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お願いだから諦めて!  作者: 暮野
中等部 1年 1学期
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「失礼します」


 万年筆を受け取るために訪れた生徒会室のドアをノックする。室内から一条先輩の返事が聞こえてきたので、断りを入れてドアを開けた。どうやら、今生徒会室に残っているのは一条先輩だけのようで、正面の生徒会長の机と書記の机は空席だった。


「ごめん、ちょっと待ってて。この資料を片付ければ終わるから」

「いいえ、もともとは私の不注意が招いたことですもの。急ぐ用でもありませんし、私の事は気になさらないでください」

「そう? …じゃあお言葉に甘えようかな。そこの応接スペースで待ってもらっていい?」

「ええ、分かりましたわ」


 言われた通り、応接スペースにあるソファに腰を下ろした。一条先輩の机の方を見ると、どうやらプリントをファイリングしている最中だったらしく、数枚のプリントとファイルが広がっている。一条先輩は私がソファに座ったのを見て、また自分の作業に戻った。


 体育祭実行委員をしていたおかげで、この生徒会室も随分馴染みがあるものに感じる。室内にいたのが一条先輩だけだというのもあってか、あまり緊張せずに待つことができた。


 ……緊張はしない。緊張はしないが、一条先輩が書類整理に没頭しているため、室内には紙が擦れる音と時計の秒針が進む音だけが響いているというこの状況……はっきり言って暇だ。


 一条先輩は珍しく静かに仕事を熟しているわけだし、それを邪魔するのも忍びない。建前で私の事は気にしないでって言ったけど、早く終わらないかなあ。


 手持ち無沙汰な状態をなんとかすべく、生徒会室を見渡してみる。けれども見慣れた室内と何ら変わりなく、特に目ぼしいものは無かった。


 そこで諦めて視線を自分の正面に戻す。あまりじろじろ他所を見ていたら、一条先輩の気が散るだろうしね。


 視線を正面に移すと、視界の隅に木札が並んで壁に掛けてあるのが見えた。少し上の方に掛けてあるから今まで気づかなかったのかな。よく見てみるとその木札には名前が彫ってあり、横に並んでいるその木札の一番端には、鷹司一輝と一条先輩の名前が彫られている木札があった。と、いうことはもしかして……。


「お待たせ。何見てたの? ……ああ、歴代会長と副会長の名札か」


 作業を終わらせてきた一条先輩が、上方を眺めていた私の視線を追って納得した顔をする。どうやら私が思っていた通り、あれは歴代会長と副会長の名前のようだ。


「見事に鳥の名家ばっかりだよね。特に『鳳凰』が多い」


 椅子から立ち上がり名札がかかっている壁に近づいた一条先輩に倣い、私もその隣に並んで名札を見上げた。


 一条先輩の言う通り、名札に書かれている名前は大抵が鳥の名家で、もし違う苗字があったとしても今でも有名な家のものだ。おそらく外部生で生徒会長や副会長になれた人はいないんじゃないかな。そう思わせる名札たちだった。


「一度調べてみたけど、外部生で生徒会長や副会長になれた人はいないらしいよ。この学院がどういうところかよく分かるよね」

「まあ。それでは、高等部でも?」


 中等部の卒業生はそのまま高等部に行くため、たいていの場合権力ピラミッドが変わることは無い。


「うん。例え鳥の名家がいなくても、僕の家や九条家、他にも旧家や政治家一家……権力を持ってる家はたくさんあるからね。生徒会役員には入ることができたかもしれないけど、会長・副会長の座が外部生まで回ることは無いんだ」


 なんとも単純な世界だよね。家名に鳥の名前が入っているかいないかで差が出るなんてさ。でも、単純なつくりだからこそ、それを壊すのは難しいのかもしれない。


 端から順に名札を眺めてみると、一条先輩が言った通り『鳳凰』の凰院家と鳳家の出現率が高かった。『鳳凰』は野心家だったり派手好きな人が多いと聞くし、この結果も納得かな。


「今は一輝が会長だから外部生へのあたりが強くないけど、僕らが中等部に上がった頃はすごかったよ」

「鷹司様達が一年生の頃というと……黄梅きうめ様が高等部の会長の時ですわね?」


 鳳黄梅おおとりきうめ様。鳳家の長女で、姉の憧れの女性だ。恐らく私の知る鳥の名家の子供の中で最も差別意識が強い方で、姉の様に過激な性格はしていないものの、怒らせると裏で手を回して仕返しをしてくるような静かな恐ろしさのある人だ。


「黄梅様は外部生と昼食を同じ部屋で取ることも嫌がっていてね。今カフェテリアを使っているのが内部生しかいないのは、彼女が原因なんだ。外部生が固まってカフェテリアで談笑していたところに彼女が偶然居合わせて、『なんだか今日は、空気が澱んでいるわね……?』なんて言って」


 当時を思い出しているのか、不愉快気に眉をひそめて一条先輩はそう言った。いつも笑顔が多い分、余計に顔が怖く見える。そんな一条先輩に、なんと声を掛ければいいのか。私が困っている様子に気づいた一条先輩は一言「ああ、ごめん。君は関係ないね」と謝ってくれた。その言葉にもしかして、と思う。


「あの時は君のお姉さんも彼女の取り巻きだったから、率先して外部生に文句を言っていたんだ。一輝は止めようとしたけど……一年生だった僕らには力が無かった。無謀な事は止めろって止めるしかなかったよ。いくら一輝が『鷲鷹』でも、相手は『鳳凰』が二人だからね。下手に動いて両家と確執ができるのも避けたかったし」

「一条先輩……」

「でも今は違う。家柄で差別するなんて古い考えだと、共感してくれる人が居る。今なら、この学院から、こんな馬鹿気た考えをなくせるかもしれない」


 予想していた通りの流れに気まずい思いをしていると、話しているうちにだんだん力が入って来た一条先輩の様子に違和感を感じた。


 あれ? あれれ? この流れって、もしかしなくても……。


「優莉奈ちゃん。君と鴇森君なら、鷲宮さんと義仁君を支えてくれるって信じているよ」


 や、やっぱり…。生徒会への勧誘だこれ……。


「は、はい?」

「優莉奈ちゃんは、親外部生派と反外部生派の中庸でいられると思うんだ。鷲宮さんは少し極端なところあるでしょ? 義仁君や鴇森君もいるけど、二人は考えが甘い所がある。いや、甘いっていうか、平和的すぎるって言った方がいいのかな? その点君はどちらに偏ることもなく、どちらの意見も聞ける立場にいる」


 この流れるような勧誘トーク! 絶対予め考えてただろ! 私が万年筆を取りに来ることが決まった時には既に勧誘が計画されてたに決まってる!


「でも、お姉様は協力してくださるでしょうか…」

「別に協力してもらえなくてもいいんだよ。むしろ僕らの考えに反対している人たちの意見を聞きたいんだから、協力してもらわない方がいいともいえる。彼女たちの率直な意見を聞きたいんだ」

「……そのために、私に間諜まがいの事をしろと?」

「いやだなあ、人聞きの悪い。そこまで言ってないよ。君が耳に入れた情報を、少しこっちに提供してくれればいいんだ」


 それをスパイって言うんじゃないの? 私の感性がずれてるの?


「とにかく、そんな卑怯なことは出来ませんわ。申し訳ありませんが、他を当たってください」

「……ふうん? そんなこと言って大丈夫なの?」


 唐突に雰囲気ががらりと変わった一条先輩。声のトーンを下げ、言葉を続ける。……なんだか嫌な予感がするぞ。


「君のお姉さんは、僕がいたせいで生徒会役員になれなかった。これは彼女が『鳳凰』であることに驕って努力をしなかったからだ。僕は役員選挙の時に十分な根回しをしていたから無事に当選できたし、一輝の支持者は彼女より多かったから当選できた」


 姉は生徒会役員選挙に立候補したものの、落選してしまったのだ。そう言えば、当時は落選のショックですごく荒れていたんだっけ。とばっちりを受けて大変だったことを思い出す。


「もし君まで生徒会役員になれなかったら、君の両親はどう思うかな? 凰院家の評判もどうなるか……君なら想像できるよね?」

「……それは」


 考えたことが無かった。そうか、これは私個人の問題ではなく、家にまでかかわる問題なのか。


 姉の時は、鳥の名家に及ばないものの、家柄が優秀な一条家の人間が役員になったから許された。でも、私か桐人のどちらかが役員にならないと、凰院家の次世代の評判を悪くしてしまうのだ。桐人はあんな性格をしている以上、役員にはなりたがらないだろう。そうなると残っているのは私だけ。


「君の代わりに役員になれるような家柄の人間は、一条家、九条家、西園寺家……と、いくつかあげられるけど、きっと君を差し置いて役員になろうなんて考える子はいないだろうね。君の同級生なら君の性格を知る子も多いし、中間考査の結果で君の成績を見せられた後だから」


 うう……。私のバカ。一度でいいから一位を取りたいなんて言わずに、手を抜いてればよかったんだ。


「そして、鴇森君も。将来会長になった時、隣で支えてくれる人を選べるなら。誰よりもまず君を望むはずさ」

「…まさか。鴇森君は人望が厚い方ですもの。私以外にも頼れる方はたくさんいますわ」


 リレーが終わって多くの人に囲まれる鴇森君を見て実感した。彼は周りから好かれる人間だ。きっと将来、生徒の期待を背負う、頼もしい生徒会長になるに違いない。


「本当にそう思う? 君が思うより、『鳥の名家』の名前はずっと重いよ」

「…………」


 一条先輩の言葉を聞いていると、だんだん自分が生徒会役員になるしかないように思えてきた。彼の術中に嵌まるみたいでいやだが、返す言葉が見つからない。


「どう? まだ生徒会役員になる気はない?」

「……考えておきますわ」


 辛うじてそう答えた私に、一条先輩は満足そうに微笑んだ。


「そう。まあ、今はそれでもいいよ。……ところで、君も僕に話があるんじゃない?」


 私が態々待っていた理由を一条先輩は察していたようだ。たぶんこの調子だとその内容もお見通しって感じだろうなあ。


「先日の忠告について、是非詳しくお聞きしたいと思いまして」

「うん、いいよ。答え合わせをしようか」


 やっぱり。私が言ったことに特に驚くこともなく、一条先輩はにこやかにそう応えた。


 …大丈夫。一条先輩は冗談好きだけど後輩には優しい。今回の忠告だって私のためを思ってのことだろう。だから、私の考えに間違いがあればちゃんと正してくれるはず……。


 さっきみたいに彼のペースに呑まれないよう深呼吸をして、私は口を開いた。


「一条先輩の言葉は、期末試験でいい結果を出さないと生徒会役員になれないという意味ですわね?」

「…………うん?」


 あれっ?


 私の言葉を聞いて、全く予想をしていなかったという顔で一条先輩は首を傾げた。あれれ? ち、違った?


「えーっと……、どうしてそういう結論になったのかな?」

「…私が成績を落としてしまうと、他の方に付け入る隙を作ってしまうから、一条先輩は私に忠告をしてくださったのでは? 一条先輩は私に生徒会役員になって欲しいから、少しでも不確定要素は減らすべきだと…」

「あー…そういうことか……」


 一条先輩は気まずそうに目を逸らし「うーん…僕ってそんなに信用無いかな……」と呟いた。信用?


「…残念だけど、君の答えは不正解。これは僕の認識不足も原因かな?」

「どういうことですの?」

「君はもっと周りを見た方がいいね。特に、周りから自分に向けられる感情に敏感になった方がいい。自衛できるようになりなさい」


 …私に警戒心が足りないってこと?


「そうだね、この件に関して、僕はこれ以上ヒントはあげないことにするよ。でも、困った時は君の傍に居るお友達にでも相談してみたらいいんじゃないかな」

「それは、鴇森君に? それとも菖蒲さんや春歌さん?」


 一条先輩はただ曖昧にほほ笑むだけで、その質問にすらはっきりとした答えをくれなかった。


 結局、一条先輩からの忠告の意味はよく分からないまま、万年筆を受け取って私は生徒会室を後にしたのだった。


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