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お願いだから諦めて!  作者: 暮野
中等部 1年 1学期
18/28

17

 ――その日は朝から雨が降っていて、じめじめとした憂鬱な目覚めだった。


「お嬢様、申し訳ありません。この先の道路でどうやら事故があったらしく…渋滞を避けるため、迂回しますか?」

「ええ、お願い」


 加えて登校の途中で事故があり、いつもより遅い時間に学校に到着することになった。どことなくついていないと感じる、そんな日だった。


「おはようございます、優莉奈様。首席、おめでとうございます!」


 いつもより人が多い昇降口に辟易しながら教室に向かおうとすると、私に気が付いた同じクラスの女子にそう話しかけられた。


「…首席?」

「ええ、期末考査の結果が貼りだされていましたよ。前回と同じく優莉奈様が首席、鴇森様が次席でしたわ」


 そういえば期末考査の結果が発表される頃だったか、と頭の片隅で考えながら、彼女に言われた内容を反芻する。私が首席。首席…。


 ――期末、気を付けた方がいいよ。


 ど、どうしよう…。何に気をつけたらいいか分からないまま、本気で期末考査に臨んでしまった…。結果は首席だそうだけど、どうなるんだろう。


「数学の満点なんて、優莉奈様しかいないらしいわよ」

「流石ですわ、優莉奈様!」

「…皆さん、ありがとう。私は部活に入っていないもの。その分勉強に集中できたのね」


 一条先輩の言葉を思い出していると急に寒気が襲ってきたので、私を褒めそやしてくれる子達にお礼を言って切り上げる。早く教室に行きたい。昇降口だと他学年の生徒の注目まで浴びてしまう。


 既に何人かの視線を感じながら、どうにか人に紛れようと人混みの中に足を踏み入れた所で「あ!」と声が上がった。


「優莉奈さん!」


 じわり。まただ。何となく嫌な感じがする。どうしてだろう。


 足早に去ろうとしていた私を引き留める声の方を向く。予想通りそこには黒崎君が立っていた。彼は笑顔だった。朝から元気そうで何よりだよ。


「まあ、ごきげんよう。黒崎君」

「おめでとうございます! 今回も首席だそうじゃないですか!」

「ありがとう」


 祝いの言葉と共に延ばされた手を素直に握り返す。健闘を称えた握手だろうか。彼はそういうのが好きな人なのかもしれない。以前にも握手をしたことを思い出しながらそう思った。


 ぎゅっと握られた手。彼の手は冷たかった。「数学の最終問題。僕には難しすぎて解けませんでした。学年で唯一解けたのは貴方だけらしいですね。流石です」彼の言葉が耳を通り抜けていく。…早く教室に行きたいんだけどな。落ち着かない気持ちから、彼の手をさっと離す。


「本当に…貴方には『特別なもの』が、あるのでしょうね」

「…黒崎君?」


 苦々しく、自分に言い聞かせるようにそう言った彼は、私を見ているようで見ていないように感じた。


「いえ、引き留めてしまいすみません。では、また」


 ぎこちない笑顔と共に去る彼を見送る。先程彼と握手した手を、不自然にならないように気をつけながら反対の手で握った。何だろう。この不安な感じ……。


「おはよう、凰院さん。珍しいね、この時間に登校なんて」


 黒崎君の背中を見送りながら呆然としていると、背後から声が掛けられた。鴇森君だ。


「ごきげんよう、鴇森君。今日は少し、遠回りをして来たの」

「そうなんだ。昇降口で会えるなんて、新鮮で嬉しいなぁ」


 本当に嬉しそうに笑う鴇森君に、こちらまで嬉しくなる。


「ふふ、そうね。新鮮だわ」

「せっかくだし、教室まで一緒に行こう?」

「ええ、勿論ですわ」


 と言っても、私達の教室は昇降口に近い。一緒に歩けるのは微々たる距離だ。残念。


「そういえば聞いた? 初等部の先生で結婚された先生がいたでしょう? 彼女、お子さんが生まれたらしいよ」

「まあ! 本当? 素敵ね」

「だから、今度出産祝いを贈ろうって話で――」


 それでも幸せな話題のおかげで、教室に着く頃には先程まで感じていた言い様のない不安は綺麗に消え去っていた。



◆◇◆◇



 ――昼休み。廊下を歩いていると背中をバシンと叩かれた。


「よ! 優莉奈! やりやがったな~!」

「ごきげんよう、要。挨拶はもっときちんとなさい。それに…『やりやがった』って何のこと?」


 思い切りたたかれた背中をさすりながら、人聞きの悪いことを言う要に注意する。というか、「やりやがったな」はこっちのセリフでは? 背中、痛かったんだけど。赤くなってたらどうする気だ。


「数学の高科がさ、言ってたんだよ!」

「高科先生が?」


 私の注意なんて聞いていないのか、要は興奮しながら続けた。


 曰く。


「僕は今回のテスト、満点は99点のつもりで作成しました。皆さんの普段の授業への理解度を試すだけでなく、解けない問題に対する対策の取り方も見るために。難問を捨てて着実に他の問題を解くのもいいでしょう。部分点を狙って足掻くのもいいでしょう。しかし、今回の最終問題に部分点はありません。配点は1点ですからね。ですから、満点を取った生徒がいたことに驚きを隠せません。僕が考えていた満点ではなく、本当の満点を取るなんて。そんなことをされては――今後もこの方針を変えるのが惜しくなってくる」


 と要のクラスで言っていたらしい。要するに、生徒に解けるか怪しい問題を故意に作成し、それに対する対応力を試しただけでなく、実際に解ける生徒が居ると分かるとその生徒が解けない問題を作ってみたくなったということだろう。合理的で厳格な性格はどこにいった?


 高科先生の方針は教師として、学校としてどうなのかと思わなくもないけれど…。その、ほんの少し嬉しかったり。昇降口でクラスメイトが言っていたことは、きっと本当だったのだろう。


 思い返してみると、紙飛行機事件の時の言葉は解きがたい難問を用意することを指していたのだ。あれは私個人に宛てた挑戦状でもあったということだろう。それを私は解いた。解いてみせた。ふふふ。


「高科の悔しそうな顔が見ものでさ。優莉奈にも見せたかったよ」

「もう、駄目よ。先生に対してそんなことを言って…」


 悪戯っぽく笑う要に注意する。普段数学で嫌な思いをしているからか、高科先生の悔しがる姿が相当お気に召したらしい。


「高科先生、いい先生じゃない。真面目にしていれば面倒なこと言われないし…」

「…優等生の発言とは思えねーな。てか、今回の場合真面目にしてたから目を付けられたんじゃ…」

「……」


 珍しくまともなことを言われたので黙ってしまう。確かに、今回の場合真面目に…というか、勉強熱心にしていたせいで目を付けられてしまった。


「…コホン。とにかく、あまりそういうことを言っては駄目よ。変な噂がたってからじゃ遅いんだから…」

「…ま、それもそーだな」


 なぜか私の方をじっと見ながらしみじみと言う要。そこでふと思い出す。菖蒲さん達は私が「誤解されやすい」と言っていたが、コイツから見ても私はそう映っているのだろうか。


「ねえ、要。私って…」


 と、そこまで言って口が止まる。「私って誤解されやすいかしら?」とか聞いて、変なやつだと思われないかな。


「優莉奈?」

「ううん、何でもないわ。ただ、その…」

「ん?」


 私が言いにくそうにしているのを察してか、要は私の目をじっと見てきた。私は足元に視線を落としながら続ける。


「その、貴方に対して色々口うるさく言ってしまうけど、それは貴方を疎んでいるわけではないのよ。だから貴方も、私に言いたいことがあったらちゃんと言ってほしいの。駄目な所とか、直した方が良いところとか…他の人から聞いた話でもいいから。そういうの、言ってね?」


 少し回りくどかっただろうか。うまく伝わったか分からず、そわそわと手が動いてしまう。意味もなく指を組んだり話したりしながら、要の返答を待つ。


「あー…。何気にしてるか分かんねーけど、俺、優莉奈に対して言いたいこと誤魔化したりとかしてねーよ」


 意味が分からない、という顔で答える要を見て肩を落とす。そうだよね。要に聞いてもこういう答えしか返ってこないよね。緊張して損した…。


 言いたいことを遠慮するようなやつだったら、木登りしろとか言ってこないもんね。この話はここまでにしよう。


「そういえば、要はどうだったの? テスト結果」


 話を変えるために、先程まで話していたテストの話題を振る。紙飛行機事件を思い出した私の脳裏に、あの時遊びほうけていた要の姿が浮かんでいた。まさかと思って結果を聞いて見ると、サッと逸らされる目線。怪しい。


「俺はまあ、全力を尽くした結果を受け入れるだけっていうか? 赤点なきゃそれでいいよ」


 赤点でなければいいと胸をはる要に溜息を吐く。まだ中等部だから将来の進路なんてあまり気にしなくてもいいかもしれないが…一番内容が簡単なこの時期にそんな様子では先が思いやられる。


「それって、平均点にもいっていないってこと? …今度は私と一緒に勉強しましょうか」

「えっやだよ」


 流石に平均点にも到達していないのは問題があるのでは…と提案してみたが即答だった。顔も心底嫌そうだ。そうかそうか。そんなに嫌か。知ってた。


「だったらせめて、部活が無いからと言って遊びほうけないことね。あれじゃ『全力を尽くした』なんて言えないもの」

「あれは息抜きだって」

「またそんなことを――」


 不意に視線を感じた気がして後ろを振り返る。しかし、廊下は閑散としていて誰もいなかった。あれ? そういえばここ何処だ。話ながら歩いていたせいで目的地も定めずに適当に歩いてしまったぞ。


「はいはい分かってる分かってる。じゃ、俺行くわ。ここから降りれば昇降口近いし」

「あっ! ちょっと! 遊びは大概にしなさいよ!」


 私が言葉を切ったのを好機と見たのか、要は逃げるように階段を下りていった。今言ったこと聞いてた!? 遊びほうけるなって言ったよ私!!


 階段下から「分かってるってー!」という返事が聞こえて溜息を吐く。返事だけはいいんだよなぁ…。


 …でもそうか。その下が昇降口なら私のクラスの教室も近いだろう。


 もう一度だけ辺りを見渡して誰もいないことを確認する。扉が開いている教室もないし…気のせいかな。


 ああ、そうだ。図書館に行こうと思ってたんだった。要と話してたから忘れてた。昇降口がこの下なら、図書館は――。あっちか。


 何となくいつもより慎重に歩を進めながら、私は図書館に向かった。


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