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……状況を整理しよう。というかさせてほしい。
まずは私、凰院優莉奈はお金持ちの家に生まれ変わった。転生を自覚してからは自分の身の振り方に悩みつつ、順調にお嬢様生活を送っていた。
しかし中等部の入学式の日。私はただ生まれ変わったのではなく、少女漫画の世界に転生したのだと気付いた。しかも、我儘放題の姉はその漫画でヒロインに立ちふさがる悪役。物語のスタートは来年。姉の性格を今更変えるなんて絶対不可能。姉のせいで一家路頭に迷うことになるなんて耐えられない。
ならばいっそのこと、姉が悪役になる理由を排除してしまえばいいのだ。
原作で姉がヒロインをいじめるのは、姉が思いを寄せている相手──鷹司一輝がヒロインに対して特別な感情を抱いているからだ。
つまり、姉の気持ちを鷹司一輝に向けさせなければいい。そう思った私は、学院の中で姉のお気に召しそうな男子がいないか探し始めた。
現状ではいがみ合っている二人だが、いつどこで姉が鷹司一輝に惚れるのか分からない。なんとか物語が始まるまでに、いいお相手を探さなければ。そんな焦りを抱えつつ2学期を迎えた私は、最も有力なお相手候補を見つけた。
それが隼様──隼将暉だった。
これからアプローチしていこう、と思っていた矢先、衝撃の事実が発覚する。
なんと彼は、既に姉に好意を寄せていたのだ!
………ん? これって、何か問題あるかな?
そう。姉のお相手候補が、運よく姉に対して好意的どころか恋愛感情を抱いていた。奇跡なのでは?
隼様には応援すると言っているし、姉とくっつけるために協力しても怪しまれないだろう。後はヒロインが登場するまでに二人を婚約なりなんなりまで済ませてしまえば、私が社会的に死ぬ未来を回避できる。
すごい! もしかして、未来が拓けたんじゃない!?
「おはよう。どうしたの? 随分嬉しそうな顔をしているけど」
「ごきげんよう、鴇森君。ふふ、分かってしまう? ちょっとね、いいことがあったの」
「…本当にいいことがあったんだね」
朝の挨拶をしてくれた鴇森君に指摘され、その通りだと頷く。彼は私の反応が意外だったのか、驚いたように瞬きを繰り返す。
「何があったの?」
「詳しくは言えないのだけど、ある人にとても良いことを教えてもらってね。おかげで一つ、悩みが解決しそうなの」
「…そうなんだ」
流石に抽象的すぎて共感しにくかったかな。鴇森君は不思議そうな顔で私を見ている。何となく気まずい感じがして、この話題を切り上げる。
「そうだ、鴇森君。隼様のクラスってご存知?」
「隼先輩? 知ってるけど……何かあったの? 急ぎの用事?」
コテン、と首を傾げる鴇森君に、それくらいなら大丈夫かと判断し説明する。
「いいえ、急を要する用事じゃないの。ただ、直接お会いしてお話する方がいいことがあって」
「そっかぁ。…ねえ、僕も一緒に行っちゃダメかな? 僕も隼先輩に用事があるんだけど」
「…ごめんなさい。少し立て込んだ話をするから、一緒には…」
「ううん、大丈夫。ごめんね、無理言って。隼先輩、放課後は部活があるだろうから、昼休みの方が会えると思うよ」
「そうなのね。ありがとう、色々教えてくれて」
隼様のクラスだけでなく狙い目の時間まで教えてくれた鴇森君にお礼を言う。今日の昼休み、早速訪ねてみよう。
◆◇◆◇
「ははは! それで俺のクラスに来たのか!」
「善は急げと言いますでしょう?」
昼食を終えて隼様のクラスに行くと、彼は友人達と話をしているところだった。三年生のクラスということで緊張しながら教室を覗いていると、スタンプラリーで鴇森君とペアを組んでいた先輩がやってきて隼様を呼んでくれた。ゴホゴホと咳き込みながら去って行ったけど、大丈夫だったかな…?
「しかしなぁ、お前の厚意は嬉しいが、俺は凰院とどうにかなりたいわけではないんだ」
「まあ、何故ですの?」
「それは当然、俺達が『鳥の名家』だからだ」
適当な空き教室に入って早々協力したいと申し出た私に、隼様は乗り気ではなかった。それどころか、関係を持ちたいわけではないと言われ困惑する。
「俺達の代は順当にいけば凰院家の番だから、望みが無いわけではないが…お前たちのこともあるしな」
「?? どういうことですの?」
凰院家の番って? なんの順番?
「知らないのか? …そうか、お前は次女だから知らされていないのか」
私が知らないことを知っている様子の隼様に嫌な予感がした。原作の設定を思い出す。姉は鷹司一輝に恋い焦がれ、無理矢理婚約者の地位を手に入れていた。お互いに対等であるはずの六家で強引な手段が通じたということは、両家にとって利害が一致しているか、断れない理由があるのではないだろうか。
「俺達『鳥の名家』の、特に長子には特別なルールがある。もっとも、これは明確に決められているわけではなく、ただ自然とそうなっていったというものなんだが…」
「特別な、ルール」
「ああ。俺達はこの血を残すため、『鳥の名家』同士の婚姻を結ぶことが多かった。しかし、社会の発展と共に近親婚が問題視されるようになった」
『鳥の名家』の数は限られている。恐らく百もないくらいだろう。分家を入れればもう少し数は増えるだろうが、それでもその限られた数の中で婚姻を繰り返せば、血が濃くなりすぎてしまうということか。
「だから、『鳥の名家』同士の婚姻は慎重に行わなければならないとされて、大体の世代ごとに順番が決められた。それが俺達の代だとお前の家――凰院家の番なんだ」
「それは、絶対なのですか? 相手の家に断られることは…」
「絶対ではないが、基本的に断らない。いざ自分たちの番になって断られても困るからな」
そ、そんな…。それでは原作の鷹司一輝は、その特別なルールに従って姉と婚約関係になったということなのか。
「勿論、その権利を有するのは一人だけだ。家の順番が来ても、その家のすべての者に権利を与えられるわけではない。だから余計な諍いが起きないよう、ほとんどの家では長子の役目としている」
「…そうだったのですね」
なんてことだ。そんなルールがあったなんて。姉の気持ちだけではなく、家の問題まで絡んでくると難しくなる。
「まあ、長子以外がその権利を与えられた例もある。諦めなければチャンスはあるかもな! ははは!」
先程までの真剣さを吹き飛ばすように豪快に笑う隼様は、何故か他人事のように微かな希望を語った。気のせいか、慰めるように私の肩に手を置いている。なんだ、なにが言いたい?
「そうですわね。聞いている限り、隼様に全く希望が無いわけではないようですもの。頑張りましょう」
「ふむ、お前がそれでいいならいいのだが…」
「まずはお父様たちに確認してみますわ。既に相手が決まっているのか否か。それによって対策も変わってきますもの」
そう。姉の気持ちが不明瞭な今、真っ先に確認すべきは家の意向だろう。原作で詳しく語られていなかったが、姉の我儘で婚約者が決まるくらいだ。きっと今の段階では何も決まっていないか、選別の最中といったところだろう。
何か分かったらまた連絡すると約束をして今日のところは解散した。さて、これから忙しくなるぞ。
◆◇◆◇
仲がいい子たちが部活や習い事で不在の放課後。もう少し学校に居たい気分だった私は、図書室にでも寄ろうと荷物をまとめていた。
「……鴇森は、いるか」
教室にほとんど人がいない中、静かに扉を開けて入って来たのは鶴岡様だった。
「義仁先輩? どうかされましたか?」
ちょうど教室に残っていた鴇森君が反応する。鶴岡様は探し人が見つかって安堵したように息を吐いた。
「…少し、頼みがあってな」
「頼み? 僕でお力になれる事なら…」
「ああ。寧ろ、お前にしか頼めない」
なんだか事情ありげの鶴岡様。悪いと思いつつ、どうしても気になってしまって聞き耳を立てる。鶴岡様が誰かに頼み事なんて珍しい事だ。しかも、鴇森君にしか頼めないなんて。いったい何があったんだろう。
「…お前に、生徒会役員選挙の、応援演説を頼みたい」
「えっ…!?」
生徒会役員選挙。そういえば、もうそんな時期なのか。以前鴇森君に生徒会について教えてもらったことを思い出す。
白鳥学院中等部の生徒会は生徒会長と副会長、そして書記二名の計四名で構成されている。
生徒会長は選挙で最も票を獲得した者が任命され、他の役員は当選した生徒会長が指名をして決めることが多い。生徒会長の立候補者が複数人に及ぶ場合、次席だった人に副会長を任せるのが通例となっているそうだ。
また、生徒会長になるには生徒会役員の書記または各委員の委員長・副委員長の経験があることが条件とされる。もし経験を有しない者が立候補した場合、例え最も獲得票が多くても生徒会長にはなれない。しかし、生徒たちからの支持が多いということで副会長を務めた前例があるとのことだ。
過去には役員全ての選挙も行われていたらしいが…最近では簡略化が進んでいて、応援演説をしてくれた人が書記になる流れらしい。
だから、鶴岡様の言葉は「書記になってほしい」と同義という訳だ。
「そんな、僕でいいんですか…?」
「ああ、言っただろう。お前にしか頼めないと」
生徒会に入りたいと言っていた鴇森君にとって、これ以上ない誘いだろう。彼はまだ信じられないという顔で呆然と鶴岡様を見上げている。
「よかったわね、鴇森君」
「凰院さん……うん、ありがとう! 義仁先輩、僕、頑張ります!」
返事ができずにいる鴇森君に思わず駆け寄り、彼の肩を叩く。私の言葉を聞いて漸く実感できたのだろう。鴇森君は鶴岡様に向き直り承諾した。
「ありがとう、一緒に頑張ろう」
二人が握手をする様子を間近で見ていた私は、思わずじんと来て胸を押さえる。ああ、鴇森君の頑張りが認められたんだ。よかった。
「お二人とも、応援していますわ」
「凰院……。ありがとう。お前にも、迷惑を掛けるかもしれない」
「私にできることがあれば、いつでも言ってくださいね」
「…いや、流石にそこまでの面倒は掛けないつもりだ」
慎ましやかな鶴岡様は、迷惑はかけられないと断っていたが、友達の晴れ舞台は応援したい。選挙活動中に人手が必要なら呼んでほしいと伝えた。思っていたより強情な鶴岡様はそれでも首を縦に振らなかったが、その時になれば気も変わっているかもしれない。今はこれで大丈夫だろう。
なんだか最近、運の巡りが良い。良いことが連続して起きている。このまま全て上手くいきそうな予感と共に、私は二人を眺めていた。




