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お願いだから諦めて!  作者: 暮野
中等部 1年 1学期
16/28

閑話 薄情な男

「それじゃあ頼んだわよ、高尾君」

「はい、先生」


 待ちに待った体育祭に向けて練習が始まる頃。中等部初めての体育祭に浮かれると、放課後職員室に来るように、なんて体育教師に呼び出しをくらった。


 思い当たる節が無かった俺は、いったい何を言われるのかと戦々恐々としながら職員室を訪れたのだが、そこで言われた内容は呼び出しを受けた時を遥かに凌ぐ驚きをもたらした。


 なんと、俺に男女混合リレーの女子の最終走者に繋ぐ走者になれ、と言ってきたのだ。


 俺のクラスの女子で一番足が速いのは凰院だ。学年の女子の中では長身の部類で、学業だけでなく運動までできる文武両道お嬢様。教室でもあまり騒いでいるところは見た事が無い、大人しい感じの子だった。


 …でもなぁ。()()凰院家のご令嬢なんだよなぁ。


 『鳳凰』といえば派手好きで有名な一族だ。実際、三年生の彼女の姉は豪華なものが大好きで、その派手な暮らしぶりが一年生である俺の耳にも入ってくるほど。正直見た目はかなりの美人だし好みでもあるのだが、その性格が苛烈すぎると噂なので観賞用の美人という印象だ。


 その妹である凰院とは席が近くではあるものの、今まで話したことは無い。隣の席にいる鴇森は彼女によく話しかけている姿を見るが、俺は無理。何かあったらこえーし。


 姉妹なだけあってか凰院は姉と目元がそっくりで、つり上がった目は黙っていても威圧感がある。九条や西園寺と居ると笑っている姿をたまに見かけるが、雰囲気が大人びているからか近寄りがたい。美人ではあるし、お近づきになりたいってやつもいるけど…まず本人があまり交友関係を広めようとしていないので、大抵の奴は玉砕している。


 だから、そんな凰院に話しかけるのは少々勇気が必要だったのだが――話しかけてみると、彼女は案外普通の人だった。


「そういうことで、今度の体育祭はよろしく…お願いします」

「まあ、高尾君が繋いでくださるなら安心ですわ。こちらこそ、よろしくお願い致しますね」

「はは、凰院…様に期待されるほど足は速くねーですけど」


 翌日の昼休み。意を決して、食事を済ませたばかりの凰院の席に行ってみると、彼女は次の授業の教科書を取り出しているところだった。なんだか忙しくしているみたいで、最近は昼休みの終了ギリギリまで姿を見かけないことも多い。どこかに消える前に話しかけれてよかった。


 同級生といえど相手は鳥の名家。しかも六家だ。敬語を使っておいて損は無いだろう。そんな考えで不格好な敬語を使っていると、凰院は少し気まずそうな顔をした。


「? どうかした…んですか?」

「…いえ、何でもありませんわ」


 首を左右に振る凰院を見ると、これ以上の追究は不要のようだ。藪蛇もごめんなので大人しく従う。


「あの、私…バトンパスが苦手で。その、もしかしたら迷惑を掛けてしまうかもしれないのだけれど…」

「そうなんすか? じゃあ練習します? 他の奴らも呼んで」

「えっ!」


 何気なく提案してみると、らしくない大きな声が聞こえた。まさかそんなことを言われるとは思っていなかった、という心情が伝わってくる表情で凰院は固まっている。そんなに驚くことか? 苦手だったら練習すればいいだろ。


「でも、それだと皆さんの時間を奪うことになるのではないかしら」

「昼休みや放課後に少し残って練習するくらい…ああ、そうか。凰院…様は実行委員だった…っすね。難しいか」

「いえ、その…えっと……」


 そういえば凰院も鴇森も実行委員だ。最終走者二人が居ないのは少し痛いか。


 肯定も否定もせずに言葉を濁した凰院を見ながら考える。凰院が苦手なのがパスを受ける方なのか渡す方なのか。それとも両方か? それによって練習内容も変わるからな…。少なくとも、俺に言いだしたってことは受ける方は苦手ってことだよな?


「じゃあ、凰院さんは僕と練習しようよ」

「鴇森」


 ずっと隣の席で話を聞いていたらしい鴇森が、名案だとばかりに提案する。彼もここ最近は昼休みに不在にしていることが多かったので、珍しく教室に残っていたことに驚いた。


「僕なら実行委員の仕事の合間に練習に付き合えるし、ちょうどいいでしょ?」

「でも、凰院…様はバトンを受ける方が苦手なんじゃないのか?」

「あ、そっか…。どっちの練習にも付き合えるけど、実際に渡される人と練習した方がいい……よね?」


 確かに鴇森なら実行委員で行動を共にすることも多いだろうし、隙間時間に練習するのも可能だろう。しかし、凰院が本当に練習したいのが受け手の練習なら相手は俺の方がいいのでは、と疑問をぶつけてみる。すると鴇森もそのことに気付いたようで、う~んと唸りだした。


「いえ、苦手なのはどちらもなんです。特に注目されている状況だと、緊張してしまって…」


 おずおずと深刻そうな顔で告白した凰院の姿に、意外だなと感じる。普段の様子を見ていると、他人なんて関係ないと思ってそうなのに。目立ちたがり屋の『鳳凰』にも、目立つのが苦手な人間が存在するんだな。


「だったら、やっぱり皆でやるのがよさそうですね」

「そう、ですわね…。申し訳ないのだけれど、数回だけ付き合っていただけますか?」

「了解。皆には俺から伝えとくな。時間とかは後で連絡する」

「ありがとう」


 連絡先を交換し眉を下げながら笑う彼女を見て、なんだか面白くなってきたなと思った。凰院の連絡先を知ってる男子なんて小数のはずだ。ははっ皆に羨ましがられたりして。



◆◇◆◇



「お疲れ、凰院様。バトンパス、うまくいって良かったっすね」

「え、ええ。お疲れ様、高尾君」


 一年生の男女混合リレーは無事一組が勝利した。バトンパスもうまくいったし、きっと喜んでいるだろうと声を掛けたが…。凰院は何故か浮かない顔をしていた。理由を探ろうと彼女の視線を辿る。そこにはクラスメイトに囲まれる鴇森がいた。


「…やっぱり、鴇森君はすごいわね。私のせいであんなに差がついてしまったのに、白組を勝利に導いて…」

「ん? ああ、まあ…そうっすね」


 思わず零れたといった様子の言葉に、違和感を覚えながらも同意する。確かに、鴇森が白組の勝利に貢献したのは事実だ。


「でも、凰院様も陸上部相手に健闘してただろ。運動部でもないのによくやってたって」

「私は、確かに今はそうだけど、でも…」

「バトンパスも失敗しなかったし、リレーも勝てた! なら文句ないだろ?」

「…それもそうですわね。ごめんなさい」


 なんだか落ち込んでいるように見えたので、精一杯慰めの言葉を探す。俺が居心地の悪さを感じていることに気付いたのか、凰院は首を振って憂鬱を払った。


 ふと鴇森の方に視線をやると、彼も俺達の方を見ていた。交わった視線が逸らされる。どうやらクラスメイトが退かないので動けないようだ。


「ほら、凰院様も鴇森に声を掛けてきたらいいですよ」

「いえ、私はいいわ。早く退場しないと進行の邪魔になるもの。鴇森君も疲れているでしょうし」

「お、おう…」


 気を利かせてみたのにバッサリと断られた。というか、ええ……? 自覚、ないのか? それとも俺の勘違い、なのか?


 先程までの憂いをすっかり忘れてしまったようで、凰院は颯爽と踵を返して鴇森から離れていく。鴇森に視線を戻すと、ちょっとショックを受けているように見える。…だよな?


 ここ数週間、二人と接する機会が少し増えただけの俺から見ても明らかな感じだったのに、もしかして二人とも気づいてないのか…?


 男女混合リレーとは、一年生だけでなく二年生、三年生まで行われる競技だ。一年生の一位が白組だったとしても、その後に行われる二年生と三年生の結果によって勝敗は容易く覆ってしまう。今回俺達が勝って白組が優勝したのはただの偶然ともいえる。それなのに、鴇森が白組を勝利に導いたように見えるなんて…なあ?


 聖人君子だと言われている鴇森も、俺が凰院に話しかけると少し焦ったように近づいてくることが多かったし…なあ?


「ねえ、貴方」


 釈然としない気持ちを抱えながら退場門をくぐり応援席に戻っていると、聞き覚えのない声に呼び止められた。女子に声を掛けられた! と喜びながら振り向くと、どうやら上級生らしい女子が俺の方を見ていた。おっとりとした雰囲気の美少女! 俺に何の用だろ!


「ハチマキが歪んでいましてよ」

「えっ! マジっすか、ヤベ、恥ずかしー」

「…ああ、そうじゃないわ。ちょっと屈んで?」


 美少女の指摘に顔が赤くなるのを自覚しながら頭を触る。どうやら見当違いの方向にハチマキを整えようとしたらしく、美少女は痺れを切らしたようにそう言った。もしかして、という期待から大人しく屈む。


 そっと大事なものに触れるかのように、美少女の手が俺の髪に触れる。うわ~~! 神様ありがとう! 生きててよかった!


 ずっとこうしていたいような幸福感を噛みしめていると、彼女の唇がそっと俺の耳に近づいてくる。えっ!? 何!?


「――学院での生活を穏便に過ごしたいのなら、凰院優莉奈に近づかないことね。あの方の逆鱗に触れることになるわよ」

「ヒエッ…」


 先程までの優し気な声色から一転。低い声で落とされた言葉に、身体が竦む。怯える俺に満足したのか、美少女はニッコリと微笑みながら離れていった。


 えっ…こわっ……何今の。


 混乱する俺の脳裏に、ふと入学してすぐに聞いた噂が蘇る。


 凰院家の姉妹は仲が悪く、姉のご機嫌を損ねる様なことを妹が起こさないよう、姉の親衛隊が目を光らせている――とか。


 聞いた時はそんな馬鹿な、と笑って流したが、今の美少女がその親衛隊だとすると…。も、もしかして俺、目を付けられた…?


 全校生徒が注目する場で、独り佇む凰院に声を掛けたのは俺だけだった。それを見て、あの美少女が行動を起こした可能性はある。


 …君子危うきに近寄らず。長い物には巻かれよ主義の俺は、ありがたく美少女の忠告を受け取ることにした。第一、凰院には数は少なくても友達がいるし、俺がわざわざ何かをするほど鴇森とうまくいってないわけじゃないしな! 馬にも蹴られたくないし、関わらないのが一番!


 体育祭の練習が始まった頃に抱いていた「もしかしたらこれを機に凰院もクラスに馴染むんじゃ」なんて期待は綺麗に忘れて、俺は応援席に戻った。


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