのか?」


 その言葉を聞いて鷹司の態度に納得した。よくあることだ。身内の評価というのは、往々にして少なからず影響するものだからね。こんなことが今迄に起こらなかった筈がない。あの姉の身内と聞いては、どんな聖人君子だろうが疑ってしまうだろう。


「一輝、優莉奈ちゃんは大丈夫だよ。凰院さんみたいな性格の子じゃない」


 さて、どうやって私という人物を見てもらおうかと思っていると、そんな助け舟が入った。声の主は一条先輩。びっくりした。私だけでなく鴇森君と鷹司一輝まで驚いている。それ程一条先輩が誰かを庇うのは珍しいという事だ。


 ……何を考えてるんだろう。後で何か押し付けられたり、しないよね?


「そうですよ、一輝さん。それに、凰院さんは桐人君のお姉さんなんですよ? 一輝さんだって桐人君の話は聞いていましたよね?」


 一条先輩に続いて私を擁護したのは鴇森君だ。珍しく不満気。でも不満気なのになんか可愛い。


 鷹司一輝は二人の言葉を聞いて一瞬だけたじろぎ、後に続いた鴇森君の言葉に昔を思い出すように視線を彷徨わせた。暫くして鴇森君のいう話を思い出したらしい鷹司一輝は、しかし納得のいかない顔をしていた。だろうね。鴇森君のキラキラフィルターなしにその話を聞いても、ただの愚痴にしか聞こえないだろうから。


「猫の手も借りたいくらい人が少ないんだから、この際仕事をするかどうか不安な人でも実行委員に入ってもらった方がいいよ」

「……っち。分かった。実行委員会について説明しよう。そこに座れ」


 し、舌打ちされた……。鷹司家のお坊ちゃんがそれでいいのか?


 私は鷹司一輝に言われた通り、応接スペースのテーブルに座った。


「あ、でも一輝さん。実行委員会の仕事について、プリントに書いてあるようなことなら僕が粗方説明していますよ」


 付き添いできてくれた鴇森君も私の隣に座った。鷹司一輝も自分の仕事を切り上げ、私の向かい側に座る。そこでタイミングよく鶴岡様が私たち三人にお茶を出してくれた。成程。さっき私たちを無視したのはお茶の準備を始めるからだったのか。それを勘違いして恨めしいと思ってしまい、申し訳なく思う。鶴岡様にお礼を言うと、少し目じりを下げて笑ってくれた。


「そうか。それは助かる。では、プリントになかった補足説明だけでいいな」


 鷹司一輝が実行委員の説明が書いてあるプリントを渡してきたので受け取る。中身をすぐに確認すると鴇森君から貸してもらったものと変わらないようだった。鷹司一輝に言われたように補足説明だけで十分だろう。


 鷹司一輝の質問というより確認の念押しに聞こえる言葉に頷きを返す。


「はい。お願いいたしますわ」


 私の言葉を聞いた鷹司一輝は少し顔を顰めた。何?


「……その言葉遣いどうにかならないのか? 凰院を思い出す」


 いや、凰院を思い出すも何も、この、所謂「お嬢様言葉」は白鳥学院に通うほとんどの良家の女の子たちが使っているんだよ? これって言い掛かりに近くない? とは思うものの、長い物には巻かれろというし、ここは従っておこう。


「分かりました。今後は控えます」


 私が素直に従ったのが意外だったのか、鷹司一輝は少し目を見開いた。まあ、元々この言葉遣いが苦手だった私には、渡りに船という感じなんだけど。


「……説明を始める。まず、活動時期についてだ。プリントには体育祭の練習期間が始まってからの事しか書いていないが、実際はもう少し早くから活動を開始する。実行委員の方で用意していないと練習が始められないものがあるからな。それで――」


 具体的な説明を始めた鷹司一輝の言葉の中で、注意しておかなければならないところをメモしていく。


 鷹司一輝の説明は、鴇森君が言っていたように流れるようにスラスラと出てくる。彼がこういった事に慣れている事が窺えた。代表の挨拶とかたくさんしていそうだもんね。


「――といったところか。何か質問はあるか?」


 鴇森君が大方説明してくれていたので、そんなに多くの説明は無かった。説明の途中で飲んでいたお茶は、まだほんのりと温かい。鷹司一輝の言葉に首を振る。


「そうか。では、これが申込用紙だ。受け付けは明日からになっている。生徒会室の前のポストに入れておけばいい」

「はい。分かりました」


 申込用紙を受け取って鞄にしまう。ふと窓の外を見ると、日が落ちかけていた。時計を確認すると下校時刻が近い。


「そろそろ下校時刻だな。鶴岡、戸締り確認に行く準備をしろ。……二人とも車の送迎があるのだろうが、気を付けて帰るように」

「はい、一輝さん。今日はありがとうございました」

「こんな時間までお付き合いさせてしまい、申し訳ありません。説明、ありがとうございました」


 最後に少し残っていたお茶を飲みきり、席を立つ。退室する際に鶴岡様にお茶のお礼を改めて言う。鶴岡様は静かに頷いてくれた。こうしてお会いするのは初めてだが、驚くほど口数が少ない人だ。基本的に頷いたり、首を振ったりという動作で返事をしている。私達が説明を受けている間に、一条先輩が鶴岡様に偶に話を振っていたが、それにも声を発することは無かった。無口キャラというやつだな。


 鴇森君と昇降口に向かいながら、途中で通る廊下の窓の戸締りを確認した。時々閉め忘れの窓があるので鍵をしっかり締める。


 白鳥学院はかなりのセキュリティー対策がされている学校だ。校門や昇降口、校舎内の随所に防犯カメラが密かに設置されていて、送迎の車の待機スペースには警備員が常駐している。加えて夜間警備の際には赤外線センサーが起動している。因みにこれは漫画情報なので、普通の生徒はこんなことを知らない。その為、風紀委員と生徒会役員が戸締り確認を行っている。


 対策がしっかりしていても、それに胡坐をかいて安心するのは危ないだろう。「無敵」や「万全」という言葉は漫画世界では破られるフラグに繋がっているのだから。だからこそ、こういった細かい所にも気を配っていかなければならないと思う。


 校門に着くと鴇森家と凰院家の車がタイミングよく表れた。昇降口で今から校門に行くことをメールで伝えると、待機スペースから校門に車が来るまでの時間が丁度いいくらいになるのだ。


 鴇森君と別れの挨拶を交わし、私たちはお互い車に乗り込んだ。



◆◇◆◇



 今日は初めて鷹司一輝に接触したわけだけど、思っていたより俺様ではなかったように思う。生徒会長としての仕事はきちんとこなしていて、一条先輩や鶴岡様とは気安い感じがした。反対に姉との仲は最悪のようだ。凰院の名前を聞いただけであの警戒。少なくとも漫画通り姉が彼を好きになっても、姉の恋は実らないだろう。


 うーん……。考えなしに体育祭の実行委員を請け負ってしまったかもしれない。私はてっきり、実行委員会は体育委員長の指示のもと行動すると思っていた。けれど実際は生徒会長の指示を聞いて、行動しなければならないらしい。となると鷹司一輝との接触が増える。


 ……すごく嫌だ。何で嫌なのかというと、鷹司一輝が怖いからだ。


 いや、鴇森君に対しては普通なのに、私を見る目だけ険しいんだよ? 自分より背が高くて、しかも美形に睨まれるってなかなか怖い。もしこれが続くなら耐えられないくらいだ。


 でもなー…。姉が彼を好きになる予定であるわけだし、彼のことをより多く知っておいた方がいいかもしれない、とも思う。鷹司一輝の代わりになるような人を探すのに必要になるだろうし。今の自分の知人に似たタイプの人がいないから、実行委員を通して知り合いを増やしていくのもいいだろう。


 私からしたらメリットもデメリットもある実行委員。果たしてどういう結果になるやら……。


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