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お願いだから諦めて!  作者: 暮野
中等部 1年 2学期
22/28

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「優莉奈様、今度の文化祭は例年とは一味違うという噂ですけれども、どうなのですか?」


 昼休み。昼食を終えておしゃべりに花を咲かせていると、同席していた友人の一人にそう尋ねられた。


「そうですわね、確かにそういった噂があるとは聞いているけれど……ごめんなさい。企画の内容は当日までのお楽しみなの」

「まあ、そうでしたの。残念ですわ」


 この学院での文化祭は、文化部と各クラスの出し物を披露する場となっているそうだ。クラスの出し物といっても展示会がほとんどで、たまに劇や合唱を披露するクラスがあるくらい。当日もほとんどの生徒は自由に各教室を見て回ることができるが――正直、そこまで見応えのあるものは少ない、というのが例年のことらしい。


「茶道部はお茶会を予定していますの。是非いらしてね」

「それは楽しみです。私達美術部は展示会なので、当日は自由時間が多いんですよ」

「……菖蒲さん、最近は追い上げをするって、お忙しそうでしたけど……もう、大丈夫みたいですね」

「はい。春歌さんは家庭科部でしたよね? 何をするのですか?」

「私達、家庭科部は……料理教室のようなものを、予定しています…」

「ああ、人気ですよね。家庭科部特製クッキー」


 私の勝手なイメージでお金持ちの子は料理なんてしないと思っていたが、どうやらお菓子作りはする人も多いらしく、中でも家庭科部特製のクッキー作りは人気らしい。わざわざ手作りしたいと思ったことが無いので理解は出来ないけど、楽しげに話す皆の様子から当日盛り上がることが予想できた。


「春歌さんは、当日は部活の方に掛かりきりになってしまうのかしら」

「そう……ですね。でも、合唱の出番には……戻ってきますので……」

「当然ですよ。そこまで拘束されれるなら、先輩方に抗議する必要があります。というか、それ以外でも自由時間を作ってもらわないと、私達と一緒に回れないじゃない」


 春歌さんの言葉にいち早く反応したのは菖蒲さんで、彼女の言葉に同意するように私も頷いた。


「…他人事のようにしていますけど、優莉奈様もですからね」

「あら、私も?」

「そうですよ! 実行委員の仕事でほとんど自由時間が無いって聞いてますよ」

「そうね、確かに当日は見回りを任されているけれど…それも友達と遊びながらでもいいと言われているもの。大丈夫じゃないかしら」

「優莉奈様のことです。いつの間にか仕事を優先していますよ、きっと」

「…そうかしら?」


 うーん。私、そこまで真面目ではないけどな…。


「一条先輩に振り回されないよう、気をつけてくださいね」


 ああ、そういうこと。確かにそれは気を付けなければならないだろう。


 心底嫌そうに続いた言葉は、菖蒲さんの中の一条先輩への評価が窺い知れるものだった。


 一条先輩といえば先日の一件。彼は翌日にも丁寧に謝罪をしてくれて、今後はもっと気を付けると言ってくれた。冷静になって思い返しても一条先輩に非は無いというか、私が勝手に怒り出しただけだったのでそこまで言われると逆に申し訳ない。そのことを伝えると一条先輩はにっこりと笑って「じゃあお互い様ということで」と今まで通りに戻った。


「油断した頃が一番危ないんですからね」


 身を乗り出しながら忠告してくれる菖蒲さんに苦笑いしつつ了承する。私だって、仕事ばかりというのは御免なのだ。一条先輩の言いなりではないということを示して見せようじゃないか。



◆◇◆◇



「お、早いな凰院。一番乗りか!」

「ごきげんよう、隼様」

「ははは! 姉と違って礼儀正しいんだな!」


 最早馴染みつつある生徒会室に向かうと、どうやらまだ誰も来ていないらしく扉は施錠されたままだった。仕方なしに廊下で待っていると、遠くから掛けられる声。実行委員長の隼様だった。


「他のみんなは?」

「まだのようです。どうしましょう、このまま待ちますか?」

「そうだな、偶にはこういうのも悪くないだろう!」


 そう言って彼は近くの自習室の扉を開けて中に誘導してくれた。図体や態度の大きさからは想像がつかないが、隼様は意外と気配りができた。


「どうだ、実行委員は楽しいか!」

「ええ、体育祭とはまた違った楽しさがありますわ」

「そうだろう、そうだろう! 俺も運動部でなければ体育祭の実行委員もやっていただろうと思う。それくらい楽しい!」

「ふふ、隼様がいらっしゃれば百人力ですわね」


 活力あふれる隼様を見ていると本当にそう思う。力仕事は率先して行っていたし、後輩が困っていればすぐに察知して助けに入っていた。うるさいことに目を瞑れば良い先輩だ、というのが今のところの総評だ。


「凰院にとっては初めての文化祭だ。戸惑うこともあるだろう。何かあったら遠慮なく声を掛けてくれ」

「ありがとうございます。ですが、心配には及びませんわ。皆さんのおかげでとても充実した経験をさせていただいていますもの」

「ははは! そう言われると嬉しいな。なにせ自慢の仲間たちだ!」


 快活に笑う隼様からは、彼の言う仲間への信頼がよく伝わって来た。…すごいなぁ。


 体育祭の時と違って文化祭の実行委員は運動部を中心に構成されている。実行委員長の隼様の影響か、その中でも彼が所属している柔道部の人が半数を占めていた。


 文化祭の実行委員は当日の見回りも仕事内容に含まれているため、人数が多いほど個人の負担は減る。それに、万が一のことがあっても体格の良い男子生徒が警備していると思うと安心感も増すので、彼らの存在はありがたかった。


「今年は初めての試みもある。今から本番が楽しみだな」

「初めての試み……例の企画ですわね?」

「ああ! 俺にとっては中等部最後の文化祭だ。どうせなら派手にドーンと盛り上がりたいからな!」

「ふふ。私も成功を祈っていますわ」


 正直に言うと、例の企画の内容を聞いた時は不安の方が大きかったが…楽しみにしている彼に水を差したくはない。


「ごめん! 二人とも。待たせたね。鍵、開けたから中に入って」

「お、ようやくか! 待ちくたびれたぞ」


 私達が自習室で話していると、ノックと共に開けられる扉。扉の向こうに居たのは一条先輩で、謝罪と共に生徒会室の開錠が済んだ旨が伝えられる。使っていた椅子を元通りにして自習室を出た。


「珍しい組み合わせだよね。何話してたの?」

「文化祭を成功させようと決意を固めていたところだ!」

「なるほどね」


 本当にそれだけで会話の内容が分かってしまったようだ。一条先輩は私の方に身を寄せて「優莉奈ちゃんには少し熱すぎたかもしれないけど…嫌わないでね」と囁かれた。むむむ。


「そんなまさか。いい勉強になりました」

「…そう?」


 本当に意外そうに私の目を覗いてくる一条先輩にムッとする。失礼だな。確かに騒々しいのは嫌いだけど、隼様の賑やかさは芯が通っている。姉や桐人とは違う。


「体育祭の時は言われるままに作業をしていればいいと思っていましたけれど…実行委員って、そういうものでは無いのかもと思い至ったんです」


 この数日間、隼様の熱意を見て思ったことだった。彼は本心からこの文化祭を盛り上げたいと思っていて、その思いに忠実に行動していた。そんな彼を見て、皆が楽しんでくれたらいいな、という気持ちが私にも少し芽生えてきたのだ。


「…そっか。それは良かった」


 私の言葉に穏やかにほほ笑む一条先輩。自分の考えが間違いではないと言われたような気がして、私も少し嬉しくなる。


 こんなことを思えたのも隼様のおかげだ。だって彼は――現状で最も姉の恋人に適任なのだ。


 まずは容姿。これは友人達から聞いた情報だが、彼は鷹司一輝と一条先輩に次いで人気があるらしい。少し野性味のある顔と、柔道で鍛え上げられた身体。一見野生動物の様な荒々しさが目立つが、笑うと子供の様に無邪気で愛らしいのがツボらしい。


 次に家柄。隼家なので当然いい。


 そして性格。大らかで大抵のことは笑って許してくれるし、意外と気配りができる。姉に振り回され過ぎること無く、そして姉の逆鱗に不用意に触れることも無さそうな人。


 難航していた姉の恋人探しにいきなり最有力候補が現れたので、私の精神に安寧が取り戻されたのだ。だから色々なことを考える余裕ができた――のだが。


「じゃあ、文化祭成功の為にも、実行委員の結束は深めておいてね。当日の見回り当番の組み合わせ。変える気はないから」

「……ええ。もちろんです」


 文化祭の見回りは基本的に実行委員の二人一組で行う。私の相方は鴇森君だった。


 そう。この先輩。口は出さないけど手は出すねと言わんばかりに強硬手段に出てきたのだ。


 あの日以降、一向に改善されない私達の関係に業を煮やした一条先輩により下された決定は覆る様子もなく。文化祭まで直前となっても立ち向かう勇気のない私の背中を押してくれた先輩に恨めしさを感じつつ、私は大人しく彼の言う通りに行動すべく今後の予定を立てるのであった。



◆◇◆◇



 思えば、前世の私には仲直りの記憶が無い。そもそも友達と喧嘩した記憶がない。


 前世であまり裕福でなかった私は、奨学金や特待生を狙って勉学に励んでいたし、勉学の合間に漫画を読むことはあってもそれをもとに交流を広げようともしなかった。はっきり言って友達がほとんどいない。少なくとも今ある記憶の中では。


 数少ない友達と波風を立てるのが嫌で自己主張をあまりしていなかったようだし、何かを貫くほど強い意志も無かったようだ。だから誰かと対立した記憶が無いのだろう。


 そんな私が友達と喧嘩、というか意地の張り合い? いや、鴇森君は意地を張っているわけではないから一方的に避けているだけ…? うわ、私最低だな…。


 仲直りがしたいと思って鴇森君に時間をもらったのに、彼を待つうちに段々と思考が負の方向に直進してしまい挫けそうになる。いけない。このままじゃダメだ。別のことを考えよう。


 今日は他人に聞かれたくない話にも及ぶかもという懸念から、いつも使っているカフェテリアではなく裏庭にひっそりと佇むガゼボに招待をしている。まだ外は暑さが残るが、最近秋らしさを備えてきた景色を眺めながらのお茶は美味しいことだろう。


 学院を散歩していて偶然見つけたこの場所は、私の密かな憩いの場だ。友人達にもまだ教えていない。


 鴇森君、来てくれるかな…。


「遅れてごめん! 待ったよね、凰院さん」


 不安から落ち着きなく視線を彷徨わせていると、背後から聞こえる声。待ち人が無事現れてくれたことにほっと息を吐く。


「いいえ、時間どおりよ。来てくれてありがとう」


 向かいの席を手で示して着席を促す。ふと、移動する彼の肩が小刻みに上下していることに気付く。もしかして、走って来てくれたのかな。


「…ごめんなさい。本来なら私の方から出向くべきところをこんな所に呼び出して…」


 そもそも謝罪がしたいと言い出したのは私なのに、その相手である鴇森君をこうして呼びつけるのは間違いだったのだ。ああ、失敗した…。


「え? …なにかおかしいこと、あったかな?」


 ところが当の本人である鴇森君は全く気にした様子が無く、それどころか楽し気に周囲を見渡していて、なんというか…少し救われる。


「ここが前に言っていた秘密の場所なんだね。花が綺麗に手入れされているし、立入禁止って訳でもなさそうだけど、こうして人気が無いのも不思議だねぇ」


 具体的な場所を話したことは無かったが、素敵な場所を見つけたという報告はしたことがある。それを彼は覚えていてくれていたのだろう。用意したアイスティーを飲みながら彼は続ける。


「こういう落ち着ける場所、僕は好きだよ。教えてくれてありがとう、凰院さん」

「そんな、お礼を言われるほどのことでは」

「でも、お友達より先に僕に教えてくれたんでしょ? それに、こうしてまた話ができて嬉しいから」


 「だからありがとうだよ」と笑って続ける鴇森君に、どうしようもない気持ちになる。これ以上先延ばしにするべきではない。


「あのね、鴇森君。今日、ここに来てもらったのは、貴方に話したいことがあったからなの」

「……うん」

「今までずっと避けるような真似をして、ごめんなさい」


 今日彼を此処に呼んだ本題に入る。此処に呼んだ時は「話したいことがある」としか言っていなかったが、彼も私が言うことを予想していたのだろう。彼は申し訳なさそうな顔をしながら間をあけず「僕の方こそ」と続けた。


「僕の方こそ、ごめんね。嫌な思い、させちゃったよね」


 何も悪くない鴇森君にも謝らせてしまった。鴇森君が謝ることは無いと伝えようとしたが、彼の方が一瞬早く次の言葉を紡ぎ出していた。


「夏休みに入って、改めて考えてみたんだ。凰院さんにとっても失礼なことしちゃったから。ああやって無理矢理言うことを聞かせようとするなんて、嫌われてもしかたないよ。だから――」

「ち、違う! そうじゃないの!」


 なぜ彼が謝ったのか。その理由を聞いているうちに、お互いの思い違いに気付いてしまって慌てて訂正する。


「違う?」

「そうよ、違うの。あの日のことは気にしていないし、私も嫌な態度を取っていたから反省してるの。そうじゃなくて、私が貴方を避けていたのは…」


 真実を告げようとして、ふとこのまま勘違いをさせていた方が本当のことを言わずに済んだのでは、という考えが過る。


 どうやら鴇森君の中では夏休み前の出来事――期末の結果を受けて姉からの乱暴の片鱗を見られた、あの日の出来事が原因で私が避けていたことになっているらしかった。うまいこと誘導すれば、それが事実として認識されることにもなっただろう。


「貴方を、避けていたのは……」


 ――ううん、それじゃダメだよね。


 真っ直ぐにこちらに向けられる視線を見つめ返しながら、改めて思う。優しくて、勇気があって、眩しい人だ。彼にこんなことを言えば、私は嫌な子だと思われるかもしれない。


「私が、」


 予防線を張ろうか。「こんな事を言うと嫌われてしまうかもしれませんが」とか「こんな気持ちはいけないと分かっているけど」とか。


 …いいや、やめておこう。そんなことを言ってしまったら、鴇森君は私に気を遣ってしまう。そうだ。いっそのこと、嫌なやつだと思われればいい。


 背筋をピンと伸ばす。一度だけ目を伏せ、迷いを断ち切る様に彼に視線を合わせる。大丈夫。言える。


「私が、お姉様のことを嫌っているからですわ」


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